第20話 『嘗ての自分』
「アンタの焔ってそれで生まれたの!? 皮肉なものねぇ。あのグレイスもそんな詳細に話してくれたことなんてなかったからびっくりよ全く」
「全部後になって知った。俺の村で、魔法が暴走する謎の奇病が突然流行ったこと。村に救援にやって来た『十の聖剣』の騎士の数名も、俺と同じように魔法を暴走させ、村が壊滅したこと……」
フレイムは終始表情を変えることなく、淡々と語り続けていた。
「──そして、暴れる『十の聖剣』の騎士と、それを抑える残りの『十の聖剣』の騎士の激しい戦いが起こったことから、その事件が『聖剣戦争』と呼ばれるようになったこと……全部な」
『聖剣戦争』──この言葉を聞いた瞬間、シルヴァは微かに顔を顰めた。
「……で、でも……とても笑い話なんかじゃない……です……!……フレイムさんは……凄く頑張ってたんですから……」
話を常に真剣に聞いていた少女は、か弱く、しかし強く断言した。
そんな少女を、シルヴァはまた左腕に収め、右手で撫で始める。
「いーや……これは笑い話だ。この話にはまだ続きがある」
フレイムは口角を上げて、再度少女たちの向かいのソファに腰掛けた。
「ミズカ、お前に問題だ。念願だった『十の聖剣』になることができた俺だが、それは何故だと思う?」
瞬間、少女の心が出した答えは「魔法を使えるようになり、実力を認められたから」だった。
しかし、頑なにも笑い話を言い通すフレイムには、そんな幸せな回答が皮肉にしかなり得ないことなど明確だった。
結果として、少女の出せた回答は沈黙の他無かった。
「答えは、俺が代わりだからだ」
当然、少女にその言葉の意味は分からなかった。
すると、シルヴァが噛み付くように否定した。
「アンタにあの子の代わりが務まるって思ってるなら、自信過剰もいい所ね? アタシだって無理だし、アンタのお兄ちゃんだって無理よ? そんな大役……」
『あの子』が指す人物に疑問を浮かべる少女に、先に補足を始めたのはフレイムだった。
「『聖剣戦争』の被害は、村1つの壊滅と、騎士及び村民数十名の死傷。その中には『十の聖剣』の騎士も2名交じっていた。一方の騎士は片目を失う重傷を負い、もう一方の騎士は死んだ。そうだよな? シルヴァ」
言葉の最後に、フレイムはシルヴァの右目を見た。
シルヴァはため息を吐くと、呆れながらも頷いた。
「勲四等だったその騎士は、そのせいで今や勲九等。更に、死んだ騎士の方はなんと勲一等様だった」
「『雷刃』のフルミネ……この子が戦死したって話、当時は誰も信じようとしなかったっけねぇ……」
シルヴァの口ぶりが、戦争の過酷さを物語る。
そして、フレイムは最後に模範解答を提示した。
「そして、俺はその死んだ勲一等様と入れ替わりで『十の聖剣』入りを果たしたってわけだ。しかし、当の俺は勲十等。……どうだ? 笑い話だっただろ?」
フレイムが笑っているのは、自分への皮肉なのか嘲笑なのか分からない。
しかし、恐らく両者とも含まれている笑いのようにも見えた。
彼はきっと、このような形でグレイスに追いつくことを望んでいなかったに違いない。
「──アンタにとっちゃ笑い話かもしんないけど、全然面白くはないわよ? 面白くない男なんてすぐ嫌われるんだから、さっさと持ちネタから消しなさいそれ」
押し黙ることしかできない少女の代弁をするかのように、シルヴァが苦言を呈した。
真剣な表情で見つめるシルヴァに、フレイムも笑みを消すと俯いて応えた。
「……俺は……強くなんかねえ。これは否定できねえ事実だ。でも、俺がコイツを護り切る。それができれば、俺が『十の聖剣』にいる意味が分かりそうな気がする」
フレイムが覚悟を決めた様子を見て、シルヴァは立ち上がった。去り際に少女を撫でながら。
「なら、ミズカちゃん護衛部隊をもっと増員しなきゃね~。あの子もそろそろ任務から帰ってる頃合だろうし、ちょっくら出かけるとしますかな~」
それだけ言って出ていったシルヴァを尻目に、少女はフレイムに質問した。
「……増員……って……まだ、誰かいるんですか……?」
「あ? ああ……多分ヴェノムのことだろ。勲三等、『毒刃』のヴェノム。あの変態の一番のお気に入りだ」
そういえば、シルヴァとの生活の中で度々その名前を耳にしていた。
シルヴァと仲が良いというならば、仲間になってくれる可能性はそれなりに高い。
その上勲三等ともなれば、心強い他ない。
──少女が日々感じる不安は、徐々に緩和されつつあった。
* * * * * * * * * * * * *
「何の用だ、裏切り者。裏切りの裏切りでもしに来たか?」
勲一等ともなれば、部屋は他の騎士よりも広く、荘厳であった。
そこに佇む勲一等と勲二等の姿はよく映えていた。
「君も知っているだろう? あの子をただ暗殺しようとすれば、皆返り討ちに遭う。それこそ、勲一等の君が死んだともなれば、この国に混乱を招き、それこそ崩壊を齎しかねない!」
グレイスの説得は、テンペストにまるで響いてはいなかった。
「何を言うかと思えば……分かりきったことを。返り討ち、返り討ちと何度も連呼するが、お前はあの女を#凍死__・__#させようとは考えなかったのか?」
「……どういうことだ?」
グレイスの様子を嘲笑し、テンペストは疑問に答えた。
「物理攻撃では、危害を加えてくる対象も、凶器もはっきりしている。だから返り討ちに遭うのだ。ならば、魔法であればどうか……それも、風や氷などではなく、攻撃が明確ではないものであれば尚のこと……」
そこまで聞けば、グレイスにも察しがついていた。
炎も、水も、風も、全ては結局外部からの攻撃に過ぎない。しかし、唯一そうではない攻撃が可能な属性が存在する。
「……まさか……」
「……先程任務から帰ってきたところに、標的の居場所を告げたところ、余計なことを聞かずにすぐに向かってくれた。これで奴が死んだ場合は、流石の俺も困るな」
──テンペストの含みを込めた笑いは、雨の止んだ夜の部屋によく響いた。