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バイオグラフィノート  作者: ナルミヤタイ
始まりのノート
1/19

落下する男

落ちながら、男は考えた。

まだ、各地を巡る仕事は終えていない。


でも、自分はこのまま眠りにつく。長い眠りに。

目覚めるのは10年後、いや数十年後?


・・そんなに長い間、この仕事を中断する訳にはいかない。

自分が真面目だからとか、そういう事ではない。

いや真面目か不真面目かと言われれば、とても真面目な方だと思う。

この髭に誓っていい。


男の脳裏に、一人の少女の姿が浮かんだ。


”ワッフルヘア”の少女。

1本で束ねている時もあれば、2本の時もある。

太陽の様なまぶしい笑顔で笑ってくれる。

”何してるの?””どこいくの?””それ私にも出来る?”

目が合えば質問攻めだ。

忙しくて答えられない事もあったが、疎ましく思った事はなかった。

むしろ最近の話しかけれた時の感情は、喜び。


男の脳裏に、少女が大事そうに抱える一冊のノートが浮かぶ。


いつだったか少女に渡した小さなノート。

自分が持っている事典を羨ましがり、欲しがったのであげた。

ノートには、大地の理を簡単に書いて置いた。

内容に意味はないが、なんだか凄い事が書かれていそうな雰囲気の文字で書いた。

”ひげのおじちゃん、ありがとう!”

少女はもちろん読めなかったが、とても喜んでいた。

相変わらずの太陽の様な笑顔と、後ろにはパシーの花が咲いていた。甘い香りがしていた。



落下という、空を切り続ける自分。皮膚が痛い。息が出来ていない気もするが、自分は人間ではないので大丈夫。三日間くらい息をするのを忘れてしまい、ハッとした事もあるくらいだ。


海面が迫って来る。

少女の事をもう少し想っていたかったが、今は時間がない。

時間は、未来にたっぷりある。

少女の思い出は、その時にじっくり味わおうじゃないか。


そうだ、あのノートを使おう。


男はひらめく。

空高くから落ちながらも、右手を強く握った。

強く握った右手は淡く光る。

その光は、遠く離れた少女が持つノートの元へ。


これでなんとかなるだろう。


男は安堵した。

ただいま落下中、眠りにつくまで、あと何分か。


男はふと自分の髭の事を心配した。

毎日かかさず、小指第一関節分の長さに整えている。

ちなみに左手だ、右手の指はなぜか少し短いのでだめなのだ。


男は、見た目こそ細身の少し外見が優れた人間ではあるが、実は人間ではない。数十年後、自分の髭がどんな状態になっているのかわからなかった。

今まで髭を整えなかった事はなかったし、長さを間違えた事もない。

あれか、おじいさんの髭の様になってしまうのか。

男はしかし気づく。

自分は人間ではない、老化しない。成長しない、すなわち髭も伸びないのかもしれない。

いや待てよ、では毎日カットしている髭とは?

気づきの連続を繰り返して、男は時間を無駄にしたと気づいた。

自分は人間ではないので、なんとでもなると思い、いきなりどうでも良くなった。


”ヒゲのおじちゃんまだー?”

ワッフルヘアの女の子。大きな犬がいつも隣にいる。

女の子の前ではかわいらしい目つきの犬なのだが、女の子がいない時に自分に向けられるあの眼力と言ったら。

旅をしていると言う自分に異様になついてくれた少女。

男は気づいてしまう。


少女が大きくなって、女性らしい姿に変貌し、子が出来て母になり、幸せと悩みを併せ持ったり、おばあちゃんになって自分の事を懐かしく語ってくれたり。

そんな光景を自分は見られないのだ。


少し胸が痛んだ。


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