第七話「会社にて」
倉庫内ではフォークリフトが前後左右にせわしなく走行していた。
(早く電話しねぇと……)
祐也はリフトに乗り、頭の片隅でナイの事を考えながらも、その操縦はスピィーディーかつ正確なものだった。段ボールを積み上げたパレットを次々と持ち上げ運搬していく。が、少々いつもより動作が荒っぽい。
今日に限って朝から忙しかった。従業員が二人休みのせいだ。一人は風邪。もう一人はヘルニアの症状悪化だった。ここ数日、気候が異常な程にコロコロと変わり温度差が激しかったせいだろうとみられる。
祐也も腰の痛みを気にしていた。ずっとリフトに座りっぱなしのせいだろう。今日休んでいる従業員のように、そろそろヘルニアなどの危機を感じている。
重い段ボール箱を持ち、夏は暑過ぎて冬は寒過ぎるという、一見して悪条件だらけのこの仕事。長続きせず辞めていく者も多い中、体力と根性だけは自信のある祐也。だが、それだけの理由でこの仕事をずっと続けてきた訳ではない。……単に、人間関係が苦手で億劫なのがある。一人で淡々と行う作業が性に合っていた。
(昼に電話……けど、なんて説明を?)
考えながら、「おーい」と、先程から誰かの声が聞こえ続けている。
「おーい! 田喜ー!」
声の主は河原だ。呼ばれている事にすぐに気づかなかった祐也だ。リフトを停止して降りる。
「さっきから呼んでんのに、気づけよー。お前がボーッとするなんて、珍しいな」
「……すまん」
自分自身でも少し驚いていた。機械仕事において不注意は絶対に許されない。そんな失態に心の中で舌打ちする。
「ほら、弁当買って来てやったから休憩に入れよ」
朝、急いでいたために昼食を用意する時間まではなかった祐也だ。いつもは簡単な弁当を作って持参している。朝、会社に着いて河原に「なんか食いもんあるか?」と聞くと、「なんで俺の顔見て言うんだよ? 俺、さすがにデスクにあんパン置いてたりとかしねーぞ?」と、半分ムキになって言われた。が、外回りついでに親切にも買って来てくれたのだった。
「えーと、冷やし中華とな、おまえの好きな焼きそばパンと……シャケおにぎり。どれがいい?」
「何でもいい。サンキュ」
いちいち中身を報告する河原から、レジ袋を受け取る。
「あー待てっ、俺のも入ってんだ。って、外で食う気か? 事務所ん中で食えよ、熱中症で倒れられたら困るからよぅ」
河原の忠告を無視して、祐也は倉庫の裏へとスタスタと素早く歩いていく。そして木陰の下でドサッと地べたに座り込んだ。風がふわりと吹いて木の葉がざわざわ揺れている。追いかけてきた河原が、
「あーここ風が気持ちいいな。って、これ台風の風かぁ? 台風、今どこだ?」
「ここはいつも風通しがいんだよ」
「そりゃあ、冬は極寒だなぁ」
倉庫の建物とコンクリートで土留めされた斜面との間を風が吹き抜けてゆく。斜面の上には大きな桜の木がまるで日傘のように木陰を作っていた。春には風に吹かれて迫力満点の桜吹雪の花びらが顔面にくっつく。
祐也はレジ袋に手を突っ込んで、最初に掴み取ったおにぎりにかぶりつく。河原も追いかけて来てしまった以上、仕方なく祐也の昼食に一緒に付き合うことと決める。近くに見つけた適当な木材の上へ腰を下ろした。
「──台風、明日の昼に来るみたいだなぁ。今、奄美大島が暴風域だってよ」
河原がスマートフォンを取り出してワンセグで台風情報のニュースを見始める。
「あーっ傘がぁー! ……台風んときって差すのと差さないのどっちが正しいんだろな? 最大瞬間風速五十メートル記録だってよ! ……うっわ、降水雨量五百ミリって何だこりゃ。四国が真っ赤っ赤になってんぞ?」
ニュースを見ながら、やや興奮気味な河原は、火事を見ると血が騒ぐタイプだ。台風に至っては意味もなくワクワクする。それは祐也も子供の頃は同じだった。学校が休みにならないかどうかがとても楽しみだった。それも昔だったからかもしれない。近年の異常気象による自然災害続きでは、そんなことを呑気に思う子供もいないかもしれない。
祐也は河原の台風情報の説明を上の空で聞いて、残り一口のおにぎりを強引に口に押し込むと、ポケットから携帯を取り出した。台風情報も気になるが、今一番気になるのはナイの事だ。
(……やっぱり、見たまんまを話すしかないか)
電話帳画面を開き神崎の番号を表示させたものの、少しためらい指の動きを止めて何かジッと考える。
「……なぁ」
台風の実況中継に釘付けの河原に祐也が話しかけた。
「ん? なんだ?」
声を掛けられて河原が祐也を見ると、何やら神妙な顔つきをしている。祐也の方から話掛けてくることも少ないが、そんな姿を見るのも珍しいと思った河原だ。
「どした?」
何か悩み事か相談か。と、河原は姿勢を正して向き直り、うつ向いている祐也の顔を下から上へと覗き込む。
「……昨日、田んぼの中に女の子がいた」
「なに、田んぼの中に女の子が? 今どき、田んぼで遊ぶなんて……そりゃあ、おてんばな子だな」
河原の脳裏には、昭和の子供達が田んぼの中ではしゃいで遊んでいるイメージが浮かび上がる。実際に見たことは、ない。
「それで、その子がどうしたんだ?」
話の内容が全く見えずに疑問する河原。
「今、俺んちにいる」
「なっ、おまえ、誘拐したのかっ?」
河原は体をのけ反らし、大仰なリアクションを全身で表す。わざとではない。これが河原の素だった。
「違うっ、夜も近いのに起きずに寝てたしケガしてたし仕方なく部屋ん連れてって手当したんだろっ」
何を馬鹿なことを言うんだと、睨みかけた祐也だが、馬鹿の様な話を持ち出したのは自分と気づき、目線をフイッとそらしてごまかす。
「……おまえは、雪ちゃんといい、何でもかんでも拾うの好きな。で、何でおまえんちにいんだ? どこの子よ?」
雪は正確には拾ったのではなく、保護したのだ。ナイも拾ったのではないが、保護した事には違いなかった。……何も反論できず、祐也はそのまま話を続けた。
「よく分からない。聞いてもオウム返しするばっかだ」
「オウム返しって言えば、あそこの国道沿いのペットショップのオウムは、『おはよう』って言ってるのに『ありがとうございましたぁー』って言うよなぁ。その子、小さい子か? いくつだ? 近所の子じゃねぇのか?」
「小学生の真ん中か高学年くらいだと思う。俺の知る限りじゃ、そんくらいの子は近くにいない。もっとちっさい子か高校生以上ならいるけど」
「隣町とか?」
「峠を越して来たっていうのか?」
祐也のアパートから隣町へ抜けるには、東に向かうにも西に向かうにも数キロの峠道を越す必要がある。大人が自転車でもきつい坂道だ。子供が一人で歩いて来るとは考えにくい。それに、
「んー……子供なんかが行方不明になったらよぉ、防災無線でガンッガン放送しまくりそうだけどなぁ……なんも聞こえてねぇぞ?」
「だよな……」
高齢化で過疎化の進むこの地域一帯では、高齢者の行方が分からなくなり警察署から防災無線を通じて尋ね人の放送が流される事が結構よくある。そういった放送が一切ないというのが、また不思議でもあるのだ。
「やっぱ、大家さんに電話するわ」
踏ん切りがついたように、祐也は携帯のボタンを押す。いやいや、最初からそうすべきだろう。と、心の中で河原は突っ込みを入れつつ、祐也のことなのできっと一人で真面目に考え込んでいただろう事に、フゥと溜息をついた。時に石橋を叩いて渡る慎重さのある祐也だった。
河原は生ぬるくなった冷やし中華をすすりながら、電話のやり取りを聞いて待つ。数分後──、
「……手がかりは何もねぇ。とりあえず急いで部屋へ様子見に行ってもらった」
絶滅危惧種の従来型携帯電話を二つにパチンッと折って祐也は告げた。
「そっかぁ……台風来るし、早くおうち見つかるといいな」
まるで仔猫の里親探しのように河原は言ったが、祐也には接近して来る台風とナイへの心配と不安とが重なり合う。
空は、まだ何も知らないというように、青い晴れ間を広げていた。
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