第23話 『不変の運命』
どれ程走っただろうか。
そもそも少ない自分の体力で勘定をしたところで、大した距離にはならない。
何度も息を切らせては、棒の足を止めそうになった。
しかし、走らなければ、この大きく欠けた心の何かは紛れない。
だから、止めなかった。止められなかった。
最後に見たあの2人の相反する表情が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れない。
できることなら、最期まで傍に居てあげたかった。居てほしかった。
でもきっと、シルヴァはそれを望まないから。
今はただ、この決断が間違いでないことを願う。
「──そこのアンタ! 止まりなさい!」
不意に聞こえた声は、少女の正面からだった。
思わず止めてしまった少女の足は、再度動かすまで時間を要することになるだろう。
声の主を確認すると、金髪の長いツインテールを持つ、自分と同程度の少女。
その隣に、黒髪の天然パーマの少年。身長は少女よりやや高い程度。
「ちょ、ちょっとルージス! 初対面の人にそんな態度じゃダメだよぉ!」
「ウーブラスはちょっと黙ってて! その紫色の服と、見たことない首の装飾品。アンタ、例の危険分子ね?」
彼女たちの服装から、『十の聖剣』の騎士であることは見て取れた。
そして、自分の事情も知っている。つまり、彼女たちは自分を敵視している。
このままでは良くない。
──また、死人が出てしまう。
「沈黙は認めた合図でいいわね? 国王様より、アンタの暗殺が命じられてる。抵抗なんてしないで、大人しく投降してくれれば、楽に逝かせてあげられるけど……どうする?」
「ま、まさか……ルージス、この子を殺すの……!? そ、そんなのダメ…………じゃ……ない……のかな……?」
楽に逝かせてあげられる。とんだ大嘘つきだ。
幾度となく死にたいと思って、同時に生きたいと願った。
その末にあるのは、いつも自分以外の死である。
それとも彼女たちは本当に知っているのだろうか。
「……楽に死ねる方法なんて……ありません……」
「……どういうこと……?」
「……斬りたければ……どうぞ」
ああ、やっぱり知らない。
無知のまま、彼女たちは命を落とすことになる。
あと何人犠牲にすれば、自分は生きることを許される?
あと何人殺せば、自分は生きることを許される?
そこまでして生きる必要があるのだろうか。
折角シルヴァが繋いだ命だが、無駄にすることを許してくれるだろうか。
自分に向けられたあの最期の言葉には、どちらを選べば辿り着けるのだろうか。
──答えは全て、最初から出ている。
気づけば少女の目の前までルージスは迫っていた。
震えながら振り下ろされる剣を、もはや少女は見もしなかった。
「──待って! ルージス!」
その声に反応してか否か、剣は少女の身体へ触れる直前に止まった。
予想外の出来事に、少女も思わず顔を上げる。
「グレイスさんの言ってたことが本当なら……そ、その子を攻撃するのは危ないんでしょ……? やっぱり、捕縛だけにして……テンペストさんに引き渡した方が……」
「──今更そんなこと言わないで!!」
気を遣うウーブラスに、正反対の態度で怒号を浴びせるルージス。
「……私だって嫌よ……! 見ず知らずの無抵抗の人を殺すのなんて。……でも……いつまでも勲八等なんかじゃ居られないの! 功績を……私が優秀なんだって……認めてもらわないと……」
ルージスは何やら焦燥に駆られていた。
そして、その焦りを誤魔化すようにウーブラスを怒鳴りつける。
「それにグレイスは裏切り者よ!? アイツの言ったことなんて当てにならない。……けど、よりにもよって何でこんな弱そうな子が……! もっと凶悪で狂暴な相手なら……私だって躊躇わずに済むのに……!」
悔やむルージスと、凹むウーブラスを見て、少女は考えた。
もしかすると、この2人なら自分を理解してくれるかもしれない。
「……あの……!……お願いが──」
その矢先だった。
それは嵐のように、突然ウーブラスの背後に現れた。
彼の出現と同時に引き起こされた強風は、ルージスの腕に重圧をかける。
ルージスは咄嗟に自分の腕をもう片方の腕で抑えるが、まるで意味などなかった。
刹那の出来事。
涙を振り切り瞬く間に、目の前が鮮血で満たされた。
離れていたウーブラスの表情さえ伺うことができない程に。
「……十分な功績だ。ルージス」
そう、答えは全て、最初から出ている。
──自分に安らかな死など訪れない