第二話「大家の不思議な話」
祐也が住むアパートは会社から車で三十分程の距離にある。周辺には、やはり田んぼや山が広がっていて、昔ながらの瓦屋根の民家がポツポツとあるくらいの「ド」がつく田舎だ。近くにスーパーなどの店はなく、間違ってもコンビニなんかはあるはずもない。一日に数回しか通らないバスが一応あるにはあるものの、高齢者を省いては完全車社会の地域である。そんな辺ぴな所だが、祐也にとって雪と一緒に暮らすにはのんびりとして静かでいいところだった。
アパートの駐車場へ着くと、大家の神埼がアパートの敷地内の落ち葉を竹ぼうきで掃いていた。車から降りて来た祐也に気づいた神崎は、八十歳とは思えないほど元気な声で話しかけてきた。
「田喜くん、おかえりぃ。あー暑いわぁ。汗がなんぼでも出てしゃあない」
そう言いながら、顔から汗を流している神崎の笑顔は、むしろ見ていて爽やかで気持ちの良いものだ。
「ん、ただいま」
挨拶をすると、祐也は集めた落ち葉をゴミ袋に入れるのを手伝った。ぎゅうぎゅうと詰め込み、固く口を結ぶ。
「最近は落ち葉も家で焼けんようになってしもて、不便やわぁ。あたし焼き芋して食べるんが好きやのに」
不満そうに言った後、こっそり焼くことあるけどの。と、小さく声をひそめる。よっぽど、好きだ。昔は庭先で掃き集めた落ち葉を燃やしながら焼き芋をするのが日常的だったのだろうと、祐也は想像する。
「……これで最後?」
「あぁ、ありがとう。これで全部じゃ。あーやっと片付いたんはええけど、また台風来るんやてなぁ。なんぼ掃いても掃いてもキリがないわぁ。でも一度にやるんはしんどいけんな、こやこやせなしゃあない」
神崎は口ではそう嘆いているものの、へこたれた様子はなく、キラリと白い入れ歯を光らせながら笑う。
「そうじゃあ。今日、神様の御使いを見たんじゃ」
「え?」
神崎は突然、話し出す。
「昔からの、なんかが起こる前には必ずと言うてええほど見るんじゃ。もう二十年くらい前になるかのぅ。あそこにあるもみの木が落雷で真っ二つに折れて倒れてしもうたんじゃけどな。それがじゃ、うまいことアパートを避けるように倒れてくれてなぁ。あん時も、あたしは前の日に神様の御使いを見とったんじゃ。おそらくこのアパートをお守りして下さっとるんやろなぁ。有難いことやわぁ」
その後、そのアパートの隣に生えているもみの木はすくすくと立派な成長を遂げたのだろう。今はもうアパートの屋根の高さを優に越えている。夏場になるとセミが止まって早朝から鳴くのが少々うるさくて迷惑だが。
「……神様の御使い?」
祐也の質問は聞こえなかったのか、聞いていないのか。神崎は両手にゴミ袋を下げて、よいしょよいしょ。と掛け声をかけながら、アパートのすぐ隣にある自宅へと歩いて行ってしまった。
頭の片隅に何かが引っ掛かるのを感じた祐也。だが、亡き祖母もそうであったのだが、神崎もまた不思議な話をしょっちゅうする人なのだった。なので気に留めず、その何かを頭の中で探るのをやめる。それよりも早く雪に会いたくて、祐也はアパートの部屋へと急ぎ足で向かった。
読んで頂きありがとうございました
神様の御使い、実際に見たことがあります。
亡き祖母から、それは「神様の御使い」だと教わりました。




