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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第六章 指先に灯火を
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第十一話 古き幻想


 先に動きを見せたのはカルガモだった。

 剣士としてのカルガモが、いきなり先手を取ろうとするのは珍しい。どうとでもなるという実力への信頼があっても、特に未知の相手に対してはまず様子を見ようとするのが常だ。

 あえて打って出たのは、自分が相手だと顔剥ぎセーラーに思わせたいからか。それとも朝陽の姿をしているという不可解さに、自分から仕掛けることで情報を引き出そうとしたのか。

 いずれにせよ、カルガモの初動を知覚できたのは俺だけだった。自惚れではなくそう思う。膝を抜いて、滑らかな体重移動で前方に落下する加速――縮地と呼ばれるその歩法は、カルガモが行えば予備動作が存在しない。動く瞬間ではなく、動いたという結果を見てからでしか、認識するのは難しい。

 だが顔剥ぎセーラーは迎え撃つ。たった一歩の絶技に反応してのけたのは、並外れた反射神経が故。剣の理を獣の理で食い破るがごとく、迎え撃つ一歩で初動の遅れを帳消しにする。

 ならば続く二歩目はカルガモを上回るが道理。踏み込んだ足は地を掴み、体を引き抜くように加速する。速度を得た三歩目は爆裂さながらの音を立てて、杭のように体を固定した。


「おお……!」


 吼えて振るわれるは怪異なる右手。フック気味に叩きつける動きは、投球モーションにも似て見えた。速度と体重の全てを、右手の先端へと集中させる動きだ。

 凝縮された運動エネルギーが、カルガモの頭部を破壊する光景を幻視する。直撃すれば頭蓋はトマトに等しく、指先が掠めたならば、その部位を抉り取っていくことだろう。

 だが、そうはならない。

 カルガモは踏み込むのではなく、顔剥ぎセーラーに合わせてステップでも踏むように、ほんの僅かに歩みを変えた。たったそれだけのことで、半身になったカルガモへの攻撃は空を切る。

 肉薄する間合い。剣の距離ではないが、歩みを止めなければいいだけのこと。顔剥ぎセーラーのような加速ではなく、ただ通り過ぎるだけの動きで、カルガモはついでのように横腹を一薙ぎした。

 人間なら致命傷。だが物理法則もゲームに寄っているこの世界では、攻撃力と防御力、そしてHPが物を言う。柔らかな横腹を斬ったのだから、クリティカルヒットになったのは間違いない。しかしその程度では痛痒を覚えた様子もなく、顔剥ぎセーラーは独楽のように旋回した。

 無防備な背中を穿てと伸びる魔手。予期していたのか、カルガモは横に身を倒しながら振り返った。

 型稽古ではないかと見紛うほどの鮮やかさで、翻った刃が魔手を叩く。引いて斬るのではなく、叩いたその反動で身を起こしながら、顔剥ぎセーラーの体勢を崩すのも忘れない。

 力を予期せぬ形で流された顔剥ぎセーラーは身を泳がせ、カルガモはその脇下を剣の柄頭で強打する。本来であれば悶絶必死の一撃。その反動を利用しながらのバックステップで、カルガモは距離を取った。


「凄まじいな……あれがカルガモか」


 感嘆を通り越して、呆れの混じった声でシャーロットさんが言う。

 シャーロットさんには剣術の心得があるわけではないが、素人目にもあれがいかに常軌を逸した技量であるかは伝わるのだろう。

 そもそも剣に限らず、武術なんてものはある程度の技量に達すれば、素人にはよく分からなくなる。洗練され、最適化された動作は目で追うのが難しく、高度な技術があっても理解できないからだ。

 カルガモの恐ろしいところは、何をしたのか素人にもおおまかには分かる点だ。意表を突いたのは縮地ぐらいで、その後は目にも留まらぬ速度などなく、理解できないような高等技術もない。再現しろと言われれば、不格好でいいなら素人にもできることばかりだ。

 即ち、技も速度も必要としないレベルで、敵の動きを見切っている。

 軌道を変えられないタイミングで攻撃を避け、動けない瞬間に攻撃する。基本中の基本であり、果てしなく遠い理想を、当たり前のように実行し続けられるのなら、確かに技も速度も不要だろう。

 実際には傍目からは分からないが、視線や僅かな筋肉の動きで、カルガモは顔剥ぎセーラーの行動を誘導しているのだろう。些細過ぎて意識にも上らない挙動。無意識下の攻防において、敵の動きを完全に支配しているからこそ、カルガモの動きは成立するのだ。


「剣に関してだけは、掛け値なしに天才ですからねー。

 白兵戦が続くようであれば、カモさんの勝ちは決まりましたね」


 その後は姐御の言葉通りになった。

 顔剥ぎセーラーは馬鹿げた身体能力で攻め続けるが、必殺の右手も当たらなければ意味がない。攻撃をすればするほどに重ねられていく致命的な一撃(クリティカルヒット)。子供扱いと形容することさえ生ぬるい、あまりにも無慈悲な戦いが繰り広げられる。

 まるでレベルを上げ過ぎたRPGのボス戦のようだ。敵の攻撃は何一つ脅威にならず、ただ膨大なHPのためだけに時間ばかりかかる。隔絶した実力は、感動よりも虚無感を抱かせた。


「――あぁクソッ!」


 幾度もの攻防の末、大きく距離を取った顔剥ぎセーラーは苛立たしげに吐き捨てた。

 対するカルガモは諭すように、


「どうじゃな? 勝ち目がないことは分かってもらえたと思うがの」


「うっせぇな。……見るとやるとじゃ大違いだ。テメェがバケモンだってのは承知してたが、マジで人間なのか疑わしいぜ。半分ぐらい妖怪になってねぇか?」


 都市伝説から化物認定されて、カルガモは何とも複雑そうな顔をした。

 その直後、カルガモはおかしなことに気付いて、それを指摘する。


「む? 妙じゃな――おぬしと会うのは、今日が初めての筈じゃが」


「ハ。別にテメェだけじゃねぇさ」


 笑って、顔剥ぎセーラーは順番に俺達へと顔を向けた。


「ガウス、ツバメ、クラレット、シャーロット、魔王。

 テメェらのことは、よーく知ってるぜ」


「……魔王?」


 ぽつりと呟く姐御から、俺達は目を逸らした。誰からも異論はない。

 けど、おかしな話なのは確かだ。以前、顔剥ぎセーラーを退治した場にいた連中だけではなく、カルガモとシャーロットさんのことまで知っているのは、どういうわけか。


「解せん話じゃな。復活したこと自体、妙な話ではあるが。

 おぬしが知り得ぬことを知っておるというのは、どんな裏がある」


「それが知りたけりゃ、あたしを倒してみな。

 ちっとも勝てる気はしねぇけど、残念だったな。――負ける気もしないぜ」


 不敵に言ってのける顔剥ぎセーラーに対し、カルガモは無言を答えとした。

 ある意味では千日手か。カルガモの技量は奴を完全に封殺しているが、有効打がない。ダメージが通っていないのか、それとも考慮に値しないほど微弱なのか。あれだけ斬りまくっているのに倒せないのだから、可能性としては前者寄りだろう。

 顔剥ぎセーラーも攻撃を当てることができないでいるが、体力勝負の持久戦になれば話が別だ。どんなにカルガモが優れていても、いつかは体力が尽きて捕まってしまう。


「……はぁ。どうにも俺は、見せ場に恵まれんのぅ」


 ふと、諦めたように呟いて。

 カルガモは俺に目線を送りながら、顔剥ぎセーラーを小馬鹿にするように笑った。


「敗北も想像できんほど己を知らんのは、未熟さの証じゃよ」


「っ、テメェ……!」


 挑発に乗せられ、激昂して飛びかかろうとする顔剥ぎセーラー。

 ――その顔面を狙って、俺はインベントリから取り出した聖水の小瓶をぶん投げた。

 唸る豪腕。デッドボールこそがストライク。人外相手なら顔面セーフだ、遠慮はいらない。

 顔剥ぎセーラーはぎょっとしたように足を止めて、反射的に右手で小瓶を叩き割った。


「あっちぃ!? ンだこれ、何しやがったテメェ!」


 まるで熱湯を引っ被せられたかのように、怒鳴り声を上げる。

 ほくそ笑む。あれだけ急所に剣を叩き込まれておきながら、ついに()()()()()()()()()


「いい悲鳴を上げるじゃねぇか、なあおい」


 自分でも分かるぐらい邪悪な笑みを浮かべて、俺は言う。


「おうカルガモ、こいつ無敵じゃねぇぞ! えぐい物理耐性か、物理無効なだけだ!

 魔法耐性もあるかもしんねぇが、固定ダメージは通ったぜ!」


「そいつは重畳。万が一にも無敵じゃったら、打つ手がなかったからのぅ」


 同じく、邪悪な笑みを浮かべてカルガモは言葉を繋げた。


「いやぁ、奇遇じゃな! 俺も勝てる気はせんが、負ける気もせんぞ!」


 そう言って剣を構え直す姿は、まさに千日手大歓迎といったところ。その自信の源は即ち聖水の在庫量であり、今夜の俺はこんなこともあろうかと――と言うよりは、嫌がらせ目的で投擲用の聖水をグロス単位で用意済みである。

 俺は見せびらかすように聖水をボロボロと取り出し、足元に積み上げていく。ついでに姐御も自前の聖水を構え、クラレットとシャーロットさんも魔法を試してみようと杖を構えた。

 数の暴力に気がついた顔剥ぎセーラーは、やや引きつった声で叫ぶ。


「ひ、卑怯だぞテメェら! 正々堂々戦うのが筋ってもんだろ!?」


「あらあらー。私のこと、なんて呼びましたっけー?」


 にっこりと微笑んだ姐御の問いかけに、顔剥ぎセーラーは気不味そうに目を泳がせた。

 後悔してももう遅い。我らが魔王陛下は、聖水の投擲を以て戦闘再開の合図となされた。

 次々と投げられる聖水に右往左往しながら、顔剥ぎセーラーはこの場を離脱しようとする。クラレットとシャーロットさんも魔法攻撃を行うが、そちらは被弾してもいいと判断しているのか、聖水よりは避けようとしない。

 魔法にも耐性があると言うよりは、属性相性の問題か。二人は手当り次第に魔法を試しているようだが、火や雷といった元素系は避けられないなら打ち払っている。となると、属性的には闇か霊か……まさかゴースト設定で聖属性ってことはないだろう。

 しかしそうなると、魔道士系の二人では相性が悪い。聖属性や霊属性を試したいところだが、これらは退魔師や死霊術師の領分だ。元素系でも足止めにはなるだけマシと思おう。

 もっとも――奴がこの場を離れるための最大の障害は、魔法ではないのだが。


「し、つけぇ……な!」


 顔剥ぎセーラーが大きく動こうとするたび、カルガモが時に牽制し、時に斬撃を見舞って、その行動を制限する。吐き捨てた声は、苛立ちと言うには焦りの色が濃いものだった。

 その焦りを煽るかのように、カルガモはゆらゆらとふざけた動きで言う。


「勝てる気はせんけどぉー。負ける気もせんのぉー?」


 おっと手が滑ってカルガモの後頭部に聖水が!

 だが後ろに目でもあるのか、ひょいっと避けられる。クソが。

 まあいい。最早、勝利を確信して俺は笑った。


「ゲーヒャッヒャッヒャ! 手も足も出せず、一方的にやられる気分はどうだ!?」


「……っ、だったら、テメェだけでも……!」


 ――あ、やべぇ。

 調子コきまくっていたが、一瞬で頭が冷却される。

 顔剥ぎセーラーが変貌する。怒りに身を任せたのか、()()使()()()()()()()のだ。

 その右腕が脈打つように震えた直後、弾けるようにさらなる肥大化を遂げる。ただでさえ獣のようであったカタチは、瘴気を纏いて鬼のごとく。太く鋭利な爪は、あれでは顔を剥がすどころではない。突き立てた部位を、そのまま削ぎ飛ばしてみせるだろう。

 同時に、右腕を除く全身が崩れていく。砂鉄のようだ、と他人事みたいに思う。あんなにも瑞々しかった肌は見る影もなく、生気を抜かれて急速に風化を始めていた。


「るぅぅ……おおぉ――――ッ!!」


 吼えて、顔剥ぎセーラーは疾走った。

 飛び交う聖水も魔法も一顧だにせず、獲物を殺せと狂奔する。

 ――そこへ、カルガモが飛び込みながら斬撃を放つのを見た。

 浅い角度での袈裟斬り。振り抜く勢いに乗って、擦れ違いざまに旋回しての横薙ぎ。最後に振り返ることもなく、背面への平突きで延髄を穿つ。

 目にも留まらぬ三連撃。彼の趣旨には反するであろう、人体が為したとは思えぬ剣の極致。至高の剣技は血飛沫を舞わせ、顔剥ぎセーラーの防御を確かに貫いた。

 それでも止まらない。

 血風を引き連れて駆ける鬼は、ただ真っ直ぐに俺を目指していた。

 理解する。あれは宿願を果たせればいいと、それだけを胸に抱いた悪鬼だ。

 自壊を伴う高出力。個としての在り方を放棄して、機能(カタチ)だけになったモノ。

 必ずや破滅へと至る疾走は、だからこそこんなにも美しい。


「――――っ」


 呼気を鋭く。生半可な覚悟では、あれは止められない。

 限界まで引き付けて、インベントリからの抜刀で迎え撃つ。

 そう腹を括った瞬間、


「――バインド!」


 この上ないタイミングで、ツバメが最高の横槍を入れた。

 対象指定で発動する動作阻害の魔法。射程内であれば発動を保障された、ゲームとしてのシステムが牙を剥く。

 出現した鎖のエフェクトが顔剥ぎセーラーを絡め取り、拘束してしまう。支えるもののない虚空の鎖はピンと張り詰めたが、引き千切って進むことはできなかった。

 ……こんなに強力な魔法だったっけ?

 疑問に思っていると、ツバメが声を上げる。


「MP全部突っ込んだから! 今の内に倒しちゃって!」


 そうか。ここはゲームのようであって、ゲームではない世界だ。

 魔法やスキルはシステムとして使うこともできるが、実質的にはリアルでの魔術に近いのかもしれない。リソースを過剰に注ぎ込まれたバインドは、それ故にあれほどの効果を発揮したわけだ。

 何にせよ、これで勝敗は決したと言える。

 だから俺は剣を抜きながら、拘束から脱そうと足掻く顔剥ぎセーラーに言った。


「勝負はついたと思うけど、話をする気はあるか」


「うるせぇ……! まだだ、まだあたしは負けちゃいねぇ!」


 獣のように。あるいは駄々をこねる子供のように。

 暴れながら、顔剥ぎセーラーは答えた。


「あたしの物語は、まだ終わっちゃいねぇんだよ!!」


 絞り出されたその叫びは、どこか悲壮感を帯びていた。

 何となくだけど。それこそが、こいつの行動原理なのだろうと悟る。

 随分と人間臭くなったけれど、こいつは人間ではなく、都市伝説の怪人なのだ。

 その物語を完遂しろと、自分自身に縛られて突き動かされる、生きた物語。

 だから、俺に執着したのだろうか。

 都市伝説の被害者(イケニエ)に選ばれながら、そうはなっていない俺がいるから。

 俺を倒さなければ終われないと――悲鳴を上げている。


「そうか」


 だけど、その悲願は果たされない。

 聞きたいことは山程あるが、話す気がないのなら仕方ない。

 この物語は、ここで終わらせる。

 俺はそれ以上の言葉をかけることもなく、渾身の力で剣を振り下ろした。


 ――カン、と剣先が地面を叩いた。

 顔剥ぎセーラーが消えた。違う。そうじゃない。まだあそこにいる。

 意識に何の違和感もなく、互いの位置がズラされている。

 え……待て、何が起こった……?

 突然の出来事に混乱していると、空から声が降ってきた。


「容赦がないね兄さんは。いや、こうなる気もしてたんだけど、さ」


 声のした方を振り仰ぐ。

 立ち並ぶ住宅。その一軒の壁に、重力を無視して立つ人影があった。

 見覚えのある小汚いローブ姿。月と星の光を浴びて、銀の髪だけが宝石のように煌めいている。

 その少女――ノノカはいつものように、気安い調子で言葉を続けた。


「けど、短絡的なのはよくないな。腰を据えて話せば、解決することもあるかもだ」


 ノノカは場違いにけらけらと笑い、よっ、と声を上げて壁を――地面を蹴った。

 狂っていた重力が仕事をする。本来の地面に着地して、ノノカは呆然とする俺達をゆっくり見回すと、カルガモに顔を向けて口を開いた。


「初めましてだね、カルガモの旦那。いいもん見させてもらったよ。

 噂にゃ聞いてたけど、普通の人間があの域まで達するとは。見るまで眉唾だったけど」


「……おぬしは?」


 問いかけの言葉に、ノノカは俺とクラレットを見た。

 紹介しろ、ということらしい。


「……その人はノノカさん。私がよくお世話になってて、ガウスにも紹介したんだけど」


「プレイヤーで錬金術師……だと思ってたんだがな」


「毎度ご利用、ありがとうございまーす、ってね。

 ああ、それと。今はそこの馬鹿娘の保護者でもあるかな」


 馬鹿娘。

 ノノカは顔剥ぎセーラーを見て、呆れの吐息を洩らした。


「あれだけ自信満々だったクセに、こうなるかぁ……」


「ち、違ぇし。これは……こ、こいつらが卑怯だったんだよ!」


「はーい。反省の色が見えないので、反省室送りでーす」


 ノノカが指をパチンと鳴らすと、前触れもなく顔剥ぎセーラーが消失する。

 わけが分からない。混乱したまま成り行きを見守る俺達に、ノノカは苦笑を向けた。


「いやぁ、申し訳ないね。切り捨てたら何の面倒もないんだけどさ。

 捨て子を見捨てるっていうのは、ちょいと情に欠けるだろ」


 悪びれずに言う姿からは敵意を感じない。

 いや――そもそもの話、敵意があればとっくに終わっている。

 この少女はこれまでの何よりも、得体の知れない怪物だ。

 脅威だと思うことさえできない。太陽を見て怯えないのと一緒だ。

 どうしようもなく次元の違う相手を前にして、感覚が麻痺してしまっている。


「……事情を説明してくれる、と思っていいんですかねー?」


「ああ、そのつもり。私みたいなのは、表舞台に立たないのが一番なんだけどねぇ」


 姐御の問いかけに、自嘲を込めて答えるノノカ。

 そのやり取りや、これまでの情報で察するものがあったのか、シャーロットさんが硬い声を発した。


「――古き幻想、か」


 ノノカは言葉を返さず、笑みを深めるのみ。

 構わず、シャーロットさんは俺達へ説明するように言った。


「私が以前に話した魔術師の説明を覚えているか?

 私達は魔術を含む神秘を根絶し、この宇宙の安定を目指す派閥。そしてもう一つ、高次元に至ることを目指す派閥があると。()()()()()()()()()


 ノノカがどのような存在なのか、理解できるからこそ。シャーロットさんは額に玉の汗を浮かべ、酷く緊張した様子で言葉を続ける。


「魔術師が絶滅危惧種になるような近代では、高次元への到達は不可能だと考えられている。

 しかしそれ以前。魔術が当たり前だった時代には、ごく僅かだがその偉業を成し遂げた魔術師も存在する。もう生まれることはないであろうそれを、古い時代の夢だという諦めを込めて、魔術世界ではこう呼ぶのさ。――古き幻想、と」


 ……シャーロットさんはその派閥のことを、神様になろうとするロマンチストだとも言っていた。

 つまり、ノノカは――神にも等しい魔術師だと、そう言っているのだろう。


「ま、私は半端者だけどねぇ。面白そうだから覗き見ただけで、引き返したクチだよ。

 上位者の視座はあんまりにも退屈だった」


 そうしてノノカは、けけっ、と笑った。


「――さ、そんなカビ臭い話はまた今度だ。

 お茶でも飲みながら、今とこれからの話をしようじゃないか」

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