第八話 幹弘の日常
俺こと守屋幹弘の朝は速い。早いのではなく速い。
八時ジャストに脳内でアラームが鳴り響く。これで起きれたらいいな、という儚い努力である。しかし脊髄反射でアラームを停止。その反応を読み取った電脳が、設定通りに擬似的な痛みを神経に流し込んだ。
「んふっ!?」
ベッドの上でビクンと震えて、俺はようやく目を覚ました。
目覚めの気分は最悪だが、これよりも確実に起きる手段が他にないのだから仕方ない。俺は手早くパジャマを脱ぎ捨て、ブレザーの制服に着替える。鞄を引っ掴んで部屋を出ると、階段を駆け下りて玄関に鞄を投げ捨て、そしてトイレ。
……ふぅ。そのまま洗面所で洗顔などを済ませて、リビングに顔を出す。テーブルの上には母親の用意してくれている朝食がある。考えるのが面倒だという納得の理由で、俺の朝食はいつだって納豆ご飯だ。
「おはよーっす」
台所にいる母親に声をかけて着席。納豆ご飯をかっ食らい、食器を片付けたら歯を磨いて出発。最適化されたルーチンワークに一切の無駄はなく、八時十分ちょうどに家を出る。もっとタイムを縮める余地はあるが、さすがにこれ以上は慌ただしい。やっぱ攻めチャートより安定チャートだよな。
家を出た俺は、電動スケボーに乗って学校へ向かう。自動操縦なので事故の心配はないが、もっとトバせたらいいなぁと思わないでもない。まあ自動操縦じゃなかったら公道を走れないので、そこは諦めよう。一応、電脳を介した思考操縦も可能だが、警察に見つかると怒られるし。
学校が近付くにつれて、俺のように電動スケボーに乗っている生徒や、健気に自転車を漕いでいる生徒の姿が増える。電動スケボーの欠点として、手に持てる荷物しか運べない点がある。なので部活動などで荷物の多い生徒は悲しいかな、文明の利器を捨てて自転車に頼るしかないのだ。
我らが花屋敷高校へ到着したのは、八時二十分より少し前。スケボーは敷地内で乗るなというルールなので、正門を通過したところで降りて、スケボーを肩に担いで行く。
校庭では朝練の終わった運動部の連中が、片付けを急いでいる。あいつらいつも時間ギリギリまでやってるけど、遅刻したら顧問の責任問題になったりすんのかな。
いつもの風景を尻目に、昇降口で靴を履き替えて校舎の中へ。三階にある二年四組の教室に入ると、自分のロッカーにスケボーを折り畳んで放り込み、ついでに学校へ置いておいた教科書やノートを出す。俺の鞄は筆記用具と弁当しか入ってない軽量仕様なのだ。
荷物を持って自分の席へ。あと数分もすればホームルームなのだが、俺に気付いた一人の男子がこちらへやって来る。やれやれ、俺の隠し切れない人徳が人を惹き付けてしまったようだ。
「ようミッキー、まぁたギリギリじゃん」
「無駄がないと言って欲しいもんだがね」
「はっ。余裕がない生き様してるだけだと思うけどね」
ご挨拶なことを言ってくれるこいつは、勅使河原……下の名前は何だっけな。まあテッシーだ。
わりとお坊ちゃんで、女子には気前がいいし顔も悪くないのでモテるのだが、男からは評判が悪い。もちろん僻みも入っているとは思うのだが、キザで嫌味なところがあるので普通に友達が少ない。
俺とは中学時代からの付き合いで、そこそこ話が合うせいか、友達認定されてしまっている。中学時代はクラスが一緒だったのって一年の時だけなんだけどなぁ……。
思い出すと何とも微妙な気分になってしまうが、そんなのは気にせずテッシーは言う。
「それよか今日の昼、駅向こうまで食べに行こうぜ。いい店を見つけたんだ。
見た目はしみったれた定食屋なんだけどさぁ、ちゃんとした肉を出す店があったんだよ」
「へえ、そりゃ珍しいな」
今時、肉なんて工場で作る培養肉ばっかりだ。昔の創作物では培養肉や合成食品を指して、ディストピア飯なんて呼んでたりしたが、普及すると利点の方が大きかった。何せそれまで高級品とされていた品質の肉を、安価に大量生産できるのだ。ディストピアどころかユートピアである。
その一方で、どうしても培養肉は嫌だとか、味わいに多様性が欲しいだとか、そういった考えの人もいる。なので培養肉よりもお高くなってしまうが、ちゃんと家畜を育てて肉にする畜産農家も生き残っているのだ。
「だけど俺、母さんが弁当用意してくれてるんだよな」
「いいじゃんそんなの、早弁するなり帰って食べるなりすれば。
お前だってさぁ、たまには固くて雑な味の肉、食べたいって思うだろ?」
……言葉にすると不味そうにしか聞こえないが、確かにご馳走なんだよな。基本的に安くて量が多けりゃ文句のない食生活ではあるが、たまには贅沢なものも食べてみたいわけで。何よりこいつの舌は信用できる。
「まあ行ってもいいけどさ。値段は?」
「結構安いぜ、千円と少しだったかな。お前でもこのくらいなら出せるだろ?」
「出せるか出せないかで言えば出せるけど、出したくねぇ額だな」
お前は一般的な男子高校生のお小遣いがいくらだと思ってるんだ。小遣いだけじゃ足りないから、休みの日にバイトして稼いでるんだぞ。さすがにメシで千円超えるのは、ちょっと困る。
そんな俺の懐事情を気にせず、テッシーは不満そうに口を尖らせていた。
「何だよミッキー、僕とメシを食べたくないってのか?
あーあー! 薄情な奴だなぁー! 僕はお前のこと、友達だと思ってたのにさ」
「お、過去形ってことはもう友達じゃないんだな?」
「い、いや、別にそういうわけじゃないけどさ。
っていうかいいじゃん、千円ぐらい。行こうぜ行こうぜー」
はて。多少のわがままは言っても、普段はもうちょっと引き際を心得ているのだが。数少ない美徳を捨ててまで俺に絡むってのは……ああ、そういうことか?
「テッシー。女にフラれたのか」
ピキッ、とテッシーの顔が固まる。図星だったらしい。
冷静を装って髪をかき上げるものの、冷や汗を流しているのを見逃す俺ではなかった。
「べ、別にあんなの本気じゃなかったし、ただのお遊びさ。
それに僕は飽きっぽいからね。いつものことだろう?」
まあ、いつものことだよな。こいつそこそこモテるのは確かなんだが、ぶっちゃけ恋愛に向いてないっつーか、いざ付き合うと面白みがなくてフラれるんだよな。頭空っぽにして遊べる相手ならまだマシだろうに、自信のなさが変な方向に作用して、上から目線で「ふーん? 地味だけど悪くないじゃん」みたいな子にばっか手を出しては、底の浅さを見切られてフラれるのだ。
つまりどういうことかって言うと、ざまあみろ。
「しょうがね~なぁ~。哀れなテッシーに付き合ってやるよ」
どうせ寂しくなって、しつこく俺を誘っていたに違いない。
俺は人の心が分かる優しい人間なので、慰めてやらなくっちゃな!
「なんだその目は! 僕が落ち込んでるとでも思ってるのか!?
あんなのは遊びだって言っただろ、見くびるなよ!」
とまあ、強がってはいるが涙目なんだよなぁ。
俺は笑顔でうんうんと頷き、立ち上がって声を張り上げた。
「皆ー! テッシーがまたフラれたから慰めてやろうぜー!」
「ひゃっほう! 朝から最高のニュースだ!」
「急に空気が美味ぇ! 空気が美味ぇ!!」
「おい皆、勅使河原が可哀想だろ。陰で笑えよ」
などと、温かい言葉をかけてあげる級友達。
おいおいテッシー、大人気じゃないか。いつの間にこんな人望を得たんだ。
しかしテッシーはぷるぷる震えた後、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ミッキーのアホぉ――――!!」
それを最後に、テッシーは教室から走り去ってしまった。
で、一分も経たずにチャイムが鳴り、すごすごと戻ってくる。そういう小者なところ、嫌いじゃないぜ。
それじゃあ今日も一日、勉強を頑張るとしましょうか。
○
電脳が普及した昨今、学校の授業なんて知識をインストールすればいいじゃないか、という意見はよく囁かれる。まあ国によっても違うが、日本では十歳以上なら電脳化できるので、中学や高校の授業はそれでいいじゃないか、と。
しかし困ったことに、宗教上の理由などで拒否する人は除くとしても、体質の問題などで電脳化が困難な人もいる。だから公立の学校では、電脳を前提とした授業はダメだろう――というのが、今の社会の結論だ。
そもそも知識インストールって、早い話が記憶への干渉なわけで。技術的には可能でも、様々なリスクを考慮するとそんなことはできない。SFのように洗脳されるってのは大袈裟かもしれないが、ちょっと不具合があって記憶がバグったらやばい。バックアップを取って復元するとしても、そちらが正常な保障もないのだ。
いつかは変わるのかもしれないが、現状では学校の授業というものは昔ながらのままで、黒板と教科書に頼らざるを得ない。ノートぐらいは電脳使わせてくれと思わないでもないが。
……つーか数学だけでも電脳使っちゃダメぇ? さっきから計算ミスが……いやいや、公式通りにやってんのに、なんでこの解に……え、どこだ? どこ間違えてんだこれ?
ダメだ。隣の席の田島君に助けを求める。これどうやって解くの? しかし田島君は計算もしていないノートを見せつける。正確に言えば姫路城の絵があった。めっちゃ上手い。だからどうした。
田島君は使えないことが判明したので、反対側の安藤さんに頼る。悪いけどここ教えてくれない? 恋の方程式なら解けるんだけど、これは解けなくてね。おっと、睨むなよジョークだって。謝るから助けてください。ダメ? はい。
俺は息を長く吐いて、教室の窓から空を見た。飛びてぇな~。
そんなこんなで一日の授業を終えて、放課後になった。
え、昼? しつこいテッシーを振り切って、普通に弁当食ったよ。
俺はロッカーに教科書などを放り込み、スケボーを出した。今日は特に用事もないし、真っ直ぐ帰って……ゲオルにログインするのは夜でいいか。ネットで情報収集して、今後の計画でも立ててみよう。
そんな風に考えながら教室を出たところで、声をかけられた。
「やあ、守屋。帰るところかい?」
「あ、ちわっす。そっすね、帰るところです」
声をかけてきたのは、中性的な雰囲気の女子生徒。三年生の伊吹先輩だ。
おっかしいなぁ~? 三年生の教室は四階だから、普通はここにいない筈なんだけどなぁ。だからこれは俺の心の弱さが見せた幻に違いなく、本物の先輩はどこか別のところにいるのだろう。よもや真に迫った幻を作り出してしまうとは、俺は俺が許せないぜ。許せないから帰って反省しよう。
「こらこら、そのまま帰るんじゃない」
しかし回り込まれてしまった。残念ながら幻ではなかった。
「幽霊部員なのは分かってるけど、たまには部活に顔を出しなさい」
「いやー。けど俺、最初から数合わせですし」
何を隠そう、こう見えても俺は剣道部に所属しているのである。まあ部員数が足りなくて廃部の危機だったところを、剣道部のテッシーに頼まれて数合わせとして入部しただけなのだが。
先輩は副部長として女子部員をまとめており、練習熱心で信頼も篤い。そのため俺のような幽霊部員であっても、練習に来てくれないかと誘いに来てくれるのだ。
「それにほら、一年もいるじゃないですか。
俺みたいなのがたまに来て、先輩面したら迷惑ってもんでしょ」
「謙虚に振る舞えばいいだけだと思うけど?」
「そりゃそうですけどね。今日はちょっと、帰ってゲオルするんで」
「ん、ゲオル?」
怪訝そうにする先輩。まあそうか、ゲームしない人だもんな。
「ネトゲっすよ。先約あるんで、部活行って帰りが遅くなるのはちょっと」
「そうか……まあそういうことなら仕方ない。
だけどね、守屋。あんた筋は悪くないんだから、もったいないよ」
「うっす。とりあえず近い内に顔は出しますんで、ご勘弁を」
「ああ、そうしてくれ。勅使河原も寂しがっているしな」
……あいつは俺の何なの?
つーか俺、知ってるんだぞ。テッシーの奴、俺が行くと張り切って俺とばっか稽古したがるけど、その光景を見て女子の一部が掛け算してること。実害はないから見逃してるけど、あれもどうかと思うんだよ。
思い出して苦虫をバリバリ食ってる顔をした俺を見て、先輩は苦笑しながら言う。
「そう邪険にしてやるな。あいつも気難しいが、お前には懐いているからな」
「男に懐かれても嬉しくないんすけどねぇ」
あいつはマジで俺以外の男友達を作った方がいい。マジで。
ともあれ先輩とはそんな会話をして別れ、俺は家路についた。
帰り道。スケボーを走らせていると、メッセージを受信。誰かと思えば田島君からで、今日見せた姫路城の絵はどうだったかと感想をご所望らしい。いやわざわざ聞くなよ。帰って家族にでも見せろ、義妹が三人もいるだろお前。
まったく、どうして俺は変人にばかり好かれてしまうのか。天の与えた試練というか、神様は俺に恨みでもあるのではないかと疑いたくなる。俺は完全無欠に常識人で、ごく普通の高校生だというのに。
そんなこと考えてたら脳天に鳥の糞が落ちた。ちくしょう。
○
「うーん……やっぱまだ、情報はあんまり出てないなぁ」
帰宅した俺は風呂に入った後、リビングのソファーに寝転がって表示フレームを投影し、ネットの情報を漁っていた。
新作ネトゲの情報となると、やはり強いのは掲示板。個人サイトは情報を整理する手間があるので、現状では早くて転職までの道筋を掲載しているぐらいだ。
速報性って意味じゃSNSも悪くないんだが、それこそ情報を絞り込むのが大変なんだよな。不特定多数が集まって、共通の話題や目的について話せるってのは、掲示板の大きな利点だ。そこから情報を抽出して掲載するまとめサイトもあるにはあるが、管理人の手腕次第になっちまうし、そもそも個人の主観に左右されちまう。
攻略wikiも悪くはないんだが、落ち着いてからじゃないと充実しないし、初動を意識し過ぎて誤情報が多いってケースもあるから、今はまだ頼りたくないところだ。
なので俺はずっと掲示板を見ているんだが……うーん、玉石混淆。明らかに嘘だろって情報もあれば、証拠となるスクリーンショットや映像もセットで情報を出している奴もいる。とりあえず一通りのジョブについて、詳細が得られたのは収穫か。
各ジョブの特徴は、ざっとまとめるとこんな感じ。
【戦士】
武器を使った白兵戦に特化したジョブ。
ヘイト操作など、PTではタンクを務めるのに向いたスキルも持つ。
攻撃スキルは一撃の威力こそあるが、多数を相手取るのは苦手。
【盗賊】
何かと便利なスキルを持つ前衛ジョブ。
毒や暗闇といったデバフを与えることができるので、敵次第では超重要。
隠密行動を補助するスキルもあり、PTでは斥候役としても活躍できそう。
スティールは神スキルと熱弁している連中がいる。
【格闘家】
素手での攻撃に特化したジョブ。
様々なスキルを連続で使用して、コンボを組むことで爆発的な火力を叩き出す。
ただしMP消費も激しいので、現状はかなりマゾい。特にスキルなしでの通常攻撃は貧弱。
高レベルになると化ける可能性が高い。
【神官】
回復やバフによってPTを支援するジョブ。
スキルのおかげでソロ性能も高いが、やはり真価はPT戦でこそ発揮される。
MP消費がわりと重いため、MP回復アイテムの発見と供給が熱望されている。
【魔道士】
とにかく魔法火力に特化した後衛ジョブ。
便利そうなスキルもいくつかあるが、最大の魅力はその大火力。
範囲攻撃も得意としており、乱戦になると味方ごと吹っ飛ばす。
一応、それを避ける魔力制御というスキルがあるらしく、全員これを取得しろと叫ばれていた。
【呪術師】
デバフの鬼。ソロ性能は貧弱の一言だが、PT戦では大化けする。
何気に白兵戦用のスキルがあり、いわゆる魔法戦士のような戦い方も可能。
その情報にロマンを感じた一部の連中が、呪術師になると言い残してスレから消えた。
【商人】
アイテム関係でPTのサポートを行うジョブ。
所持重量を増やしたり、消費アイテムの効果を向上させたりする。
特にドロップ率を上昇させるスキルがあり、廃人連中が目の色を変えていた。
なお戦闘能力は無職よりはマシな程度である。
【猟師】
弓関係のスキルが充実した後衛ジョブ。
弓に関してはステータスの器用で命中補正があるらしく、素人でも問題ないとのこと。
予想通り、姿を消した生物を発見するスキルがあり、狩り場次第ではPTにも必須になりそう。
ちなみに矢が消耗品なようで、序盤の金欠が非常にマゾいと一部から大好評。
【吟遊詩人】
不遇職と言うか、ソロ性能が絶望的なバフ特化ジョブ。
演奏スキルによってPTにバフをかけられるのはいいのだが、当然、楽器が必要になる。
つまり演奏中は攻撃できないわけで、ソロだと実質無職。
しかし酒場などで演奏するとおひねりをもらえるらしく、金策ジョブとしての可能性が検討されている。
――とまあ、最初になれるジョブの特徴はこんなところだ。
PTプレイを重視したバランスっぽいが、結構はっきりと特徴が分かれてるんだよな。強敵、それこそボスを倒しに行くなら大人数で組むとして、普段の狩りは三~五人あたりでそれぞれのやり方を模索しろ、って感じか。
上手いのが商人だよなぁ。ボス狩りは当然のこと、レアドロップ狙いなら絶対に欲しい。けど戦闘能力は低いから、PTに商人を入れるなら護衛役を入れるか、アタッカーを増やして対処しなきゃいけないわけだ。
そこを軸にPTの構成を考えると……なるほど、どんな組み合わせもありだ。ただしジョブが被らない前提で。多少は問題ないだろうけど、あんまり極端なことすると間違いなく死ねる。
極端なことができないようにするための、姿を消すモンスターなのだろう。何かしらの形で対処しなければならないのだから、極端な構成にすると対処できない系統のモンスターに殺されるだけだ。
幸い、うちのPTは俺の直感で最悪の事態は防げそうだし、姐御には霊体看破がある。となると、ここに誰か加えるとするなら猟師が最適ではあるんだが、他のジョブでもどうにかなりそうではある。
……もしかして直感って神スキルでは?
い、いや、そんなことはない! 確かに俺の中ではわりと便利っていう評価になりつつあるが、猟師がいたらゴミスキルに早変わりだ! それを神スキルだと持ち上げようだなんて許せないぜ!
しかし他人の評価はどうなんだろうと気になったので、掲示板に「直感は神スキル」と書き込む。即座に「ねーよ」と否定のレスがばんばんついた。うん、俺は間違っていなかった。直感は許されなかった。
「いや、でも便利は便利なんだよな……」
たしか直感のスキルレベル、五が最大だったっけ。そこまで伸ばす価値があるかは分からないが、もう少しぐらいなら……い、いや、それよりも火力に繋がるスキルを……ああでも、ソロする時なんか必須だろうしなぁ!
くっ、おのれ運営め。スキル構成も特化するか汎用性を高めるか、どちらか選べってことだな!? 大抵は特化した方が雑に強かったりするもんなんだが、ゲオルは汎用性高めた方がいいんじゃないかって疑惑もあるんだよなぁ。
汎用性っつーか、多様性っつーか……何か一つのことしかできないと、容易に詰む気がするんだよな。姿を消すモンスター、ハイドベアが倒せないとはいえ早々に出会えるエリアにいたのも、このゲームはそういうことをする、と示しているように思うのだ。
ウルフにしたって、俺が直感を取っていなければ奇襲されていた場面は幾度もあった。だとすればまた違う形で、対策を要求する――そう、一筋縄ではいかないモンスターもいるんじゃないか?
情報が全て揃っているならともかく、今はまだ手探りの段階。対応力を重視した方がいいだろう。
――そう思いつつ、掲示板には火力特化した方が強いぜ、とか書き込んでおく。
いいんだよ。これでいいんだ。直感とかいうスキルと添い遂げるバカは、俺だけでいいんだ。
そうして悲壮な決意を固めていると、腹に衝撃を受けた。
「おっふ!?」
「兄ちゃん、邪魔」
何かと思えば妹の奈苗が、鞄を俺の腹へ放り投げたようだ。
奈苗は俺の一つ下で、その長身を活かしてバスケ部に入っている。非常に許し難いことではあるが、俺より大きい。そもそもほら、俺の名前って幹弘だぜ? なんで幹より苗の方がデカいんだよ。不条理だ。
部活帰りらしい奈苗は俺を押し退けて、ソファーにどかっと腰を下ろした。
「こらお前、汗臭いぞ。先に風呂入れよ」
「デリカシーないなー兄ちゃんは。だからモテないんだよ」
「はぁ!? ばっかお前、俺はあれだよ、飼い主とかいるんだぞ」
「兄ちゃんどういう生活してんの!?」
そんな生活だよ。我ながらどうかと思うけど。
ドン引きした奈苗ではあるが、冗談だろうと思ったのか、あるいはそう思い込みたいのか、俺からそっと目を逸らしてリビングのテレビをつけた。あー、もうすぐ六時か……こいつこの時間にやってるアニメ、リアルタイムで見たがるんだよな。
奈苗は表示フレームを投影し、SNSを開く。どうやらSNSで実況しながらアニメを見るようだ。
えーっと、今日は火曜日だから、この時間は……。
「Shaharか」
「そだよー。兄ちゃん、あとで構ってあげるから静かにしててよ」
「俺を何だと思ってやがる」
まったくこいつは。ぷんすかしつつ、Shaharは俺も見てるのでソファーに座り直す。
Shaharはいわゆるロボットアニメなのだが、科学と一緒に魔法が発展した地球で、魔法によって作り出された人型兵器Shaharと、それに乗り込んで戦う主人公ルロイの物語だ。
ルロイは同じく人型兵器を操る悪の組織と激闘を繰り広げるのだが、とにかくストーリーが熱い。時間帯的には子供向けの作品なのだが、とことん王道を貫いてくれるおかげで大人も楽しめるんだよな。
そうして俺と奈苗は、ルロイの戦いを一緒に応援した。母さんに騒ぐなって怒られた。
……いやぁ、やっぱりロボットはいいよね!
○
【ガウスの発言】
おっす。これからゲオるけど、新しく始めた人いるー?
【のーみんの発言】
おいすー。あたいはまだ見送りー。
がっちゃんもマイルズ・ハートやろうぜぃ!
【コロの発言】
うっわぁ。のーみん、あれやってんの?
あれハートフルボッコ系のエロゲじゃん。
【のーみんの発言】
シナリオは最低だけど、ゲーム部分が中毒性あってね……。
【ガウスの発言】
つーか俺、未成年なんですけど???
【大勢の発言】(8人)
えっ?
【ガウスの発言】
よーしテメェら表に出ろ!!
【暮井の発言】
実際どうなん? ガウスさん声は若いけど。
【八艘@墜落中の発言】
オフ会には来たことないからな……。
でも頭のおかしさが島でも上位だし、絶対詐称だね。
【のーみんの発言】
でもほら、あたいも十七歳だし。
【大勢の発言】(17人)
は?
【のーみんの発言】
ちょっと!! なんで増えてんの!! ねえ!!
普段喋らない人までツッコミ入れてるの、差別だと思うよあたい!!
【コロの発言】
あ、ガウスー。ロンさんが昨日の深夜、なんか触ってみようとか言ってたよ。
【ガウスの発言】
だよな、ロンさんは釣れるよな。
他にも興味ある人がいたら、俺か姐御にでもメッセ飛ばしといて。
【八艘@墜落中の発言】
カルガモでもいいんじゃないか?
【好きの気持ちわ切ない……の発言】
あれはない。あれはないよ。
ガウスさんかタルタルさんの方が、比較的マシ。
【このえ@火山223の発言】
私、まだ忘れてないですからね。
初めて島をやった時、カルガモさんにカモられたこと。
【のーみんの発言】
あれは正直笑った。
【暮井の発言】
涙目でリベンジ挑んで、今度は普通に負けたこのえちゃん萌え。
【このえ@火山223の発言】
ちょっとここ、基本的に外道多くないですか!?
【ガウスの発言】
このえさんマジプリティー。
【このえ@火山223の発言】
ガウス!!
プリティーコールが巻き起こったのを見届けて、俺はゲオルにログインする。
まったく、いつまでもあんな連中に付き合っていられないぜ!