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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第六章 指先に灯火を
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第五話 根無し草


 死に戻った俺はラシアの中央、噴水広場に出現した。

 即座に身を低くして臨戦態勢を取り、周囲を警戒する。暮井さんは欠片も信用できないクズだが、そのクズさだけは疑う余地もない。あのクズは過程を無視して、俺に殺されたという事実だけで復讐するだろう。

 奴のセーブポイントもここだったら、この展開を予想して待ち構えていてもおかしくない。いや、微粒子みたいな良心が仕事をしていたとしても、俺を見かけたら襲いかかるのは絶対だ。

 だが数秒、警戒するも襲撃はない。どうやらセーブポイントが違ったか……? 安堵しながら警戒を解き、装備をインベントリに戻す。街中をフル武装で歩いてたら、衛兵がはしゃぐので困る。あいつら騎士とかが甲冑姿で出歩いてもスルーすんのに、そういう身分のない冒険者には厳しいんだよな。差別だ。

 この国の腐敗を心で嘆いていると、見知った人影を発見したので近寄って声をかける。


「ようトーマ、久し振りだな」


「へっ? あ、ああ、ガウスか。久し振り」


 トーマは未だにクランに属することもなく、ふらふらとソロで遊び歩いている奴だ。

 ここのところ姿を見かけなかったが、元気にやっていたらしい。だって女連れだもん。見た目年下っぽいもん。ちょっと元気が過ぎるよね。何様のつもりなんだろうか。

 俺はにこやかな笑顔を保ったまま、意識だけでインベントリを操作。虚空から出現した二本の斧を両の手で掴み、ガチーンと打ち鳴らして威嚇した。


「待て待て、誤解だって! つーか殺意高過ぎねぇか!?」


「誤解だぁ? この目で見たものが真実だろ」


「事情を考えろって言ってんだよ!」


 ふーむ。必死で言い訳をする時点で有罪なのだが、しかし何か事情があるのならば話も変わってくる。まず見た目通り、トーマがモテているだけなら殺す。だがそうではないのなら……そう、例えば金を積んで侍らせているとかなら、哀れんで嘲笑うだけでもいいだろう。いや、しかしそれだと、俺の品性にもマイナス評価がついてしまいそうだな。

 ちょっと考え込んでいたら、通行人が「星クズぅ!!」と叫んだので、反射的に斧を叩き込んで黙らせる。奇襲するなら黙ってやるのがスマートだよね。

 返り血を浴びた俺はさらに数秒ほど黙考して、


「トーマ。モテねぇからって金で買うのは、人としてどうかと思うぞ」


「今のお前にだけは言われたくねぇよ……!」


 人道的な発言に対してこの返答である。品性を疑うね。

 そしてトーマの連れている少女は、何故か俺に怯えた目を向けて、トーマの腕を抱き寄せた。


「あ、あの人、何考えてんですか!? いきなり人を殺しましたよ!?」


「あー、うん。いつものことだから気にしなくていいよ」


 遠い目をして答えるトーマ。そうそう、こんなのいつものことだよな。

 だが説明はした方がいいとでも思ったのか、面倒そうにトーマは言葉を続けた。


「このガウスって奴さ、悪い奴じゃねぇんだけど、街中でも平気で暴れるんだよ。しかも周りを煽って、居合わせた連中を巻き込むのが上手いもんだから、あちこちで恨み買ってるわけ。

 こういうのって一度殺されてやったら鎮火するんだけど、こいつ、勘が鋭い上に普通に強いから、返り討ちにしてばっかでさ。すっかり賞金首みたいになってるんだよ」


「乱戦になったら、俺も結構死んでるんだけどなぁ」


「それじゃあ溜飲が下がらない、ってことだろ」


 嘆息するトーマ。そんなもんかねぇ。

 まあ俺のことはどうでもいいんだ。重要なのはそこじゃない。


「そんで、結局その子とはどういう関係よ?」


「ん? ああ、駆け出しの冒険者ってことだから、街の案内でもしようかと。

 こういうフォローをするのも先輩の役割だろ?」


「そういうところマメだよなお前。普通、そんなのはクラン入ってる連中がするだろ」


 呆れ混じりに言うと、トーマは「きしし」と笑って、


「根無し草は根無し草なりに、こういう草の根活動ってのが大事なのさ。

 ほら、あちこちで適当に恩を売っておいたら、いつか役に立つかもだ」


「実際、無駄に顔広いもんなぁ」


 クラン未所属の連中ってのは、どちらかと言えば少数派だろう。ただ、そんな表現になる程度には数もいる――冒険者全体で見れば、三割ぐらいがそちら側だ。

 そういった連中は必要な時だけ他人と交流したり、クランを設立するほどでもない少人数で濃い付き合いをしたり、性格か信念か、ソロを貫き通すような奴が多い。そんなわけだから、そいつらとの交流を持つクラン所属の冒険者も多くないのが実情なのだが、トーマは例外となる。

 世話焼きだからでもあるんだろうけど、トーマはクラン所属・未所属を問わず、どちらの冒険者とも広く浅い交流を持つ。知り合いの数だけで言えば、冒険者の中でも随一だろう。


「――それはそれとして、女連れってのが許せねぇんだが」


「何だよ、俺がモテちゃ悪いか!?」


 などと言い合っていたら、この騒ぎに気付いたのか通行人の中から新たな参戦者が現れる。

 それは黒い甲冑に身を包み、禍々しい大剣を背負った大柄の男。顔立ちだけは精悍で、ともすれば爽やかイケメンと言えるが、装備が本性を表している暗黒騎士のナップだ。

 奴は静かに俺の隣へ並びながら口を開き、


「トーマ。それは天に背くことだ」


「神に背いてる人に言われたくねぇな!?」


「俺はいいんだよ俺は。あ、そこの君、駆け出しだって? どう、うち来る? トーマ一人じゃ限界あるけど、うちは大きいクランだからね。サポート体制も充実してるよ」


「何しに来たかと思ったらナンパかよ」


 呆れと蔑みを込めて言う。だがナップは不敵に笑って、


「お陰様で今なら拡大路線を取れそうでね。今の内に人を増やしておきたいのさ。

 それをナンパと一緒にされちゃあ困るよ」


 なるほど。確かにこいつがリーダーを務めるイエローブラッドは、先日の神獣討伐によって名実ともにトップクランへと躍り出た。しかしその地位は、簡単に守れるものでもないだろう。

 だからこその拡大路線。質は後から鍛えて引き上げればいいと考え、とにかく数を増やすことで今後に備えようということか。トップクランという看板を、盤石のものにしようと考えているわけだ。


「――口ではどうとでも言えますなぁ、ナップさん」


 と、そこで新たな人物が口を挟んできた。

 現れたのは細い目をした青年で、胸元まで垂らした青髪を毛先で束ねている。肩当てと一体化した黒の外套と、手に持つ装飾過多な杖のせいで、舞台役者のような印象を受けるが――こいつは秩序同盟の一角を担うクラン、わらびもちのリーダーを務めるネジスキだ。

 表向きにはイエローブラッドとの関係は良好だったが、今は違う。これまでトップクランと言えばわらびもちを指していたのだから、心中穏やかならぬことは推して知るべしだ。

 彼は大仰な身振りでトーマの背に隠れる少女を示し、


「あんなにも怯えているのが、どうして目に入らないのです?

 冒険者の範であるべき貴方が、強引な勧誘を行うのはいかがなものか」


「むぐ……だけどネジスキさん、それはあんたにも言えることじゃないのか?

 気が急いていたのは認めるけど、ただの勧誘活動に口を挟むのもマナー違反だろう」


「はっはっは! 確かに確かに。ただの勧誘活動であれば、そうでしょうねぇ」


 おっと。明言を避けてはいるが、これは強引な勧誘どころではなく、ナップが無理矢理連れて行こうとした――という形にして、ナップやイエローブラッドに悪評を立てるのが狙いか。

 話がどう決着するかには興味がないのだろう。言い争いになったという事実さえあれば、外野が勝手に面白おかしく噂して、イエローブラッドの足を引っ張ることができる。しっぺ返しを受ける可能性も相応にあるが、イエローブラッドの拡大を遅延させられるなら、それも構わないのだろう。

 中々の策士だ。被害を覚悟をしている点も、潔いと褒められる。

 しかし結末を考えていないようでは、策士にはなれても脚本家にはなれない。

 俺は険悪な空気へ割って入るように口を開き、


「お二人さん。言い争うのは結構だが、何か忘れちゃいねぇか?」


「お前部外者だろ、後で構ってやるから黙ってろよ」


「そこは私も同意します。星クズ、待ってなさい」


「急に息合わせんなよ! デキてんのかテメェら!?」


 二人はめっちゃ嫌そうな顔をした。

 さて。水を差されてしまったが、俺は気を取り直して続ける。


「ったく。部外者って話なら、そもそもテメェらも部外者だろ。

 そうだろトーマ? その子はお前が見つけて、導いてるんだから」


「あ、ああ……すげぇなガウス、最初に難癖つけたのお前なのに」


「都合の悪いことは聞こえませーん!

 いいか、ナップもネジスキの旦那もよーく聞け。この子はな、軽い気持ちで手を出しちゃいけねぇ。ただの駆け出しの冒険者とは事情が違う、この子はトーマの庇護下にあるんだぜ」


「なあガウス。都合の悪いことは聞こえないって宣言して、俺らにはよく聞けっておかしくないか」


「え、何か言った? 話の邪魔すんなら帰れよ。帰れ! はい、続けまーす。

 トーマはな、ただの根無し草じゃねぇんだ。緩く大勢と繋がりを持ち、臨時広場じゃあ顔役にまでなっている。特にクランに所属してねぇ連中からの信頼は厚い。言わばこいつは、無所属という最大勢力のトップに立つ男なのさ」


 トーマは照れたようにはにかんで、頭を掻いていた。

 地獄を見てもらうのはこれからなので安心して欲しい。


「そうだな……無所属っつーより、その中のトーマ派と言った方がいいか。

 こいつの庇護下にある冒険者に手を出すってのは、トーマ派を敵に回すのと同義だぜ。クランとして組織されていない大勢の個人が敵になるって考えてみろよ、どんだけおっかないか。

 こいつが一声かけりゃ、トップクランを遥かに凌駕する勢力が生まれるんだ」


 駆け出しの少女が、きらきらした目でトーマを見る。そんなに凄い人だったんだ、ってところか。もちろんそんなわけがない。単に有名でお節介なだけで、求心力まではないのだ。

 ナップは「こいつまた適当言ってるな」と呆れ顔をしているが、ネジスキの方はそうもいかない。単に顔見知り程度の関係だったからこそ、俺の手口には疎い。この馬鹿げた話を真に受けて、冷や汗なんぞをかいている。

 ネジスキは強がるように薄く笑って、


「なるほど……言われてみれば大したものですねぇ。まさかそれほどの英傑が野に埋もれていたとは。

 根無し草のトーマ――その名前、覚えておくとしましょう」


「え、いや、英傑って……俺はほら、モブキャラみたいなもんで」


 いつものように自らをモブキャラと称して、トーマは否定に走った。事態がおかしな方向へ転がってしまったことに、ようやく気付いたのだ。

 しかし否定すればするほど怪しくなるのが世の常というもの。ネジスキはその糸目を開き、自分の預かり知らぬところで、トップクランをも上回る勢力を築き上げた男を、油断なく見据えていた。


「そういうことにしておきたかったのでしょうが、残念でしたねぇ。私は――いえ、わらびもちは貴方という存在を決して軽視しない。これまであえて己を誇示しなかったのも、何か狙いがあってのことなのでしょう?」


「いや、だから本当に違うんだってば! ガウスが適当言ってるだけ!」


「それこそ筋が通りませんねぇ。星クズが私を騙して、何か得をしますか?」


 あとで笑えるよ。


「こいつはそういう奴なんだって!

 あ、そうだ、ナップさん! あんたなら分かってるよな!?」


「もちろん。俺とガウスは友達だからね。ネジスキさんにまで忠告するのは不本意だったのかもしれないけど、俺を止めるにはああするしかなかった。……君も怖い男だな」


「あんたまで悪ノリすんのかよ!」


 いや、ナップは悪ノリしてるんじゃなくて、わらびもちの警戒がトーマに向くなら最高だぜ、ってなところだろう。こいつは友人知人でも、メリットがあるなら悪魔に売り渡す外道なのだ。最低だよな。

 そしてナップの意見によって、自分は間違っていないと確信したネジスキが言う。


「今日のところは引かせてもらいますが……根無し草のトーマ。その演技がいつまで続けられるのか、楽しみにさせていただきますよ」


「だ、誰も俺の話を聞いてくれねぇ……!」


 打ちひしがれるトーマ。その姿も演技だと思っているのか「大したものですねぇ」などとほざきながら、ネジスキは立ち去っていった。

 もう声が聞こえない距離になったのを確認してから、さもおかしそうにナップが言う。


「上手くいったな! あの人、粘着質で困ってたんだよ!」


「……あ、そういうこと!? そんな理由で俺を売ったんだな!?」


「悪く思うなよトーマ。どうせ数日もしたら、あの人も騙されたって気付くさ」


 野郎二人が友情を深めている横で、俺は蚊帳の外になっていた駆け出しの少女と話していた。

 君も大変だったねー。何か面倒事があったらトーマに頼ればいいよ。あ、そういえばまだ名前聞いてなかったね。俺はガウス、君は? そう、ザトウキャット。個性的でいいんじゃない?


「ガウス! こっち放置してナンパすんなよ!?」


「違うって、ナンパじゃねぇよ! ザトちゃんが手持ち無沙汰っぽかったから、こう、心の隙間を埋めようと思ってな?」


「え、馴れ馴れしくないですか?」


 ザトちゃんから予想外の攻撃。言葉のナイフはやめるんだ。

 胸の痛みに怯んだ隙へ、ナップがやけに真面目な顔をして言う。


「お前、ナンパとかよくないと思うぞ? クランに仲いい子いるだろ」


「だからナンパじゃねぇって。それにさ、たまには息抜きもしたいじゃん?」


「……ガウス。チャンスはやったからな」


「へ?」


 ぽん、と。肩に手を置かれる感触がした。

 振り返ってみれば、そこには微笑みを浮かべるクラレットの姿があったのである。


「ど、どうして……ここに……?」


「ガウスに絡まれてるって、トーマさんからささやきがあったから」


 トーマ……! 貴様の仕業か……!!

 いや、そうじゃない。奴を消すのはいつだってできる。報復は後回しだ。

 俺は素早く土下座して、生き残るために言い訳を始めた。


「待ってくれ、そうじゃねぇんだ。あれは売り言葉に買い言葉っていうか、男同士の軽口であって、本心かと言えば違うわけで。それにほら、ザトちゃんをリラックスさせようっていうか、気安く付き合っていいんだよって示すための――あ、違う、付き合うって変な意味じゃなくて人付き合い、コミュニケーション。そういう普通の意味。分かるだろう?」


 クラレットは「うん」と頷いて、


「おいで?」


 差し出された手を掴み、立ち上がる。

 その様子にもう一度頷いて、クラレットは居合わせた他の連中に言う。


「ガウスがご迷惑おかけしたみたいで、すみませんでした。ほら、ガウスも謝る」


「くぅ~ん」


「ちゃんと謝る」


「サーセンっした」


 べしっと頭を叩かれた。

 他の連中が苦笑を浮かべる中、クラレットは嘆息して言う。


「ガウスはこれから、何か予定ある?」


「いや、特には」


 トーマを殺すなら月のない夜を待ちたい。


「そう。じゃあいい時間だし、お昼食べに行こう」


「あ、もうそんな時間か」


 それからクラレットは、もう一度他の連中へと頭を下げた。


「躾けておきますけど、また何かあったら、私かタルさんまで連絡してください」


「あ、ああ……」


 ぼんやりと返事をするトーマ。

 トーマ、そしてナップの俺を見る目は、哀れみに満ちていた。

 へっ、奴らは何も分かっちゃいねぇ。飼い主がいるってことの安心感を。誰かの犬にもなれないあいつらは、まだまだ男としてのステージが低いのだ。

 優越感に満ちた視線を返してやると、クラレットが手を引いて歩き出した。

 あっ、待って待って! 待ってよご主人!

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