第六話 昼と夜の食卓
適当に入った食堂で向かい合わせに座り、食べたいものを注文する。
俺は鳥肉のたっぷり入ったシチューとパンを三つ。クラレットも同じシチューだが、パンは一個でサラダを追加。……ちなみにラシアで流通する鳥肉と言えば、周辺に生息しているペングーのものが中心である。数が多い上に駆け出しの冒険者でも楽に狩れて、なおかつ脂が乗った肉は大変に美味いのだから、そりゃあ食材として大人気になるのも当たり前だ。
まあカルガモのように、ペングーが好きだから食べたくないという人もいるが、俺もクラレットもそういうタイプではない。むしろ好きな生き物であっても、味は気になるタイプだ。
で、パンをちぎってシチューに浸しながら食べつつ、クラレットに話を振った。
「そういやさ、クラレットは何やってたんだ?」
「私? 最近、塔に顔を出してなかったから、仕事が溜まってないかと思って」
塔ってのは魔道士ギルドのことか。彼女は今でこそ賢者と呼ばれるようになっているが、ギルド内での立場としては導師となる。他の魔道士の指導をしたり、独自の魔法研究を行ってもいい身分だ。
しかし同時に、魔道士時代にはなかった導師としての義務――ギルドへの貢献も求められる。まあクラレットは冒険者でもあるので、貢献と言っても誰かの研究に使う素材の調達がメインだけど。
「ふーん。お務めがあると大変だなぁ……で、何か仕事あったのか」
「今のところはあんまりないかな。手持ちの素材で対応すればいいから」
「そりゃよかった。――あ、それで思い出したけど、荷物の整理しろって姐御が言ってたぞ」
「あ、あはは……私、インベントリの容量が少ないから、つい」
誤魔化すように苦笑するクラレットだが、趣味と実益を兼ねて不要な素材まで集めるもんだから、拠点の部屋もどんどん手狭になっている。同室のツバメも単純に物を溜め込むので、今や二人の部屋はちょっとした魔窟と化しているのであった。
インベントリに収納しておくという手もあるにはあるが、何故か容量が筋力に依存してるんだよな。冒険者なら誰もが使えるスキルだから、魔法じゃなくて神の加護が絡んでるんだろうけど。
「それにさ、ガウスも私のこと言えないと思うけど」
自分だけ言われるのは納得がいかないのか、睨むようにしてクラレットは言った。
「部屋に武器たくさんあるし、使ってないの売ったら?」
「ばっか、ありゃ全部必要なんだよ。前衛アタッカーは揃えた武器の数が強さに直結するんだぞ」
確かに結構なスペースを占拠しているが、必要なんだから仕方ない。
普段は汎用性を重視して、インベントリに入れて持ち歩くのは攻撃力重視の斧、人間特攻の斧、攻撃力重視の剣、人間特攻の槍、投擲用の手斧。これだけ持つとインベントリをかなり圧迫するので、他の特攻武器や属性武器は仕方なく部屋に置いているのだ。
せめて人間特攻の武器を持ち歩く数を減らしたいが、世の中、いきなり襲いかかってくるクズがあまりにも多い。護身用として持ち歩かなければ、おちおち買い物だってできやしないぜ。
まあ荷物に関してはそれぞれ言い分があるものの、
「やっぱ早いとこ拠点拡張して、倉庫とか作りたいよなぁ」
「ん、そうだね。部屋も余ってないし。……でもねガウス、その前に」
「おっとっと、分かってるって」
何が言いたいかなんて手に取るように分かる。借金を返済しろってことだな。
先日の航海費は俺個人が借りている形とはいえ、皆で稼いで返せばいい。だからクラレットが問題視しているのは、それとは関係ない本当に俺個人の借金だ。
俺はテーブルに身を乗り出して、
「あとで言おうと思ってたんだが、教会から依頼を受けた。街にゴーストが出るらしいってんで、その解決だな。姐御にも頼むつもりだが、お前の手も借りたい」
「ゴースト……うん、いいよ。教会とは仲良くしておきたいし」
「わりと世話になることもあるもんな」
厄介な状態異常や呪いにかかった時、姐御に解除できるならそれが一番なんだが、姐御だって万能じゃあない。姐御には難しいとなれば、教会の司祭様にお願いすることになる。
同じ効果のある薬に頼るという手もあるが、そういうのはお高い。戦闘中で背に腹は代えられないってんならともかく、非常事態でなけりゃ薬は温存しておきたいのが冒険者の性だ。
クラレットは同意するように頷いてから、
「それで、どこに何が出るかはもう分かってるの?」
「いんや、これから聞き込みでもしようかと。あ、失敗したな。さっきトーマにも聞いときゃよかった」
「噂とかも詳しいもんね、トーマさん。でも邪魔しちゃ駄目。今日は駆け出しの子の案内をするんでしょう?」
「マメだよなホント。……あいつの好感度だけ上がるのもムカつくし、やっぱ邪魔しようぜ!」
「めっ」
額をチョップされる。どうやら非道は許されないらしい。
でもよぅ、と俺は唇を尖らせた。
「せこせこ草の根活動して俺のイメージをよくするより、あいつを下げた方が楽じゃん?」
「だーめ。どうせガウスの評判が、もっと悪くなるだけ」
ちっ、言い返せねぇ。トーマは味方が多い。人知れず消さないと火傷しちまう。
いや、何も俺が手を下さなくてもいい筈だ。ネジスキが勘違いしたままだし、あれを上手く利用できないものか。クラン所属と無所属の対立に持ち込めば、どっちが勝っても傷は深くなる。
目指すは大戦争だ。これまでのクラン規模の生ぬるい戦争ごっこじゃない、全てのプレイヤーを否応なしに巻き込む大戦争。いかにトーマが根無し草でも、逃げ道を完全に断てば巻き込める。
思えば奴のモブキャラという処世術は、身を守ることに関しては強力なのだ。何があっても背景に徹すれば、立場というものはない。ならば負うべき責任もなく、誰一人として真に敵対することは不可能だ。
しかし俺の恨みを買ったのは失敗だった。俺は自分がスッキリするためなら、どこまでも戦火を広げてやる。まずはわらびもち傘下の、適当な弱小クランを潰そう。無所属冒険者を装って戦端を開けば、ネジスキのことだ。トーマが動いたと早とちりするに違いない。
と、わくわく大戦争プランを考えていると、再びクラレットにチョップされた。
「あんだよ」
「また悪い顔してる。そんなに誰かとケンカしたいの?」
「いや、そういうわけでもねぇけど……」
むしろ今回は、最高のタイミングで高みの見物をしたい。
だが言い淀む俺に、どこか不満そうな顔をしてクラレットは言った。
「それとも、私と冒険するのが嫌?」
「いや、クラレットと一緒にいられるなら、そっち優先するわ」
トーマを始末するのも楽しいが、言ってしまえばそれは仄暗い青春だ。ねちねちと負の願いが成就していく過程を楽しむ、陽の当たらない道だ。
だがクラレットと共に歩めるのなら、それは陽の当たる道だ。一緒に楽しくやってるだけで、トーマやナップにマウント取れるおまけ付き。どちらを選ぶかなんて言うまでもない。
「そ、そう? それならいいけど」
「まあ単純に、うちのクランだと信頼できるのがクラレットだけってのもあるけどな」
笑いながら言えば、クラレットも苦笑して同意する。
他の連中は俺ならどう扱ってもいいとか、そういう心根が透けて見える。ギリギリでウードンさんも信用していいかもしれないが、わりとドライな人なので人間性に問題がある。
……いや、俺も人のことは言えない気がするけど。
でも教会で懺悔してるし、世間的には俺の方が徳高いよな、と自分に言い聞かせていたら、クラレットが言う。
「それじゃあ教会からの依頼だけど、夜まで一緒に聞き込みしよっか」
「いいのか? 下調べは一人でも充分だろうし、俺だけでやろうと思ってたけど」
「特にやることないし、私もガウスと一緒にいたいから」
「お、おう」
そう真っ直ぐに言われると、なんか恥ずかしいな。
言ってから自分でも恥ずかしくなったのか、クラレットは赤面したのを隠すように俯いて、黙々とパンをちぎってはシチューに入れる。パン足りる? おかわり頼もうか?
妙にギクシャクしながら、俺達は食事を続けるのであった。
○
食堂を出た俺達は、住宅街を中心にゴースト騒ぎについての聞き込みを行った。
噂としてはまだそんなに広まっていないようで、知っている人を探すだけでも苦労したが、ゴーストを見たという人も何人か探し当てることができた。
彼らの証言によればゴーストは女のようだったが、姿は黒い霧のように朧気だったという。目撃した時間帯はバラつきこそあったがいずれも日没後。そしてゴーストは何をするでもなく、すぐに消えてしまったという。
正直、害がないのなら放置してもいいんじゃないかと思うが、まだ被害が出ていないだけ、明らかになっていないだけ、という可能性もある。教会としてはならば今の内に、と考えるだろう。
まあ幸い、目撃証言から出現しそうな範囲は大雑把に絞り込めた。運次第ではあるが、教会からせっつかれる前に退治できそうだ。
とりあえずそんな結論に至ったので、あとは夜になってから動けばいいと判断した俺達は、ラシアの市場で夕食用の食材を買っていくことにした。
拠点で揃って夕食にしようってルールがあるわけではないが、遠出でもしていない限り、日没前後には皆戻るので、全員で食べることが多い。調理担当は当番制ではなく、その日の気分で誰かが担当することになっているが、俺とクラレットは担当することが多い方だ。
だから自然と今日もそのつもりで、何を作ろうかと相談しながら食材を買い込んでいく。あと個人的な備蓄を切らしているのを思い出したので、ハムや野菜をまとめ買いしてもらった。わぁい。
買い物を終える頃には日が暮れ始めていたので、寄り道をせずにラシアを出た。
俺達の拠点は北の街道沿いだが、こちら方面は人通りが少ないこともあって、あまり整備されていない。街道と言っても、森の中を馬車が通れる程度に切り開き、踏み固めたようなものだ。
日没までにはもう少し余裕があるものの、すっかり暗くなってしまっているので、クラレットが拳大の光球を作り、それを前に浮かせて明かりにする。魔法の素養があれば誰でも使える簡単な魔法だ。
ちょっと面倒臭いことに、こういった魔法を魔道士ギルドでは汎用魔法と呼び、教会では生活魔法と呼ぶ。魔法の世界にも縄張り争いのようなものがあるのだ。
ともあれ、光球を頼りに二人並んで帰路を急ぐ。
道中、俺を待ち伏せしていたらしいクズの襲撃があったが、サクッと半殺しにする。殺すと死に戻りしてしまうので、動けないようにしたら、そこらの魔物の晩ご飯にならないよう、スコップで穴を掘って埋めておく。これで一晩ぐらいはあのクズも馬鹿をしないだろう。
「……手慣れてるね」
呆れ顔のクラレットに言われるが、まあ確かに。昔は穴を掘るのにも苦労したが、今では合計で三分もかからずに作業を終えられるようになった。褒めてもらいたいね。
期待の眼差しを向けていると、
「はい、帰るよ」
クラレットは素っ気なく言って、さっさと歩き出してしまった。くぅ~ん。
その後は何事もなく拠点に戻り、他の連中のリクエストを聞いたり聞き流したりしながら、二人で夕食を作る。毎度のことだが、うどんが食べたいというリクエストは無視した。
とまあ、そんなこんなで夕食も完成し、リビングに集まっての夕食となった。
「――ゴースト退治ですか」
夕食中、姐御に教会から受けた依頼を伝えておく。
詳細を聞いた姐御は少し考え込んで、
「教会の依頼って安いから、あんまり受けたくないんですけどねー」
「おい聖職者」
思わずツッコミを入れたが、姐御は司祭である前に冒険者だ。
教会という組織には深く組み込まれておらず、自由が認められている。実態としては正式な司祭ではなく、司祭待遇で教会が身分を保証しているような状態だ。だから報酬にケチをつける権利もあるっちゃあるんだが、ちょっとどうかと思う。
しかし姐御はぴこっと指を立てて、偉そうに言う。
「私達は神様じゃないんですから、信仰だけでは食べていけないのです。死後の救いの前に、まずは現世利益! それが人としての、正しい在り方だと思いますよー」
「私よりよっぽど守銭奴ではないかね、この人」
呆れた様子でロンさんが言う。商人の評価だ、間違いねぇな。
そしてロンさんはさらに嘆息して、
「だがまあ、金がないのは首がないのと同じとも言うがね。
名義こそガウスのものになっているが、クランの負債は早急に返すべきだろう」
「そうそう。だから多少安くても、お仕事しようぜ!」
「ま、私のポケットマネーで解決してもいいのだが、それは最後の手だな。まずはクランの努力で解決すべきだし、クランに返済能力があるということを証明すれば、信用にも繋がるだろう。
――私の商売でもメリットになる。諸君、馬車馬のように働きたまえ」
「ふふ、こいつは守銭奴どころか悪徳商人ね!」
緑葉さんのツッコミに、心外だ、というような顔をしたロンさんは、
「適材適所という言葉を知らんのかね? 貴様らが働けば働くほど、その信用を後ろ盾に私は大きな商売ができる。うむ、美しい助け合いだな。もちろん私の利益は私のものだ」
「あたし、助け合いをここまで邪悪に使う人、初めて見たよ」
「こやつ暗殺依頼されてもおかしくないのぅ……」
「黙れ労働者ども。そもそも現状をどう捉えている? 窮乏していると思っているのならば、認識を改めたまえ。確かに負債は大きく、余計な口出しをされんためにも早く返済した方がいい。だが巨額の融資を引き出したという前例になったことだけは、手放しで称賛してやってもいい手柄だ」
ロンさんはテーブルに身を乗り出し、いいか? と見渡して続ける。
「度合いの差こそあれ、人間は基本的に前例主義だ。少々ならばいいかもしれんが、前例から大きく逸脱することは避けたがる。それで上手いくという保証がないからだ。前例があっても、実際には保証となるわけではないのだが、このあたりは心理的なものだ。まったく人間は愚かだな?
そして今回の巨額融資だが、これが前例となって商人達は巨額を動かせるようになった。返済を急ぎたい理由もそこにある。上手くいったという前例になれば、市場はいくらかの安堵を得て、取引を加速させる。ガウス個人の名義で融資を受けたことも、組織ではなく個人がそれだけの額を動かしてもいいのだ、という前例になる。そう、巨額融資の一件は、経済界に革命を起こしたと言っても過言ではないのだ。
分かるかね? 分かりたまえよ! 我々は今、窮乏しているのではない。ビッグビジネスのチャンスを掴んでいるのだと……!」
熱い演説に、しかし水を差したのはウードンさんだった。
「信用されるのはクランであって、お前さんじゃないべ。なあ、姐御?」
「いっそ除名しちゃいましょうかー」
「くっ、金か! 金が欲しいんだな!? ええい、浅ましいな貴様らは!」
「あんたにだけは言われたくねぇな!?」
いやホント、うちで一番の守銭奴はやっぱロンさんだよ。
呆れながら言い争いを眺めていると、ふとスピカが口を開いた。
「ロンロンって余計なこと言うけど、構って欲しがってるのかな?」
素朴な疑問に皆は、うわぁー、という顔をした。
言っちゃうかぁ。それ言っちゃうのかぁ。
図星を突かれたロンさんは低く、消え入るような小さい声で「あー……」と呟き、それを見た俺達がどうフォローしようか悩んでいると、意外にも最初に動いたのはシャーロットさんだった。
彼女はスピカに優しい眼差しを向けて、
「今は構ってやるな」
フォローと見せかけた追撃入ったぁ~!
しかし本人的にはフォローのつもりだったらしく、これで解決だとばかりに話を変える。
「さて、ゴースト退治だったか。いいんじゃない? 教会に恩を売れるというのもあるが、住民の印象もよくなるだろう。私達はあまり評判がよろしくないからね」
「不思議じゃよな。住民には迷惑をかけておらんのに」
「ああ。ラシアに住むダニを減らしてるんだから、感謝されてもいいぐらいだぜ」
「この問題児どもは……」
頭痛を堪えるような顔をして、シャーロットさんは姐御を見た。
「それで、私も同行したいが構わないか? ゴーストと戦った経験はまだないから、いい機会だと思ってね」
「はい、もちろんですよー。ええっと、ガウス君とクラレットさんも参加ですから、夕食の片付けはどなたかお願いしますねー」
「あ、それじゃあ今夜はあたしがやるよ」
ツバメが応じる。普段、キッチンは俺とクラレットと姐御の三人で回してるようなもんだけど、ツバメは洗い物とかなら手伝ってくれるのでありがたい。
何気にカルガモも料理は上手いんだけど、あいつは気まぐれにしか作らないし、作ったら作ったで片付けは人任せにしがちなので、もっとツバメを見習ってもらいたい。
ともあれ、ゴースト退治のメンバーも決まり、雑談をしながら食事は続く。
ぶっちゃけゴースト退治は姐御とクラレットのペアでも充分っつーか、シャーロットさんまで参加するとなると火力過多っつーか、俺の出番がマジでないっつーか。
……霊体にも物理攻撃が通ったらいいのになぁ。
そんなことを思いながら、俺は邪魔にだけはならないようにしようと決意するのであった。