01 傷の舐め合いとは
久しぶりの執筆になります。5年くらいかけて温めながら完成したお話です。読みづらいところがあるかもしれませんが、読んでいただけたら嬉しいです。
「いい加減おまえも、彼氏つくれよなあ!」
この台詞を聞くのは、もう何度目になるのかわからない。
お隣さんの幼馴染である陽太は、彼女ができるたびに私にも同じ喜びを押し付けようとする。
「…うるさい、ほっといて」
「ほんとに、可愛くねえなあ〜」
「はあ?こんな美女捕まえて何を言ってるのかしら」
「ははっ、千夏は美人だよ!そんなこと、オレが一番よくわかってるって!」
陽太はさらりとこういうことを言うので、私はいつも何でもないフリをするのに必死である。
「だからさ、そんな美人で性格もオレのお墨付きな千夏に、ずっと彼氏いないっつーのが、信じられないわけ!なあ、オレの友達でさ、千夏に紹介したいやつがいるんだよ、どう?」
彼女ができるととにかく惚気に来るのがいつもの彼だった。
しかし一方的に幸せをひけらかすのにもそろそろ気が引けるようになったのか、私の相手の心配などをし出した。
正直、お節介の塊である。
「すっごくイケメンだし、すっごくいい男なんだこれが!なのにそいつも彼女いなくてさ!おかしいだろ?そんな二人を、ほっとける訳がないんだなあ」
にこにこと屈託なく笑う陽太に、気が抜けてしまって怒ることもできない。
「なあ、どう?ほんとにいいやつなんだ、大学で一番仲良くてさ、モテモテで」
「モテモテなら、わざわざ紹介とかする必要ある?」
「モテるからって、いい女が寄ってくるとは限らないだろ。友人として、あいつにはいい女を引き合わせる使命がある」
使命って。少々熱血だが、昔から彼はすごく友達思いだ。
そんなところもいいなって思っているし、自分へのお節介も、その“友達思い”から来ていることもわかる。
「今度の日曜日、ちょうど飲みの約束があるんだ。千夏も来いよ!」
「…わかった、会うだけだよ。それ以上のお節介、要らないからね」
「もちろん!」
私の渋々了承した言葉を聞いた時の、陽太の嬉しそうな顔。
そんなに喜んでくれるならまあいっかって、間違った方向に思考を傾けた私は末期である。
つまり、私は陽太のことが、小さいころからずっとずーっと、好きなのだ。
でもそれが叶わない恋だということは、もうとっくにわかってるつもりだった。
痛いほど。
だって陽太は私のことを、そういう対象には、見ない――――。
そんな想いを誰にも話さず気づかれずに、そっと、そっと育ててきた。
実ったことなんて一度もないし、この先もないような気はしている。
でも万が一に、漫画でよくあるみたいに、一周回って私の元に来てくれるんじゃないかとか、淡い期待がないわけでもなかったりするのだった。
* *
「ちょっと俺、外の空気吸いがてら一服してくるわ〜」
「おう」
「いってらっしゃい」
そうして実現した飲み会が終盤に差し掛かったころ。図ったように陽太が個室から出て行った。
「灰皿、あるのにな」
目を伏せて微笑みながら灰皿を指さしたのは、陽太が自信を持って紹介した智弘くんだ。
陽太の言う通り、顔だちは整っていて、少しミステリアスな雰囲気を纏っている色気のある人だ。
話してみてもいかにも、女の子にモテるんだろうな〜という印象だった。
「煙草、私が嫌いだから、私の前では吸わないの」
「あー、なるほどね。そういえば俺、しきりにアイツに喫煙者かどうか聞かれたわ」
陽太が煙草を吸いに外に出たのは、こうやって二人で話す時間をつくること、更には「煙草が苦手」という話題から喫煙者ではない智弘くんの好印象へと繋げることが目的だったのだろう。
一見何も考えていないようで、実はきめ細やかな気配りができる。
そしてそれをあからさまに相手に見せないようにこなしてしまうのが陽太の魅力だと思う。
それもたいていの人は気づかないのだろうけど、付き合いの長い私はなんとなくわかってしまう部分でもあった。
「……愛されてんねぇ、ほんと」
彼も陽太の思惑に気づいているようで、感心するように言い、口の端を少しあげた。
そんな表情も、色気を纏ってこっちが恥ずかしくなるくらいだ。
「…そうなのよね」
愛されている。そんなこと、知ってる。
ずっと昔は、もしかしたらこの愛情が、私と同じものに変わってくれるんじゃないかなんて思っていた時もあった。
でも違っていた。いつまで経っても、陽太のソレは、親愛の情で。私が陽太に抱く愛情とは、別物だった。
いつしかそのことに唐突に気付いた私は、こんな不毛な恋なんてもう辞めようって、心に決めたはずだった。
なのに私はまだ、同じ場所でずっと動けずにいる。
「大変だね、あんたも」
私のこんな想いも、この数時間で彼には伝わってしまったのだろうか。
長年のことなので、私も隠すのは上手な方だと思っていたけれど、この男は一枚上手みたいだった。人のことを、よく見ている。
これじゃあ、紹介してくれた陽太には申し訳ないけれど、この話は無しになるだろうなあ、なんてぼんやり思い始めていた時だった。
「――付き合ってみる?」
智弘くんの提案は唐突だった。私は返す言葉を一瞬失う。
「だってあんた、多分ずっと、そこにいるでしょ?」
「……」
そこというのは、つまり今の私のポジションのことだろう。
“幼馴染にずっと想いを寄せて、でも振り向いてもらえることのない”場所。
ハッキリ言う人だなあと思った。でも不思議と、気分は悪くないのはなぜだろう。
「このまま、歳をとるのを待つの?ずっと?」
「…そうかも、しれないけど」
「そんなの、俺は嫌だね。」
私だって、嫌だ。
いつかは、ここから離れなくちゃってずっと思ってきた。でもできないままでいる。
「…傷でも、舐めてくれるわけ?」
「お望みとあらば、ね。どっちかっていうと、舐め合いだと思うよ。」
「…どういう」
「よっ、ご両人、会話は弾んでますか〜?」
「おかえり。そろそろ出るか?」
「そうだな、お会計ピンポーン!」
絶妙なタイミングで戻ってきた陽太が、勢いよく店員呼び出しスイッチを押した。
そこで話は途切れてしまったので、私の問いに答えてもらうことはできなかった。
店を出た後はダラダラ喋るでもなく、連絡先だけ交換し、そのまま解散となった。
携帯を覗き合いながら、私はさっきの件を保留にしたい旨を伝えた。
「了解。またね」
そう言って微笑んだ彼は、陽太に見えないようにそっと、背中に触れた。
その手の温度が、温かくも冷たくもなく、そして嫌だと思わなかったことが不思議だった。
帰っていく背中を見つめながら、考える。
(傷の、舐め合いって言った…?)
私だけではないと、いうことなのだろうか。彼も、何かから、抜け出したいと思っている?
―――振り向かない相手をずっと、追いかけている?
読んで頂いてありがとうございます。果たして、「傷の舐め合い」とはどういう意味なのでしょうか。