⑤ジュティを探せ!
外は、真夜中から朝方に変わろうとしていた。
細身の男(女の疑い)は、近くにある木の生い茂った方へ歩いて行く。家が二軒は立つ宝石を持ってどこに行くのか。
「さて」
マシューの心が読まれたかの様に細身の男(女の疑い)は足を止めた。
「ここで待つ」
そう言うと、ひたすら立ち尽くしている。
どうすればいいかわからないので、取り敢えずカルロを見ると、考え込んだ様にして同じくじっとしていた。
「ジャグと言う人が、攫った用心棒なんですね?」
カルロが急に喋り出した。喋っていけないのは教会の中なので問題はないのかも知れないが、ドキリとする。
「そうだ」
細身の男(女の疑い)は、そうとだけ言った。
しばらくすると、建物から巨漢が出て来た。
あらためて見るとやはり大きい。マシューの2倍は高く、横幅は3倍はあり、全身を覆う筋肉は獣のように隆起している。例え話でもなく、指数本で生物の息の根を止められるとマシューは思った。建物の中でその巨漢ぶりがさほど気にならなかったのは、同じような巨漢が隣にいたからかも知れない。
「ジュティはどこだ!」
と、これだけ人外並みの筋肉男を目の前にしても怯むどころか喧嘩を売る男。
カルロは突然、歩き近づいて来るジャグに怒鳴った。
マシューは心臓が飛び出るのではないかと思うくらいに驚き、冷や汗を感じる。
「カ、カルロ君、落ち着いて」
巨漢のジャグの挙動を見ては安全を確認しつつ、カルロと巨漢の間に出た。万が一カルロが飛びかかりでもしたら、反撃を受け無事ではすまないはず。
「ジュティ…?」
ジャグの呟きは声に聞こえない位にとても低かった。
「精霊石を持っていた人間だ」
細身の男(女の疑い)が口添えする。ここでなんだが、この細身の男は、やはり女の様な気がする。
「…ああ、隠した」
ジャグは思い出した様に呟いた。
隠した?
隠した、という意味を考える。カルロも同じようだった。
「そうか。…よかったな、ジャグに感謝しろよ。で、どこに隠した?」
細身の男(おそらく女)は、カルロに言葉を投げかけた後、続いてジャグに質問した。
「仲通りの隠れ家だ、案内しよう」
「大丈夫だ、場所はわかる」
巨漢のジャグは「そうか」とだけ答えると、細身の男(おそらく女)に挨拶するでも無く、こちらをちらりとだけ見て、また教会の中へ戻って行った。
なんだかよくわからない。
カルロも驚いたというか、呆然としている。
「あのう、これはどういう展開なんでしょうか…?」
申し訳なさそうに聞いてみると、細身の男(おそらく女)はあっさりと教えてくれた。
「…ジャグは仲間だ」
「仲間?え?」
「潜入仲間だ。用心棒だったが今は一時的にジーズに付いている」
細身の男はアヴィヴィの部下として潜入していて、ジャグもその仲間という事か。
「まぁあまり深く考えるな」
細身の男(おそらく女)は何だか優しい気がする。今なら、色々答えてくれるかも知れない。
「あのう、さっき言ってた、ダッハ行きって??設定っていうか、僕たちほんとに行く訳じゃないよね?」
「そうだな」
細身の男(おそらく女)は即答した。しかしほっとする間も無く続けて聞いた言葉に驚愕する。
「お前は行くぞ」
はい?
お前?
なぜかこちらを見ている。カルロではなくこちらを。
「えっ?」
「お前文無し宿無しなんだろ?」
それ今関係あるかな、という所を指摘してくる。
「稼げるぞ?」
稼げるぞ、だって???
そんな甘いエサをぶら下げる様な言い方して。知らないとでも思っているのか?ダッハを。ダッハがどんな街かを。
昔、少しの間滞在していた旅人。
旅人は世界の色んな話をしてくれた。
その中で、聞いたことがあるのだ、ダッハという街のことを。
「…ジュティを攫ったけど、助けてくれたって事ですか?」
カルロの中で整理がついたらしい。正直こちらはダッハ行きの事で精一杯だ。
「ジャグか?そういう事だな。普通だったら売り飛ばされてるぞ」
カルロは考え込んでいるようだ。
「まあ、とにかく行こう。仲通りだったな」
※※※
細身の男(おそらく女)について、仲通りまで行く。道順は全く覚えていないが、思ったより遠くなかった。
近づくにつれ、カルロの様子が目に見えて落ち着かなくなって来るのがわかった。
前を歩く細身の男(おそらく女)を見ていて、ふと気付いた。
まだ太陽は登っていないが薄らと明るくなっていているので、今なら細身の男(おそらく女)のフードの下の顔も見えるのではないか。
「…」
行け、言うんだ、僕。
「あのー、」
細身の男(おそらく女)が反応して振り向きかけたその時だ。
細身の男(おそらく女)の眼光が鋭く光る。
彼はマシュー以外の、更に別の何かに反応し、ローブの中から短剣を抜き出すとその何かを勢いよく叩き落とした。
落ちたそれに目をやれば、弓矢だった。
「ええぇ…っ」
思わず声が漏れる。
細身の男(おそらく女)の舌打ちがはっきり聞こえる。
「走れ!」
どこに??と思ったが躊躇している時間は無い。前方に向かって走る、ただ走る。
とても恐ろしい事だ。弓矢と思われるものが地面にぶつかったり、叩き落とされる音が後方からしっかり聞こえて来る。一体どれだけ飛んで来てるの。
そして弓矢を放っているのは、きっと人間。何故なら、きちんと考えた様に、前方に弓矢が降ってくる様になったのだから。
「ああああ!」
思わず叫んで前のめりで止まる。
どこから射られているのか、周囲を見上げるがそれらしき姿は見えない。
「馬鹿、走れ!」
細身の男(おそらく女)の声が響き、首に衝撃が走った。首元を掴まれ、そのまま引っ張られ走る。
痛みより何より、マシューの意識が向かったもの。
それは、マシューの首元を引っ張って走る事で広がったローブからあらわれた細身の男…いや、女の体だった!
もちろん服は着ているが、女だとわかる確実な胸の膨らみ、腰の張り。今首元を引っ張っている奴は、女(確信)だ!
二人はそのまま、家の中に逃げ込んだ。
いくつもの弓矢が、戸に突き刺さる音がする。
助かった、そう思ったと同時に、カルロがいない事にきづく。
「カルロ君は…」
細身の女(確信)は首を振った。
「えっ…」
「手前で曲がって逃げて行った」
別の意味でとらえてしまったので、ホッとする。
「隠れ家はここだが…鍵が開いていたな」
細身の女(確信)は天井を見上げた。
「上の部屋に居ると思うんだが」そう言いながら、部屋の隅にある階段を登っていく。
木造の階段がきしんで、不気味な音を立てた。
追手が来ないか耳を澄ますが、戸を叩く音や蹴る音が聞こえてくる事はなかった。
「えっとー、何で弓矢が飛んで来たのかな?」
階段を登りながら聞いてみる。
「私の敵だ、すまんな」
て、敵!?とは。
「追いかけて来ないけど大丈夫なのかな」
「あれはただの弓を担いで矢を射るだけの人形だ。戸を開ける事は出来ない」
「へぇー…」
納得する様な返事をしてしまったが、納得してはいけない気がした。
「じゃあ、カルロ君も大丈夫かな」
「おそらく」
階段は終わる気配が無く、上を覗き込んで見ると、ただ闇が見えるだけだった。一体どれだけあるのか。
「それより鍵がこじ開けられていた。誰かいるかも知れない。気をつけろ」
「そっか、わかった…ん…?」
この家の中に?誰かいる?気をつけろ?何を?とりあえず息を潜めるべきなのか。
階段がきしまないよう、最新の注意を払って登るが、どうしてもきしむ音は出てしまう。
中央より端を歩いた方がきしまない様な気がしたので端を登る事にする。
家は縦に長い様で、窓から少し明かりが入ってくるのが救いだ。でなければ、足元も何も見えない。
そうこうしている内に、細身の女(確信)が立ち止まり、扉の前に立っている。
「おお…」
すっかり足元に気を取られ到着した事に気づかず、喜びで声が出た。すぐに細身の女(確信)が睨んできたので気を引き締めた。
そうだった、誰かいるかもしれないのだった。その為に階段がきしまない様に登っていたというのに。
細身の女(確信)は、かがんで扉を確認している。取手部分を見ているので、恐らく鍵がかかっているかなど見ているのだろう。
そして姿勢を戻したかと思うと、いきなり扉を開けて放った。
こちらに合図も無く放たれた、扉の先にいるかも知れない誰かから隠れる様に、慌てて壁際にへばりつく。
扉が、ギィ、と音を立てて止まる。
細身の女(確信)は堂々と歩いて中へ入っていく。
少し待ってから続いて中へ入ると、細身の女(確信)は部屋の真ん中で棒立ちしていた。
部屋の中は、ベッドや収納棚などもある普通の部屋の様に見える。
そして奥には窓もあるようで、開いているのか風が入り込んで来ている。
登り始めた陽が部屋の中をうっすらと照らす。
部屋の中には、誰もいなかった。
「えっと…」
「参ったな」
隠されていたジュティはおらず、隠していた家の扉はこじ開けられていたという状況に、マシューの気持ちは落ちていくばかりだった。




