第26話 『秘めた強さ』
「──ほんっっとありえない!! 何なのよもお!!」
「……ずっとうるせぇなお前……アクアに目覚められると面倒なんだから静かにしろよ……」
爆発した髪のイグニスは、果たして何度目か分からない怒号を放った。
すっかり耳に胼胝ができてしまったフレイムは、問答無用でアクアと後始末をイグニスに押し付け、早々にその場を去ろうとしていた。
「何度考えても腹が立つわ! アンタがアタシに手加減してたなんて……!!」
「手加減じゃねえって何回言ったら分かんだ炎バカ。火力の調整ができねえ俺じゃ、下手したらお前に怪我させる可能性があるからだって──」
すると瞬時に「うるさぁい!!」の一言。
もはや口を開くことも面倒になったフレイムは、ため息だけを残して、イグニスの横を通った。
「──ねぇ……ちょっと待って」
打って変わって声のトーンを落ち着けたイグニス。
しかし、また面倒事かと、フレイムはいかにもな顔で振り向いた。
「そ、そんな顔されなくても……文句はもう言わないわよ!……アンタに……その……お願いがあって……」
「……そうか。そりゃどんな願いだ? 『死ね』か? それとも『燃えろ』か? はたまた……」
「──印象サイアクで悪かったわね!! そんなんじゃなくて……ちゃんと真面目なお願い。テラスのことよ」
イグニスの表情に珍しく誠意が見えたため、フレイムも邪険な対応をやめた。
イグニスはこれまでの事情を細かく話した。
イグニスとアクアを含めた3人は本来、城門でグレイスの足止めを任されていたこと。
しかし、イグニスは勝手に場を離れ、アクアはイグニスを追ったために、今頃テラスは1人で相手をしているだろうということ。
「それで? 俺にどうしろと? 弟の懇願で兄貴を止めてほしいってか?」
「それができるなら……ね。もう戦いは決着してる頃よ。城門に向かえば、きっとテラスが寝てるわ。だから、弔ってやってほしいの」
理由があったとはいえ、実兄が殺人を犯したとなれば、自然と複雑な感情が湧き上がってくる。
しかし、その感情を押し殺してフレイムは答えた。
「……悪いが、俺はまだやることがある。それはお前らがやれ。──絶対にだ」
イグニスへの対応であれば、これが最も正しい。フレイムにはその確信があった。
案の定、後の去り際に背後から聞こえた微笑が、気を落ち着かせてくれた。
「──もう1つだけ、お願いしてもいい?」
イグニスの声のトーンは、今度もまた違った。
どこか色気のある、皮肉なしの呼びかけに、フレイムは視線だけ寄越した。
「──今夜、一緒にどう?」
本気なのか揶揄っているのか知らないが、恐らく前者の誘いに、フレイムは鼻で笑い返した。
「──お断りだ」
* * * * * * * * * * * * *
早く、速く、疾い。
目で追うので精一杯とはまさにこのことだった。
互いに引けを取らず、魔法で牽制し合いながら、剣筋には一切の隙が無い。
アクション舞台というのが、どれだけ演技じみているかを実感できた。
実際の戦いに優美さなど兼ね備えていない。
ただあるのは、張り詰めた空気がいつ爆発するか分からない緊張感のみ。
「──どうした!? お得意の雷撃は使わないのか?」
「フッ……馬鹿にしてくれる……!」
『嵐刃』──その名の由来はきっと、自由自在に風を巻き起こし、強烈な雷撃を扱うことから来ているのだろう。
しかしテンペストがそうしない大きな理由は少女にあった。
強力な雷撃は、それ故に大きな範囲に攻撃する。
少女の反撃の条件が不明瞭な以上、軽率な行動は許されない。
「…………それって……つまり……」
今思えば、どうしてこの考えに至らなかったのか不思議だった。
テンペストは自分を攻撃できない。ならば、彼を制することができるのは、他でもない自分しかいない。
気づけば少女は走り出していた。
2人が巻き起こす吹雪の中を一目散に駆けた。
「……もう……!……やめて……!」
突然の少女の介入により、2人は互いに攻撃の手を止めた。
「何をしてる!? 離れないと危険だ!」
「……離れません!……こうしないと……また……人が死ぬから……!」
グレイスの呼びかけも即座に否定し、テンペストを睨む。
分かっている。本当はここにいる誰も、争うために争っているわけではない。護るべきもののために、争っているのだと。
だから、この負の連鎖をもう断ち切らなければならない。
「……もうこれ以上……誰にも死んでほしくない……」
少女の願いはただそれだけ。
自分が起因して、何人もの命が失われた。
その中の誰1人として、死んでほしいと願ったわけでもないのに、簡単にその命を散らした。
そんな結末はもううんざりだった。
「ならば、国のために自害しろ。死者を増やしたくないのだろう?」
テンペストへの回答はすぐ用意できた。
黒蜘蛛のせいでそれは不可能──などとは言わない。
これは、自らの意志で選んだのだ。
「……自害なんて……しません……!……誰にも死んでほしくないから……!」
「……あの時と顔つきがまるで違うな。覚悟は決まっているということか……」
依然として落ち着いていたテンペストも、少女の様子に多少なりとも意表を突かれた。
「ならば……俺も覚悟を決めよう。悪いが俺にも使命があってな……」
テンペストは左手を構え、琥珀色の左眼を金色に光らせる。
「──フルミネが愛したこの国は、俺が護る!」