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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第六章 指先に灯火を
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第二話 賑わいの試合場


 高架下のホームに顔を出すと、まだ午前中だというのに三十人ほども集まっていた。

 賑やかなのはいいことだが、ちょっと予想以上だ。夏休みだし学生の参加者が増えているのが原因だろうか。この様子だと夕方から夜にかけては、百人を超える日もありそうだ。

 まあ撃剣興行は今でこそARを利用して娯楽性を高めてはいるが、明治時代から続く伝統的なスポーツだ。幅広い世代にファンがいるし、他のスポーツほど持久力を求められないのもあって、凄腕の老剣士なんてのも当たり前にいるほど。競技人口的には、この賑わいも納得できるところだ。

 そう考えながら茜達を探してると、


「お、がっちゃーん。こっちこっち」


 先にのーみんに見つけられたので、そちらへと移動する。

 のーみんは視線を観客の中心――試合場へと向けて口を開いた。


「いやー、若い子が多いと活気があっていいですなー。

 あたいの田舎だと、おっさんどもしかいねーのであった」


「人が少ないのに、撃剣興行あるの?」


 疑問に思ったのか、茜が問いかける。

 いや、確かにそうだよな。幅広い世代にファンがいると言っても、参加するのはやっぱり若者が中心だ。おっさんばかりの少数精鋭で、果たして成立するものなのか。

 そんな疑問にのーみんは、やや辟易した様子の苦笑を浮かべて答える。


「田舎だと伝統もあるからにゃー。ほら、明治維新でお武家様がいなくなったけど、政府もすぐに全国を隅から隅まで守れるかって言ったら、やっぱり手が回らないのだ。

 だから里に出る妖怪――幻想種の退治は、撃剣興行で食ってる武士崩れや、その手ほどきを受けた男衆のお仕事。それが伝統としてずっと残ったから、田舎は田舎で撃剣興行が盛んなのだぜ」


「――ああ、そういや聞いたことあるな」


 そうそう、言われてみれば田舎にはそんな事情があった筈だ。

 近代化以後は幻想種を見かけることもめっきり減ったが、信仰と迷信がまだ人々の間に強く残っていた時代、魑魅魍魎を退治するのは武士階級の主要な役割の一つだった。

 明治維新後、その役割は軍と警察が担うことになるものの、手の回らない地域では士族を中心に民間で対処することになる。そして平時の飯の種として、また腕を鍛える場として、都市とはまた違った形で田舎の撃剣興行は隆盛を極めたのである。

 それが今でも伝統として残っている……というのは聞いたことがあるのに、どうして忘れていたんだか。茜も何やら、変なものを食べたような顔をしていた。


「けど、そういう環境だったなら、のーみんもやったことあんのか?」


「うんにゃ。自分で言うのもあれだけど、あたいはお姫様扱いだったからにゃー。

 家族はよくても、他の人が遠慮しちまうのだ」


「へー……意外とお嬢様なんだ」


 茜がどのレベルのお嬢様を想像したのかは分からないが、きっと想像以上なのだろう。

 いや、だって親が重婚してて、兄弟もたくさんいるんだろう? のーみんは大きい農家と言っていたが、経済力を考えれば間違いなく大地主。血筋を遡れば庄屋か代官か。大人にお姫様扱いされるってことは、今も地元に強い影響力を持った名士に違いない。

 ……まあこいつを見ていると、ちっともそんな風には見えないんだけど。

 ともあれ、初めて参加できるとあってか、のーみんは浮足立っているように見えた。いきなり試合に放り込むと怖いので、まずは隅で準備運動も兼ねて素振りでもさせるべきか。

 そう考えた俺は、アゴの動きで人のいない場所を示した。


「ちょっとあっちに行こうぜ。のーみんもウレタン刀に慣れる時間は欲しいだろ」


「お、確かに。とりあえず触らせておくれ」


 そんなわけで移動して、ウレタン刀をのーみんに手渡す。

 のーみんは感触を確かめるように素振りして、


「見た目より軽いにゃー。ちょっと違和感あるかもだ」


「仕方ねぇよ。重かったら叩いた衝撃で、骨が折れちまうだろ」


 安全性を考慮すると、標準的なウレタン刀の重さは結構ギリギリだったりする。

 野試合で見かけることは滅多にないが、公式戦だと自分用にカスタムしている人も結構いる。ただしそういう連中も、例えば長さを伸ばした分だけ軽くしたりと、ちゃんと配慮はしているのだ。

 素振りを続けるのーみんを眺めつつ、俺は茜に問いかけた。


「茜もやってみるか?」


「んー……私はいいかな」


 遠慮しているわけではなく、茜はそう答えた。


「体を動かすのは嫌いじゃないけど、剣道とかの経験もないから」


「そっか。……そういやスポーツだと、野球やってたんだっけ?」


「え――まあ、うん。朝陽から聞いたの?」


「いや、ゲオルでファイアーボール投げてたから」


 あの見事なアンダースローは、素人の見様見真似ではない。ぶっちゃけ俺には無理。鉄を叩いて刀を作るように、練習を重ねて完成させたフォームだ。

 ブランクがあっても淀みがない動作からは、彼女の生真面目さを窺えた。


「ああ、それで……うん。小学生の時は少年野球チームに入ってたの。

 お父さんが野球好きで、その影響だったと思う」


 茜はどこか安堵したように、その思い出を語る。


「私は成長が早かったから、背も高い方で。ピッチャーは大きい方が有利だからって勧められて、五、六年生の時はエースだったんだよ」


 誇らしそうに語るその表情は、しかし翳りを帯びた。


「中学でも女子野球部に入ったんだけど……色々あってね。辞めちゃった」


 詳しく話すようなことではないと思ったのだろう。

 誤魔化すように笑って、茜は話をそこで終えてしまった。

 ただ――これはひょっとしたら、初めて見たのかもしれない彼女の弱さだった。

 普段、茜はそうした弱さを見せたがらない。それは強がりや、同情されたくないといった理由とは毛色が違い、何となくだが……弱さを自分だけのものにしたい。そんな意思を感じていた。

 彼女にとって己の弱さとは、他者と共有するものではない。

 乗り越えられるかどうかは別として、自分だけで抱えたいのだろう。

 その在り方を、強いなと思う。

 その思いを尊重したいから、俺は追求もせずに「そうか」とだけ呟いた。

 きっと、ここで俺の過去を――中学の時、剣道部を辞めたことを話すこともできる。

 そうすることで弱さと傷を、共有することだってできるのかもしれない。

 だけど茜はそんな慰めを望まないだろうし、俺だってお断りだ。

 互いに弱さと傷があると、知っているだけでいい。

 傷を舐め合うことはできなくても、それが救いになることもあるだろう。


「――ふっ、剣の極意は掴んだぜ」


 一方その頃、素振りをしていたのーみんは何かに開眼していた。たぶん幻覚。

 のーみんはウレタン刀の先端を俺に向けて、


「さあ勝負だがっちゃん。でも反撃はしないで欲しい」


「はいはい、打ち込みたいってことね」


 苦笑して、俺も自分のウレタン刀を取り出して構える。

 足を使われたら面倒臭いが、まあ防御に徹する分には問題ないだろう。


「ほら、好きに打ち込んでこいよ。一丁揉んでやる」


「にゃにを生意気な。その思い上がりが貴様の敗因であり、貴様の墓穴となるのだ――!」


 概念を墓穴にするんじゃねぇよ。

 興奮したのーみんが打ち込んでくるものの、やはり基礎ができていないので、身体能力任せの乱暴な剣筋になる。動き自体は悪くないので、撃剣興行でも下位の連中にはたぶん勝てるだろう。

 それなりの基礎があったり、場数を踏んでいる奴が相手なら厳しいかもしれないが、勢いで押せばあるいは。まあ俺相手にはただの扇風機でしかないんだけど。

 二分ほど打ち込みを続けたところで息が上がり、のーみんは手を上げて待ったをかけた。


「お、おかしい……! がっちゃん、ゲームだとここまで強くなかったのに……!」


「いやいや、逆だって。ゲームだとお前が強いんだよ」


 設定次第でもあるんだが、


「例えばゲオルだと、初期ステータスは同じだろ? 身長差で微妙に有利不利は生まれるけど、出せる力は同じだ。でもリアルじゃ当然、そんなわけがない」


「馬鹿な。あたいはがっちゃんより劣っている、と……?」


「そりゃあだって、男女のパワー差があるだろ」


 ゲームだとその差がないから、関節が柔軟な分だけ女有利と言われたりもするんだけど。

 しかしのーみんは腑に落ちない様子で、


「うーみゅ。パワーで負けるとしても、僅差だと思うんだけどにゃー。

 何より身長差が……」


「それこそ大差ねぇだろが……!!」


 まったくこいつは。でも実際のところ、筋力は思ったより僅差ではあった。

 馬鹿正直に受け止めると疲れるだけなので、適度に力を流していたのだが、感触としてはそこらの男にも負けていない。ジム通いしているだけあって、鍛えられている方だろう。

 などと考えていたら、茜が俺の頭を撫でるようにぽんぽんと叩いた。


「大丈夫。元に戻るよ、幹弘さん」


「……まだ伸びるって言ってくれねぇか?」


「えっ……ん……」


 ごめんな。どう慰めるか悩むほど、追い詰めるつもりはなかったんだ。

 真実を告げる残酷さを持たない茜は、対応に困って俺の頭を撫でる。その対応こそが真に残酷なのだが、俺自身も真実を突きつける残酷さは持ち合わせていなかった。

 そうして重苦しい空気のまま、ただ頭を撫でられ続けていると、


「――ようミッキー、もうこっちに帰ってたんだ?」


 竹刀袋を肩に担いで、テッシーが現れた。

 やや遅れて俺の現状に気付いたらしく、表情をぎょっとさせて、


「は? ま、待てよミッキー……なあ、まさかお前」


「付き合ってるとか、そういうのじゃねぇぞ」


 一応否定したら、露骨にほっとする。俺だけ幸せになるのは許せないらしい。

 そしてテッシーと一緒に来ていたらしい後輩も、満面の笑みを浮かべていた。


「ですよねー! 守屋先輩、そういうキャラじゃないっつーか、こっち側っスもんね!

 俺、信じてましたよ。先輩はモテない男だって」


 失礼な物言いをする馬鹿を蹴り飛ばす。

 馬鹿は「うひゃあ」と悲鳴を上げるのだが、それを見ていて首を傾げる。


「ちょい疑問なんだけど。河瀬君、なんで生きてんの?」


「へ? いやいやいや、そんな全否定するほどキレないでくださいよ! すんません!」


 慌てて逆ギレ気味に平謝りする河瀬君。いや、そうじゃなくて。

 あれー? よく分かんねぇけど、こいつ殺した方がいいんじゃね?

 自分でも本当に謎なのだが、そうした方が後腐れないよなって思えるあたり、俺はこの愉快な後輩の命を何とも思っていないらしい。あれ、俺そこまで外道だっけ?

 ちょっと困惑していたら、河瀬君はのーみんを見て騒いでいた。


「うおお、すげぇ美人……! ふ、ふざけんなよ守屋先輩!? 俺らが臭い防具に耐えて剣道してる間に、こんな美人と旅行してたんスか!? あんた死ねよ!!」


 ヒートアップする河瀬君に、俺とテッシーのツープラトンキックが突き刺さった。

 正直なのは大変よろしいのだが、先輩に死ねとか言っちゃいけません。お前が死ね。

 そして一応褒められたのーみんは、にこにこと上機嫌で問いかけた。


「がっちゃんや。察するに部活のお友達かい」


「おう。部長のテッシーと、馬鹿の河瀬君な。

 あ、こっちも紹介しとくか。こっちは星華台の一年の北上茜で、そっちはのーみん」


 紹介に頷いたテッシーは一礼して、


「花屋敷の剣道部部長、勅使河原です。ミッキーがお世話になってるみたいで」


「にゃはー。そこは持ちつ持たれつぜよ。

 と言いますか、聞いてた話とイメージ違うなぁ」


「は? ……ミッキー。僕のこと話したのか?」


「ああ。女ならもう何でもいいような奴だって」


「ははは。法廷で会おうぜミッキー」


「毀損される名誉があると思うなよ」


 俺にだってそんなものはないんだぞ。

 とりあえず紹介が終わったタイミングで、気になっていたことを確認する。


「それよかテッシー、何しに来たんだ?」


「何って、撃剣興行に決まってるじゃん」


 小馬鹿にするような呆れた顔をして、


「僕ぁ古臭いと思うけど、ほら、うちって元はと言えば武家だろ? 撃剣興行に参加して勅使河原家の威厳を示せって、父さんや爺さんがうるさいんだよね。

 ま、稽古にもなるし、今日は河瀬を誘って遊びに来たってわけさ」


 あー、そういやそうだ。前にも聞いたことがある。

 テッシーの先祖はわりと偉い武士だったそうで、明治維新後しばらくは、この地域の幻想種退治を引き受けていたのだ。撃剣興行が始まってからは、そちらで後進の育成にも励んだそうな。

 ……あれー? 改めて考えると変だな。

 いや、テッシーは撃剣興行を嫌っていたような覚えがあるし、家の事情で渋々参加するのだとしても、もうちょっと嫌がっていそうなものなんだが。

 どうにも調子が狂う。俺の記憶が信用できないのは今更なんだが、茜とのーみんはテッシーと初対面だし、確かめることもできない。まあ言動に何かしらの影響は出ているんだろうけど。

 この違和感の正体というか原因はそんなところ。打つ手はないが、別に困ることもないので、ひとまずは放置しておいても構わないか。

 自分をそう納得させて、俺は河瀬君に声をかけた。


「河瀬君、暇だったらのーみんと勝負してやってくれよ。実力的にはちょうどいいと思う。

 あと先輩命令だから、断ったらどうなるか覚悟しとけよ」


「それ拒否権ないっスよね!?」


 ツッコミを入れた河瀬君は、


「けど、いいんスか? 俺、レベルだけは六まで上がってますよ」


「うっわ暇人め。何したらそうなるんだよ」


 レベル――昔は格とも呼ばれたそれは、言ってしまえば魂の強度だ。

 認識としてはゲームのレベルとそう変わらない。魂の強度が上がることによって、その出力も上昇する。結果的にある種の魔術効果として、主に身体能力が強化されていく。

 レベルは地道な鍛錬によってゆっくりと上がるが、手っ取り早い手段としては幻想種などを殺すというものもある。自分の方が格上だと証明することで、世界がレベルを上げてくれるのだ。

 しっかし河瀬君、レベル六かぁ。


「俺らの年代だと、レベルなんて三ぐらいだろ。天狗でも殺したのか?」


「どこの牛若丸っスか。いや、あれ殺してたっけ? まあいいや。

 自分でもこれといった理由は思い浮かばないんで、日頃の努力っスね!」


「そっかぁ。努力が実ったらよかったのになぁ」


「まるで俺を雑魚みたいに……!」


 まるでも何もそう言ってんだよ。

 憤慨する河瀬君を無視して、のーみんに確認する。


「で、どうよ。あいつわりとお手頃な相手だけど。

 しばいても心が痛まないって点が最高に素敵」


「うむ、よきにはからえ」


 そんなわけで、試合場が空くのを待って、のーみんのデビュー戦となった。

 序盤は美人相手ということで、ガチガチに緊張した河瀬君が防戦一方。動いている最中に緊張もほぐれたのか、徐々に反撃をして――また不自然なほどに防戦一方となる。

 ……あ、そっかぁ。揺れる胸を特等席で見てんだな。

 やっぱあいつ殺さないと駄目だね、そうだね、なんて会話をテッシーと交わす。

 最終的にはのーみんもバテてしまい、これ以上は八百長を疑われると思ったのか、河瀬君が勝負を決めにいく。ただし息は上がっているものの、バテているのはのーみんの演技だ。

 残った体力を振り絞り、一瞬の勝機に渾身の一刀を振るう。

 虚を突かれた河瀬君をそれを防ぐこともできず、愚かにも敗北したのであった。


「――ゆ、油断した……! あんなにも目の前で揺れるから……!!」


 悔しそうに、でもだらしない顔をして河瀬君は言い訳する。

 汗だくののーみんは、それでも愉快そうに笑っていた。


「にっひっひ。少年や、精進が足りぬぞよ」


 何キャラだよお前。

 ま、それはともかくとして。


「へ? あの、先輩方。なんで俺の肩を掴むんスか」


「いや、幽霊部員の俺には、こんなこと言う資格はないと思うんだけどさ。

 身内の恥はきっちり粛清すべきだよなって」


「僕個人はどうでもいいんだけど、部長としての立場もあるしね」


「は、離せ!? 人殺しの目っス、人殺しの目をしてるっスよあんた達!?」


 なんでか知らないが、お前にだけは言われたくない。

 かくて俺とテッシーは河瀬君を試合場に連行し、連戦でボッコボコにしたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] えぇ…???怖い怖いすんなり受け入れてるガウスも怖いよ
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