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パンデミック・シリーズ

ファーストコンタクト

作者: 徒花ミノリ

     1


 人類と宇宙人のファーストコンタクトは少し変わったカタチでやってきた。

 宇宙人が田舎の道の真ん中で倒れていたところをたまたま通りがかった農家の老人に拾われたのだ。

 老人が最初にそれを30メートルほど離れたところから見つけたときにはすぐに宇宙人だとはわからなかった。遠目で見たときには人が倒れていると思ったそうだ。しかし近づいてみてそれが人でないことがわかった。子供ぐらいの大きさのそれは(うつぶ)せで倒れていた。衣服は一切身につけず、皮膚は灰色(グレイ)だった。老人はとっさにそれが河童ではないかと思ったという。けれども河童にしては妙だった。背中にあるはずの甲羅がなかったのだ。

 老人は持っていた(くわ)の柄でおそるおそるその物体をつついてみた。ゴムのような感触だったという。何度もつついてみたがまるで反応が無かったので、思い切って鍬でその物体を裏返しにしてみた。

 それの()を見て老人はそれが河童などではなく宇宙人であることを確信した。大きな頭部と小さな顎。そして(閉じられてはいるが明らかにそれがそうとわかる)巨大なふたつの目。間違いようがなかった。それはまぎれもなく宇宙人だった。



     2


 とりあえず老人は宇宙人を近くの動物病院に持ちこんだ。持ちこまれた側の動物病院はもちろん驚いた。驚いたが、しかし宇宙人といえども広義の動物には違いないので、院長は戸惑いながらも検査をすることにした。

 たしかに異形ではあったが、外見的には地球の生物と極端にかけ離れているわけではないことがすぐにわかった。それどころか、地球の哺乳類、いやもっと言うならば霊長類との類似点が数多く見られた。

 皮膚は全体的に灰色で、体毛は見当たらなかった。胴体や手足のサイズに比べて頭部がかなり大きくて重かった。鼻や耳はあるのかないのかわからないぐらい小さいが、目は二次元美少女のように大きかった。

 心音があり、呼吸動もあった。つまり宇宙人は死んではいなかった。おそらく意識を失っている状態なのだろう。めだった外傷はなく、人間より3℃ほど低いが体温もあった。

 院長は宇宙人を自分の病院で預かることにした。



     3


 ここまでは良かった。問題はその日の夜に起きた。

 院長の息子が宇宙人の動画をSNSにアップしてしまったのだ。

 動画はネット上で拡散され、あっという間に全世界に広がった。

 しかし、それを見た人のほとんどはそこに写っている宇宙人をフェイクだと思った。よくできた人形か、あるいはCGだと考えるのは無理のないことだった。

 〈人形じゃんwww〉

 〈フェイク乙〉

 〈どう見てもCGです。本当にありがとうございました〉

 そんなリアクションしか返ってこなかった。

 反応が薄いことに不満を感じた息子は、なんとかして動いている宇宙人の動画を撮ってやろうと思った。そのためには眠っている宇宙人を起こす必要があった。

 揺さぶったり、軽く叩いたり、水をかけてみたり、大きな音を聴かせてみたり……。とりあえず思いつく限りのことを試してみたが宇宙人は目覚めなかった。その試行錯誤の過程は息子によってリアルタイムで動画配信された。が、やはり反応は薄かった。



     4

 

 人類が宇宙人とのファーストコンタクトを果たしてから3日目。

 息子が宇宙人にさまざまな音楽を聴かせるという実験を動画配信しているときにそれは起きた。あるアニメのOP(オープニング)曲を流しはじめたとき、宇宙人が突然目を覚まし、上半身を勢いよく起こしたのだ。

 「うわッ!? お、起きた、起きたッ! ヤベェ、超ヤベェ!」

 大興奮で息子が叫んだ。

 宇宙人は顔を息子のほうに向けた。

 「アグウトッベッ! テポッタガ! アプウーガッ!!」

 それが宇宙人が人類に向けて初めて発した言葉だった。

 「なんて?」

 と、息子は聞き返した。

 少し間があり、宇宙人が言った。

 「あ。すみません。使用言語を日本語にするの忘れていました」

 流暢な日本語だった。

 「わ、すげ。日本語話せるんだ。すご。まじすご」

 「この程度たいしたことではありません」

 「おい、さっきなんて言ったんだよ?」

 「その歌ですよ、その歌」

 「あ……『宇宙魔法天使テュポポンちゃん』のオープニング」

 「その歌声に感動したのです。だから『嗚呼(ああ)、高速自転する中性子星の如きなんと甘美なる歌声!』と私の星の言語で言ったのです。……ところで、質問してもよろしいですか?」

 「お、おう」

 「ここはどこなのでしょうか?」

 「あーうちの病院だよ。動物病院」

 「なぜ私はここにいるのでしょう?」

 「木村のじーさんがよ、オメェを拾ってここに連れて来たんだよ。道で倒れてたんだってよ」

 「そうでしたか。その木村さんというお方はどちらにいらっしゃるのでしょうか? 一言お礼を――」

 「いやいやいや、そんなのいいから、礼だったらオレが代わりに言っといてやるよ。そんなことよりよ、オメェの名前はなんて言うんだよ?」

 「名前……ですか」

 「宇宙人だって名前ぐらいあんだろ? ちなみにオレはピロリ菌」

 「ピロリ菌?」

 「ハンドルネームだよ」

 「ああ、なるほど。えーと、私の名前は……」

 「おお教えてくれ」

 「名前は……。名前は……」

 「じらすな、早く言えよ」

 「忘れてしまいました」

 「はあ?」

 「どうやら私は記憶の一部を失ってしまったようです」

 「記憶喪失ってヤツ!? ヤベェ、超ウケるんだけど。まじ? まじ?」

 「まじです」


 そのときの配信はピロリ菌史上最高の再生回数となったばかりでなく、ネット上のいたるところに拡散され、わずか数日でピロリ菌は有名人になった。



     5


 動物病院に人が押しよせた。ネットで動画を知り、宇宙人をリアルで見たいという人たちがやってきたのだ。わざわざ外国からやってきたという人もいた。

 テレビや新聞などのオールドメディアまで取材に来るようになった。


 異変が起きたのはファーストコンタクトから8日目だった。

 宇宙人が高熱を出したのだ。体温は44℃を超えていた。ウィルス感染症だった。野次馬たちのうちの誰かが持っていたウィルスに空気感染したのだった。

 熱にうなされながら宇宙人が言った。

 「す、すべて……思い出しました……」

 「お、思い出したか!」

 興奮する息子。

 宇宙人が語りはじめた。

 「私はウンモ星人。キャトルミューティレーションを生業(なりわい)とするフリーランスの宇宙人です。キャトルミューティレーション以外ではクロップサークルを作る仕事をすることもありますが、あれはあまりお金にならないので最近はキャトルミューティレーションばかりやっておりまして……。それで、8地球日前のことです、仕事仲間が作ったクロップサークルを目印にキャトルミューティレーションの現場に向かっていたとき、宇宙船の反重力エンジンの調子がおかしくなってしまい、森の中に不時着してしまいました……。たぶん、反重力子を出す穴がつまってしまったのでしょう。宇宙船あるあるです。ちなみに、私たちの間では地球に不時着することを〈エリア51〉と言います。〈エゴイチ〉と略す仲間もいますね。まあ業界だけで通じる隠語みたいなものです……って、これはどうでもいい情報ですね。まあそれはともかく、私の宇宙船は操縦不能になり森に墜落しました。その墜落時の衝撃で操縦室から出火し、私は慌てて船外に脱出しました。……しかし、そのときに私は大きなミスを犯してしまいました。船外活動用の防護服を着るのを忘れていたのです。私は全裸で船外に飛びだしてしまいました。気が動転していてすっかり失念してしまっていたのです、地球の大気が私たちにとって有害であることを……。爆発しそうだった宇宙船から離れるためにしばらく全力で走ったあと、私は意識を失い、倒れてしまったようです……」

 話を聴いていた息子が口を出した。

 「ちょ、ちょっと待て。記憶喪失っていうのはなんだったんだよ?」

 「どうやら倒れたときに頭を強く地面にぶつけたのが原因のようです。ほらここにタンコブがあるでしょう? 私たちは頭が無駄に大きくてバランスが悪いのでよく転ぶんですよ。以前も宇宙船の濡れた床で滑って転んで後頭部を床にイヤというほどぶつけて5地球日ほど記憶を失っていたことがあります」

 「だけどよ、意識が戻ってからしばらくの間、元気だったじゃねーか。地球の空気は毒じゃなかったのかよ?」

 「私たちの身体は別環境でも素早く適応するように遺伝子改良されているのです。ですから、1地球日も地球の大気を吸っていれば大気組成に順応して普通に生きられるの……です……。グフッ……ゴフッゴフッ……」

 ウンモ星人は()せながら緑色の体液を口から噴き出した。

 「お、おいどうした、大丈夫かッ?」

 ウンモ星人は体液を垂れ流しながら激しく痙攣しはじめた。

 「ウ、ウィルスが私の身体を侵食していくのがわかります……わかりますッ……ゴッゴフッ……こ、こ、呼吸ができない……ウップ……苦しいィィ……ゴフッゲフッガハッ……ガッ……アプッ……アプウーガッ!……アプゥウウウウウゥガァアアアアアアアァッッッ……!!」

 「おい、ウンモ星人! ウンモ星人!! 死ぬなーッ!!!」

 ウンモ星人は突然動かなくなり、皮膚が粉をふいたように白くなっていった。

 ウンモ星人は死んだ。



     6


 人類と宇宙人のファーストコンタクトはこのような不幸な結末を迎えたが、人類にとっての本当の不幸はむしろその後だった。

 ウンモ星人によって持ちこまれた致死率100%の宇宙ウィルスが人類を含むすべての生物の間で猛烈な勢いで流行しはじめたのだ。宇宙由来のウィルスであるため、人類の技術ではまったく太刀打ちすることができず、ファーストコンタクトから37日後に人類は死に絶え、108日後には地球の全生物が絶滅した。

 このことは宇宙人たちをもひどく悲しませたという。キャトルミューティレーションできる星がひとつ減ったからである。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

初投稿作品です。

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