出立
深い森の中にアイザックの家はある。そのため、日光が差すまでには日の出から少々時間が経過する必要がある。
しかし、そこまで待っていてはすぐに日が暮れてしまうため、アイザックの朝はうす暗い時から始まる。あんなことがあったにもかかわらずいつもと同じような朝だ。
祖父はいない。出稼ぎのために家を空けるいつものとは事情が異なることをアイザックは理解していた。
おそらく、祖父はここに戻ってくることはないだろう。
どんな事情があるとか、あの夢でもあり、現実でもあるような光景が何なのかは一切理解することはできなかったが、そういうものなのだと納得することにした。
いつもと同じく井戸から水を汲む。家に置いてある甕を水で満たすとついでに持ってきておいた布を濡らす。冷水をしみこませた布を顔抑えることで眠気を断ち切る。
次は、朝食の準備だ。地下倉庫に置いてある食材から適当に見繕う。だが、これからのことを考え日持ちがしそうな食材は避けておく。
祖父がいるなら一通りの調理が必要になってくるが、今は一人だ。祖父とは異なりアイザックは食に対する興味がそれほどなかった。確かに腐ったものなどは嫌だがそれ以外の味への頓着はうすい。腹さえ満たされればよいという考え方の持ち主だった。
ふとあの光景に出てきた祖父の姿を思い出す。祖父は高価そうな鎧や武器を身に纏っていた。つまり、祖父はああいったものを手にしていたことがあるのだろう。つまり、昔の祖父は立派な地位に就いていたのかもしれない。
「知らないことばっかりだな。」
アイザックは物心着いた時から祖父と二人でこの小屋で暮らしていた。にも関わらず自分は祖父の過去を何一つとして知らない。
祖父の言葉も、祖父の顔も、祖父のあらゆる姿を見てきたはずなのにその裏に秘められた本当の姿をアイザックは一切目にしたことはなかった。
食事を済ませると早速出立の準備を始める。
しかしながら、アイザックは生まれてこの方この家から遠出したことはなかった。木こりのために森の奥へ行くことはあっても遠目に家が見える距離にしか行ったことがない。祖父がそれを許可しなかったことに加えて日課を終えるころには決まって日が暮れていたからだ。
そのため、何を持てばいいかわからない。
「とにかく、飯と水だな」
普段使いの水筒に加えて予備の水筒にも水を注ぐ。それらを麻袋に入れた後、ありったけの食糧を入れる。