第11話 『十の聖剣』
「……やっぱり、お前に任せて正解だったね」
グレイスは扉に凭れ掛けていた背中を離し、そのまま歩き出した。
「いっつもツンツンして、人付き合いが悪いって言われて……本当は誰よりも人のこと考えてるってのに……失礼だよな?」
そうして独り言を呟きながら廊下を歩くグレイスの前に、城の衛兵が敬礼する。
「グレイス様。国王様より、緊急招集とのことです。至急国王様の元へ向かってください」
「そうか、ならフレイムもすぐそこにいる、僕が呼んでくるよ」
そう言って、衛兵に背を向けると同時に、衛兵は「お待ちください」と返した。
「──フレイム様には、召集がかけられておりません」
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跪く9人の男女と、その向かいの荘厳な玉座につく若き男。
「……この国に、崩壊を齎す存在が現れた」
その一言に震撼したのは、シルヴァを除く勲等の低い者達のみ。
その者達に一切構わず、男は続けた。
「その者の暗殺を、貴様達『十の聖剣』に委託する。日時、方法は問わん。しかし、くれぐれも国に混乱を招くような真似はするな。……以上の命令に、疑問のある者は面を上げろ」
男と目が合ったのは、シルヴァ、グレイス、そして、黄と緑の二色髪の男──勲一等、『嵐刃』のテンペストだった。
男がテンペストから勲等順に話すよう命じると、落ち着いた調子でテンペストは口を開いた。
「その者の詳細な情報は、その予言では分かりかねるのでしょうか」
「……異世界からの『転生者』……それ以外の情報はない。自ら名乗りでもしない限り、知り得るはずもないだろうな」
テンペストはその話を大人しく了解したが、心当たりを持つグレイスはそう容易くはいかない。
本来の質問を放り、テンペストへの回答を追求した。
「『転生者』……つまりは、この国に戸籍の無い者、ということですか、国王様」
「……そのようなくだらん質問をするな」
グレイスが確認したかったのは、当然そんな分かりきった事実ではなかった。つい先刻、そして、今フレイムが相手をしているあの少女の正体──
「はいはーい。じゃあアタシのしつもーん。勲六等以下のアタシ達は、原則として殺人を許可されてない筈だったと思うんですけど?」
「……貴様の考える通りだ。それに『森刃』のシルヴァ、貴様は例外だろう?」
相手が国王であろうと、シルヴァの態度はいつもこうである。「はいはい……」と呆れながら返事をするシルヴァに対して、国王は慎めの一言すら言わなくなってしまったのだ。
「話は以上だ。この任務は最優先で遂行しろ。放棄は許さん」
若き王ながら貫禄のある圧だったが、癖のある集団の『十の聖剣』では、動じない者が殆どだった。
全員が順に退室していく姿を尻目に、グレイスは独り残り、王の前に佇んでいた。
「もう一つ、伺いたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「構わん。申せ」
「どうしてフレイムには招集を……?」
その疑問に、王は呆れて鼻で笑った。そして、険しい表情と胴間声で言い放った。
「──くだらん質問はするな、と言ったはずだが?」
グレイスは心に湧きあがる感情を押し込め、「申し訳ありません」と深く頭を下げた。
退室の後、拳を強く握りしめていた姿は誰も見ることはなく。
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「…………ん……んぅ……?」
目覚めた瞬間、様々な疑問が少女の感覚を通して浮かび上がってきた。
まず、ソファに横たわって寝ていた筈の自分が、何故か白い毛布の中にいる。
確実に目を覚ましたのにも関わらず、何故かいびきが聞こえる。
金縛りにあったかのように、何故か身体を思うように動かせない。
──全ての原因が、少女の背後にあった。
「…………んあぁ? ありぇえ? もぉ起きたのぉ?」
首だけを振り向かせると、鼻息までもが当たる距離にシルヴァの顔面があった。
眼帯を外しており、たるんだ筋肉で閉ざされた右目とは正反対に、正常な左目は真っ直ぐ少女を見つめている。
「……えっ? いや、いや……!……えっ!?」
「そ~んなに驚かなくても~。だいじょーぶ、何にもしてないって~」
次第に鮮明になってきた記憶によると、シルヴァは確か、昨晩「一緒には寝られない」と言って部屋を出ていった筈だった。
全く矛盾した状況が眼前に繰り広げられていたために、動揺も限界を迎えざるを得ない。
「……やっぱ可愛過ぎるな。マジで誰にも渡したくないぞ?」
真顔で撫で回してくるシルヴァに、赤面を隠せない少女。その少女を見て、ニヤケを抑えられないシルヴァの無限機関が完成した。
「……あっ……あのっ……!」
「分かってる。でも……もうちょっとだけ──」
シルヴァは少女を抱き締めた。もはや何度目か不明である。
しかし、今までとは何か事情が違う様子だった。身を離そうにもどこか抵抗があり、十割の赤面の一部が疑問へと変わる。
「──絶対に……護るから……!!」
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「──それで? 勲二等のグレイス様が、下等の私達に何の用?」
「ちょ……ちょっと! ルージス! そんな態度じゃ失礼だよぉ!?」
グレイスの前でも強気に胸を張る輝かしい金髪の少女と、その背後に隠れる地味な黒髪の少年。
至って変わらず穏和なグレイスは、気にせず要件を伝えた。
「──君たちに、話がある」