第24話 『自己犠牲』
「──あ……ああ……ルー……ジス? 何で……何で……」
崩れ落ち、慟哭するウーブラス。
不幸中の幸いと言うべきか、ルージスの身体は左胸部と左腕の欠陥のみで済んでいた。死後の顔合わせが叶うことなど、レアケースでしかない。
──しかしその瞳に、既に光は宿っていなかった。
「本人の意志に関わらず、反撃の対象は自ずと定まるようだな。良い功績を残してくれた」
始終表情を変えないそれは、もはや人間などではなかった。
それこそ、嵐を巻き起こす災厄以外の何者でもない。
「ウーブラス、いつまでそうして泣き喚いている気だ。早く逃げるか何かしなければ、お前も殺されるぞ?」
さも他人事かのように言ってみせるテンペストに、ウーブラスは怒りを顕にせざるを得ない。
「──殺したのはお前だろうが!! お前が起こした風が! ルージスをこんな目に……!!」
先までの慟哭と、慣れていない糾弾により、ウーブラスの声は潰れていた。
狼のような眼で、今にも襲いかからんとテンペストを見据えていた。
「……俺は背中を押してやっただけだが? 何やら迷っていたらしいからな? それに、あのままこの女を生かそうとしていれば、それは裏切り者──即ち処罰が必要だろう?」
そうしてテンペストが不敵な笑みを浮かべる間に、ウーブラスはテンペストの影から現れ背後を取った。
──そうして穿たれる肉体は、何とも脆い。
「……全く残念だ、ウーブラス。逆上の果てに、このような結末とはな」
それからぴくりとも動かなかった。
ルージスも、ウーブラスも……
「……人の命を……何だと……思って……!」
それは少女にとって、初めて表に出した感情。
何度も何度も心に留めたまま、外に出ることはないと考えていたもの。
「……そうだな……尊く儚いもの……と言った所だ。お前の目には、私が人の命で弄ぶ悪魔のようにでも映ったか?」
「……分かっていて……どうして……!」
鼻で笑うテンペストは、ウーブラスに突き刺さっている剣を容赦なく引き抜き、血に塗れた剣を見て言った。
「──『自己犠牲』という言葉を、貴様はどう捉える?」
「……えっ……?」
他意のない純粋な質問に、思わず拍子が抜け、些か答えに戸惑う。
少女の回答を待たずして、テンペストは続けた。
「あれはな……外面を一瞬で英雄に仕立て上げるために、愚人が行うこと──そして、最大の『他己犠牲』なのだ」
「……他己……犠牲……?」
「お前程度の歳では、本来経験することはないだろうな。自分のために死を選んだ他人の『自己犠牲』が、どれだけ悍ましいものか……」
少女の頭に瞬間過ぎるシルヴァの最期は、少女を忽ち苦しめた。
テンペストの発言は、確かに説得力を持ちつつあった。
「先のウーブラスは少し違うが、大差はない。仲睦まじかった故人のために、言葉通りの必死で復讐を試みた。勝てるはずのない強敵に勇猛果敢に立ち向かってみせる、美しい『自己犠牲』だ」
どうしてこの男は、殺すことを厭わないくせに、死者に敬意を払っているのか。
少女にも漸くその理解が追いつこうとしていた。
「だがしかし、死んだルージスはそれを望んだと思うか? 誰にでも分かる、望んでいない。まだ少しでも息があれば、ウーブラスに逃げろとでも伝えていただろうな。当然、ウーブラス本人もこれは分かっていたに違いない」
「……でも、戦うことを選んだ……」
『自己犠牲』により生まれる他人の死は、時に──いや、どんな時であろうと呪いである。
大切な人間を失っても尚、生きることをやめてはならない、生きなければならない。
犠牲になった当人は、ただの願いがそんな呪いに変貌するなど思ってもみないだろう。
「……そう、ウーブラスは、ルージスの願いを無視して『自己犠牲』を選んだのだ。分かっただろう? 『自己犠牲』とは、挫折、放棄、そんな言葉を美しく飾り付けただけの偽善──所詮は『他己犠牲』なのだ」
シルヴァがこれの例外でないだと考えると、胸が苦しくなる。
テンペストの言葉を、どうにも戯言だと流すことができない。
「……だが、哀しいかな。これらを全て理解していながら、それでもその犠牲をやめようとしない輩もいる」
「──その通りだよ、テンペスト」
途端に放たれた氷の礫を、テンペストはその場から動くことなく吹き飛ばしてみせた。
知っている背中に安堵すると同時に、別の不安が心を襲う。
「……テラスを退けたか。まさか、生かしたまま押し通れたとも思えないが……?」
「…………僕がこの子の元へ訪れた理由は2つあってね。1つは単純にこの子を護るためだが……もう1つは、今冷凍してあるテラスを、シルヴァに救ってもらうためだったんだが……」
グレイスは少女を見た。
察しの良いグレイスはきっと、本来少女の傍らにいるはずの彼女がいないというだけで、事のあらましを理解できただろう。
潤んだ少女の瞳が、グレイスの唇を噛む力を強くする。
「……ルージスとウーブラス……そして、シルヴァも……か。……全く、こうも冷静でいられる自分が憎いよ」
弔いの念を心に留めて、グレイスは剣先をテンペストに向ける。応じたテンペストも、2本の剣を両手に構える。
「──仲間を失う苦しみは……君が誰よりも知っているだろ……!?」