俺たちはここにいる
俺たちの母校である山谷風中学校、そこが取り壊されることが決まったらしい。
「じゃあさ、最後に見納めにいかね?」
と言い出したのはグループのリーダー的な存在である颯だ。
中学校に集まって、4人でこっそり思い出の場所を見て回ろうという話だった。
まだ日は落ちきってはいないものの、電気のついていない学校というのは薄暗くてちょっと不気味な雰囲気がある。
「学校、何年ぶりかなぁ~」と裕樹が気の抜けた声でいうと、
「んー、10年くらい前かぁ?」と仁がいう。
「まあ、中学おわってからもよく会ってたもんね」と俺がいうと2人はうなずいた。中学で出会った頃はこんなに付き合いが長くなるとは思いもしなかった。
すでに俺と仁と裕樹の3人は校舎の前に集まったが、肝心の颯がまだ来ていない。
俺は携帯で時計を確認しながら
「ねぇ、颯遅くない?」
と2人に切り出した。気づくともう約束の時間を20分も過ぎていた。周りの景色もだんだんと暗くなっていく。
「遅いね~」
と裕樹がいったところでとピロンと3人の携帯がほぼ同時に鳴った。颯から「先に行ってて」という連絡だった。
「まじか…」仁は軽くため息をついていう。「で、どうするよ?」
「とりあえず、記念に写真でも撮っとく?」
と俺はいう。
3人で学校をバックに写真を撮って、颯に「早く来いよ」と写真付きで送った。
その後、先に3人で校内を少し見て回ることになった。
すっかり暗くなってきたので懐中電灯で照らしながら、ゆっくりと階段を昇っていく。2階には俺らがよく集まった3年2組の教室がある。
「こういうのってなんかドキドキするねぇ」
と裕樹は楽しそうに先頭を歩く。
「てかさ、うちの学校幽霊がでるって噂多かったよな」
と裕樹の後ろを歩く仁がいう。
「結構みんな言ってたよね〜
誰もいないはずの音楽室からピアノの音が聞こえたり、呪われた教室があるとか〜」
「帰りが遅くなった子が不気味な足音に追いかけられたって話もきいたような」
と裕樹は楽しそうに仁はとても落ち着いた様子で話している。
「やめてよ、怖いって…」
こういう噂は聞いたことがあったが、暗い校内で聞くと思わず身ぶるいしてしまうほど怖い。怖いので後ろは振り返らずに必死に2人についていく。
「てか、教室しまってんじゃね」
と教室の前でふと思いついたように仁がいった。
「たしかに」
あまりよく考えていなかったが、確かに閉まっていてもおかしくない。
しかし、裕樹は話を聞いてなかったのか教室の扉に勢いよく手を伸ばした。
〈 ガラっ 〉
と、あっけなく扉は開いた。なんだ開くんだと思いながら2人に続いて教室へと入る。
「机とか久しぶりに見たな」という仁の顔はちょっとうれしそうに見える。
机、椅子、黒板、ロッカー…。中を見た瞬間になんとも言えない懐かしさが溢れ出してくる。自分たちの青春を昨日のことのように思い出す。
「ちょっと落書きしちゃおう~」
チョークに手に取り、黒板に向かう裕樹は楽しそういう。
「入ったのがばれるぞ」
と仁が釘をさすが、裕樹は「へーきへーき♪」と全く聞く耳を持たない。
「何描いてんの?」
よく分からい絵を描いている裕樹に俺が聞くと
「モナリザ」
という返事が返ってきた。
モナリザ…!?
と思ったが、裕樹らしいっちゃらしい気がする。そう言えば中学の時、画伯って呼ばれてたっけ…。なんて思っていたらなんとなく微笑ましい気持ちになった。
裕樹が絵を描いてる間、俺と仁は思い出話に花が咲いた。俺と仁そして颯は同じサッカー部であった。裕樹は帰宅部だったが、縁あっていつの間にか仲良くなっていた。
――すこし時間が経った頃
〈 トントントントントントントン… 〉
と階段の方からふと足音が聞こえてきた。
「颯かな?」
と仁の顔を見たが、その時
「おーい誰かいるのかぁー!」
という颯の声でない、男性の低い声が響いた。
「しっ!たぶん警備員さんだ」
「かくれろ」
と仁がいい、俺たちはライトを消し、暗闇の中でひっそりと息を潜めた。
警備員さんに捕まったらゴリゴリに怒られるに違いない。
その足音は教室の近くまで来くると、
「人の気配がしたと思ったんだけどな」
と呟いて去っていった。
ふぅ…いったか…。
と俺も仁もほっと胸を撫で下ろす。
もう大丈夫かなと思い、ライトを付けた俺と仁はあることに気づいた。
「あれ、裕樹は?」
いつのまにか裕樹が教室に居ない。
「どこに行ったんだ?」
トイレに行ったのかと思い、2人で近くのトイレに向かったが、そこにも裕樹の姿が無かった。
「いない…」
突然の事で俺も仁も困惑した。裕樹は自分たちに黙って勝手にどこかに行くようなやつではなかった。何かあったのかもしれない。
「おーい!」「裕樹ー!」 と名前を呼んで、
とにかく俺と仁は裕樹を探し回った。もう警備員さんに見つかるとか、言ってる場合ではない。
「警備員さんに捕まったんじゃ」
と俺が不安そうにいうと
「そしたら俺らも速攻バレるだろ」
という仁の言葉聞いて、たしかにそうだなと思う。
「電話もでねぇ」
連絡も取れない、行方が分からない裕樹にいつも冷静な仁も俺と同じくらいすごく焦っているのが分かる。
「俺は東館の方見てくるから、お前はその辺で待ってろ」
と仁がいう。東館はこの2階の連絡通路を通った先の建物だ。
「俺もいくよ」と俺が言うと
「戻ってきたら行き違いになるかもだろ」
と仁がいう。
暗い校内に1人になるのは心底怖い。でも裕樹を見つけるためなら1人でここに残るのも仕方のないことなんだと思う。裕樹も今頃1人で不安がっているかもしれない。何かあったら連絡するということで2人は別れた。
仁が行った後、俺は3年2組の教室の前でうろうろとしていた。
1人でこうしていると時間が経つのがゆっくりに感じられる。
どうしようという不安や恐怖、焦りがグルグルと頭を回る。
いっそあの時隠れなければ、警備員さんと一緒に裕樹を探し出せたかもしれない。あの時俺が裕樹から目を離さなければこんなことにはならなかったかもしれない。
ごめん、裕樹……。
――どのくらい時間が経っただろうか。ぼんやりとしゃがみ込んだ俺の耳に聞きなれた声が聞こえた。
「おい、どうした?何かあったのか??」
顔を上げると、そこには颯姿があった。
「颯!遅いよっ、裕樹が…」
思わず颯にすがり付く。
泣きそうになりながら、ぽつぽつと今の状況を説明した。
「大丈夫、きっとすぐ見つかるって」
「俺も一緒に探すからさ」
と颯は明るく笑っていった。
「うん」
颯の明るさに自然と気持ちが楽になったような感じがした。3人で探せばきっと見つけられるだろう。
「ちょっとトイレ」
颯が来て、安心したからか急にトイレに行きたくなってきた。
「じゃあ外で待ってるわ」
と颯はいう。
トイレから出ようと思った時、携帯がなった。颯からの電話だった。近くにいるんだし、直接伝えてくれればいいのにと思いながら電話に出ると、
「あっ、やっと繋がった!」
という颯の声だった。
「悪い連絡遅くなって。誰も電話繋がんねぇから何かあったのかと思ったわ。今どこだ?学校か?」
という焦っているような颯の声に
「はぁ?何言って…」
といいながらある可能性が頭をよぎり、背筋が凍りついた。
電話の向こうの颯はまるで学校にいないかのようだ。
今外にいるのは、颯じゃない…?じゃあいったいだれ……
――その時
〈 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン 〉
と強いノックの音がトイレのドアからなった。
俺は個室に入り鍵を掛けて、恐怖で震えた。
裕樹がいなくなったのもこいつのせいなのかもしれない。
せめて颯にはこのことを伝えないとまずい……。電話は切れてしまったので、「来るな」という文字を震えた手で必死に打ち込んだ。
「まだ?」
と外からノックオンと共に声がする。その声はどこか低く颯の声のようでそうではない気がする。
急にノックの音がピタッと止むと、
「…ああ、気づいちゃったか」
という声が外から聞こえた。
その後しばらくの間沈黙が続いた。
もしかしたら諦めてどこかに行ったのかもしれない。
外の様子が気になり、そおっとトイレのドアの隙間から外を覗いてみる。
すると……
大きく見開いた目がこちらを覗き込んでいた。奴は扉のすぐ側に張り付くようにして立っていたのだ。
「うわああああああっ」
俺は恐怖と絶望で頭が真っ白になった。
「トイレに篭っても無駄だよ」
「僕はね。隠れるのも見つけるのも隠すのも得意なんだ」
遠のく意識の中で恐ろしい声が頭の中に響いた。
―――
はぁっはぁっ…
息を切らして、自転車を漕いだ。
中学校に行くことを提案したのは自分だった。が、直前に姉貴に止められた。
「待って、中学校にいく!?あそこいじめが原因で自殺した生徒がいて、しかもその後生徒が何人か行方不明になったって噂あるのよ。廃校になったのだってそれが原因かもって話もあるんだから。」
「悪いことは言わないから、やめなさい」
そんな話1度も聞いたことがなかったが、そう必死に訴える姉貴はとても冗談でいっているようには見えない。
それで、急いで3人に中止の連絡を入れた。
今からならまだ充分に時間がある。
行く前に気づいて良かった。
これでよし。
しかし、約束していた時間になっても誰からも返信がこない。少し経ってから、ようやく携帯がなった。
それは……
3人の写真だった。しかも学校が後ろに写っている。
そして「早く来いよ」の文字だった。
グルチャに送った自分のコメントは物の見事にスルーされていた。なんで?ちゃんと送れてなかったのか?と思い
焦った俺は電話を掛けた。
まず最初に裕樹、次に仁、そして千春に……
しかし、3人ともなかなか電話が繋がらなかった。
やっと繋がった電話の千春の様子はなにかおかしい。しかも電話もすぐに切れてしまった。
俺は必死に自転車を漕いだ。家から学校まではそう遠くはない。
へらへらと無邪気に笑う裕樹、世話好きで頼りになる仁、気弱で優しい千春……。いつまでも馬鹿みたいなことで笑い合えるそんな3人だ。
無事でいていてくれ。
中学校につくと息を切らして、あちこち走り回った。
みんなどこだ?どこに行った??
そして校内の階段を駆け上がったところで、人影がポウっと浮かび上がった。
そこにいたのは千春だった。
「待ってたよ。」
と千春は優しく笑う。
「千春…よかった…!無事で……みんなは?」
と俺は千春に尋ねた。
「かくれんぼすることになってね。」
「みんなは先に隠れて待ってるよ」
千春の姿をした何かは不敵に笑っていった。
逃げろーーーー!!!!
その時、千春は精一杯叫んだがその声はもはや誰にも届かなかった。
静かな夜の校内に悲しき複数の足音が響く。
俺たちはここにいる。
俺たちはここに…