支離滅裂はいつものことで
カシムさんは誰にでも優しい……のでは無い。
困っている人がいると、それが誰でも手を差し伸べる。それは失敗をしらないからだ。
助けた後、必ず自分に何か返ってくると思っている。その未来しか知らないのだ。
損することのない人助け。自己犠牲も無ければ献身も無い。
その行為、優しさは自分に向けられたものだ。自分のためだ。
そうでもなければ大男に追われている、手錠をした女の子なんて、助ける理由もない。
彼は悪を知らない子供なだけだ。
重ねて言う。優しいのではない―
「カシムさん! 何、ボーッとしてたんですか。本当に危なかったですよ!」
アスカが潜めた声で私を怒鳴りつける。
急に暗い場所に引きずり込まれたわけだが、状況がいまいちのみ込めない。
アスカの手を振りほどき、追われている女の子を助けに行ったところまでは記憶にあるのだが……
「あ、ありがとう。ござい、ま」
「ワァッ!」
下の方から声がして驚いた。変な声も出た。
薄暗いながらも、痛いくらいのアスカの視線を感じた。
「まさか、記憶に無いなんて言いませんよね?」
ジトっとした目で睨みつけられる。
なんか怖かったので、もちろん! みたいな態度を取りつつも、状況整理のためここは何処かを尋ねる。するとアスカは大きな溜息をついた。
「酒樽の中です。」
へ?
「追われているのでさっきみたいな大きな音を立てないでください。」
そんな言葉を合図に、外から荒々しい物音が飛び込んできた。ドタバタと物を殴るような音や、怒鳴り散らす声。
すると今度は下の方からすすり泣く声が聞こえてくる。
「大丈夫?」
「ごめ、なさい。」
それを最後に、その日は終わった。
……
「カシムさん?」
「ん?」
名前を呼ばれて目を開くと、まだ樽の中にいた。
隙間から入ってくる光のおかげで、自らそれを確信することが出来た。
朝だ。
「こんなところで一夜過ごしたのか?」
「は……? 変な人ですね。」
「うん。」
アスカと昨夜助けた少女は、すでに樽の外に出ていた。
追手はもう諦めたのか、別の場所を探しに行ったのか。辺りは日常を取り戻している。
「これからどうしようか。」
「ようやく話してくれる気になったのですか? その樽に何かのご利益でも?」
「ね。」
ごく普通に話題を切り出したと思ったのだが。気のせいかアスカは妙に辛辣だった。
「この子は東の方にある街に行きたいそうですよ。」
少女はコクコクと小刻みに頷く。
私は了解して笑うと、それじゃあ追手のいない内に行こうと門へと向かう。
アスカは少しだけ不思議そうな顔をした。
「どうしたのアスカ。早く行こう?」
「あぁ。そう、ですね。行きましょうか。」
そうして、私達三人は街をあとにした。