第12話 『虚は信の証』
「国王様からの追加の情報だ。どうやら、標的の暗殺は、どうも簡単にはいかないらしい。何でも、確実に返り討ちに遭うんだとか」
「だから何? 危ないからこの任務は参加するなとでも言いたいの? あんた、私たちより勲等が高いからって、随分と私たちを舐めてるみたいじゃない?」
このやたらと喧嘩腰な少女は、勲八等、『光刃』のルージス。国王以外には基本的にこの態度であり、そのせいで背後の少年は常に冷や汗をかく羽目となっている。
「か、返り討ちぃ!? そんな危ない任務だったのぉ!? ル、ルージス! やめようよぉ!?」
「国王様の命令をそんな理由で拒否できるわけないでしょ!? バカなの!?」
ルージスの背中で怯える黒髪の少年は、勲七等、『影刃』のウーブラス。ルージスの背後にいつも隠れており、人と会話する時は基本的に彼女を通さなければならない程、コミュニケーションが苦手なのである。
「まあ、どうするかは君たちに任せるが、僕は推奨しない。それに、きっと国王様に誰よりも忠実なテンペストが真っ先に動いてくれるに違いないからね。彼が返り討ちに遭うまでは、一旦気にしなくてもいいんじゃないかな?」
「あの派手頭にもその可能性があるほど危険なの? その『転生者』ってやつ、どんだけ屈強で逞しい男なのよ……」
見事なまでに綺麗に外しているルージスの予想に、グレイスも上辺だけ共感した。
「まあいいわ。記憶の隅っこには残しておく。じゃあ私たちこれから哨戒任務だから。行くわよ! ウーブラス!」
「──あぁ、ちょちょちょ! 引っ張らないでよぉ~!ルージスぅ!」
ウーブラスの騎士団服のフードをがっしりと掴み、引きずりながらその場を後にする2人に、グレイスは嘗ての記憶を重ねていた。
金髪の強気な少女と、人との関わりが苦手な少年。過去にも全く同じ男女がいた。
「……昔の君は……風に攫われてしまったのかな……」
* * * * * * * * * * * * *
「アッハハハハハハハハ!! 国王様の追加の情報って何よ! 伝え忘れなんてミスするわけないっての!」
部屋の外といえど、シルヴァの大笑いは中の少女にも聞こえていた。
しかしながら、会話においては声量を謹んでいる2人だったため、それ以外の声が少女には届かなかった。
説得の失敗──という程ではないにしろ、ルージスとウーブラスの2人はまともに相手にしてはくれていなかった。
屈強な男だと思い込んでくれたために、少しは難を逃れる確率が高まったが、実はか弱い少女が標的だったと知れば、任務を遂行するに違いない。
「……僕は嘘をつくことでしか、人の信頼なんて大層なものは勝ち取れないんだよ。最近じゃ、それも簡単にはいかなくて困ってるけど」
「ずーいぶんと落胆してるじゃな~い? どしたの? そんな調子で、あの子のガードマンが務まるのぉ?」
「問題ないよ。日頃の疲れだ。君は気にせず午後の任務に行ってくるといい」
そう言って、グレイスが部屋のノブを掴んだ瞬間だった。
「──あの子になんかしたら、承知しないから」
グレイスのノブを握る手首は強く掴まれ、耳元で囁くシルヴァの声が鋭く刺さる。彼女の行動のどれを取っても冗談は混じっていない。一切の笑みを持たない瞳がグレイスを覗いていた。
「……言われなくても承知してるよ。彼女に危害は加えない。約束する」
「…………よろしい! そんじゃよろしく~」
振り返ることなく、後ろ向きのまま手を振るシルヴァを横目に、グレイスはその戸を開く。
──何の事情も知らない、哀れな少女の元へ。
「……あっ……グレイス……さん……」
部屋の窓辺で外を見ていた少女と目が合ったグレイスは、すぐさま挨拶を返す。
「やあ、久しぶり……だよね? シルヴァとは仲良くやれてるかい?」
少女は何とも言えない表情で目を逸らした。
実際、何とも言えない。ただの変態なのかと思えば、慈愛の持ち主。かと思えばただの変態だった。かと思えば……
そんな感じの日々が続いていたのだ。
グレイスも察してか、少女の表情に苦笑いをすると、答えをそれ以上強制しようとはしなかった。
「……まあ、あんな癖のある人間と1日でも暮らせたなら問題ないよ。人が苦手そうに見えたけど、案外来る者拒まずって感じなのかな?」
「……そ、そんな……ことは……」
少し恥ずかしそうに外を見つめる少女に、グレイスは微笑んだ。少女との初対面を思い出すと、微笑みはより笑みに近づく。
「君が最初、ここに来た時を覚えているかい? 思い出したくは……ないだろうが」
「……はい……あの時は……その……すみません……」
「ははは……気にしなくていいさ。稀にいるんだよ、心を閉ざしてしまって、口を開いてくれない人は。そんな人を見ていると……度々思うんだ。蔓延る犯罪から人を救えたとしても、その被害者の心までは完全に救うことができない。人の心という強大な敵の前じゃ、所詮は無力なんだ……ってね。……でも君は、心とまではいかなくても、口は開いてくれた。実際、あの後のフレイム、結構嬉しそうだったんだぞ?」
またも恥ずかしそうに外を見つめ出し、少女は黙り込んでしまった。
少女の心が豊かになろうとしているのを感じ取ると、グレイスは静かに少女の背後へと近づいていた。
──あの子になんかしたら、承知しないから。
悪いな、シルヴァ。
僕は、嘘をつくことでしか、人の信頼を勝ち取れないんだ。
──瞬間、グレイスは腰の剣を抜いた。