黄金のリンゴ
注意※これから地獄を見ます
戦後の荒廃したクレーターに高さ二百メートルは優に超える大樹が一本生えていた。
その戦争によりできた直径五百メートルはあるだろうクレーターの中心に大樹とその大樹の上の街と男が一人あった。
男はあるものを探していた。
男は、道行く人を見れば「君、世界に一つしかないリンゴのことを知らないか?」と尋ねた。しかしだれ一人として見向きをする者はいない。それどころか男が話しかけるのは世界に見捨てられた、死にかけの者又はもうすでに死んでいるものばかりだった。
男は戦後になってこの大樹の根元に着くまで、一人も生き生きとしている人を見なかった。
絶望していた
だが、やっと希望に会えた。男が目にしたもの、それは、世界にあらゆる街を吹き飛ばした兵器でさえ吹き飛ばせなかったクレーターの真ん中にある巨大樹とその上に存在する街。
この街は世界で珍しく残っているということもあり入国審査が厳しい。
「おいそこのお前。入国審査だ。まず上に羽織っている外套を脱ぎ持ち物を渡しなさい」
この荒廃した世界に男の経験上こういう入国審査では持ち物、主に金品を取られることが多い。
「あの、先に言っておきますがお金は持っていませんよ?」
そう、こういう時男は、たいてい先に断っておくことにしている。そうしないと後でその土地の警察やら軍やらに補導されてしまい牢屋に入れられ軽く見ても一週間は出られないからだ。
「じゃあ何も取られないんですか?」
「とりあえず持ち物を見せてもらおう」
「わかりました」
一時的に信じてみることにした男は外套を脱ぎ軍服と鞄から『非常食、果物ナイフ、シャベル、水筒、懐中電灯、懐中時計、銃弾、銃』を取り出した。
門番が銃弾を手に取り
「この銃弾は預からせてもらおう。ここでは武器禁止なのでな。ただし出国の際にまたこの門に来るがいい。出国の際に名前を言えば返せるように保管しておこう。して男。名はなんという」
男は答えた
「…罰伐 魃男……」
再び軍服の上から外套を羽織った男は今夜の宿を探すべく中央通りを淡々と歩いていた。
男が木の枝の坂を上っていると左の家から声があった。
「お兄さん旅人かい?今日泊まるところがないならうちにおいで。どうも若い旅の男の人を見ると気になってしまうんだよ」
そう言っておばさんは家に入るよう促してきた。
「しかし見たところ一般家庭のようですし、知らない人をとめるのはどうかと思いますが」
「心配してくれるのかい?若いのに遠慮深いね。遠慮なんかしなくていいんだよ。今この家に住んでいるのは私一人だからね。さあ、入ったはいった。お題は旅の話でいいよ。代わりに私も少しこの街の情報提供をしよう。今日は遅いしもう寝なさい。疲れているだろう。風呂はそっち。寝室はその部屋を使いなさい。棚に入ってる食材は自由に食べるといいよ。それじゃおやすみ。若い旅人さん」
そう言っておばさんは自分の寝室と思われる部屋に入っていった。
男もさすがに疲れていたらしくその日はシャワーだけを浴び、用意された部屋のベットに倒れこんだ。
次の日男はいつも通り四時に起き体を鍛え、おばさんが用意してくれた朝食の席に着いた。
二人とも無言で食事を続けていたが、おばさんが先に口を開いた
「この巨大樹はこの街以外では世界樹と呼ばれているらしいんだよ。ある時世界が戦争を始めた。その当時は木の根元で生活をしていた私たちだったけど次第に戦争の矛先がこの世界樹に宿るといわれている『黄金のリンゴ』をめぐる戦争になった。黄金のリンゴは一口食べただけで史実上何でも癒す力を持っているといわれている。その反面、そのリンゴがとられた時にはこの世界樹が倒れるという言い伝えもある。それを知っていた私たちはこの木にこもり世界から隠れて生きていた。ある一人の若き男を除いては」
男はおばさんの話に食い入るように聞き入っていた。
☆★☆★☆
「ご馳走になりました。あの、お金を渡す事は出来ないので……今手元にあるこの黄金のリンゴをもらってくれませんか?」
俺が懐からおばあさんの話に出てきた黄金のリンゴを差し出す。俺の非常食だったのだがこの際払うものがないのだから仕方がない。
おばあさんは驚いて椅子からひっくり返ると、腰を痛めてうずくまっている。
「ちょっ、大丈夫ですか!? 今すぐこの黄金のリンゴを食べてください!」
腰に手を当てて痛がっているおばさんの口に、黄金のリンゴを擦り付けると、おばあさんはいやいや口を開いた。その口の中へとリンゴを入れる。
初めの方は首を横に振って否定していたおばあさんだが、俺が痛めた腰をさらに叩くと、苦痛に顔をゆがめてとうとうリンゴにかぶりついた。
「う、うまい! こ、この味はうまい!」
あれだけ嫌がっていたおばあさんだが、一口リンゴを頬張ると、自分からリンゴを口に運んで、すぐに平らげてしまった。
「こ、腰も……痛くない! それどころか体が若返っていく!?」
姿がおばあさんから赤ちゃんになった彼女の何か言いたそうな顔を無視して、
「まぁこれは、俺からのお礼だと思ってください。それじゃあ、俺は木の上に非常食を補充しに行くので失礼します。あと、世界樹が崩れるって言いふらしたのは俺です。だって、俺の非常食がなくなったら困るじゃないですか!」
そう言ってやった。元おばあさんだった赤ん坊は、ばぶーとだけ言っていた。
彼女の家にあった金目になりそうなものを袋に詰めた俺は、家を出るとさらに上を目指した。
登りなれた木の枝をどんどん登っていくと、途中で武装した兵士を見つけ、思わず物陰にお身を潜めた。すると、その兵士の後ろをさらに重そうな武装をした兵士が慌てた様子で追いかけていた。
二人の会話が聞こえる。
「聞きましたか? あの心優しいことで有名だった縁宴 円弧おばあさんに隠し子がいたそうで」
「な、なにぃ!?」
「しかも、円弧おばあさんは赤ん坊を捨ててどこかに行ってしまったそうです! 今、国中で円弧おばさんを探せとお触れが出ているんです!」
兵士はその報告を聞いて、慌てた様に口を押えた。
「わ、分かった! くそぉ、この後非常食を取りに上に行こうと思っていたのに……」
「え、何か言いました?」
「黄金のリンゴを非常食用に取りに行こうって言った……いや、なんでもない」
「は、はぁ?」
後ろの重そうな兵士は、今の重大な告白が聞こえなかったのか頭を掻いて先に姿を消した。そのあとをもう一人の兵士がため息をつきながら追いかける。これで非常食が消える可能性は消え去ったな。
それから、しばらく上り続けると、今度は空を飛ぶ人間が見えた気がした。気のせいだったのでそのまま上り続ける。そういえば、そろそろ俺のメイン食であるあの魔法の白い粉のついたハッピーターンを食べなければ……。
「ん?」
あの粉のおいしさを思い出してよだれがたれそうになって現実に戻ってきた俺は、俺の進む先に物思いにふけっている少女を見つけた。
「はぁ、だれかこの私に亀光線を教えてくれないかしら」
なんてことだ、あの少女は武道の頂点であるあの禁断の技を練習するでもなく人から教えてもらおうと思っているのか。ゆ、許せねぇ。
「俺も教わりたい!」
そう言って少女の目の前に姿を現すと、その少女はただの幻覚だったのですぐに消え失せてしまった。流石に焦りを覚えた俺は、ハッピーターンの代わりに麻薬を飲んでさらに足を進めた。
そろそろ世界樹の頂点にたどり着く、そんな場所に着いたとき、俺は枝から足を滑らしてしまった。
「あ? あ~~~~~!」
高い位置から落ち、首の骨がドレミファソラシドを奏でるのを確認した俺は、すぐに立ち上がって門番の元へと向かう。
「身体検査をする」
……もういや。
☆★☆★☆
魃男は門から入ることをあきらめ、世界樹から五十メートルほど離れたところで円弧おばさんが食べ残したリンゴの種とシャベルを取り出し植えた。するとみるみるうちに世界樹と同じくらいの大樹とその上に広がる街と城が育ち、魃男はいつの間にかその頂上にあるお城にいた。
「やはりこの種はこういう効果だったか」
魃男は残りの種を袋に詰め隣の正世界樹に飛び乗った。すると、飛び降りた先に例の亀光線少女がいた。魃男は、屈んで「誰か亀光線教えてくれないかな」と言い続けている少女に近づいて声をかけた。
「どうしたの?お嬢ちゃん。名前は?おうちに連れて行ってあげるよ」
「妾をお嬢ちゃんと申すか。妾は亀光線を教えてくれる者を探し中で疲れたので休んでおっただけじゃ」
「それでお嬢ちゃん名前はなんていうの?自分のおうち分かる?」
「妾をお嬢ちゃんと呼ぶな!妾を誰だと思っておるのじゃ。妾はこの地をおさめる女王『ティターニア』。お主よりも年上じゃぞ。さあ妾に食料を恵みなさい」
そう言って、見た目、明らかに小学生年少くらいの身長の自称女王は、右手で頂戴のポーズをとり可愛い顔で食料を要求した。
「じゃあ、これを食べなよ」
魃男は袋から一粒の豆を取り出し、少女に渡した。
「これ一粒でおなかいっぱいになるから」
「その一粒で?妾がいくら小さいからといっても馬鹿にしすぎでしょう」
と言ってティターニアと名乗る少女は銀色の豆を口にした。それは大陸南部の魃男の実家でしか手に入らない万豆という豆だった。
「む!?確かにこの一粒でおなかがいっぱいになったの。ではお主、次は妾に城をよこすがよい」
この少女は何を言っているのだろうか。魃男は思った。しかしそういわれれば誰もがそう思うはずである。だが、そこは魃男。今それができるのは隣に建物ごと世界樹を出現させた当人のこの男だけである。
「じゃあ隣の木に飛び乗ってもらえますか。そのあと他の人が来れないように配慮しますので」
「うむ。よかろう」
ティターニアが新世界樹に飛び乗ったのを確認した魃男は、その後自分も飛び乗り地面に降りたのちシャベルで新世界樹近くを掘り、掘り出したスイッチを押した。すると新世界樹の周辺に城壁を出現させた。魃男は懐中時計を確認した。
「そろそろだな」
「そろそろとはなんじゃ?」
瞬間、城壁の四方の角から世界樹を上回るほどの塔が、時刻を告げるとともに出現した。塔の下の方にある鐘には魃男の持っている懐中時計と同じ紋章が刻まれていた。
「世界樹の頂上まで戻ろうか、ニア。そこにこの紋章が入ったお城がある。君もそこに住むといいよ」
魃男とティターニアは城の中に入った。城の中央には世界樹が通っておりそこにも実がなっていた。
「ここにも黄金のリンゴがあるのじゃな!このリンゴは妾には欠かせないものなのじゃ。感謝するぞ、小僧」
「じゃあこのリンゴを切り分けますね」
魃男はリンゴを八つに切り、そのうち一つを頬張った。すると魃男の麻薬の効果も打ち消され、元の正常な状態にまで戻った。いつの間にかなっていた骨折も治った。そして残りのすべてをニアが食べ終えた。ニアはあのおばあさんのように赤ちゃんまで戻ることは無かった。
「最初にあったおばあさんはリンゴを全部食べたら赤ちゃんになったんだけど、どうしてニアはそうはならないの?」
「そうか、それは残念じゃったの。そのリンゴは妾達木の上に住む一族の者にしか良い効果は発揮しないのじゃ」
「でもそのあと何も知らないのか、憲兵の人たちはおばあさんに赤ちゃんが生まれておばあさんが行方不明って騒いでましたけど…」
「よそ者が食べて赤子に戻ることを知っておるのは一族の中でも妾達王家の者だけじゃからの。リンゴのことを隠蔽しておるのは、妾達一族の長寿とこの木に身を置くすべての者たちの為なのじゃ」
☆★☆★☆
「……じゃあ」
彼女の言葉に疑問を抱いた魃男は自慢げに語る彼女の口の中へ自分の拳をねじ込みながら質問を続ける。
「俺が小さくならなかったのは何でだ? 俺は別にこの樹木の住人じゃないぞ?」
「モガ、モガガ、モガー!!」
「はぁ? 何がモガモガだよちゃんと喋れよ」
「グッ――貴様のせいだろうが! 拳で窒息するという伝説の人間になるところじゃったわ! ……全く。まぁあれじゃ、貴様は特別な体質の持ち主なのじゃ」
「そうなん?」
魃男は自分の体をまじまじと見つめ、他の人間と違うところは無いと思いながらニアへ問い直す。
「知らん。お前みたいなタイプは初めてじゃ」
「なんだよ全くもう使えねぇ野郎だ。まぁいいや。非常食である黄金のリンゴを集め終える事は出来たし、俺はもう行くわ」
「ん? 今度はどこに行くのじゃ?」
「え、地中に生えていると言われている白銀のリンゴだよ。主食の『幸せくるくる』が無くなっちゃったからな、普通の人が食べたら全身の毛が無くなると言われるリンゴを取りに行くのさ」
「別名ツルツルリンゴか……一人で行くのか?」
この世の生物とは思えない変顔をしてニアが問いかけるが、魃男はその気に入らない顔に負けない変顔をして答える。
「あぁ。ちょっとこの国にもういれないのでね。まぁまた非常食にリンゴを取りに来た時にはこの城に寄らせてもらうよ」
「ふぅん……じゃ、最後に妾から特大サービスだ」
「お?」
「この木から落ちる時、全力でウサギの歌を歌いながら落ちてみろ。次の瞬間自分の家に帰っているだろうさ」
そう言ってようやく真顔に戻ったニアは、未だに自分へ変顔をしている魃男の顔面目掛けてドロップキックをかました。油断していた魃男はどこかに捕まる事も出来ず、城から落ちながら全力で叫んだ。
「うーさーぎーのーうーたーがー!!」
世界樹の上から顔を出したニアが自分の口元に手を当てて叫び返す。
「すまん! 俺が代だった!」
「なんだって!?」
魃男はニアの言葉に顔を真っ青にすると、両手を合わせて祈る様に俺が代を歌った。早口すぎて歌っている本人ですら何を言っているか分からない。
しかし呪文は成功とみなされたのか、魃男は見覚えのあるマンションを目掛けて落ちていた。受け身をとる暇もない彼はなすすべなく背中からマンションへと落ちる。屋上の床に腰を打ち付けるとそこからドシラソファミレドを奏でながらヒビが入る。
四階建てマンションの一階に住む魃男は上の階の天井と床を全て突き破り自分の家に着くと、立ち上がった。
「くそぉ、ニアめ。おかげで足の骨にひびが入ったじゃないか。これはもう舐めないと治らないレベルだぞ」
言葉通りに魃男が自分の足を舐めていると、突き破った穴から上の階に住む人間たちが自分を見ているのに気が付いた。魃男が視線から逃げる様に壁際によると、天井の穴から包丁やフォークが投げられる。
「さて、足の傷も治った事だし白銀のリンゴでも探しに行こう」
何事も無かった様に玄関から出た魃男は、黄金のリンゴを二つ手に取ると同時に足元へと転がした。地面にぶつかった黄金のリンゴは徐々に空へと浮き上がり、魃男の足が乗せやすいところで止まる。
魃男がリンゴの上に乗ると、リンゴはセミの鳴き声をあげながら魃男を連れて空へと飛ぶ。通路の天井に穴をあけ、床を砕き、屋上を飛びぬけて空へと浮き上がる。
自分の家が豆粒ほどになっても上昇を止めない黄金のリンゴに捕まっていると、黄金のリンゴは空気のない宇宙で動きを止める。
(やっべ、また故障したよこのリンゴ。仕方ない、この二つはあきらめるか)
魃男は仕方なく黄金のリンゴから手を離すと、地球の重力に引っ張られて大気圏を突入。自分の住んでいるマンションの大きく開いた穴へ滑り込むと、自分の玄関の前にある通路に辿り着いていた。
「ふぅ。まぁ垂直に落ちるだけならやっぱりどの高さでも骨折で済むよな。さて、まぁこの傷はすぐに舐めて治るからいいとして……もうこの方法では白銀のリンゴのある場所へは向かえないな」
そう言って自分の動かなくなった足を舐めて治すと立ち上がり、鼻をつまんでいった。
「お゛れ゛の゛た゛た゛か゛い゛は゛こ゛れ゛か゛ら゛た゛」
了
先生の次回作にご期待ください1
読むの苦痛だったでしょ?
作者たちもネタにしたはずだったのに、書くのが苦痛でした
ここまで読めた人は本当に、お疲れさまでした