第16話 『燃ゆる心』
「つまり、あの部屋の有様はテンペストのせいだったってことか……」
シルヴァから聞いた内容も含め、少女は事細かにフレイムに事情を説明した。
それを聞いたフレイムが頭を抱えると、顔を一瞬しかめて呟いた。
「……何で……俺には知らされてねえ……!」
しかし、思わず漏れた言葉だったのか、フレイム即座に「何でもねえ」と表情を戻した。
イグニスに諸々囁かれていた少女は、フレイムの事情も粗く分かっており、共感か同情か、半端な感情と表情でフレイムの瞳を見つめていた。
「……ただ……それが本当ならかなり面倒な状況だな……こりゃあ。さっきの3人には、まだお前が『転生者』だって話は通じてねえみてえだったが……まあ時間の問題だろうな……」
「…………私は……どうしたら……」
片肘を突きながら、反対の手を軽く握り自身の額をトントンと叩くフレイム。
疑問を投げかけながらも、何かと彼を悩ませてしまう少女の腰は自然と引けていき、ふと気づけばまた俯こうと首を曲げてしまっていた。
「どうするもこうするもあるかよ。お前が生きたいのか死にたいのかに関わらず、国はお前を殺しにくる。とはいえお前自身は、自分の意志でも相手の意志でも死ぬことはできねえ。……ったく、何なんだよそれ……」
少女の疑問に即答してくれたフレイムだったが、自分でも話していて訳が分からなくなったようで、姿勢が戻ると再び悩んでいた。
その様子に思わず謝罪したくなる少女だったが、却ってフレイムの気を煩わせることに繋がりそうだったために沈黙を貫いていた。
ただ、出会って間もないの他人であるはずの自分を案じて頭を抱えてくれるフレイムの姿が、少女の瞳の中で煌めいていた。
「……外は暗いな。とりあえず今日はもう寝ろ……俺も頭が限界だ。心配しなくても、襲ったりしねえ。どこぞの犯罪者の二の舞は御免だからな。そこのソファかベッドか、好きな方使え」
少女が感謝を伝える間もなく、フレイムは即座に部屋を出ていってしまった。
目の前の冷めた紅茶を見つめながら、思いに耽ける。
自分が生きるべきか死ぬべきか、この問いに何度悩まされてきたことだろうか。
いや、本当は悩んでなどいなかったのだ。
自分は死ぬべきだった。もっと、もっと、もっと早くに。
そうすれば、シルヴァやグレイスやフレイムが苦悩することはなかった。他人の命を奪うこともなかった。
──きっと、家族が壊れることもなかったのだ。
しかし、どうしてか死ねなかった。
苦痛だらけの日々を、苦悶を胸にどうにか生き続けてきた。
黒蜘蛛が自分に宿る前──転生する前から、自分は死ぬことなどできなかったのだ。
いつか家族が元通りになることを願っていた。
いつか誰かが、自分を苛む彼女たちから救ってくれることを願っていた。
そんな軽率な考えが、いつまでも自分を生かし続けた。
その結果、母親からの殺害未遂と4人の殺人を招いてしまった。
だから、自分は死ぬべきだったのだ。
──あの後のフレイム、結構嬉しそうだったんだぞ?
それなのに、グレイスのこの言葉が、ずっと心に残っている。
どうして、嬉しいと感じたのか。その理由が全く分からない。
自分はフレイムに面倒をかけた。名を聞かれてもすぐに名乗ろうとせず、初めに発した言葉は「死にたい」と、2つの意味でやさぐれていた自分に、彼は親身に接してくれた。
それがまるで、昔の親を見ているようで、懐かしかった。同時に、凄く嬉しかったのだ。
だからまた、この感情が甦った。
重ねて、シルヴァの存在がこの感情を肥大化させた。
自分を護ってくれる存在が、愛してくれる存在が、この世界にはいる。
しかし、死んでしまえば全ては露と消える。
ならば、自分はどうするべき──いや、どうしたいのか。その答えは簡単だった。
すっかり冷めた紅茶の入ったカップを両手で持ち、口元へそっと持っていく。
無機質な磁気の冷たさが、触れた唇に鮮明に伝わる。
今にして思えば、この決断も3度目だった。
学んでいない、と言われれば言い返しようがないが、それでも構わない。国の破滅を招くことになろうと決めたのだ。
──私は生きる。
鼻に広がる果実の甘い香りと、強い渋みと深い甘み。
何よりそれは、とても温かかった。
* * * * * * * * * * * * *
「そんなに心配なら、待ってねえでさっさと入ってくれば良かったじゃねえかよ……」
「アンタが本当に何もしないかどうかは、現行犯捕まえる以外分かんないでしょ?」
「お前が俺に任せたんだろうが……」
フレイムは部屋を出てすぐ、扉の前で髪と騎士団服から雨水を滴らせているシルヴァに出くわしていた。
「でも、あんたが何もする気ないのは分かったわ。だから、あの子に会わせて! 早くこの腕の中に! あの子を!」
「お前をこの部屋に入れることが最大の問題な気がするんだが……」
そう言いつつも、フレイムは扉の前から退き、シルヴァの後ろに回った。
しかし、シルヴァが瞬時にノブに手をかけると同時に、フレイムは彼女の肩を掴んだ。
「──その前に、1つ聞きたいことがある」
「何よ!? 2秒で済ませて!!」
「何で俺に……話さなかったんだ……?」
その一言で、シルヴァは凡その察しがついたようで、ノブから手を離すと暫く固まっていた。
構わずフレイムは続けた。表情に焦燥を駆らせながら。
「……俺は……そんなに弱いのか? 俺はそんなに、頼りないのか? お前も、兄貴も……俺を『十の聖剣』として認めてくれないのか?」
「そんなことは──」
「──ないです……!」
咄嗟に否もうと振り向いたシルヴァの背後の扉が開いた先に、少女が佇んでいた。
突然少女が現れたことに、2人は言葉を発することを忘れていた。
「……フレイムさんは……強いです……!」