第14話 『それぞれの想い』
「……私は……どうして、襲われたんですか……?」
「……あ~……それ、聞いちゃう?」
倒壊した部屋で、唯一損傷が少なかった椅子に向かい合わせに座る少女とシルヴァ。
未だにどこからかメキメキと軋む音がするが、既に2人はその音に慣れてしまっていた。
「まあそりゃ聞くよねぇ~。……う~ん……ミズカちゃんには受け入れ難い真実かもしれないけど、それでも聞きたい?」
「……はい……」
少女は不安ながらも視線を逸らすことがなかった。それはまさしく真実と向き合う意志の表れである。
「──実は、テンペストはロリコンなの」
「……えっ……?」
「女のアタシは問題無かったけど、男のグレイスがミズカちゃんと2人っきりになると嗅ぎ付けたテンペストは、居ても立ってもいられなくなり、この部屋を襲撃して──」
「……嘘……ですよね……?」
シルヴァは嘘を貫き通すために、「いやいや──」と続けようとしたが、少女の瞳を見て観念した。
グレイスとテンペストの会話で、凡その予想がついている少女に、即興の偽りを騙るなど、文字通り言語道断である。
「……私が……『転生者』だ……ってことと……関係、あるんですよね……?」
「…………」
それからの沈黙は長かった。
シルヴァは本気で少女を想い、護ろうとしている。
メキメキと軋む音が部屋中に響いた回数が、シルヴァの想いの強さを証明していた。
しかし、少女の瞳を見てしまうと、どうしてもその想いが揺らいでしまう。
不安そうで、か弱くて──けれど、その深奥にある真っ直ぐな意志が、シルヴァを貫いていた。
「…………ミズカちゃんはね。……このままだと、この国を崩壊させるんだって」
少女は驚愕しながらも、自身の胸に手を当て、落ち着いたまま聞いた。
「だから、殺さなきゃいけない。『転生者』っていうのが、標的のヒントってことらしいの。テンペストは、ミズカちゃんがその『転生者』だって知ったから、襲ってきたんだと思う」
「グレイスさんと、シルヴァさんは……どうして……」
「アイツはよく分かんないけど……とりあえずは味方。アタシは、ミズカちゃんを護るって決めた。絶対に死なせない」
少女は素直に喜べず、俯いていた。
自分が禍害と見なされるのはもはやどうでも良く、グレイスとシルヴァが自分のために危険を冒しているというただ1つの事実が、少女の心を苦しめた。
「この国の王様は、先祖代々から受け継がれてきた予言の力を持ってるの。国の安寧のためにその力を使って、アタシたち『十の聖剣』が予言に基づいて動く。そうやって、この国は大きくなっていった」
普段のシルヴァから感じられるふざけた調子は無く、ただ淡々と少女に説明を続けた。
「それで今回予言された内容が、さっきの話。今までも暗殺命令とかは時々あったけど、みーんな決まって分かりやすい悪人だったから、躊躇う必要なんて無かったんだけどね──」
突然シルヴァが起立すると、近くに置いてあったグレイスの剣を持ち上げ、出入口へと歩き始めた。
「──ごめん、アタシも今は冷静じゃ居られない。それに、グレイスにも色々話すことがあるの。ミズカちゃんのガードは、別の信頼できる奴に任せるから、今日はバイバイ」
「……あっ……」
俯いていた顔を上げたが、既にシルヴァの姿は無かった。
真実を知った少女の心情は複雑に絡み合っており、多くの結び目が心を埋めつくしていた。
また、自分は普通に生きることを許されない。
しかし、自分が死ぬことは、自分の中に巣食う者が許さない。
暗然とした少女に呼応するかのように、空の雲は黒く染まり、軈て雨が降り出した。
少女独りの部屋は、メキメキと音を立て続けていた。
* * * * * * * * * * * * *
「……どういうつもり?」
「テンペストと対峙していたことは君も知っているだろう? 剣を抜いていたことがそんなに疑問──」
「あの子に聞いたら、アンタと会話してた所に突然風が吹いたって話よ? アンタはあの子と話してる時からテンペストの襲撃を悟ってて、ずっと剣構えながら会話してたわけ? しっかりと推理すれば、誰でも分かるわよ? アンタがあの子を斬ろうとしてたこと」
「……退役後は、有望な探偵になれるだろうね……」
雨の降り頻る中、グレイスは腰の剣を放った。
それに応じて、シルヴァも向けていた剣先を下ろす。
「まずは君の意に反した行動を取ったこと、あの子に剣を向けたこと、諸々謝罪するよ。すまなかった」
「……思ったよりあっさり頭下げるのね。素直で嫌いじゃないけど、なんでこんなことしたの?」
「…………君は、僕が雨に打たれてまでこの場所に来る理由を知っているかい?」
首を振るシルヴァに、グレイスは続けた。
「ここは、僕が聖剣戦争の時に最後に戦っていた場所なんだ」
「それくらいは知ってるわよ。聞きたいのは理由」
何も無いその高原からは、雨天の中でも王国の城がよく見えた。
嘗てここで栄えていた街の姿を、シルヴァもよく覚えている。
「僕は重大な決断に迷っている時、決まってこの場所に来る。ここは、僕が人生で最も大事な決断を下した場所だからね」
「……そういうことね。つまり、アンタは今、あの子を殺すかどうか、迷ってるの?」
「少し惜しいね。正確には、彼女の生死について悩んでいるわけじゃないんだ。……僕のするべきこと──したいことが、分からなくなった」
「……長くなりそうね」
それを聞いたシルヴァは地面に自身の剣を突き刺した。すると、そこから瞬く間に大木が育ち、空虚な高原のシンボルと化した。
シルヴァが言うには、これ以上雨に打たれたくないから、ということらしい。
「アタシも時々分からなくなるわ。これが自分のしたいことだと思って行動してたのに、途中からそうじゃないって気づくこともね。でも、今回は違う。私はあの子を護りたい……これだけは絶対確信してる」
「ははっ……君は立派だな……尊敬するよ……」
グレイスの作った笑みが一瞬で雨の中に溶けて消えると、シルヴァはグレイスの前に剣を差し出した。
「アンタにもいるでしょ? この剣で、護らなきゃいけない奴が」
「……さて、それは誰のことかな? 探偵さん」
「気づかないフリをするならそれでもいいわ。でも、決断しなきゃいけない時はもう目の前まで迫ってる。この場所に来る理由を一番分かってないのは、アンタ自身よ」
グレイスは剣を受け取らずに黙っていた。
真剣な眼で見つめるシルヴァだったが、雨に濡れたグレイスの白い前髪が、彼の虚ろな瞳を隠していた。
「──アンタはここで何を決断したの!? あの子を殺すのも殺さないのも、アンタの自由よ。でも、アイツがどっちを望むのか……兄のアンタが分からないでどうすんの!?」
「──ッ!」
瞬間、シルヴァの差し出した剣をグレイスが奪い取っていた。
その咄嗟の行動には、グレイス自身も驚いていた様子だったが、即座にグレイスはシルヴァを見た。
「……時間を割かせて悪かった。君はあの子の所へ戻るといい。……せっかく君がこの木を育ててくれたんだ……僕は、雨が止むまでここにいることにするよ」
放っていた剣を拾い上げ、大木の根元に座り込むグレイスと、踵を返し城へと戻るシルヴァ。
大木の笠から出る寸前で、シルヴァが微笑んで呟いた。
「──アンタの弟は、強いわよ?」
そうして再び歩き始めるシルヴァを横目に、「知ってるさ」と呟き、グレイスも微笑んだ。