第十二話 ノノカ
ノノカが腕を振るうと、その場にテーブルと人数分の椅子が出現する。テーブルにはご丁寧なことにティーセットまで用意されており、ポットからは湯気が立ち上っていた。
今更、何を見せられたところで驚かないが、デタラメさには辟易する思いだ。
「これも魔術か……」
「何を言ってんのさ。兄さんもできるだろ、インベントリから出しただけだよ」
あ、はい。便利ですもんね、インベントリ。
早とちりしたのが恥ずかしくて、さっさと椅子に座っておくことにする。皆は警戒しているのか恐る恐るだったり、俺と同じく開き直っていたりと反応は分かれたが、椅子に腰を下ろした。
姐御は当たり前のように俺の膝へ座ろうとしたので、椅子を引いてスペースを確保。ずり落ちないよう腰に腕を回したところで、さて、と姐御が口を開いた。
「詳しいお話を聞かせてもらえると、そう思っていいんでしょうかー?」
対面に座るノノカは、何故か不思議なものを見るような目を向けて、二度、三度と段階的に首を傾げてから、抉るような角度で俺の顔を見上げる。目が合った。
何か言葉を求められている気がしたので、何が正解だろうかと考えるものの、出題されたわけじゃねぇんだから正解なんてないか、と思ったままを述べることにした。
「悪いが俺の膝は一人用だぜ」
「お、おう。……こいつら素面で理解超えてくるなぁ」
小声でぼやき、
「ま、話はするさ。その前提として、私の自己紹介から始めた方がいいかねぇ」
ノノカがちょいっと指先を宙に滑らせると、ポットが浮かび、それぞれのカップに紅茶を注いでいく。今度こそ魔術だと言ってやりたかったが、のっけから話の腰を折るのもどうかと思って黙っておく。決して魔術ではなかった時、また恥ずかしい思いをするのが嫌だったからではない。
全員のカップを紅茶が満たしたところで、ノノカは口を開いた。
「そっちの同胞が言ったように、私は古い古い魔法使いでね」
視線がシャーロットさんに向けられる。同胞と呼ぶあたり、派閥が違っても険悪な仲というわけではないのだろう。あくまでもノノカの場合は、同業者的な仲間意識があるのかもしれない。
「高次元に至ったことで、その気になれば大抵のことはできるようになったよ。だからと言って、世界を好き勝手に弄るつもりもない。それはあまりにも傲慢だし興冷めだ。
他の同類と比べれば、私は高次元に引き篭もらない変わり者なんだけど……言わばこの世界というゲームを、一人のプレイヤーとして楽しんでいるようなもんさ」
どこか言い訳めいていたが、その言葉が事実なら敵意はないと思ってもいいのだろう。
ごく普通の人間関係による好き嫌いはあるかもしれないが、魔術師としての感情で俺達と敵対することはない。そういう関係でいいと、彼女は判断したのだ。
「スタンスは分かりましたけどー」
立ち位置を理解した上で、姐御は問いかける。
「どういった出自であるとか、そういうお話はしなくていいんですか?」
「やだよ長い。――や、そういうのは親しくなってからでな?」
取り繕うのが遅かった。先に出たのが本音だろう。
誤魔化すように笑うノノカを半目で見て、姐御は納得の頷きを行った。
「性格は何となく掴めてきましたねー。基本、マイペース系ですか」
だから会話の主導権を握ろうと、姐御は言葉を続けた。
「では本題いきましょうか。ぶっちゃけ今回の異変、あなたが犯人ですか?」
問われたノノカは腕を組み、唸りながら黙考する。答える意思はあり、けれどどう答えたものかと悩む仕草だ。しばらく待っていると、ノノカは紅茶を一口飲んで喉を潤してから、
「世界全体への異変に関しては、そうだと答えようか。
ただし、その原因を作ったのは私じゃないし、馬鹿娘の件は精々が共犯。むしろ善意の第三者って感じなんだけど、どうだろうね。分かってもらえるかなぁ」
警戒――とはまた違う、不安を含んだ言葉だった。
姐御は首を傾げたが、誤解を恐れずに言えば、ノノカは誤解を恐れなくてもいい。自分が悪く思われても、痛手にはならない。不愉快ではあるかもしれないが、誤解を元に争うことになったとしても、争えば勝つ。そういった次元の存在なのだから、自分自身のことで不安になることはない筈だ。
だからわざわざ姿を現しておいて不安になるのは、彼女が自分以外の何かを心配しているということの証明。正しく理解してもらえるだろうかと、気を揉んでいるのだ。
だけどそれは、俺が指摘するようなものじゃない。正しく理解してもらうために、いつも言葉を選んでいるクラレットが適任だろう。
そう思いながら目を向けると、クラレットは頷きを返してノノカに言った。
「大丈夫。ノノカさんは悪い人じゃないって、私は知ってる」
俺が感じた程度のことは、クラレットも正しく理解している。
そしてきっとそれ以上に、深く理解もしているのだろう。
「私はプレイヤーとしてのノノカさんしか知らないけど。この世界でもプレイヤーの一人として振る舞うなら、ノノカさんのことは信用できると思う」
だから、
「分かるまで聞くから、言葉を聞かせて欲しい」
「はぁー……クラさんは本当、いい子だね」
吐息を洩らし、うんうんと頷いたノノカは、腹を括ったように自らの太腿を叩いて音を鳴らした。
「よし、クラさん達を信用してぶっちゃけよう。――実のところ、私は元凶の一人でもある」
いきなりのぶっちゃけに、「は?」と、思わず困惑の声を上げる俺。
皆も同じような反応をしたが、違う反応を見せたのが二人。ノノカという規格外の存在が現れたことで、それは偶然ではないと薄々察していたのか、シャーロットさんが「だろうな」と呟いた。
そしてもう一人。困惑よりも対処を優先して、素早く短刀を抜いたカルガモが、その刃先をノノカの首元に向けていた。
「おいおい旦那。私にゃそんなの、脅しにもならないぞ」
おどけたように言うノノカに、カルガモは平然とした顔で答える。
「かもしれんが、意思表示にはなるじゃろう」
「……おっかねー。考え方が現代人じゃないんだよな、あんた」
俺もそう思う。カルガモの行動は、事と次第によっては敵対すると示したものだ。
敵わないとしても、見過ごせないと思ったのなら、敵対を選ぶ。力の差があるからと己を曲げるようなことはしないと、脅しというよりは警告として行ったのだろう。
裏を返せばまだ話はできるということであり、会話のための布石だ。
力の差で脅すのは無意味だから正直に話せと、要求を伝えたようなものでもある。
だからこそ、カルガモの凶行を気にした風もなく、姐御は口を開いた。
「確認しますけど――元凶というのは、ゲオルギウス・オンラインに関する一連の騒動、その全てについてですよね?」
「その認識で構わないよ。別に義理立てするわけじゃないけど、あんまり私から話すのも不公平だし、要点だけ伝えようか。
あるところに、魔術と何の関わりもなかった奴がいた。だけどそいつは偶然、魔術や神秘の実在を確信し、自分にできること――ゲーム制作と運営で、自分が望む魔術を実現しようと考えた」
その話を信じるのなら、その人物こそがゲオルの運営の一人であり、一連の黒幕なのだろう。
シャーロットさんの視点――生粋の魔術師からは不自然な点があったことも、そのあたりが理由か。正しい知識もなく、たまたま魔術に辿り着いた素人が、悪戦苦闘した産物だったのだから。
「私が接触したのは、ゲーム制作が始まってからだね。正直に言うとね、おもしろいことを考える奴がいた、って好奇心だ。魔術もその痕跡もどんどん失われていく世界で、とんでもない大望を抱いたもんだと、称賛したいぐらいだったよ。
だから私は知識を授けた。この時代に新たな弟子を持てるとは思っていなかったから、私も楽しくなっちゃってね。基本的な手解きをして、じゃあ後は自分で頑張ってみようね、って。たぶん無理だろうけど、挑むこと自体に意義がある。失敗させて、後始末を手伝うぐらいの気でいたのさ」
でも、とノノカは考えの甘さを認める言葉を継いだ。
「そいつは思っていたよりも優秀で、思っていたほど世界も強固じゃなかった。
儀式魔術ゲオルギウス・オンラインは成功し、今に至るというわけさ」
自嘲めいた笑みで、ノノカは話をそう締め括った。
本当に要点だけで、話していないことはまだまだあるのだろう。だけど追求はできない。
何故ならこれは、彼女のルールだ。義理立てはしないが、不公平なことはしない。そう在ることを定めている以上、追求しても不興を買うだけで、得られるものはないだろう。
何にせよ、彼女の立ち位置が分かっただけでも収穫か。
そういうスタンスなら、俺達と敵対するわけでも――そう判断しかけた時、クラレットが口を開いた。
「ノノカさんは……その人が間違っていると思ってるんだね」
「……どうしてだい?」
確認するような言葉に、ノノカは目を細めて問い返した。
踏み込むのなら根拠を示せと、初めて敵意らしきものを言葉に宿していた。
だがクラレットは怯まず、
「無理だろうとか、失敗させようとか。正しいと思ってるなら、考えないことだから。
だけど自分から否定しなかったのは――」
クラレットはノノカの心を覗き込む。
この恐るべき魔術師を、同じ人間だと考えて言う。
「――ノノカさんが、その人に同情してるから。
その人が魔術にした信仰を、できるなら叶えてあげたいと思ってるから」
「ふん。分かった風な口を利くじゃないか」
ノノカは鼻で笑うように言って、
「でも、そうだね。あいつは哀れな奴なのかもしれない」
素直な言い方ではないが、同情しているのだと認める。
クラレットの想像を裏付けるように、ノノカは心情を吐露するように話した。
「無理だろうと思ったし、失敗すれば現実を受け入れると思ったのさ。
だけど――何かの間違いで届いてしまった奇跡を、どうして私が否定できる。
間違いは正されるべきだろう。でもそれは、私以外の誰かじゃないと駄目だ」
あるいはそれは、無責任な話だったのかもしれない。弟子が間違えたのなら、師として正すのが道理ではあるだろう。
だけどそれは優しさと呼ぶべきもので、筋が通らない話ではない。
で。俺はまだ短刀を突きつけているカルガモに、呆れたように言った。
「見たかカルガモ、これが人間性だよ人間性。お前に欠けてるもの」
「では聞くが、おぬしがノノカの立場じゃったらどうする?」
「間違ってんなら殴って分からせる」
「じゃよねー」
はははは。俺達は朗らかに笑い合った。
ノノカがすっごい顔をしていたが、そこへ申し訳なさそうにツバメが言った。
「ごめんね……この二人、うちのクランでもトップレベルに心がない外道だから……」
「まだ他にもいるってわけかい……」
聞き捨てならない発言だったので、俺は軽めにテーブルをドンと叩いて抗議した。
「俺達がトップレベルなわけねぇだろ。真のトップはこの御方、タルタル魔王陛下にあらせられる」
「そうじゃ、そうじゃ! 心があるからこそ他人の心を折れるんじゃぞ!」
姐御の一点集中ヒールが、無言で俺達の下腹部を襲った。
同時に「ぬふぅ」と呻いて苦しむ俺達を無視して、姐御は軽やかな声で言う。
「ノノカさんの事情は分かりました。言いたいことがないわけではないですけど、人間臭いところにホッとしたのも確かですねー」
「り、利用……できるもん、な……!」
足の甲を思いっきり踏まれた。ネタ振りだと思ったが違ったらしい。
涙目になる俺をノノカが見る。同情……いいや違うね、馬鹿を見る目だ! 事実だが露骨にそういう目を向けるのはどうかと思うぜ俺!
勝手に憤るが、姐御は構わず話を続ける。僕の怒りは世界に届かない。
「気を取り直して続けますけど、では今の状況とか顔剥ぎセーラーとか、そのあたりどうなってるんですか? うちの子達はこういう推測してるんですけど――」
と、姐御はロンさん達がした推測を述べる。
旅行の翌日、俺達は既にバックアップとして用意されていた世界を利用した、シミュレート世界に取り込まれており、それをゲーム的なものに切り替えたものがこの世界だ、という説である。
話を聞き終えたノノカは軽く驚きながら、
「大体合ってるねぇ。無茶していい世界が欲しかったから、バックアップを流用したのは正解だよ。ただ、シミュレートっていうのはハズレ。そんな演算するより、並行世界を持ってきた方が楽でいい。分岐した可能性、あり得たかもしれない世界の歴史を、あそこに放り込んだのさ」
「それは――いや、何でもない。続けてくれ」
思わず、といった様子で、カルガモが何かを言いかけてやめた。
ぶっちゃけ俺は難しくてよく分からないから理解を放棄しているのだが、カルガモ的には見過ごせない無茶をしたのだろう。
「ま、並行世界なら何でもいいってわけじゃない。あの馬鹿娘――顔剥ぎセーラーの発生しなかった世界を選んだのさ。あれにはちょっと問題があってね。とりあえずの処置として、隔離しておきたかったんだけど……」
そこで何故か、ノノカは半目で俺を見た。
どこか恨みがましい視線に狼狽える俺に、ノノカは言う。
「そこの兄さんが、ふらふら迷い込んできやがった」
「あ、ごめん。全然覚えてないけど、俺が悪い気がした」
皆も「またお前か」という感じの視線を向けてきた。
というかノノカはひょっとしたら、何かしらの問題を穏便に処理しようとしていたのかもしれない。それをこう、無自覚に俺が台無しにしたのだとしたら……あれ? これ、土下座した方がいい場面?
やっぱり靴を舐めるしかないのかなぁ、なんて考えていると、嘆息してノノカが続けた。
「せっかく用意した世界は崩れるし、つーか深夜だから私も寝てたし、気付いたら兄さん死にかけてるし。慌てて修正したら、兄さんまであの世界に取り込んじまった」
「あれ? 俺だけ?」
「だったらまだ楽だったんだけどねぇー!」
思い出してムカついたのか、キレ気味にノノカは笑った。
「知ってるかどうか知らないけど、兄さんと魂が繋がってる人がいるだろ。兄さんだけ取り込んだら、両方死んじまう。土壇場で気付いた私を褒めろ」
さり気なく姐御も命の危機だったということか。
姐御は「すごーい」と拍手なんぞをしているが、一筋の冷や汗が流れていた。
「……けどまあ、とにかく余裕がなかったからね。兄さんと縁がありそうな連中、まとめて取り込んだんだよ。とりあえず世界の修正を先にして、兄さんらは後でまとめて帰そうと思ってたら、まただよ。よりにもよって兄さんが、顔剥ぎセーラーのことを思い出しちまった」
「……不味かった?」
「超不味かった。だって顔剥ぎセーラーの発生しなかった歴史の世界だぞ。兄さんが確かにあったこととして思い出したせいで、過去が矛盾する。所詮はハリボテの世界だ、耐えられるわけがない。
努力虚しく世界は完全に崩壊して、あん時はもう、兄さんのこと人の邪魔する天才かと思ったね!」
あははー。目が。目が怖い。よく殺されなかったな俺。
ノノカはヤケクソのようにカップの紅茶を飲み干して、
「最悪なことに、その崩壊は元の現実にまで影響する。手抜きしてバックアップを流用したのがいけなかった。あの並行世界の本体は、現実世界のサーバーだ。溢れ出した矛盾に現実世界が耐えられるかどうか、ちょっと読めなかった。
だから応急処置として、現実世界にゲーム世界を被せたのさ。そもそも別物ですよってことにして、世界を騙して矛盾を受け止めるって寸法だ。幸い、ゲーム世界の侵食も進んでいたことだし、それを利用させてもらった……と言うより、それしか手がなかった」
俺と姐御の命の危機どころか、世界の危機だったらしい。
それをどうにか食い止めたノノカには、感謝も土下座もするべきだろう。
「今はこの世界をようやく安定させた、ってところだね。
ま、問題が解決したら片付けて元に戻すよ。そこは約束しよう」
「それはありがたいんじゃが……」
カルガモは首を傾げて、
「どうして顔剥ぎセーラーに拘るんじゃ? おぬしの言う問題とは、あやつに関係しておるようじゃが」
「んー……」
問われ、ノノカは居心地悪そうに頬を掻いた。
「まあ、今更か。白状すると、あの馬鹿娘が生まれるまでは、私も関わってたのさ。
失敗を見届けるために――だけど成功した。
都市伝説という形を利用して、信仰から命を作る実験に成功してしまった」
そう言えば、と思い出す。
顔剥ぎセーラーの都市伝説は、あまりにも早く成立した。
確認できた中では、ネットの掲示板に書き込まれたものが一番早かったが、それもノノカや黒幕の仕業だったということなのだろう。
「ちょっといいか? 疑問なんだけど、どうしてあの事件を元にして顔剥ぎセーラーなんて作ったんだよ。言っちゃなんだけど、ローカルなニュースだし」
「そりゃモデルがゲオルギウス・オンラインのプレイヤーだからさ。もっと正確に言えば、ゲーム内でスキルエンハンスを発現させて、その力を現実で魔術という形に昇華させた、最初のケースだからだね。
魔術を成立させるほどの信仰なら、ある程度は顔剥ぎセーラーを存在させる土壌になるだろう、という推測もあった。本当に上手くいくとは思っていなかったけど、ね」
なるほど。城山さんが最初のケースだったから、飛びついたってわけか。
……ん?
「魔術に昇華させたって、そんなことまで分かんのか」
「システム的には無理だね。ただ、その時はまだ、私が監視してたし」
まさかの人力である。超力技じゃねぇか。
どういうスペックしてるのかは永遠に分からないと思うが、膨大な数のプレイヤーの動向を一人でチェックできるのだとしたら、実にとんでもない。
「ともかく、顔剥ぎセーラーは生まれた。そこまではいいね?
で、私もマジかー、と思いつつ現地行って、見守ってたわけさ。兄さんらのことを知ったのもこの時。そんで兄さんらと戦ってるのを見てたらさ、顔剥ぎセーラー、ちょっと喋ったんだよ」
俺の記憶からは失われてしまった出来事。
しかしそれを見て、
「あいつ、自我が芽生えてるんだ、って。気付いちゃったんだよな。
実験動物っていうか、ロボットっていうか。そんな認識で見てたのに、喋ると駄目だね。感情移入しちゃう。あの子も生きてるんだって思い知らされて、自分が酷く罪深く思えたよ」
懺悔のような――いや、事実、それは懺悔だったのだろう。
その認識と後悔が、彼女を今、ここに立たせているのだから。
「まあ完全に化物ではあるから、見殺しにしたんだけどさ」
「命を尊重したいのか冒涜したいのかハッキリしろよ!?」
ツッコミを叫ぶ。つい腕に力を込めてしまい、姐御が「ぐえっ」と呻いた。
報復の肘打ちに襲われていると、ノノカは苦笑を浮かべた。
「救えるなら救いたかったけど、あの子は化物として己を定めていたからね。
それを貫いて討たれるなら本望かな、と」
それに――と、ノノカはツバメに目を向けた。
「あの子は手遅れだったけど、まだ間に合いそうな子もいたからね。
そっちを助けようと、私はそう思ったのさ」
「え、あの……?」
視線に戸惑うツバメへ、ノノカは告げる。
「ツバメさんの中には、化物として定まる前のバックアップが残されていた。
私はその子を――もう一人の顔剥ぎセーラーを救おうと決めて、勝手に動くことにした」
「あ、あたしの中ぁ!?」
驚愕するツバメ。どうしてそんなことになったのか、俺達も驚きではある。
だが心当たりはあった。ツバメが顔剥ぎセーラーと初めて遭遇した時、気絶しただけで済んでいる。それは決してただの偶然ではなく、ちゃんと意味のあることだったのだ。
ノノカは言葉に迷うように、「あー」などと言いながら、
「ざっくり言うと、顔剥ぎセーラーは命を持った存在ではあったけど、設定上は幽霊だったからね。物質としての実体を持たない、情報生命体とでも言えばいいのか。そういうモノでね。作ることに成功したら、失われてもいいよう複製を残すために、最初からそうデザインされていた。
ただし、容れ物は何でもいいってわけじゃない。なるべく形を保つために、似たような形のもの――できればセーラー服の少女がいい。そんなわけでツバメさんの電脳の片隅には、あの子が間借りしていたのさ。
それでも影響を受けちゃって、見た目はツバメさんそっくりになったけど」
ああ、朝陽の姿をしていたのは、それが理由か。
納得はできるけど疑問は残る。
「え、待って待って。それ、あたし平気なの!?」
問われて、ノノカはツバメに頭を下げた。
「あんまり平気じゃなかった。本当に申し訳ない」
「ちょっとー!?」
ツバメが抗議の声を上げたその時だった。
パキッ、という軽い音。
ティーカップの取っ手を折り、表情の消えたクラレットがノノカを見ていた。
彼女は相手が誰であるかも考慮せず、感情のままに言葉を紡いだ。
「――ツバメに何かあったら、絶対に許さない」
「お、落ち着いてクラさん。な。私も頑張ってる。頑張ってるから」
信用していた相手のマジギレに、流石のノノカも動揺を隠せなかった。
クラレットはツバメのこと、本当に大切に思ってるもんなぁ……そりゃ怒る。下手したらツバメ自身よりも怒る。
でも感情的になると話が進まないのも確かなので、落ち着けようと話しかけた。
「いざとなったら手を貸すから、シメるのはその時にしようぜ」
「ガウス……うん、分かった」
頷いたクラレットは、そこでハッとして。
「あ、ごめんノノカさん。ティーカップ、壊しちゃった」
「いや、いいよ……うん、そんなのはいくらでもパキパキやっていいよ」
ノノカは疲れたように大きく息を吐いて、
「私もシメられたくはないし、何が起きているかを話そうか。
正直な話、クラさん達の協力を得られたら、私も大助かりだしねぇ」
そんなことを言いながら、新しいティーカップをインベントリから取り出した。
ノノカが凄い人なのは確かなんだろうけど、やけに苦労人のような気がした。




