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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第六章 指先に灯火を
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第四話 ガウスの日常


 目を覚ますと、もう日が昇っていることに気付いた。

 昨夜は何をしてたんだっけな……何か約束があるわけでもないが、ちょっと寝坊したなと思う。見れば隣のベッドも空だし、朝と言うよりは昼に近い時間帯のようだ。

 疲れでも溜まってたのかなと、体を伸ばす。硬いベッドで寝ていたせいだろう、関節がバキバキと音を立てる。もっといいベッドが欲しいと思わなくもないが、家具に金をかけるのもなぁ。

 ともあれベッドから下りて、窓の鎧戸を開ける。隙間から差し込む光だけでは薄暗かった室内も、ようやく明るくなった。

 俺はメニューを開き、インベントリを操作して普段着に着替えてから部屋を出た。

 一人一部屋とまではいかないが、メンバー全員に部屋が割り当てられているのは、小さなクランの特権みたいなものだろう。中規模になると、わざわざ街の宿を借りて寝起きするしかないって聞くし。

 そんなことを思いながらリビングに顔を出す。


「おはよーっす」


「よう、今日は随分とのんびりだな」


 ソファーには読書中のウードンさんがいた。彼は読んでいた本から顔を上げず、嫌味というわけではなく、やや意外そうに声を上げた。

 まあ意外っちゃ意外か。どちらかと言えば俺は早起きな方で、朝から活動しているのが常だし。


「なんかめっちゃ寝てた。他の連中は?」


 答えつつ俺もソファーに腰を下ろす。

 ウードンさんは顔を上げて、思い出すように虚空を見上げながら口を開いた。


「姐御は緑葉とのーみん連れて、何かの依頼をこなしに行くって言ってたなぁ。

 ツバメとスピカは二人で素材集めだったかな。昼には戻ると言ってたが。

 あとは知らんが、部屋にいなけりゃ出かけてるんだろう」


「ふーん。素材集めに行くんだったら、俺も起きてりゃよかったな」


「借金返済のために、か? やめとけやめとけ、焼け石に水ってなもんだ」


「塵も積もれば山となるって言うだろ!」


「吹けば飛ぶ山だけどな」


 シニカルに笑って、ウードンさんはまた手元の本へと目を戻した。

 言い返しても負ける気しかしないので、俺はぐぬぬと唸りつつ、インベントリを開いて朝飯を……げ、パンしかないし。ベーコンやサラダも、ストックを切らしてしまっていた。

 切ねぇと呟きながら、パンとミルクを取り出してもそもそと食べる。ウードンさんに食材を恵んでもらおうかと一瞬思ったが、どうせ奴のインベントリにはうどんと、その関連食材ぐらいしかない。

 しかし失敗したなぁ。食材はインベントリに放り込んでおけば腐らないからと、まとめ買いしてストックを気にしていなかったのが仇になってしまった。

 俺はさっさとパンを食べると腰を上げて、


「んじゃ、俺も出かけてくるよ。用があったら呼んでくれ」


 そう声をかけて、適当に返事をするウードンさんに見送られながら外へ出た。

 ふと、建物を振り返る。

 クランの拠点であるログハウスは、まだ不便さを感じるほどではないが、いつか手狭になるだろう。何より木造なのがいけない。これでは火攻めに対して、あまりにも弱過ぎるのだ。

 もっと稼いで、せめて石造りの拠点にしたい。

 そのためにも借金の返済を頑張らないといけないわけだが――上手く踏み倒しつつ、さらに借りる方法とかあったりしないだろうか。

 ろくでもないことを考えながら、俺は街道を歩いてラシアに向かうのであった。


     ○


 ラシアの教会でいつものように祈りを捧げる。

 俺は信心深い方ではないが、日頃からそうだとアピールして、司祭様に寄進――ぶっちゃけ賄賂を握らせておくと、ちょっとした揉め事程度なら後ろ盾になってくれるので、実に便利なのだ。


「信徒ガウス、今日は遅かったですね」


 馴染みの司祭様が、祈りを終えた俺に話しかけてくる。


「てっきり、ついに野垂れ死んだのかと思いましたが」


「死んでも生き返るって知ってるでしょうに」


「分かりませんよ? 神の御加護も不滅とは限りませんから」


「おいおい……」


 冗談とはいえ酷い爆弾発言に、誰か聞いちゃいないだろうなと、思わず辺りを見回した。

 幸い、誰も聞いていなかったようだが……ま、司祭様としちゃ皮肉の一つも言いたくなるよな。

 俺に限った話ではないが、この世には神の加護を授かった人間が多くいる。そういった連中は戦いで命を落としたとしても、セーブポイント――安全だと認識した場所で復活することができる。

 竜によって地上へ干渉することのできなくなった神が、竜を討つため人に力を与えているのだと言われているが、人数が多いもんだからありがたみもクソもない。

 ま、戦って死んだ場合だけで、病や老いで死んでも復活することはない。そのあたりを不便だと嘆く人もいれば、これが神の摂理なのだと説く人もいる。俺にはどうでもいい話だけど。

 そもそも加護を授かった人間が、本当に人間なのかも怪しい。俺もそうだが、大半の連中は気付けばこの世界に出現している。誰も疑問に思わないが、そんなモノを人間と――いや、生き物と呼んでもいいのだろうか。

 こういうことを考えるせいか、俺にはいまいち信仰心というものがない。別に神のことを悪く思っているわけではないが、どこかに不信感が残ってしまうのだ。

 と、そんなことを考えていると、司祭様が口を開いた。


「時に信徒ガウス、お暇ですよね?」


「……否定はしねぇけど、そうと決め付けられるのは愉快じゃないっすね」


「そうですか。仕事の依頼だったのですが……そういうことなら他の人に」


「めっちゃ暇です! 労働意欲モリモリ! うわぁ、司祭様ってタイミングいいなぁ!」


「ははは俗物め」


 朗らかな笑顔で酷いことを言われた気がする。

 司祭様は咳払いを挟んで気を取り直し、


「近頃、夜になると街にゴーストが出ると噂になっていましてね。真偽は定かではありませんが、捨て置くわけにもいきません。

 住民から話を聞いて調査し、この問題を解決してもらいたいのです」


「ゴーストですか。となると、俺だけじゃ不向きですね」


 何せ霊体が相手では、物理攻撃オンリーの俺は相性が最悪だ。

 司祭様もそのぐらいは想定済みらしく、仲間を連れて対処しなさいとのこと。なお人を増やしたところで報酬額は変わらない模様。これだから教会はクソなのだ。

 ともあれ依頼を引き受けた俺は、教会を後にしてさあどうしようと考える。

 ゴーストっぽく見えただけで、実体のある何かという可能性だってあるが、まずは素直にゴーストだと想定するべきだろう。となると、最低でも姐御の手は借りたいな。あとは攻撃が通らない場合も考えてクラレットか。

 まあ二人には今夜にでも話を通して、本格的に動くのは明日からでいいか。

 そう結論し、俺は準備ぐらいは済ませておこうと、大通りを歩き始めた。

 通りの端には露店が並び、その多くは食料品や日用品を売る商人のものだ。たまに武具や薬を売っているようなのもあるが、それは商人と言うよりも冒険者――俺の同業の露店だろう。

 不要な武具や素材、作ったアイテムを同業相手に売るのは、結構いい稼ぎになる。ただ露店で売られるのは、そこそこのレアアイテムぐらいまで。百万ゴールドを超えるような高級品からは、連絡を取り合って直接売買するのが主流だ。

 まあ当たり前の話で、そんな高級品を露店に並べるのは、いくら何でも不用心が過ぎるってもんだ。

 俺は何か掘り出し物でもないかと、適当に露店を冷やかしつつ、目的の店に向かう。借金に苦しむ身の上ではあるが、返済しなければ金はあるのだ。

 で、特に面白いものもなく、俺は目的の店――小汚いローブ姿の少女が店主を務める露店、ノノカ屋の前に到着した。

 クラレットに紹介されてから愛用させてもらっているが、ノノカ屋は品揃えだけなら他の大店にも決して引けを取らない。在庫数はそこまで多くないものの、個人の買い物ではそう困らないだろう。

 特に値付けのセンスが抜群で、転売や買い占めされないラインをちゃんと見切っている。営業しているなら欲しいものを買えるという安心感は、時に値段や品質よりも評価されるのだ。


「おっす、ノノカ。景気はどうだい」


 店の前で声をかけると、商品を並べた(むしろ)に座るノノカが顔を上げた。


「ガウスの兄さんか。ま、良くも悪くもないさ。

 商売なんてのは浮き沈みが激しいからね。安定が一番だよ」


「含蓄深いんだか、やる気がないんだか……」


「身の程を弁えていると褒めてもらいたいね」


 けけっ、と笑うノノカは、歳で言えば俺よりも下に見え、あどけない顔立ちをしている。もっとも冒険者の外見年齢ほど不確かなものはなく、彼女は歳上ではないかと疑っていたりする。言葉選びや表情に幼さを感じないっつーか、妙に老獪な時があるんだよな。

 ノノカはふと真顔になって、


「それよか兄さん。買い物に来てくれたのは嬉しいけど、大丈夫なのかい? あんたがとんでもない借金をこさえたって、商人仲間に限らず噂になってるけど」


「なに、首が回らねぇほどじゃないさ。それに借金を返すにも体で稼ぐしかねぇんだから、ノノカの薬は必要経費の範疇だ」


「物は言いようだねぇ。そんで、今日は何をお求めだい」


「ああ、とりあえずカイポを二十個と、普通のミドルを六十個。ついでにアムリタも一個。それと聖水って在庫ある?」


「はいはい、全部ございますよ。聖水は何個いる?」


「んー……五個もありゃいいかな」


 聖水は神官や司祭のスキルで触媒として使うこともあるが、アンデッド系のモンスターにぶっかけると僅かだがダメージを与えることができる。さらに副次効果として、ゴーストなどの霊体モンスターが姿を隠していても、見えるようにすることができるのだ。

 まあ姐御ならスキルでどうとでもできるんだが、保険として俺も聖水を持っておくのが無難だろう。それこそ敵の数が多かったら、姐御も手が回り切らないだろうし。

 そんなわけで俺はノノカから注文した品を受け取り、代金を渡した。


「はい、毎度あり。――ところで兄さん、どっか狩りにでも行くのかい」


「いんや、ちと教会で依頼を受けてな。その準備だよ」


「なるほど。教会からの依頼となると、最近噂のゴースト騒ぎの件か」


「お、何か知ってる?」


 問われたノノカは笑顔で、手のひらを上にした右手を差し出した。

 そういうことか。俺は右手をぽんと置いた。

 その手をにぎにぎと、感触を確かめるように揉んでから、ノノカは苦笑した。


「いや、お手をしろってわけじゃなくてね」


「ちっ、仕方ねぇな。靴を舐めろってんだろ?」


「あんた私をどういう目で見てんだよ!?」


 そりゃもう、つぶらな瞳で見ていますが。

 憤慨したノノカはそんな視線を無視して、


「何事もタダってわけにはいかないもんさ。

 情報が欲しけりゃ対価を払う。当たり前のことだろう?」


 当たり前のことを言われたので、俺は土下座した。


「靴なら舐めるって言ってるだろ!!」


「だから、そうじゃな……あ、違います! 違いますから!

 こいつが変なこと言ってるだけで、私は関係ないですから!」


 通行人に対してアピールするノノカだが、風評なんて気にしているようじゃ二流だぜ。

 人目を気にしない真の一流として、俺はさらなる言葉を紡いだ。


「靴で不満ならどこを舐めて欲しいか言ってみな。俺は理解のある男だぜ」


「待てよガウスさん。正解を当てさせる……これはそういう駆け引きと見た」


「変態が増えたぁ!?」


 ノノカが頭を抱えて叫んだ。

 いつの間にか俺の隣には、丸眼鏡をかけた青年――暮井さんがいた。

 わりと長い付き合いで、それこそいつからの付き合いかも覚えちゃいないが、冒険者仲間である。そして間違いなく変態だと思うが、その発言には一理あった。


「女の口から言わせるのは無粋ってことだな」


「その通りさ。黙って正解の部位を舐める。紳士とはそういうものだろ?」


「へっ、流石の慧眼だ。でもいきなり舐めたら変態じゃね?」


「問題ない。俺には秘策があるんだ」


 言って、暮井さんはインベントリを開き、そこから一枚の金貨を取り出した。

 価値にして十万ゴールドの大金貨だ。暮井さんはそれをノノカの足元にそっと置き、穏やかに微笑んだ。


「――これでそういうプレイになる」


「す、すげぇ! 最低の発想だ!」


「ははは褒めるなよガウスさん。じゃあ早速」


「舐めさせねぇよ!?」


 跪いた暮井さんの顔面を、ノノカが全力で蹴り飛ばした。

 吹き飛ばされる暮井さん。だが俺は見逃さなかった。蹴られたその瞬間、暮井さんは靴の裏を確かに舐めていた……! パねぇ、やっぱこの人は本物の変態だぜ!

 俺は倒れた暮井さんに駆け寄り、こんな変態が出歩いちゃ駄目でしょ、とインベントリから取り出した斧を叩き込んだ。おっと一発じゃ死なないか、もう一発。オラァ!!

 ふぅ。一仕事終えた俺は、ノノカに向き直って微笑んだ。


「さ、邪魔者が消えたところで話を続けようぜ」


「衛兵さーん! こっちこっち~!」


「クソが……!」


 公権力に助けを求めたノノカに吐き捨て、俺はメニューを操作してフル装備に切り替える。

 この街は奴らの庭だ。逃げ切ろうだなんて甘い考えは捨てなくちゃいけない。

 まずは殺す! それから教会経由で揉み消す! これが俺の完璧な逃走経路だ!!

 しかし衛兵はたくさんいたので、あっという間に袋叩きにされて殺された。

 セーブポイントへ死に戻る直前、俺は最後の力を振り絞って叫んだ。


「また来るぜノノカ……!!」


「兄さん、マジで普通に客として来るよな」


 そりゃね。贔屓の店を変える理由ってあんまりないし。

 ノノカの呆れ顔を最後の景色に、俺の意識は断絶した。

ちょっと短めですが、キリのいいところで。

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― 新着の感想 ―
[一言] えっぐぅぅーい!ふたつの世界が交わってもうた。だから暮井さんもいるのね…!
[一言] ゲーム世界の住人になってるのか……?
[一言] !!!!!! エグいまでの改変!! ゲームが現実として認識されとる!?
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