全部、全部。
(あなたを見ていると、時々酷く哀しい気持ちになるの。あなたのためにも、私のためにも、もう終わりにしましょう。)
(どうして、なんで!)
「うっ、、おぇ。」
(どうしてこんなことを! アスナ……)
(恨んでいるから。心の、底から!)
「考えるな! 考えるな!!」
(嫌なことから目を背け続けていると。いつか、壊れちゃうよ?)
忘れるんだ――
◇ ◇ ◇
カチッ、カチッ、カチッ。
「9時ちょうど。」
よし。と心で唱えた後、古臭い懐中時計を鞄の奥底に潜り込ませる。
やけに煩い胸の鼓動は新しい街に着いたことによる高揚からだろうか。それとも―
「まあどうでもいい。」
私はすっと前を向いて、街の方へと歩みを進めた。
特に変わった物も無いごく普通の街だ。しかし、私はここに来たいと強く望んでいたような気がする。
何故だか。分からない。
「どうでもいいことだ。」
たいして目的もなく足を動かし続けていると、道の隅にうずくまっている女の子が目に入ってきた。
通行人はちらほら居るが、皆一様に歩く速度を変えようともしない。誰もその子が見えていない。
妖精かな? なんて思ってみたり。お化けかな? なんて思ってみたりする。
話しかけるのが少し怖いな、なんてね。
「どうしたの? 大丈夫?」
妖精、お化け。居るはずない。もしもそれでも、どうでもいい。
都合の悪いことならば忘れてしまえばいい。
いつものように。
「人を探しているのです。」女の子は言った。
「じゃあ探してあげる。」即座に答える。
面倒臭いとも思わない。思ったことすら、忘れているだけかもしれない。
「私は物覚えがいいんだよ? 会ったことがあるひとなら、特徴を言ってくれればわかるよ。」
任せなさい! と、自身ありげに胸をポンと叩く。
「姉を探しています。姉なので、私と似ているかもしれませんね。」
すると女の子は吐き捨てるようにそう言って、初めて顔を上げた。
クリッとした眼をこちらに向ける彼女は、キレイな顔をしていた。
「う〜ん、会ってないなぁ。」
その顔をまじまじと見ながら記憶を辿ってみるも、どうにもヒットしない。
「憶えていないだけではないのですか?」
なんて、失礼な事を言われるがそんな筈はない。
だって、私は皆と違うから。
毎分、毎秒。普通だったら目に入った景色、聞いた情報も刻々と記憶から薄れていくものらしいけど。私は違う。
忘れない。自分が望まない限りは。
その事を女の子に言うと、彼女は……
どんな反応をしたんだろう。
「まあ、いいか。一緒に探してあげるよ。えと、名前は?」
「アスカです。初めまして、よろしくお願いします。カシムさん。」