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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第六章 指先に灯火を
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第七話 リベンジマッチ


 日が沈んだラシアは、大通りに限れば賑わいが絶えることがない。

 酒場は夜こそ賑わうものだし、娼館の類も同様だ。特に冒険者という生き物が闊歩するようになってからは、その手の需要も増えた。宗教の戒律的にあまり表立ってこそいないが、看板のない大きな建物があれば、そこは娼館だと思ってもいいだろう。

 ま、そういう退廃的なものとは関係なく、夜でも露店を開いている冒険者は多い。昼間に狩りをして、懐の温かくなった連中を狙う店だ。モンスターの落とす素材や装備を買い取り、転売して利益を得ようとする連中も、この時間帯に露店を開いていることが多かった。

 あとは野宿をしている連中か。駆け出しの冒険者でも一日頑張れば宿代ぐらい稼げるが、うっかり金を使い過ぎてしまったり、宿代すらケチりたいような奴は、大通りの端に転がって寝息を立てている。治安的によろしくないので、街の外にモンスターが入れないよう柵を立てて、無料の宿泊場を作ろうという計画もあるらしいが、まだ実行に移されたというような話は聞いたことがなかった。

 まあ何と言うか、危険水域なのだ。

 ラシアという街のキャパシティーでは、増え続ける冒険者を受け止め切れなくなっている。ただ歩いているだけで冒険者という名のクズが襲いかかってくるあたり、ディストピア化するまで秒読み段階だろう。

 俺は死に戻りによって消えていく死体へ最後に蹴りを入れて、仲間達を振り返った。


「大通りから一本外れただけでこれだ。この辺りも物騒になったよな」


「明らかに名指しで少年に襲いかかっていたが」


「俺は星クズじゃなくて、流星のガウスですぅー」


 シャーロットさんの指摘に煽り口調で反論する。

 だって襲いかかってきたのはあいつだ……! 俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ!!


「でも確かに、人が増えて治安も悪くなりましたよねー」


 姐御は俺の意見に同意しつつ手招きする。ササッと近寄って肩車スタイルに移行。俺が不甲斐ないばかりに、肩車したまま戦うことはできないのが悔しいぜ。

 姐御を担いで立ち上がったところで、シャーロットさんがまだ俺を見ているのに気がついた。ははぁ。さてはそういうことか。俺は言い聞かせるように、穏やかな声音で告げた。


「ごめんな、シャーロットさん。二人も担ぐのは無理だ」


「……君ね。私は肩車されたいとは思わないし、されてはしゃぐ歳でもないよ」


 何を大人ぶってんだか、この金髪幼女は。

 まあ幼女なのは見た目だけで、中身っつーか精神年齢は俺より上だ。冒険者にはよくあることだが、発生した時に体と精神の年齢が一致していないこともある。神様も杜撰な仕事をするもんだぜ。

 しかしシャーロットさんは不一致という不幸を嘆かない。理解しているからだ。人間はロリに甘い……! ショタにも甘いっちゃ甘いが、甘やかされ度合いじゃロリには敵わねぇ。甘やかされまくりの人生イージーモードを、シャーロットさんは満喫しているのだ。

 知ってるんだぜ俺。たまに露店で、普段のハスキーボイスが嘘みたいな可愛い声を出して値切ってるの。利益のためなら己を捨てることも躊躇わねぇんだから、油断ならねぇ人だよ。まさにプロ幼女だ。

 そんなプロ幼女はクラレットに目を向けて、


「さて、遊んでいないで先を急ごう。もう近いんだろう?」


「うん。聞き込みした感じだと、この先の住宅街によく出るみたい」


 ゴーストの目撃証言が多い地区は、これといった特徴のない住宅街だ。事件が日常茶飯事の貧民街や、ドロドロとした因縁には事欠かない貴族街でもない。何の変哲もない住宅街だというのが、逆に場違いですらあった。

 イメージ的には墓地なんかがあれば不思議ではないんだが、少なくともラシアの共同墓地は教会がしっかり管理しているので、死者が化けて出るということはないだろう。出たとしても闇から闇へと葬られるだけである。

 何にせよ、ここからは姐御が頼りだ。見上げたところで顔はちゃんと見えないが、話しかけているのだと分かりやすいよう、俺は顔を上に向けて声をかけた。


「見逃さないよう、霊体看破を頼んだぜ。見つからなかったらただの散歩になっちまう」


「のんびりお散歩を楽しむのも悪くないですけどねー」


 そういうことは自分の足で歩いてから言って欲しい。

 俺達は姐御の言葉に苦笑しながら、住宅街へと足を踏み入れた。

 建ち並ぶ家々の多くは灯りもなく、もう寝静まっているように思えた。ランプや蝋燭といった道具はあるものの、ただ夜更しをするためだけに使うのは勿体ない。夕食を終えれば、さっさと寝てしまう家庭の方が多いのだ。

 灯りの洩れる家は、まだ起きてやることがある家や、家人に汎用魔法の使い手がいる家ぐらいだろう。どちらにせよ数は少なく、住宅街の空気は寝静まっていると言っても過言ではなかった。

 この辺りの道は石畳で舗装されているということもなく、踏み固められただけの地面なので、足音には気を使わなくてもいい。だがあまり大きな声で話しても迷惑だろうと、俺達も自然と声を潜めて話していた。


「この地区に出るのは間違いないみたいだけど……」


 歩きながら、クラレットが姐御を振り返った。彼女が先頭を行くのは、汎用魔法の光球で足元を照らす役だからだ。シャーロットさんにもできることだが、見た目幼女を先頭に立たせるのはイメージ的に抵抗がある。

 話を振られた姐御は「むむぅ」と唸ったりしつつ、


「今のところ何か視えたりはしないですねー。ごく普通の浮遊霊ぐらいは視えますけど、いつものことですしー」


 やだ、何それ怖い。姐御、そんな視界で生きてたのかよ。

 ちょっと怯えたのが伝わったのか、姐御は安心させるように笑って言う。


「浮遊霊とは言いますが、一般的にイメージする幽霊とは別物ですけどねー」


「そうなの?」


 問いかけに対し、解説を引き継いだのはシャーロットさんだった。


「浮遊霊など、害も益もなく漂っているようなモノは、正確に言えば幽霊じゃないんだよ。

 人がたまたま強い感情を発した瞬間や、あるいはその場所に強く執着した時、意識の一部が空間に焼き付くんだ。数日もすれば薄れて消えてしまうし、自我もない。魂のない抜け殻のようなもので、霊体で構成されてはいるが、どちらかと言えば現象に近いものだね」


「ほー。本職でもないのにお詳しい」


「馬鹿、魔道士だって霊については本職だ。聖職者は鎮魂や浄化に特化しているが、魔道士はより広く霊を扱う。正しくは魔力の源泉である魂を理解するために、その延長線として霊を学ぶわけだが……」


 言いつつ、その視線はクラレットへと向けられた。

 魔道士としては先輩にあたるクラレットだが、彼女は恥ずかしそうに苦笑して、


「私はその、幽霊とか……ちょっと苦手かなぁって」


「……確かに君はそうだったな」


 ため息を一つ。シャーロットさんは気を取り直して、


「だが魔法の道を探求する者は、霊とは無関係ではいられないものだ。死霊術師のようにその道を究めろとまでは言わんが、身を守るためにもある程度は知っておくべきだろう。魔道士――特に賢者と呼ばれる者は、その知識こそが真の魔法なのだから」


「は、はい。精進します」


「うん、よろしい」


 立場が逆なような、これで合っているような。

 奇妙な感覚を覚える光景だったが、シャーロットさんが満足そうなのでまあいいか。

 一方、説明が中途半端なところで脱線したからか、頭の上で姐御がそれを引き継いだ。


「霊のことに話を戻しますけどー。本来、正しく幽霊として呼ばれるモノは、魂を持った存在なんですよ。肉体を持たないせいか、自我はあったりなかったりで、まちまちなんですけど。

 教会では洗礼を受けずに死んだ者や、死後の救済を拒んだ魂が、冥界に行くこともなく現世を彷徨う幽霊になると教えていますけど、この理屈はあんまり正しくないっぽいですねー」


「待って姐御。それ、姐御の口から言っていいやつ?」


「いいんじゃないですか? 私はお仕事で司祭やってるだけですしー」


 そんなだから魔王とか呼ばれるんだよ、あんた。

 呆れる俺に構わず、姐御は説明を続ける。


「幽霊になる条件って、たぶん色々あるんですよ。強い未練があったり、恨みがあったり。そして自分には冥界に行く資格がないと信じていたり、ですかねー」


「魔道士側も同じような見解だな。最も重要なのは生前の意思で、それが魂の行く先を左右すると考えられている。善なる者は天国に召され、邪なる者は地獄に堕ちると言うが、神や天使が死者を選別するわけではない。自らの認識――良心が大きな役割を果たすという話だ」


 二人の説明に、俺は内心で首を捻った。

 神様が仕事してねぇのは、まあ別にいい。元々、神様の仕事ってわけではないのかもしれない。

 だが良心によって決まるというのなら、


「それだとよ、クソみたいな悪人でも天国に行けちまわないか?」


 自分の行いをまったく悪びれていないのなら、そういうことになる。

 それは何だか、筋の通らないことのような気がする。


「ところが、そう美味い話ではなくてですねー」


 疑問に姐御が答える。


「周囲からのイメージとかも、影響を与えるみたいなんですよね。あいつは善人だ、悪人だーって。これが魂を引っ張る力になって、お似合いの場所へご案内するというわけです。

 そうじゃないと、やっぱり不条理ですからね。例えば兵士が戦争で人を殺して、そのことで自罰的になっていたとしても、地獄へ堕ちるのは可哀想ですよー」


「なるほど……それなら帳尻は合うか」


 納得していると、ふと、クラレットが姐御を振り返って言った。


「タルさん、優しいよね。ガウスが言ったのと、逆パターン心配して」


「なっ……も、もう! 褒めたって何も出ませんからね!」


 優しいかー。優しいかなぁー?

 いや、姐御が優しい人だという見解には、多少の疑問はあるけど同意するよ? でも本当に優しいなら、照れたからって俺の上で暴れないと思うんだよな。姐御、知ってる? あんたがさっきからジタバタさせてる膝が、俺のこめかみに刺さってるんだぜ。

 だが俺は空気の読める男だ。この和やかな空気に水を差すほど野暮じゃない。でも今夜、帰ったら姐御のベッドに何か仕込んでおこう。俺は気配の読める男だ。

 そんな決心を固めつつ、姐御が落ち着いたところで俺は口を開いた。


「まあ幽霊については分かったけどよ。そんじゃあ今回のゴースト騒ぎは、どんな奴だと思う?」


「んー、そうですねー」


 質問に姐御は少し考え込んで、


「いわゆる悪霊って感じはしないんですよねー。ああいうのは手当り次第に呪ったりして、被害者が出ますし。もっと限定的な怨霊や地縛霊にしても、ふらふらするようなモノではありませんしー」


「ただ、浮遊霊でもないだろうな」


 シャーロットさんが断定する。


「何度も一般人に目撃されている以上、それなりの力を持ったゴーストだ。ひょっとすると、特徴が似ている妖精という可能性もあるが……」


「まあ、すぐに分かることですよー」


 姐御は呑気に言いながら、俺から飛び降りた。

 その視線は鋭さを持って正面を見据え、


「――出ましたね。皆さんにも視えていますか?」


 問われ、俺達は頷きを返して肯定した。

 人気のない夜の住宅街。闇へ溶け込むかのように、人型の黒い(もや)が佇んでいた。

 ともすれば影と錯覚してしまいかねないが、体格としては女――それも大人になる一歩手前、未成熟な部分を残した少女のものだ。

 ……何がゴースト退治だ。恨むぜ、司祭様よ。

 簡単な仕事のように依頼されたが、いくら何でも話が違う。ただ目撃しただけで、臓腑が竦み上がった。あれはただのゴーストではなく、死を体現する怪物だと本能が怯えているのだ。


「ふむ、噂通りの見た目だな」


 だが、シャーロットさんには物怖じした様子がなかった。

 嘘だろう? あの異様な気配に気付かないなんて、そんなことがあるのか?

 見れば姐御もクラレットも、石化でもしたかのように硬直してしまっている。あんな怪物が街中に現れていい筈がないことを、すぐに悟っているのだ。

 しかしシャーロットさんだけは気付いていない。彼女は腕試しをするような気軽さで手を伸ばし、ゴーストに向けて魔法を放った。


「ライトニングボルト」


 生まれた電光の矢が、夜闇を切り裂いてゴーストに向かう。

 詠唱を必要としない初歩の魔法だが、弱いモンスターならその一撃で死に絶える。侮れない威力を秘めた電光の矢を、しかしゴーストは避けようともせずに、棒立ちで受け止めた。

 突き刺さる矢が激しく放電し、音と光を散らす。

 だがゴーストには堪えた様子もなく、変わらずに立っていた。


「ちっ、私では威力が足りないか。やはりそれなりの格らしい」


 吐き捨てるようにシャーロットさんが言った時、ゴーストがこちらへ顔を向けた。

 靄で構成された人体。存在しない眼球が、呪いのように視線を飛ばす。

 ()()()()()

 俺がそう確信したということは、奴もそう確信したのだろう。

 ゴーストは――可愛らしい少女の声で、


「――見つけた」


 そう呟いた瞬間、変化が起きた。

 空間から染み出すかのように、靄で構成された人体が生身のそれへと置換されていく。

 黒いタイツと、短いスカート。その間に曝け出された太腿の瑞々しさは、生者のそれと何が違おう。船乗りが着るのとは意匠が違うものの、身につけたセーラー服は快活さすら感じさせる。

 ショートボブの栗毛は少し癖があり――髪の下、本来あるべき顔だけが、黒い靄で塗り潰されていた。


「こいつは……」


 ゴーストに起きた変化へ、シャーロットさんが眉根を寄せた。

 こいつがただのゴーストではないと、今更ながらに気付いてくれたのだろう。

 しかし警戒を強めるシャーロットさんをまるで気にせず、ゴーストは吐息を洩らした。それは呆れ……と言うよりも、安堵を思わせるものだった。


「網を張ってりゃ見つかると思ってたが、ようやくか」


 男のような乱暴な口調だった。

 ゴーストは他の誰も気にすることなく、ただ俺だけを見ていた。


「すっとぼけた面しやがって。言いたいことは色々とあるが、まあ、なんだ」


 ゴーストの右手が黒い靄に覆われていく。

 ああ、()()()()()

 記憶にはないけれど、俺はそのカタチを痛いほどに知っている。


「リベンジマッチと洒落込もうぜ、ガウス!」


 変化した右手を俺に向け、ゴーストは地を蹴った。

 靄に覆われ、肥大したその右手こそは絶対なる死の具現。神の加護によって復活できる筈なのに、あの右手に殺されたなら永遠の死が訪れる。この世界にあってはならない、命へ届く異形である。

 俺は反射的にインベントリから剣を抜き、迫る魔手を迎え撃った。


「オラァッ!」


「…………っ!」


 獣じみた突撃からの、質量を叩きつけるような振り下ろし。剣で受け流そうとしたが、力を流す前に押され、打たれる杭の気分を味合わされる。

 どうにか受け止めることはできたが、この馬鹿げた膂力にどう対応するべきか――悩んだその一瞬に、ゴーストは刀身を乱雑に掴み、剣を半ばから粉砕してみせた。


「――ファイアーボルト!!」


 咄嗟にクラレットが炎の矢を放ち、援護をしようと試みた。

 だが無意味だ。振られた右手が、羽虫を散らすかのように炎を霧散させてしまう。

 そのまま一回転。遠心力を存分に乗せた右手が俺を、


「ウビ・カリタス!」


 刹那、姐御の唱えた魔法が攻撃を受け止めた。

 どんな攻撃も一度だけ防ぐ光の障壁。ゴーストは舌打ちして一歩を引き、体勢を立て直して追撃を加えようとするが、同時に俺はインベントリから大戦斧を引っこ抜き、その右手を狙って切り上げた。

 掌と斧が激突する。斧の刃先は砕かれ、柄は軋み、支える腕は悲鳴を上げた。

 だが踏ん張って力を受け止め、


「おお……!」


 地を蹴る力で押し返しながら、ブレイクを発動。スキルの助けを借りた大戦斧が推進力を得て、強引にゴーストを振り払う。しかしふざけるな、という思いがあった。

 この激突でさえ、薄皮一枚切れちゃいない。いや、物理的に干渉できているとはいえ、ゴーストの肉体に皮膚があるとも限らないが――ダメージを通せている手応えが、まったくなかった。

 無理矢理に距離を取らされたゴーストは、くつくつと喉を鳴らして笑う。


「いいね、実にいい。流石はガウス、あたしを殺した男だぜ。

 その(ざま)でも充分に戦えてるじゃねぇか」


 誰に聞かせるというわけでもない言葉に、反応したのは姐御だった。


「ガウス君、やっぱり……」


「やっぱりって何が!? 俺、心当たりねぇけど!?」


 同業のクズは日常的に殺しているが、あいつらはどうせ死に戻りできる。

 本当の意味で殺すなんて、それは不可能な筈だった。

 ……だけど奴の言葉を、理不尽だと思わない俺がいるのも確かだ。

 殺されたってんなら、化けて出たっておかしくない。恨みを晴らそうってんなら、筋が通っている。

 失くしてしまった何かが、傍迷惑でもそれは正しいと訴えていた。

 だったら勝敗はどうあれ、付き合ってやらなくちゃ。

 勝てる気はまるでしないが、奴に背を向けるのは俺の生き方ではない。

 相手が筋を通そうとしているのに、俺が不義理を働いちゃそれこそ理不尽だ。

 俺は壊れかけの大戦斧を捨てて、インベントリから新しい斧を――


「――ありゃ、しまった。もう時間か」


 残念そうに、ゴーストが呟いた。

 その体は揺らぎ、現れた時のように、全身が黒い靄へ戻りかけていた。


「やっぱ不便だな……おいガウス、今日はお前の不戦勝でいいぜ。

 次にやる時は、もうちっとマシになっとけ」


 どこか拗ねたような声でそう言って。

 体は靄から霧へ。そして空気へと拡散し、ゴーストは影も形もなく消えてしまった。

 え、えーっと……あれぇー?

 肩透かしを食らった気分で、俺は姐御を見た。

 しかし姐御も困惑を顔に浮かべていて、


「霊体看破でも視えませんね……ホントに消えちゃったみたいです」


 ということは、消えたように見せかけて騙し討ち、ってわけでもないと。

 奴が言ったように、何か時間制限のようなものがあるのだろうか。

 首を傾げていると、クラレットが声をかけてきた。


「ねえガウス。その……心当たり、ない?」


「ないない。いくら俺でも、殺した相手は忘れねぇと思うんだよな。

 因縁があるっぽいけど、マジで記憶にない」


「……そう」


 返事を聞いたクラレットは、しばし考え込んでから。


「あの、変なこと言うみたいだけど。私……あのゴースト、初めて見たって気がしない」


 どう思う? と。その視線が、戸惑いの答えを求めていた。


「……それに関しちゃ、俺もそんな気がするんだよな」


「あ、私もですね。気のせいかと思ってたんですけど、お二人もですか」


 姐御も一緒か。そうなるとシャーロットさんの意見も聞いてみたいところだが。

 だが目を向けると、シャーロットさんは深刻そうな顔をして考え事をしているようだった。思考を整理するためか、よく聞こえないが時折、何かを呟いている。

 やがて俺達の視線に気がついたのか、シャーロットさんは向き直って口を開いた。


「――古橋晶。この名前に聞き覚えは?」


 質問の意味が分からず、俺達は揃って首を横に振る。シャーロットさんは「そうか」と短く答えると、天を仰いで懊悩し、呻き声を洩らした。

 どうしたのかと困惑する俺達に、彼女は自嘲的な笑みを浮かべて言った。


「うん、拠点に戻ろうか。そこで私の気付いたことを話そう。

 くっくっく、楽しみだよ。きっとお前達は、私の頭を心配するぞ」


 いや、既にもう心配なんだけど。

 流石にそうとは言えず、俺達はさっさと歩き出したシャーロットさんの後を追った。

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