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第八話「アパートの取り壊し」

 会社からアパートへ着くなり、駐車場に停めた車から急いで降りて、運転席のドアをバンッと勢いよく閉めた。祐也はアパートの隣で家の庭先にいた神崎の元へと駆け寄る。


「神崎さーん!」


大きな声で二度呼ばれ、ようやく気づいた神崎が振り返る。


「あぁ、田喜くん。お帰りぃ」


 気が焦り気味の祐也とは逆に、神崎はいつも通りにのんびりとした様子だ。庭先にある畑で日よけ帽子にエプロン姿で農作業をしていた。


「女の子はっ?」


 野菜を一つ二つと丁寧に収穫をしながら、


「だぁーれも、おらんかったよ」


 と、何事もなくのほほんと答える。


「そんなはず……」


 ない。と、祐也は疑い掛けたが、自分で出て行ったのだろうか? すると、神崎が声をひそめて言う。


「田喜くん。さては……見たんやな?」

「え?」


 ()()、とは。幽霊か何かか。直感的に思わず顔を強張らせかけた祐也に対し、神崎はふふふっと意味深な声を漏らす。そして、腰を持ち上げて、ハァーと大きく息を吐きながら背中を反らして伸ばすと、アパートを見やった。


「……ここのアパートももう築四十年になるんじゃ。古ぅなってあちこち傷んでしもうとる。あたしと一緒じゃあ。あちこち悪いとこばっかじゃ。年取るとほんまにいかんなぁ」


 ハハッと神崎は顔をくしゃりとさせて愛嬌のある笑顔を見せた後、ふっと顔に陰りを落とす。


「田喜くんには前からチラッと言うとるけど……」

「……はい」


 アパートの取り壊しの件だ。アパート自体の老朽化のせいもあるが、大家である神崎自身が高齢のため、不動産から手を引くのを考えている。そうなれば、入居者は退去という形になる。まだはっきりと具体的な決定はしていないが、近いうちにどうにか決める話だと神崎は話している。

 祐也には雪がいるため、いつでどこへでも引っ越しができる訳ではない。実家には父親が飼っている土佐犬がいるために、雪を世話を頼む事はできなかった。ちらほらと転居先のアパートのチェックをすると同時に転職も視野に入れていた。場合によっては、雪を里親に出すのを考えなければいけない。──もしも、その時が来るのを祐也は覚悟をしていた。


「上京しとる息子夫婦が、もしかしたら帰って来るかもしれん言うとるんじゃけど、それもいつどうなる事やら……」


 ハァと溜息をついた後、


「まぁ、なるようにしかならんわ」


 と、パッと晴れるように明るい笑顔にすぐに戻る。

 よいしょと、獲れたてのトマトが入った竹籠を持ち上げて「ほれ」と、祐也にトマトを一つ投げ渡す。それから、ついでに思い出したように一言。


「……アレはなぁ。たまーにやけど、ふらっと姿を見せよるんじゃ。長いこと生きとると色んなことが起きよるもんじゃあ。……心配せんでも、悪さをするような子じゃないみたいやけんな」


 ……家賃は払うてくれんけど。と、そう言い残し、玄関の中へと入って行った。


「……また」


 いつもの神崎の不思議まつわるエトセトラの話だ。ここのアパートには一体どれだけの謎が隠されているのか。首を傾げてトマトにかぶりつくと、チロリと鈴の音が聞こえた。


「雪?」


 いつの間にか気づくと雪が祐也の足元にいる。「ニャゥ」と、お帰りの挨拶をした。祐也は雪を大事に抱き上げる。


「出してもらってたのか?」


 雪は「ニャー」と、どっちか分からない返事をする。


「雪、ナイは?」


 無駄だと分かりつつ聞くと、今度は何も答えない代わりに、祐也が手に持っているトマトの匂いをクンクンと嗅いで、フンッと鼻を鳴らしたのだった。

読んで頂きありがとうございました


大家さんが、

不思議です……

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