08 落とされた爆弾は寝言の響き
週末、智弘と会う約束をしていたが前日体調が悪いからと無しになった。
心配だったのでゼリーやフルーツなど見舞いの品を持って部屋に訪れたけど、予想通り歓迎してはもらえなかった。
「なんで、来た」
「どういう、意味よ」
「俺、見舞いはいいって言ったよな」
冷たく、言い放つ。
ベッドに寝たままの智弘はこちらを見ずに腕で顔を覆っているため、表情は見えない。
ある程度予想のついていた反応だったけれど、少し傷ついてる自分がいる。
どうして時折彼は、人を突き放すようなことを言うのだろう。
するりと、私の中には入りこんで来たくせに。
私には、本当の奥の奥までは、踏み込ませてくれないみたいな。
そんなのって、ずるくない?
「そういう言い方、ないんじゃないの」
「は?」
「心配だから、来たのよ!悪い?」
思ってたより大きな声が出て、自分でも驚いた。
智弘も驚いたようで、動きを止める。
「彼女の、役目だからとか、そんなバカみたいな理由で、ここまで来たと思った訳?」
何よその思考。熱でおかしくなってるんじゃないの。
この人は、周りをみすぎなくらい、みてる。それは時々、考え過ぎなんじゃないかと思う。
「ただ、あんたを想って、ここまで来た私の気持ち、踏みにじってるわよ…」
悔しくって涙が出そう。
素直に受け取って欲しい気持ちほど、受け取ってくれない。
「――その答えは、満点。」
「なによ、えらそうに…」
「泣くなよ、ごめんって」
おいでと手を差し出されて、その手に自分のを重ねれば、そのままぐい、と引っ張られる。
熱すぎる体温に包まれた。
「ねえ、熱、上がってない…?」
「そんなことねえよ、俺微熱が平熱に近いから」
そういえば、彼に抱き寄せられるといつも熱い。
「もう一息だと思うんだよね」
何が、と思った瞬間、首の後ろに手を添えれられて、くるんとベッドに組み敷かれた。
「ちょっと、何…」
「あとちょっと汗かいたら、きっと全快」
「馬鹿じゃないの!ぶりかえすに決まってる!」
「大丈夫、そんなもんだってこんな風邪」
なあ、と耳元でささやかれる。
彼を押しのけようと突っ張っていた腕の力が、抜けそうになる。
「―――お見舞いに、来てくれたんでしょ?」
キスはしないからさ、と首元に唇が降りてくる。熱い手が、服の中に滑り込んできた。
こんなことしながら、私に感染さないこととか考えてる余裕があるらしい。
「――…知らないからね」
時折見せる智弘の強引さに、仕方ないなあって言いながら身を委ねる。
冷たくされたり、甘えられたり、振り回されているはずなのに、それは私が手に入れた特権のようで嬉しい。
なんて、そんな風に考えるようになった自分に少し戸惑いながらも、やってくる熱の波に、溺れるように目を閉じた。
* *
気がつくと昼前に来たはずだったのに、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「喉、乾いた…」
あんなこと言いつつも本調子じゃない智弘に、そんな立場を利用して好き放題にされた私は、いつも以上に疲労困憊だった。
下着だけ簡単に身に着けて、これでいいかとソファにかけられていた智弘のTシャツを勝手にかぶらせていただいて、キッチンに向かう。
大きめのサイズなので、ちょっとギリギリなワンピースくらいの丈だ。
ちょっとのことだし、いいと思ったのが、たぶん間違いだった。
「あれえ?帰ってるの、ともくーん?」
ガチャ、と玄関の扉が開く音がして、かわいらしい女の人の声が聞こえた。
私はあまりにびっくりして、固まってしまう。
(ど、どうしよう)
ぱっと周りを見渡しても隠れるような場所はない。そもそも、誰の、声?
すぐにリビングの扉が開かれて、目が合ったのは声のとおりの可愛らしい女の人で。
「……あら、あらららあ??」
* *
「会えて嬉しいなあ、ずっと会いたいって言ってるのに、ともくんったら全然話聞いてくれないんだもん!」
そう言ってにっこり笑う彼女は、智弘のお姉さんである奈津美さん。
私はこの時まで、彼にお姉さんがいることすら、知らなかった。
弟の恋人に会うのが夢だったという彼女は、心底嬉しそうだった。
一方私は、まず対面した時の恰好が恰好で、恥ずかしさでいっぱいだった。
彼女の気遣いで、カーディガンを羽織らせては頂いてるものの、いたたまれない。
「本当、すみません…」
「いいのいいの、あたしの方こそタイミング悪かったよね。ごめんね?」
いや、それはもう、なんと答えて良いのやら…。
私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「あたし、彼氏と同棲中なのね。前まではここでともくんと一緒に住んでたんだけど、だからたまに帰ってきたりしてるの。今日来たのも、本当にたまたまだったんだよ」
ラッキーだったなあ、とほほ笑む奈津美さんは、お花が飛んだみたいに可愛らしい。
スラっとしてクールな印象の智弘とは対照的に、小柄でふんわりとした空気を纏う奈津美さん。
小動物のような仕草にさっきから、女の私でもときめいてしまいそうになっているのだった。
「…奈津?」
ドアの向こうで、智弘の声がした。
(あれ?)
聞いたことのある響きだと思った。
奈津美さんの名前を、知ったのは今日のことだったはずなのに。
「ともくん、可愛い彼女ひとりにして、何してるの!」
「…うるせえ、てか、何絡んでんの」
「お姉ちゃんとして、弟の彼女と仲良くして何が悪いの?」
「姉貴ヅラすんなよ…」
2人の会話を聞きながら、私はさっきの部屋での智弘の寝言を思い出す。
『……なつ』
布団から抜け出した私の手を掴んで、起きているのかと顔を覗くけど彼は寝息をたてていた。
だから寝言で、私は名前を呼ばれたんだと思って、嬉しかったのだ。
「奈津、今日こっちなの」
「うん、ごはん、あたし作るよ」
でも、この響きは。…たぶん、奈津美さんの名前だ。
奈津美さんに対して見せる表情と、纏う空気が、今まででみたことのない智弘だ。
これは、果たして私の思い過ごしだろうか?
「…あの、私、帰ります。ゼリーとか買ってきたんで、良かったら」
気まずい。ここから、逃げ出したくなってしまった。
来た時に、キッチンに置かせてもらっていたものを、指差して、帰る意志を伝える。
「ゼリー?もしかしてともくん体調悪いの?なんで言ってくれないの!」
「わざわざ言う必要ないだろ…」
「千夏ちゃん来てくれてありがとうね。ごはん、食べてってって言いたいところだけど、風邪感染っちゃうと悪いしね。」
「送る」
「…病人に送られるとか、ごめんよ。着替えだけさせて。…失礼します」
そう言って、部屋に戻ってそそくさと着替えを済ます。
追ってきた智弘が玄関まで見送ってくれたが、顔も見れずに「じゃあね」とだけ言って部屋を出た。
聞かなくても、おそらく私の予想は、当たっていると思う。
智弘の、好きな人は。
想っていても叶わない相手は。
きっと――――。
ついに登場してしまいました。
千夏と奈津美の名前はセットで考えました。
爆弾にするために…笑






