第7話 『懐古の胸壊』
「……やっぱり、お前に任せて正解だったね」
グレイスは扉に凭れ掛けていた背中を離し、そのまま歩き出した。
「いっつもツンツンして、人付き合いが悪いって言われて……本当は誰よりも人のこと考えてるってのに……失礼だよな?」
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「……あーっと……それで……ミズカ……だったか?」
少女は無言で頷いた。声を出したくなかったのではなく、単純に出す必要が無かったから。
その証拠に、しばしば逸らしはするものの、目を合わせようとチラチラと表情を覗き込む姿勢が見て取れた。
「──お前は、ルーブ・オルテンシアをどうやって殺した?」
当然聞かれるだろうと準備していた質問だったが、いざ目の前にするとやはり息が詰まる。
瞬時に目を逸らした少女の様子を見て、フレイムは続けた。
「今更、やっぱり殺してないなんて言いはしないだろうが……今からでもその言い逃れが可能なくらいには、不明な点が多い。特に、殺害の方法と、凶器だ。答えられるか……?」
彼の聴取には、犯罪者への憤怒や嫌悪といった感情は一切含まれておらず、ただ少女の意向に尊重するように優しかった。
そのことを理解すれば、自然と少女の堅い口も少しは緩くなる。
しかし、話そうとする少女の純粋な気持ちとは裏腹に、「でも」と脳が正常に考えを整理してしまい、どうしても別の言葉が飛び出してしまう。
「…………信じてもらえ……ません……」
幼い子供なら、笑って信じるかもしれない。
しかし、大人──いや、小学校の高学年程度の年齢もあれば、制御の利かない謎の内なる存在など、ましてや『転生者』などという話を、真面目に聞く人間はいない。
藁にもすがる思いで助けを求めていれば、そんな話も軽率に相談してしまうだろうが、少女がたかが窮地で人に助けを求めるなど、前代未聞もいいところである。
「……なら聞くが、お前の話を信じるか信じないかを決めるのは、お前なのか?」
またもや切なそうに俯く少女に、フレイムが簡単に言ってみせた。
少女は返す言葉が見つからず、思わず答え合わせを求めるかのようにフレイムを見た。
「お前の話を信じるかどうかを決めるのは、当然、その話を聞く俺自身だ。なのに、どうせ信じられないから、とか何とか言って、最初からだんまり決め込むってのは、意味の分からねえことだとは思わねえか?」
そしてまた、返す言葉が無いことに気づいた。
「到底信じられない話をして笑われたくないから……ってんなら、分からない話でもないけどよ……お前は、ここまで真剣に話を聞いてやろうとしてる俺が、そんな人間に思えるか?」
言葉を返す必要など無かったのだ。
フレイムの言うように、信じようとしていなかったのは、少女の方だった。
話ではなく、人を──
「だからまあ、話せ。お前の様子を見るに、しょうもない嘘なんてつけそうもないがな?」
説教じみた表情だったフレイムは、そうしてまた微笑んでみせた。
少女の心は完全とは言わずとも、今まで類を見ない程ほどかれた。
瞬間、少女の口角がほんのり上がっていたことに、鈍感なフレイムは疎か、少女自信さえも気づかなかった。
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「…………信じられんな」
頭を搔くフレイムを見るのは、これで何度目だろうか。話している最中も、何度かポリポリと音が聞こえていた。
「あーいや、信じる。信じはするが……どうもな……」
フレイムは恐らく信じてくれている。それは間違いないと、少女も内心理解していた。
きっと彼は今、話が上手く整理できていないだけなのだろう。
「つまり……お前の情報が国にないのは、外国から渡来してきたわけでも亡命してきたわけでもなく、別の世界から『転生』してきたから……か。それで、目覚めたらルーブに監禁されていて、今回の事件が起きた……」
頭を抱え、目を閉じながらゆっくり口に出して確認していくフレイムを見て、少女も相槌を打つかのように頷く。
「ルーブに襲われ、絶体絶命になったその瞬間に、自分の中からよく分かんねえのが飛び出してきて、結果この惨状……偶然ルーブの容疑を追ってた兄貴に発見されて、今に至る……と」
事件の全貌を確認すると、フレイムは目を開き、その赫灼をもう一度少女に向けた。
「お前は無実だな。ただ、兄貴が戻ってきたらもう一回説明しろ。俺には無理だ」
「…………信じる……んですか……?」
いくらフレイムが優しい人間だったとはいえ、思わぬ返答に少女は戸惑った。
理解さえ上手くできていなさそうなのに、信じる要素がどこにあったのか、少女にも分からなかった。
「……まあ、そうだな。信じ難い話だったが、嘘をついてる奴が分からねえ程、人間見てきてねえよ。それに、お前が『転生者』なら、刑罰処すのも、それはそれで罰当たりになりそうだからな?」
また、フレイムは微笑んだ。
分かったことがある。ここに来てから、フレイムはずっと、自分を笑わせようとしてくれているのだ。
悲観的な自分を特別見ていられなくなったのか、元来人を放っておけない性格なのかは知らないが、とにかくそうだった。
そんな彼に、いつまでも自分を悲劇のヒロインだと紹介し続けてもしょうがない。
──だからこそ、今返すべき言葉が見つかった。
「…………ありがとう……ございます」
どこぞの強姦魔に向けた形式ぶった感謝ではなく、この言葉は少女の本心から出ていた。おまけに、大変珍しい少女の微笑みを添えて。
「……や、やめろ! は、犯罪者のくせに、礼とか、すんな……!」
その後、髪と瞳に留まらず、赤くなったフレイムの話は、グレイスに笑われることとなったのは言うまでもない。