06 意外な気持ちの変化
「好きです…!付き合って下さい!」
顔も見たことのない人からの告白は、いつもなんだか他人事のように思えてしまう。
もちろん、直接伝えてくれるものは、そのまっすぐな想いを直に感じ取ることができるからまだいい。
手紙だったり、メールだったり、人づてだったり。
そういった形で次々に届く想いを、申し訳ないと思いつつも、少しお荷物に感じる時があった。
「…付き合っている人がいるので、ごめんなさい」
「…………え?」
「え?」
丁重に断ったのに、目の前の人は信じられないという顔で下げていた頭を上げた。
…何よ、その反応。
「だって千夏、今までロクな理由も言わずにばっさりだったよー?」
おかしそうに笑いながら、友人の梢が言う。
「理由なしに断ってないけど…」
「“今そういう気ないので…”とかでしょ?そんなの理由にならないのよっ」
とん、と肩を小突かれる、痛い。
だって、好きな人がいるけどずっと振り向いてもらえないけど諦めきれないから付き合えません、なんて、そんな格好悪い理由、言えるか。
「それが、彼氏がいるから、でしょ?そんなの、誰でもびっくりするわよ!」
「そうですか…」
よくあるのが、「記念受験みたいなものなんで!」と、言うだけ言って去っていくパターンだ。
それはちょっと、逆に失礼なんじゃないかと思っていた。
「でもよかったよねえ、千夏もやっと不毛な恋を諦めて、幸せをつかんだか〜」
「まあ、思ってたよりは、楽しいかな…」
私の長年の陽太への想いを知っている梢は、しみじみと言う。
智弘の提案を、はじめは少し馬鹿にしていたのも事実だ。
どうせ、やっぱり好きになれないとかですぐ無しになっちゃうんだろうなとか、思ってた。
でも私は不思議と嫌じゃなくて、このままでもいいかな、なんて今のところ思っている。
しかし、よく考えれば考えるほど、おかしな関係な自覚はあるので、疑問は残る。
―――本当に、これでいいのかな?
* *
『水曜の午後って授業ないんだっけ、今週暇?』
「うん、空いてる」
『休講になったんだけど、映画でもどうかと』
「いいね、何観るの」
『映画が観たい気分なだけだから、何でもいい。千夏なんか観たいのある?』
「公開したばっかなんだけど、XXXとか」
『おっ、いいセンス。それにしようぜ』
「わーい、やった」
『上映時間調べてまたメッセ送るわ、おやすみ』
「ありがと、おやすみー」
メッセージがだらだら続くのが苦手らしい智弘は、メッセージで断りを入れてから電話が来て、用件だけ済ませたらすぐ切れる。電話自体も、だらだらと続いていくことはめったにない。
これは私もすごく有難いことだった。
経験したことはないけど、毎日長時間電話してそのまま寝落ちとか、話を聞く限りめんどくさそうだなあと思っていたから。
智弘は物事に対する引きの良さが抜群で。
むしろこっちが「もう少し…」なんて思ってしまうようなタイミングで、引いてきたりもする。
わかっている男だなあと、思う。
* *
コンコン、と部屋の窓を開けて腕を伸ばし、隣の窓をノックする。
陽太にちょっとした用があるときは、とても便利なのだ。
「なに、どうしたー?」
寝間着姿の陽太が、窓を開けて欠伸をしながら顔をのぞかせた。
私は、さっきの映画デートで智弘に借りたままになってしまっていたカーディガンを差し出す。
「これ、明日智弘に返しといてくれない?」
「…いいけど、千夏が直接返した方が喜ぶんじゃね?」
「でもポケットに学生証も入ってたの。早く返した方がいいかと思って」
「明日、千夏授業フルなの?」
「2限終わりだけど…」
「じゃあ、うちの大学来ればよくない?オレ明日4限だけだし、一緒に行こうぜ」
「…でも私、大学は来るなって、言われてて」
一度、遊びに行ってみたいと申し出てみたが、断られたことがある。
理由は教えてもらっていないけれど、別にどうしても行きたかった訳ではなかったため、私も深くはつっこまなかったんだけど。
「何それ?恥ずかしがってんのかな?まあいーんじゃない?オレと一緒なら」
陽太と一緒なら何が良いのだろうか。
そんな突っ込みもさせてもらう隙間もなく、「明日ね」と窓を閉められてしまった。
おそらく、結構眠かったんだろう。
昔から、こんな感じでちょっと強引な陽太の誘いを、断れずにきた。
しょうがないなって言いながら、ついていく。
そうやって、自分を守ってきたのかもしれない。
* *
お昼過ぎに私は陽太と、二人の大学の最寄駅で待ち合わせをした。
ついでに昼飯食べようぜ、と言う陽太に連れられて、おそらくほとんどの学部生が昼時に集まるだろうカフェテリアの席についた。
しばらくして、周りの視線に気づく。
遠巻きから浴びせられる視線たちが、どうにもチクチクと刺さって痛い。
「ハルタ〜、コレが噂の彼女〜〜?」
ギャルっぽい女子グループが、陽太の肩を撫でるように叩いて声をかける。
私のことを品定めするみたいにじろりと睨み倒してから、陽太に視線を戻した。
こういう扱いや視線なら、昔から幾度となく浴びてきたから慣れているつもりだったのだが。
ちょっと久しぶりなこともあって、前より不快に感じてしまった。
「ちげーよ!オレの幼馴染兼、智弘の彼女!」
何がそんなに得意なのってくらい、誇らしげに私を紹介する陽太は、彼女たちを纏う空気がガラリと変わったことに気づいていないようだった。
そういうことか、と、智弘が私を此処に連れてきたがらなかった理由が、わかったような気がした。