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前編

「リリィ・マクミラン!貴様との婚約は今日限りだ!!」

 婚約者の声が、卒業パーティーの会場に響き渡った。

 こうなるのは薄々わかっていた…。



×××



 彼女はとても美しかった。

 絵本に出てくる人魚姫を彷彿させる人だ。


 金髪の髪はフワフワしていて、腰まで伸びた髪は緩やかにウェーブをしている。

 触れたことはないが、きっと絹のように柔らかくすべらかなのだろうと想像が出来た。

 透き通るような肌にはシミ一つない。

 アクアマリンの様な大きな瞳は神秘的で、覗き込めば深海に引き込まれてしまいそうだ。優しげな微笑みを常にしており、穏和な雰囲気をまとっているが、時折艶やかで魅惑的な目線をすることがあった。女の私でさえドキドキと胸が高鳴ってしまうほどだった。

 

 前の衣を合わせ、帯で止める『着物』という異国の民族衣装は一際目を引き、薄いピンク色『さくら色』と言うようだが、可憐で気品がある色合いと、金と銀で色鮮やかに刺繍や染めを施された布は、彼女の魅力を十分に引き出していた。


 少し小柄だからか、男性達は庇護力を刺激されるようだ。

 また、彼女は幼少期に患った病のせいで声を発することが出来ないのも相まって、世話を焼きたがる男性が続出した。


 隣国アクアマリーナ帝国の公爵家の娘で、現皇帝の姪にあたる。権力的にも繋がりを持ちたい貴族が後を絶たなかった。


 彼女はラーディミル・ティファーナ様(17)。

 語学留学と文化交流を兼ねて、去年から貴族学園に留学している女性だ。

 本来であれば学園の制服を着るのが習わしだが、『文化交流』と言う観点から、彼女は常に民族衣装を着用している。

 とても努力家で、我が王国の文化にとてもご興味がおありだ。

 僭越ながら、立場的に私が学内を案内することや、お忍びで城下の店に遊びに行ったこともある。

 会話は筆談が殆どで、美しく可愛らしい文字が彼女に似合っていた。

『リリィ様は素晴らしい方です。聡明で、努力家で、この国の未来を誰よりも心配されている。貴女の愛国心を、私はいつも尊敬しております』


 私はリリィ・マクミラン(17)。

 マクミラン侯爵家の長女で、王太子ルーカス殿下の婚約者だ。

 殿下とは幼馴染みで、10歳の時に国王陛下の命令で婚約が決まり、今年で7年となる。しかし、私たちの仲はとくに進展していない…。


 それもそうだろう。

 殿下の好みは金髪青眼の可愛らしい美少女だ。

 

 私は黒髪で金の瞳。目も少し吊目気味だ。

 背も平均より高いので、可愛らしいとは程遠い容姿だ。

「お前のような可愛げのない女を押し付けられて、俺はなんて不幸なんだ!」

 これは殿下の口癖だ。


 国王陛下の命令には逆らえないルーカス殿下だが、その反発心が私や教育係に向かい、勉強嫌いの俺様殿下へと成長を遂げてしまった。


 陛下や王妃様が矯正しようと奮闘したが、成果は得られず、その皺寄せは私に来た。殿下の苦手な教科は私が補佐し、殿下の治世を支えるように命令されていた。


 我が儘で癇癪持ち。同じ歳だが弟のような存在の殿下。


 本人は金髪青眼の美男子だ。

 王国の『顔』として外交時にその美しい顔を発揮してもらい、交渉や内政などは私や優秀な宰相が回していけば良いと考えていた。


 そんな未来計画は、ルーカス殿下の一目惚れで破綻しかかっていた。

 留学で来たラーディミル様は殿下の好みそのものだ。しかも、私の様に殿下に苦言を言うことも、殿下の行動を咎めることもない。物腰が柔らかく、常に微笑みを絶やさない女性。

 しかも、三年前の旅船事故の時に助けてくれた少女に似ていると殿下は言っていた。


 三年前。

 ルーカス殿下と視察をかねた船旅の時、船の倉庫で爆発事件が起き、私達二人が海に投げ出された。

 パニックになる殿下を必死に掴み、流れて来た木片にしがみつかせた。

 王国で継承権を持つ男児は殿下だけ。

 

 守らなければ!

 自分の代わりはいくらでもいる。

 そう思い、必死だった。


 ただ、多少護身の為に体を鍛えているとはいえ、長時間海水に浸かっていては体力が消耗してしまう。

 薄れていく意識の中で、金色に輝く美しい髪を見た気がした。


 次に目が覚めたときは病院のベッドの上だった。


 私達は小舟に乗せられて、海を漂っていたそうだ。救援に来た他の船にすぐに見つけられて、事なきを得たと聞かされた。

 殿下は『金髪の人魚が俺を船に引き上げた』と言っていたそうだ。


 あぁ、余談だが、私より先に目を覚ましていた殿下が私の病室に来たとき

「役立たずめ!お前のせいで死にかけたんだ。まぁ、俺は運命の女性を見つけた。次に彼女を見つけたら、お前を捨ててやるから、喜んで婚約者の座を明け渡せよ!」


 なんとも理不尽な言い様だろう。

 だから、こうなることは時間の問題だったのだ。



×××



「リリィ!お前は嫉妬するあまり、ラーディミルに無礼を働いていたそうだな!彼女のノートや教科書を隠したり、噴水に投げ捨てた姿を目撃している生徒もいるぞ!彼女は帝国から来た客人だ。彼女に無礼を働けば、最悪戦争にだって発展するのだぞ、この愚か者が!!」

 

 卒業パーティーは貴族学園の講堂で行われており、今はまだ居ないが、後程、国王陛下夫妻の登場する予定だ。

 今は壇上でこちらを睨み付けている殿下が、この場で最高位の存在だ。

 彼の後ろに庇われるように、彼女は立っていた。困惑し、不安そうな表情が、こちらまで胸が痛くなるようで辛い。


「ルーカス殿下。私は誓ってそのような浅ましい事はしていません」

「この期に及んでシラをきるのか!ここに各生徒から事情を聴いた調査書類がある。それには、お前が悪意を持って彼女の悪い噂を広めた事も詳細に調べがついている!」

 殿下は分厚い紙の束を私に見せた。


「『声は出せないくせに、男を虜にする色香は存分に出せるのだ。まるで淫売な売女のようだ』『殿方を茂みに誘い、言葉の代わりに自身の息を飲み込ませるのが得意な毒婦』。もっと辛辣で卑猥な噂も多くある。これらは全てお前が広めたんだろう!なんて姑息で恥知らずな女なんだ!」


 会場の数ヶ所からクスクスと笑う声が響く。

 突き刺さるような鋭い視線に、身体中を刺されるようだ。

 会場に私の味方はいないようだ。


「そのような噂、聴いたこともありません。どなたから聞かれたのですか?侯爵家の方でも相違ないか調べたいので、教えて頂けますか?」

 冷静に問い詰める。

 会場のクスクス笑いが止まった。

 『侯爵家』を名のもと、叩き潰してやると暗に含んだ言葉に、小心者は口を閉ざしたようだ。


「なんと恐ろしい女だ。家を使って脅しにかかるなど最低だ!」


 嘘で人を陥れる輩は最低ではないのか?

 婚約者がありながら、堂々と他の女性に心を通わせる裏切り者は最低ではないのか?


 なんともバカらしい…。

 浅はかな愚か者共に踊らされている殿下は、なんて滑稽なのかしら…。

 

「お前のような卑劣な女を婚約者に据えておくわけにはいかない!この場にて婚約を破棄する!」


 殿下は得意気な顔で私を見下した。

 

 あぁ、どうしましょう…。

 肩が震えてしまう。

 私の努力はいったいなんだったのだ。

 こんなにも尽くしてきたのに、王国の未来のために…。

 

「ラーディミル。永らくお待たせしました」

 ルーカス殿下は彼女の前に跪き、華奢な手を両手で取り、手袋越しにキスをした。

 この国で一般的な愛の告白の所作だ。

 会場がどよめく。


「三年前。海に投げ出された私を救ってくださった金髪の人魚姫。それは貴女だ。この三年、貴女を思わない日はなかった。私の伴侶となる椅子は貴女の物だ、どうか私と結婚してください」


 婚約破棄の直後に婚姻を申し込むなど、神経を疑ってしまう。王太子がこのような行いをしては、国の品位を損なう。


「お待ちください!」

 思わず声を張り上げてしまった。

「婚約破棄は謹んでお受けします。ですが、それは王家と侯爵家の契約です。書面にて破棄の手続きをしなければ、わたくしはまだ殿下の婚約者です。この状態で婚姻を申し込むのはラーディミル様に失礼です。どうか日を改め、陛下を交えての申し込みをしてください」


 例え婚約者で失くなっても、この国の未来を手放してはならない。

 私との結婚より、帝国の皇帝の姪の方が、何かと政治的にプラスに成ることはわかっているが、それは対等の相手としてならだ。

 我が国では帝国の国力にも、財力にも遠く及ばない。歴史が長く、伝統工芸や美術などその優美さが国際的に高く評価されているから、他国とのパワーバランスを辛うじて保てているのだ。

 ここで品位を落とせば、帝国との友好関係は属国関係へと変わっていってしまう。ここは何としても食い止めなければ…。


「なんと浅はかな女だ。この場を逃れれば、まだ俺の婚約者として居座れると思っているのか!」

「違います!」

「愛されていないのに、その愛にすがろうとは哀れな女め」

 侮蔑の篭った眼差しを向けられた。

 また、クスクスと笑う声が響く。


「哀れですこと」

「いつまでも婚約者の座にしがみついて」

「情けないわ」

「王国の恥ね」

「侯爵家もおしまいね」


 何でこんなバカしかいないのだ!

 今この愚行を正さなければ、王国の未来が!


「リリィ・マクミラン。貴様は王国の貴族に相応しくない。二度と私の前に姿を現すな!即刻この国から出ていけ!!」

「殿下!」

「連れ出せ!!」

 私の声は殿下の声にかき消された。


 殿下の側近の男子生徒二人が近づいてくる。

「ルーカス殿下の命令だ」

「最後くらい、貴族らしくしろよ」


 私の言葉は誰にも届かない…。


「やめろ。彼女に触るな」

 今まで聞いたことのない、太くて迫力のある男性の声が響いた。

 その声の主はーーー。


「このクソ野郎共が」


 可憐な微笑みを浮かべる、ラーディミル様だった。 

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