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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第五章 大航海時代
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第二十話 新世界


 朝陽が無事に見つかったことで、俺達は別荘に戻っていた。

 色々と謎が残る出来事だったが、確かなのは一つ。朝陽はゲオルギウス・オンライン――ゲームの中に、生身で迷い込んでいたということ。

 カルガモやりっちゃんは神隠し的な、実例として過去にはあったのであろう現象だと推測していたが、蓋を開けてみればまったくの無関係。単にこの世界が、いつ壊れてもおかしくない不安定なものだったと、見せつけられただけだ。

 どうして朝陽の身にだけ、こんなことが起きたのかは誰にも分からないが、この出来事から推測できることもある。


「リアルとゲームが、いよいよ本格的に混ざってきた、ということなんじゃろうなぁ」


 居間に腰を落ち着けて、情報の整理をしたところでカルガモはそう言った。


「生身でゲームの中に入れるというのは、そういうことじゃろう。二つの世界の境界が曖昧になり、何かしらの条件を満たせば出入りできるほどに、繋がってしまっておるわけじゃ」


「朝陽のいたところは()()()()()()()()()()()ってことだな。

 けど、なんで匂いだけは伝わってきたんだろう」


「あのー、先輩。不思議かもしんないけど、そこはあんまり掘り下げて欲しくないなーって」


「溶けたバニラアイスの香りがしたって話よね? 雛鳥なのに乳臭いのね!」


 オヤジギャグだかセクハラだか怪しいことを言って、りっちゃんはご満悦だった。皆は無視した。

 まあ朝陽は恥ずかしいのかもしれないが、これは考えなきゃいけないことだろう。

 そのことは分かっているようで、カルガモが口を開く。


「可能性としては二つかのぅ。まずは単純に、何かしらの形で空間が繋がっている。

 もう一つはゲームのように、空間が省略されておる可能性じゃな」


 ゲオルでは移動が不便にならないように、設定上の距離と実際の距離は違うものになっている。だが例えば高所から見渡した時、目に見えるのは設定上の距離の方だ。

 どういう処理をしているのかまでは知らないが、移動時に省略される空間も、存在してはいる。おそらくは違和感を覚えないように、移動時に柔軟に変化させているのだと思うが。


「考え方としては、この末野という土地に、ゲーム化したもう一つの末野が挟まっておる……いや、二つの空間を重ねて、折り畳んでおると考えた方がいいかの。

 部分的な並行世界とでも言おうか。これならば三次元空間を矛盾なく同居させることも――おい、おぬしら、聞いておるか?」


「途中から何を言ってっか分かんねぇんだよ……!」


「そうだそうだー。日本語で話せー」


 抗議する兄妹。声にこそ出していないが、他の皆だって理解できていない筈だ。

 カルガモはこれ見よがしにため息を吐いて、


「いや、すまんな。おぬしらには次元の違う話じゃった」


「兄ちゃん、兄ちゃん! 馬鹿にされたのだけは分かった!」


「ああ、許せねぇよなぁ!?」


「キャンキャン吠えてないで落ち着きなさい、犬っころども」


 ヒートアップする俺と奈苗を制して、りっちゃんは言う。


「次元がどうなっているかなんて、観測手段があまりにも限られているわ。仮説を立てる価値はあるかもしれないけど、私達が本当に考えるべきは原因と対処法よ。

 と言っても、対処法は雛鳥が見つけたわね。ログアウトすればいい。あとは原因を考えるだけよ」


「原因と言いましても、ここ数日の異変で世界が不安定になっているとか、そういう感じじゃないですかー?」


「雛鳥が迷い込んだ原因はそんなところでしょう。――私が言いたいのは、そもそもどうしてあんな世界が作られたかよ。だって作る意味がなさそうじゃない?」


「ははぁ。意図が読めんというわけじゃな」


 確かにあんなもの、わざわざ作る理由が分からない。

 黒幕の目的が理想郷の運営で、その手段としてリアルをゲームに置き換えることなら、リアルをゲーム化した別世界――いや、別マップなんて用意する必要がないのだ。

 そんなことをしなくても目的は果たせる。

 そう考えると、


「何かの副産物ってパターンはどうだ? 必要だから用意したんじゃなくて、結果的に偶然できちまった、みたいな」


「それにしては完成度の高さが気になるのよね……風景が違ったり、人がいなかったり。そういう異常はあっても、雛鳥も当初は道を間違えただけだと錯覚するぐらいには、遜色ないのよ?」


「ちょーっと偶然だとは思えないにゃー」


 りっちゃんに同意して、のーみんが続ける。


「それに、完成度高いのが偶然でき上がったなら、風景違うのがおかしいのだ。

 遜色ないどころか、うり二つであるべきだとは思わんかね」


「むぅ……正論だな」


 偶然なら偶然で、差異があるのは確かに不自然か。

 しばらく考え込んでいると、何か思いついたのか茜が口を開いた。


「バックアップ……的な」


「ん――おお、なるほど。そういうことじゃな」


「一瞬で自分だけ理解すんなよ。茜、続き頼む」


「うん。その……リアルとゲームを置き換えると言っても、成功する保証はないと思うから。失敗した時、元に戻すことも考えたら、バックアップが欲しいんじゃないかな」


「あ、そっか。ゲームのセーブデータと同じなんだ」


 合点がいったように朝陽が言う。


「いつでもやり直せるように、セーブを分けてないと怖いもんね」


「にゃるほど。エロゲの分岐前でセーブするようなもの、と。

 カモさんが一瞬で理解した理由が理解できたぜ」


 世界とエロゲを同列で語るのやめてくんない?

 なんか頭が痛くなってくるが、偶然じゃないならバックアップ説は可能性が高そうだ。他にあんな世界を用意する理由も思い浮かばないし、たぶんそういうことなのだろう。

 だが納得していた時、不思議そうに奈苗が言った。


「あれ? ――じゃあなんで、風景が違ったの?」


 バックアップ説を前提とするなら、それは確かに大きな疑問で。


「まったく同じじゃないと、意味ないじゃん」


 使い物にならないバックアップに価値はない。

 複製に失敗したのであれば、そんな無駄は削除して然るべきだ。

 あえて残す意味がない以上、前提に誤りがないのであれば――


「――まさか、風景が変わるレベルで、もう現実が侵食されているってわけ?」


 結論に至り、りっちゃんは顔色を変えた。

 事態の深刻さを見誤っていたことに気付いただけでなく、不安が押し寄せたのだろう。

 俺も自室だと思っていたら、実は巨大生物の胃袋の中だったような、そんな気持ち悪さがある。これまで過ごしてきた場所は、とっくに侵食された偽りの世界だったのである。

 酷い詐欺を見た気分だ。

 俺達が楽しんだこの旅行も、その舞台から否定される。

 できたばかりの思い出には、最初から泥が塗られていた。


「……まいったわね」


 落ち着きを取り戻すためにか、深呼吸を挟んでりっちゃんは言う。


「明日、朝一で……ううん、今すぐ町を出るわよ。

 下手をしたら私達――この町に閉じ込められるかも」


 ああ、世界が侵食されるというのは、そういうことでもあるのか。

 風景が変わったように、道が変わってもおかしくない。最悪、俺達の知る世界には繋がらない道になっていたとしても、不思議ではないのだ。

 りっちゃんの懸念は誰にも否定できない。

 俺達は荷物をまとめると、カルガモの運転する車に乗って末野を脱出することにした。


     ○


 ――――で、超あっさり地元に帰還した。

 無事に帰れたことを喜べばいいのか、それとも肩透かしだと呆れたらいいのか。

 時刻は夕方。カルガモは俺達を駅前のロータリーに下ろすと、自分はこのまま里帰りすると告げ、ハイウェイの風になるぜ、と旅立っていった。

 学生組はそれぞれ帰宅するわけだが、問題は百合達の方で。


「今からリニア乗って帰るのも面倒と言いますか、昼間歩き回ったので既に眠いです」


 そうだね。車中でもよくお休みだったね。

 りっちゃんとのーみんも、百合へ同調するように頷いた。


「同感ね。私達、タルタルよりも遠いし」


「手頃なホテルにでも泊まろうぜー。

 そんであたい、明日もがっちゃん達と遊んでから帰ろうと思います」


 おっと、明日は惰眠を貪りたいとか言えない雰囲気だぞ?

 振り回されそうで嫌だなーと思っていたら、朝陽も困り顔をしていることに気付いた。


「どうした朝陽? 金欠か?」


「うん、お小遣いがちょっと厳し……じゃなくて、親になんて言おうかなって。延泊するってなった時、クラゲに刺されて安静にしなきゃいけないからって、言い訳しちゃったんだよね」


 あー。俺と奈苗は、一緒に来た友達が寝込んだってことにしたんだが。

 朝陽は深く考えずに、カルガモが口走ったデマカセをそのまま使ってしまったらしい。

 困る朝陽に助け舟を出したのは奈苗で、


「じゃあ朝陽ちゃん、うちにお泊りする?」


「え、助かるけど、いいの?」


「うん。兄ちゃんにはリビングで寝てもらえばいいし」


「なるほど、それなら俺のベッドを使えるもんな」


 ははは。俺は奈苗の頭をどついた。


「なにすんのさ!?」


「お前の部屋使えよ。ベッドに二人は無理でも、床に布団敷けばいいんだから」


「しかしがっちゃん。そこにあたいも混ざるとしたら?」


「混ざんなよ……!!」


 あと怖い。のーみんだけは泊めるなって、俺の本能が警戒している。

 けらけら笑うのーみんを追い払って、俺は奈苗に言う。


「じゃ、朝陽を泊めるって母さんに連絡しとけ。

 あと早く帰ってこれたのは、車で送ってもらえたからだって」


「はーい」


 そんなことをしている内に、百合達もネットで手頃なホテルを見つけたようで、それじゃあ明日は何時に集まりしょうかー、なんて確定事項であるかのように追い詰めてくる。

 カルガモが颯爽と走り去ったのは、まさか逃げただけなのではないか。

 こいつらの相手をする役――ハッキリ言えば玩具にされる役を、俺に押し付けたのでは?


「……明日も晴れるといいなぁ」


 他人事のように呟いて空を見上げる。

 独り言へ律儀に反応して、電脳に入れてある天気予報アプリが快晴だと答えた。


     ○


【のーみんの発言】

 はろー、諸君! 今日も元気に息してる?


【八艘@飛行中の発言】

 お、のーみんじゃん。数日見なかったけど夏風邪とか?


【のーみんの発言】

 みっちゃん達と海行ってました!

 ふふふ聞いて驚け、そこにはカモさんの姿も……!


【あやせの発言】

 嘘ですね。


【デュランダル斉藤の発言】

 目を覚ませのーみん。あいつはこの世にいない。


【好きの気持ちわ切ない……の発言】

 僕が思うに夏の夜の夢だね。


【のーみんの発言】

 う、嘘じゃないもん! カモさんいたもん! ホントにいたもん!!


【ガウスの発言】

 皆の気を惹きたいからって、そんな嘘はよくないぞ。


【のーみんの発言】

 これ、リアルがっちゃんの画像です。

 [添付ファイルを開く]


【ガウスの発言】

 ぶっ殺すぞテメェ!?


【のーみんの発言】

 お姉さんの味方をしないからだぞ☆


【八艘@飛行中の発言】

 おいガウス、これマジか?

 のーみんと緑葉とか、全然羨ましくないけどマジか?

 お前、女と海行ったのか? なあ? ガウス。なあ。


【ピザ小僧の発言】

 は、八艘さんがダークサイドに堕ちた……! いつものことだけど!


【デュランダル斉藤の発言】

 あいつ青春っぽいこととか、無条件で憎むもんな。


【あやせの発言】

 いい腹筋してますねガウスさん。


【好きの気持ちわ切ない……の発言】

 僕が思うに八艘さん童貞だよね。


【八艘@飛行中の発言】

 めっ! ポエムさん下ネタ言っちゃ、めっ!

 つーかガウスよぉ~~~、お前、俺らに黙って何やってんの?

 これだけ聞いとくけど、のーみんどうだった?


【ガウスの発言】

 見た目だけは超美人だったよ。


【八艘@飛行中の発言】

 よし。のーみん、俺と結婚を前提に結婚しよう。


【のーみんの発言】

 ないなぁ……。


【八艘@飛行中の発言】

 マジっぽい反応やめようぜ? 本気にしちゃうよ?


【あやせの発言】

 いい腰してますねガウスさん。


【ピザ小僧の発言】

 のーみんはいつだってマジなんだよなぁ……。


【暮井の発言】

 既に社会的制裁を受けたものとして、八艘さんは無罪。

 ガウスさんはちょっと……裏まで来てくれるかな?


【ガウスの発言】

 なあ、暮井さんからのーみんの画像くれってメッセが届いたんだけど。


【暮井の発言】

 う、裏切ったな!? いきなり裏切ったな!?


【ガウスの発言】

 初めっから俺達の間に、信頼なんてねぇだろ!


【のーみんの発言】

 おお、あたいは魔性の女……争いの種になってしまうとは。

 でもね、安心して。あたいは皆のアイドルだぞ☆


【大勢の発言】(8人)

 調子に乗るな。


【のーみんの発言】

 裏切りってこういうことじゃない!?


【あやせの発言】

 ガウスさんの画像、もっとありますか?


【ピザ小僧の発言】

 ……なあ、さっきから。


【デュランダル斉藤の発言】

 よせ、闇に触れるな。

 底の浅い八艘さんと違って、あれはガチだ。


【緑葉の発言】

 でも残念、私は気にしないわ!

 [添付ファイルを開く]


【ガウスの発言】

 いきなり出てきて何やってんの!?


【あやせの発言】

 わぁい。


【緑葉の発言】

 ふふ、用はこれだけよ。もう寝るわ!


【ガウスの発言】

 あんた嫌がらせだけは全力でやるの、どうかと思うぞ!?


【八艘@飛行中の発言】

 俺ね、なんかガウスを許せそうになってきた。


【デュランダル斉藤の発言】

 ま、あの二人がいたらそういう扱いだよな、ガウスは。


【暮井の発言】

 はい、解散解散。もう面白いことはないぞー。


【ガウスの発言】

 納得いかねぇ……!




【   からガウスへの秘密発言】

 


【ガウスから   への秘密発言】

 誰だ?


【   からガウスへの秘密発言】

 Anお


【ガウスから   への秘密発言】

 おーい、名前の設定できてねぇぞ。


【ガウスから   への秘密発言】

 もしもーし。




【ガウスの発言】

 誰か寝ぼけて、俺にメッセ送んなかった?


【好きの気持ちわ切ない……の発言】

 僕が思うに、それなら犯人は夢の中さ。


【ガウスの発言】

 あ、そりゃそうだわ。どもっす。

これにて五章完結です。

[添付ファイルを開く]はただのテキストなので、クリックしても挿絵はありません。

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[一言] ホラーじゃん。もうこれホラーじゃん!鳥肌たったわ
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