02 刺さったままの言葉
「千夏!今日、親父の車使えるんだ、ちょっとドライブ付き合ってよ」
金曜日の午後8時、ちょうどバイトから帰ったところで、携帯に陽太からのお誘いメッセージが届いた。
私も陽太も、大学1年生の冬に免許は取得済みである。
学生の身分で自分の車を所持できる訳ではないので、家族の車を使わせてもらえる機会があればこうやって誘い合ってドライブに出かけることは多々あった。
たまにでも運転しておかないと、感覚は鈍るばかりで、運転がどんどん億劫になってしまうから。
「今日はどこに連れてってくれるのかしら」
「それは着いてからのお楽しみさ」
「まあ素敵」
そんな軽口を交わしてながら、車線変更ではぎゃいぎゃい騒いだりしてるうちに着いたのは、少し離れた県内の港だった。
「綺麗…」
港から見える工場地帯は、都会の夜景やイルミネーションとはまた違った、冷たいような温かいような、独特の雰囲気がある。
小さい頃はよく見に来ていた場所だったが、思えばしばらく来ていなかった。
久しぶりに見ても、やっぱり綺麗だなあと思う。
「オレ、駄目だなあ、車線変更、苦手」
「あれはない!格好悪い」
「だよなあ、千夏がいてくれれば、反対側とか見てくれるし、安心なんだけど」
「何、デートについてこいってこと?」
「…それこそ、格好悪いよなあ…」
ここはデートスポットにもなるようなロケーションである。
今座るベンチにたどり着くまでも、数組のカップルとすれ違った。
私たちだってきっと、何も知らない人たちから見れば、カップルと思われていたのだろう。
「いつ彼女と来る予定なのよ」
「や、まだ誘ってない。自信もってここまで来れるようにしないとだからな…」
「また、練習なら付き合うけど?」
「千夏は頼もしいよなぁ、ほんと。サンキュ」
きっと陽太は、面倒見のいい幼馴染だなあなんて、のんきに喜んでいるのだろう。
もちろん、そういう気持ちが全くない訳じゃないけれど。
私はこうやって隣に陽太がいる間、少しでも一緒にいる時間が長ければいいと思っている。
仕方ないなあなんて言いながら浮かれている。
馬鹿みたいだなって、思いながら―――。
「でも、アレだよな。智弘と付き合うことになったら、そう出かけたりもできなくなんのかなあ」
「……」
「まだ、返事してないんだろ?」
保留にしてもらっていることは、陽太にも伝えてあった。
でもなんとなくだけど、彼は陽太と遊びに行くのを、怒ったりはしないように思う。
「そんなこと言ったら陽太だって、こんな風に私とドライブに来ちゃダメでしょ」
そう言えば陽太は焦ったように返す。
「そんなこと薄情なこと言うなよー!千夏は例外だろ?まあ、面倒だから、言わないけど…」
言わないのかよ。
まあ、言ったところで、いい気分にはさせない訳だから、言わない方がいいのか。
隠して後でバレる方が問題な気がするけれど。
大学は別なので、そこで出会う女の子たちは、私の存在を知らない。
中学や高校の時代の陽太の歴代彼女たちは、私が幼馴染ということも知った状態で付き合っていた。
もちろん私の存在を疎ましく思わないような子は滅多にいなくて、それなりに嫌な思いもしてきた。
それでも陽太は、私のことをないがしろにはしなかった。
それどころか私をかばったりするもんだから、まあ、彼女さんたちには悪いけど、私は嬉しかったりしたものだ。
一通り喋り倒して、風が冷たくなってきたので、少し指先や足元が冷えてきたなあと思っていた頃、帰ろうと陽太が言った。
夜の散歩が心地よい季節も、もう終わりかななんて思う。
「あー、楽しかったな。やっぱいいな、千夏といるのは」
もうすぐ家に着くだろう道を走っている車の中で、陽太は言う。
「彼女の前だと、どうもこう、かっこつけちゃうと言うか…。千夏は、オレのことわかってくれてるもんなあ、楽でいい」
そんな風に言われるのは、もう何回目だろうと、心の中でため息をついた。
じゃあ、私を彼女にしてくれればいいんじゃないの?
今度こそ、私のところに来てくれるの?
何度期待しては裏切られたことだろう。
裏切るなんて言い方、陽太に悪いか。勝手に期待してるのは、私の方だ。
―――『このまま、歳をとるのを待つの?ずっと?』
―――『そんなの、俺は嫌だね。』
智弘くんに言われた言葉たちが、蘇る。
これまでも、友人から紹介を受けることはあったがその度に断っていた。
だって15年、恋心を自覚した5歳の時から、私は陽太しか見ていない。
そんな私が、いきなり知らない人を好きになれずはずもなく、時間の無駄と踏み出すこともせずにいた。
でも今回は、智弘くんと会ってみることを選んだ。
そして彼の言葉は、私の心に想像以上に刺さっては、中々とれてはくれなかった。
「…陽太」
「んー?」
「降ろして欲しいところがあるんだけど」
「いいよ。どこ?」
馬鹿な選択かもしれない。
でもずっとこのままでいるのも、もっと馬鹿みたいじゃない。
「智弘くんの、とこ」
「智弘?」
「…返事、しに行く」
そう言ったら、陽太は一瞬驚いた表情を見せたけど、すぐに優しく微笑んだ。
そんな彼を見て、懲りずに傷ついた自分がいたのだった。
前に進むのって、勇気が要りますよね。どれだけ小さな一歩でも、ほめてあげたい!