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第五話「二人と一匹」

『──大型で非常に強い台風二十一号は強い勢力を保ったまま、南の海上をゆっくりと北東へと進んでいます……』


 簡単な夕食を作って、寝室の隣にあるテーブルの上に並べて置くと、祐也はテレビのスイッチを付けた。台風がこっちへ来るのは明後日になりそうだ。今後の詳しい進路はまだどうなるか分からないが、おそらく直撃コースになるに違いないと見込む。

 ニュースを見ながら、うどんをすすっていた祐也は、ふと何気に視線を寝室の方へとやると……少女がこちら側をジーッと見つめていた。一瞬、心臓がドキッと跳ね上がりそうになった祐也。目を覚ましていたのに全然気づかなかった。


「……起きたのか? 大丈夫か? どっか具合悪くないか?」


 少女は何も言わずにこちらをジーッと見つめている。


「腹、減ってないか? なんか食うか?」


 黙ったまま何も返事をしない。代わりに大きく開いた瞳をパチパチとさせている。

 目を覚まして少しずつモゾモゾと動き出した少女に、雪は興味津々で少女の周りをくるくると回って「ニャウーン」と、体をスリスリとすり寄せる。雪のピンと上に立てたしっぽが顔に当たり、少女はうっとうしそうに手でしっぽをつかみ取った。動きを止められた雪が「ウニャ」と、鳴いてわたわたする。


「……ほら、こっち来いよ」


 祐也は側に寄ると、少女の両脇を抱えてズルズルとひきずるようにテーブルの前まで連れてきて半ば強引に座らせた。

 もう夜だ、きっとお腹が空いているに違いない。何か食べれば落ち着いて、話をしてくれるかもしれない。子供にはおやつを与えるのが一番良い。と、そう考えた祐也だ。けれど、おやつはないので仕方なく夕飯をすすめる。


「なんか食べて腹に入れろ。……あんま大したもんねーけど」


 と、簡素な食事に申し訳なく一言断りを入れて。 

 だらりと脱力して顎をテーブルの上にのっけた少女は、目だけキョロキョロ動かし目の前に置かれてある食事を見渡す。

 少しして、ようやく頭を上げた少女は、うどんが入った丼の中を覗き込む。そして好物を見つけたらしく目をパッ輝かせると、うどんの上に乗っかっていた温泉玉子をちゅるりと吸い付いて口に含んだ。


(……温泉玉子が好きか)


 今度は鶏肉の野菜炒めを見入っている。手前に置いてる割り箸に気づいていないようなので、祐也は割ってやって手渡す。それを受け取り手に持った少女は、ひょっこりと首を傾げた。割り箸の先がクロスしてしまっている。それを上下に動かす。


(……持てないのか?)


 と思ったが、不安定でバランスの悪い割り箸で上手く鶏肉をつかみ取り、大きく口を開けて美味しそうに頬張っている。


(不器用……いや、器用……)


 祐也は謎の少女を観察する。

 顔は大きく丸い瞳が特徴的だ。長い髪の色と同じく薄く茶色い。かと言って、ハーフという顔立ちでもない。鼻と唇は小さく、色白で卵顔だ。その顔はとても可愛らしい。

 ハッと気がつけば雪が少女の膝の上に乗ってテーブルの上の皿に入った鶏肉に目をギラつかせている。


「あっ、雪!」


 塩とコショウで味付けされた料理は猫の体には良くない。


「それは、ダメだ!」


 祐也は制止させようとしたものの、少女が何も制止しなかったため、雪はまんまと鶏肉をゲット。嬉しそうにハグハグと噛みついて食べている。すっかり油断してしまっていた祐也は、ハァと溜息をついてコップの麦茶を飲み干した。缶ビールを飲みたいところだったが、何かあって車の運転ができないのでは困るので今日は自粛した。

 最後の一切れの鶏肉を食べ終えた少女は、畳の上へとゴロンと横になる。そして、うつ伏でだらりと伸びた。まるで自分の家でいるかのようにリラックスをしているのだった。


(……よくわからん)


 とりあえず食べ物が胃袋に収まったので、祐也は一安心する。そして、正体不明の少女に尋ねた。


「……名前はなんだ?」


 少女は聞いているのかいないのか、顔を横に向けてこちらを上目使いでジッと見つめてくる。雪が少女の背中の上に乗っかかろうとしたので、話の邪魔にならないように抱き上げてやめさせ、少女の隣に座り込んで質問を続けた。


「名前は?」


 少ししてから、


「名前ハ?」


 ちっちゃな鈴の音ような声を出し、逆に質問をされる。確かに少女にとっても祐也は知らない人にだった。


「俺か? 俺は、田喜祐也だ」

「オレ?」

「ん? いや、違う。俺の名前は俺じゃなくて、祐也だ」

「オレ」


 違う、俺の名前は〝俺〟ではない! と、否定したかった祐也だが、そこは我慢してスルーをし、質問を続けた。


「おうちは?」

「オウチ?」

「そう、おうちだ」


 学生時代、河原に「黙っていると顔が怖いから女子が近づかねぇんだよ」と言われた事があり、努めて笑顔を作ってみせた。が、その笑顔は不自然に引きつった。

 そのせいかどうか分からないが、少女はフイッと顔をそむけてしまう。祐也は内心少し傷ついた後、質問を変えた。


「いくつだ?」

「イクツダ?」

「……俺は、二十四だ」

「ニジューシィー……」


 少女はオウム返しをするばかりで、まるっきり話が進まない。祐也は腕組みして、うーん。と、頭を唸らせる。

 雪が祐也の腕をするりと抜け、少女の背中に乗り上がった。少女が体を反転させると、雪が背中からずり落ちる。雪はめげずに再び少女の上に乗りかかろうとする。それを少女が腕で振り払ったのを、雪は遊んでくれていると勘違いをし、少女の腕に抱えついて甘噛みと後ろ足キック! 

 雪にとっては遊びのつもりで、少女にとっては迷惑だ。けれど、いつしか二人は仲良くじゃれ合いを始めた。

 祐也は考えるのを諦めてハァーと長い息を吐き出すと、悲しくも残された野菜とうどんをすすった。


『──台風の影響により、西日本では今後の大雨への警戒が必要です……』


 テレビは天気予報になり、再び台風情報が流れている。

 こんな時に、こんな事が起こり、こんな状態の謎の少女。一体どうするべきか。少女は泣いたり寂しがったりして家に帰りたがる気配は全くなく、ずいぶんと落ち着いている。それが不自然で不思議だった。なので、今夜はこのまま様子を見る事にした。

 ひとしきり雪とじゃれ合いをした少女は、ぞろぞろと布団の方向へとほふく前進のように体を這わせて移動して、そして布団の上へと丸まった。雪も当たり前のように少女の腕の中へと潜り込む。いつもは毎晩、祐也と一緒に寝ている。


「雪ー……」


 と、少し嫉妬しながら寂しく名を呼ぶと、しっぽの先で返事を返す。やがて、心地よさそうな寝息を立てはじめた二人。


「ふぁ……」


 何だかやたら疲れてしまっていた祐也。大きなあくびをした。少しだけ休もうと、二人の隣へと畳の上にゴロンと仰向けになる。そして少女の寝顔を眺め、


(……一体、どこのどの子だ?)


 思いつつ、いつしか睡魔に誘われ思考が遠のいてゆく。そのまま二人と一匹は眠りについていった。

読んで頂きありがとうございました

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