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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第五章 大航海時代
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第十九話 綻び


「どうも妙なことになっておるようじゃな……」


 カルガモは首を傾げつつ、朝陽から事情を聞き出していく。

 それから通話を繋いだまま待つように指示して、俺達に向けて説明を始めた。


「あやつの言うところによれば、見覚えのない場所におるらしい。道を間違えたのかとナビを起動しても、位置情報を取得することができず、仕方なく引き返してもコンビニに戻れんそうじゃ」


 話に皆は怪訝そうに顔を見合わせて、


「通行人はいないの? 人に話を聞ければ分かりそうだけど」


「それが人っ子一人見当たらんと」


「おかしいわね……確かにクソ田舎だけど、日中なのに」


 ナチュラルにこの末野という町を罵倒するんじゃない。

 しかし、どうもただの迷子ではないような雰囲気だ。ナビが使えないというのも異常だが、人が見当たらないなんてことあるのか?

 考え込んでいると、何か思いついたのかりっちゃんが言う。


「カモ、雛鳥に空の色を確認させなさい」


「ああ、なるほど。空じゃな、分かった」


 意図を理解したようで、カルガモはすぐに朝陽へ確認する。

 その答えは、


「……とりあえずは青空のようじゃな。ただし、色が濃い気がするそうじゃ」


「微妙なところね……あんたはどう見る?」


「状況的にはおそらく、おぬしの想像通りじゃろう」


「おう、二人で納得してねぇで、説明してくれないか」


 そう言うと、カルガモは朝陽との会話を優先したので、りっちゃんが説明役を務める。

 まだ確信はないのか、その表情には真剣さと困惑が同居していた。


「たぶんだけど、異世界系の都市伝説と同じ現象ね。話のパターンは様々だけど、よく似た異世界に迷い込むものよ。

 結末も十人十色。無事に帰ってくるものもあるし、連絡が途絶えるものもある。中には異世界からこっちに来た、というオチまであるわ。

 空の色を確認させたのは、そこに異常が見られるパターンも結構あるからよ」


「でもああいうのって、基本的に創作じゃないんですかー?」


 聞き覚えがあったらしく、百合が疑問を口にする。

 りっちゃんは「そうね」と同意して、


「ほとんどは創作よ。画像とかの証拠を用意することもあるけど、場所が特定されたり加工がバレたりで、創作の裏付けになってばかりだし。

 ただ、もっと古い時代にもあってね。有名なのは柳田國男の著した遠野物語にも登場する、マヨヒガかしら。解釈によっては、あの誰もが知ってる浦島太郎の竜宮城だってそうよ。そういった異界に迷い込む伝承は枚挙に暇がないし、今となっては全てを創作だと断言できないわ」


 ああ――そうか。今では迷信とされているものが、そうと否定される前の時代。魔術がまだ当たり前だったかもしれない時代には、本当にそういうことがあったのかもしれない。

 無事に帰れた者は、その体験を話し。

 帰れなかった者は、神隠しに遭ったとされた。

 そういう時代が、確かにこの世界にもあった筈なのだ。


「……ねえ。朝陽、無事に戻れるの?」


 茜が感情を押し殺した声で問うた。

 りっちゃんは気不味そうに目を伏せて、


「まだ何とも言えないわね……少なくとも、差し迫った危機はなさそうだけど」


「お願い。手がかりがあったら教えて。何でもするから」


 決意を秘めた茜の眼差しは、それだけ朝陽を大切に思っているからなのだろう。

 ただ――危うさを感じなかったわけではない。

 茜と朝陽。二人が親友同士であることは、今更疑うまでもない。

 だが茜から朝陽への感情と、朝陽から茜への感情。そこに何か、見過ごしてはいけない差があるような気がしたのだ。

 ……まあ、俺が考えても仕方ないことだし、今はそれどころじゃない。茜が無茶をしそうだと感じたら、俺が矢面に立てばいいだけのことだ。

 そう考えていると、カルガモから提案があった。


「とにかく状況が分からんし、時間もどれほどかかるか分からん。

 ひとまず今日も宿泊することにして、腰を据えてかかりたいんじゃが、どうじゃ」


 反論はない。皆は頷き、同意を示す。

 それを確認したカルガモも頷いて、


「では姐御、延泊の手配を頼む。学生は……そうじゃな、クラゲにでも刺されたとか言って、親に今日も泊まると伝えておくとよい。疑われたら診断書は用意してやる」


 さらっと違法行為を口にしないでもらいたい。

 ともあれ俺は奈苗と口裏を合わせて、家に連絡を入れておく。うちの親なら、一日や二日は大丈夫だろう。

 それらの連絡が終わるのを待って、カルガモは朝陽との通話をグループ通話に切り替えた。

 俺達に向けた朝陽の第一声は、あっけらかんとしたもの。


『あ、もしもし、皆も聞こえる? ごめんねー、なんか変なことになっちゃって』


 場違いに明るい声は、朝陽らしい元気な響きを持っていた。

 それが虚勢だということは、皆も分かっているだろう。あいつは自分の不安を押し隠し、いつも通りに見えるよう振る舞う奴だと、これまでの付き合いで分かっている。

 だから――強い声音で、茜は言った。


「待ってて。絶対、助けるから」


『……うん。待ってる』


 親友にだけ返した、安堵と弱気の言葉。

 それが朝陽の、精一杯の悲鳴だったのかもしれない。


「そんでカモさんや。あたいらはこれから、どう動けばいいんだい?」


 のーみんの問いかけに少し考え込んだカルガモは、


「手分けして動くべきじゃな。この土地に神隠しなどの伝承がないか、のーみんとスピカで聞き込みをしてもらいたい。同様に郷土史を緑葉に。資料館があればいいんじゃが、なければ公民館にでも行けばいいじゃろう。

 残りは一緒にツバメの捜索じゃな。姐御の霊体看破に頼り、何か見えればよし。何も見えん場合でも、手がかりがないか探すのは無駄にならんじゃろう」


「ちょっと待った。大筋はいいけど、捜索班多くねぇか? もう一人ぐらい、緑葉さんのトコに回してもいいと思うんだが」


「伝承に絞って調べるんじゃから、あっちは一人で充分じゃよ。

 というかな、捜索班をこれ以上は減らしたくない」


 その理由は、


「まず姐御は必須。今のところ大丈夫そうじゃが、何かしらの怪異――今は幻想種と呼ぶべきか。それの仕業であったなら、戦闘になることも考えられる。なので、荒事担当として俺とガウス。特に魔術的な手段が必要な場合、俺よりもガウスの方が便利じゃろう。そして物理攻撃が通用しそうにない時は、クラレットに頼らねばならん。

 そういうわけじゃから、反論は受け付けんぞ」


「いや、納得した。それでいこう」


 何かに襲われることも想定するなら、確かにこの編成が一番だろう。俺とカルガモが揃っていれば、片方は他の人の護衛もできる。

 皆からも特に異論はなく、こうして俺達は朝陽を助けるための行動を開始した。


     ○


 朝陽との通話はひとまず切り、何かあればすぐ連絡するようにと言い含めておいた。

 捜索班は徒歩で朝陽の通った道を辿るという方針になった。

 車はのーみんと奈苗の聞き込み班が使用し、ついでに資料館なり公民館なりまでりっちゃんを送り届ける。それはいいのだが、カルガモは出発前に車の後部座席の下から、細長い包みを取り出して俺に渡した。

 何かと思えば竹刀袋――いや、刀袋か。ずしりとした重さは、中身が竹刀や木刀ではないと主張している。


「模造刀か?」


 護身用としては物騒だが、その物騒さが心強い。

 しかしカルガモは首を横に振って、


「日本刀じゃよ」


「……何で持ち歩いてたかは追求しねぇけど、ほどほどにしとけよ」


「うむ。ちなみに品としては末古刀、戦国時代の刀じゃな。

 無銘の数打ちじゃが、使った鉄と手入れがよかったらしく、切れ味は今も鈍っておらん」


 実用性しか考えてない品ってことだな。

 こんなのがよく残ってたもんだと思うが、だからこそ、か。現代刀は刀匠が一年で作っていい数が決まっているし、どこの誰に売ったかもきっちりと管理されている。

 この刀は素性の知れない骨董品だが、表に出ていないことが利点なのだろう。裏社会では武器としても脅しの道具としても、そういった実用品としての刀の需要があるとは聞いたことがある。


「つーか俺が使っていいのか」


「その方が無難じゃろ。俺は素手の稽古もしておるが、おぬしはそうでもないからの」


 ま、確かに。素手になった時、戦力にならないのは俺の方か。

 あくまでも万が一の備えだし、刀の出番がないことを祈っておこう。

 そうしていると、車に乗り込んだ奈苗が俺達を白い目で見ていることに気付いた。


「何だよ?」


「通報しようかどうか、ちょっと迷ってた」


「「やめろぉ!?」」


 今ここで、その正義感を発揮されても困る……!

 俺とカルガモは必死で言い訳して思い直させ、車に乗った三人を見送った。


「ふぅ……危うく最初の一歩で躓くところじゃった」


「私も言いたいことがないわけではないですからねー?」


 百合に釘を刺されて、カルガモは誤魔化すように空笑いをしていた。

 下手に庇うと藪蛇になりそうだし、俺は確認も兼ねて話題を逸らす。


「んで、俺らは朝陽の通った道を辿るってことでいいんだよな?」


「ですねー。私も注意しますけど、何かおかしなところがないか、よく見ておいてください」


「……手がかりだけでも、見つけないと」


 百合の言葉に茜がそう呟いたのは、決意の表れだろうか。

 思い詰めているようにも感じるが、俺が口を出すのも筋違いだろう。冷たいようだが、彼女の抱えている感情には彼女自身が向き合うべきだ。

 横から口を出すなら、そのままでは破滅すると分かった時でいい。それだって筋違いには違いないが、見捨てたくはないという俺の都合を押し付けるには充分だろう。

 とりあえずは見守っておくことにして、俺達は朝陽の利用したコンビニへの道を歩き出した。


 蝉は連日の大合唱。しかしアスファルトの上には、早くも夏を終えた蝉が合掌して転がっている。

 まだ昼前だというのに、降り注ぐ日差しは容赦がない。朝陽も日陰に避難ぐらいしているとは思うが、早く助けてやらないと熱中症が怖いところだ。

 一応、俺達が注文していたアイスやジュースは持っているらしいので、今日一日ぐらいは平気だろう。だがこの時期に必要な水分量としては心許ないし、リミットはそう遠くない。

 朝陽自身はいざとなれば川を探してそこの水でも、なんて言っていたのだが、それはカルガモとりっちゃんに止められていた。

 黄泉戸喫(よもつへぐい)になる恐れがあるからやめておけ、と。

 黄泉戸喫とは死者の国の料理を食べる行為で、それを行うと現世に帰れなくなるとされている。朝陽の迷い込んだ世界が死者の国というわけではないが、その世界のものを食べることでその世界の住人になるかもしれない、と二人は危険性を訴えたのだ。

 だから本当に余裕はないのだが――焦りとは裏腹に、俺達は何事もなくコンビニに到着する。


「着いてしもうたか……姐御、何か気付いたことは?」


「残念ながら」


 俺達の目にも、百合の霊体看破にも、道中での発見はなかった。

 それでも気落ちすることなく、茜は言う。


「戻ってみよう。朝陽も帰り道で迷った筈だから」


「そうだな。他に手がかりもないんだし、別荘まで戻ったら別の道も試そうぜ」


 俺達は黙々と歩き続けた。

 別荘に戻り、またコンビニへ。違う道からまた別荘へ。

 何度も往復して、同じものを見ているとは限らないから、電脳経由で百合と視覚を共有し、これまでに試したルートもまた往復する。

 昼過ぎには昼食も兼ねてコンビニの前で休憩を取り、他の人の情報を確認する。

 だがそれも成果はない。のーみん達は大学のフィールドワークと嘯いて聞き込みを続けているそうだが、神隠しなどの伝承はない。漁に出て戻らなかった話はいくらでも聞けたそうだが、そりゃ神隠しじゃなくて大半が事故だ。

 りっちゃんも同じ。公民館の資料を見せてもらったらしいが、呆れるほどに平和。海に関連する民話がいくつか伝わっている程度で、やはり神隠しなどの例はない。

 朝陽とも連絡を取ってみたが、下手に動かず木陰で体力を温存しているらしい。風景はこの末野とよく似ているものの見覚えがなく、相変わらず誰も見かけないとのことだった。

 ……手詰まりという言葉が脳裏に浮かぶ。

 それでも諦めるわけにはいかない。

 どんなものでもいい、何か方策はないのかと俺はカルガモに尋ねた。


「――藁に縋るようなものじゃが、ないこともない」


 その表情からは気乗りしないことがよく伝わった。

 だが他に手もないのだろう。カルガモは財布から五円玉を取り出して、


「本当は水晶や宝石を使うんじゃが、まあこれでもいいじゃろう。

 これに紐を通して振り子にし、分かれ道で反応する方――大きく回転したり、速く回転する道を選ぶ。フーチやペンデュラムと呼ばれる占いじゃな」


「占いか……」


「俺とて眉唾ではあるんじゃが、魔術として成立させればあるいは、と思ってな」


 まあ何の指針もなく歩き続けるよりかはマシか。

 それからカルガモは茜に目を向けて、


「紐の代わりにおぬしの髪を貰えるか? 女の髪には霊力が宿ると言うし、ツバメと最も縁が深いのはおぬしじゃろう。今はそんなものにも頼りたい」


「分かった。……カモさん。そういうことなら、私が使った方がいい?」


「ん……そうじゃな。縁を頼るなら、その方がよいか。

 効果がなければ、ガウスにも試させよう」


 俺なら百合とのこともあって、より効果の高い魔術になるかもしれない、ってところか。

 休憩を終えた俺達は、カルガモの用意した振り子を持った茜を先頭に、また歩き出した。

 分かれ道に差しかかるたび、足を止めて振り子の動きを見る。一目で分かるような、顕著な反応こそはないものの、何かに――朝陽に反応しているかのように、同じ方向へと導かれていく。

 やがてその誘導は、別荘へ戻るルートからも外れる。朝陽も多少は歩き回ったようだし、不思議ではないが……この道でいいのだろうかと、不安になるのもまた事実だ。

 前を歩く茜も、行くと決めた判断に迷いながら進む。

 蜃気楼の中を泳いでいるような徒労感。このままどこにも辿り着けないのではないかと思わせるのに、現状はあまりにも充分過ぎた。

 目は暑さと日差しに眩み、進展のなさが心を削る。

 ――その中でふと、場違いな香りが漂っていることに気付いた。


「ちょい待った。何か甘い匂いしねぇか?」


 そう言って足を止めるものの、茜と百合は怪訝な顔をするだけだ。

 カルガモだけは呆れたように俺を見て、


「犬並みの鼻の持ち主は、おぬしだけじゃろうに」


「犬には負けると思うんだがなぁ」


 言いながら首を傾げて、


「けど、変だな。どっから匂ってるんだこれ」


 匂いの元になりそうなものが見当たらない。

 意識して匂いを嗅いでみるが、これはバニラか。チョコレートも少し混ざってるような……そこで俺は、あることに気付いた。


「ひょっとしてこれ、朝陽の買ったアイスの匂いか」


「幹弘さん、追える?」


「試してみる。あ、ちょっと離れててな。匂いが混ざると困る」


 そう告げて、俺は匂いのより強くなる方へと進む。

 ある程度進むと、皆にも仄かに感じ取れるようになったのだろう、表情が変わった。

 そして俺は街路樹の木陰で足を止めて、


「ここだ。――朝陽の匂いがする」


「あの、幹弘君。疑ってはいないんですけど、体臭で個人特定できるんですか?」


「個人差もあるけど、そっちより使ってるシャンプーとかの匂いで分かる」


 そんなことよりも、と俺は辺りを見渡しながら言った。


「姿は見えないし、触れもしねぇけど、ここに朝陽がいる。それは断言できるぜ」


「ここに……?」


 茜はぼんやりと、不思議そうに朝陽がいるであろう空間を見詰めた。

 本当に何もない。何故か匂いがするだけで、影も形もありはしない。

 ただ――これで希望が見えたと、そう思うのは過言だろうか。

 朝陽は確かにここにいる。匂いという形で、まだこの世界との繋がりを保っている。

 しばらくして、茜は百合へと振り返った。


「牧野さん……!」


「……すみません。私も匂いは分かるんですけど、何も見えないです」


「そう……」


 気落ちした様子の茜だったが、すぐに思い直したように背を伸ばす。

 手がかりはあった。落ち込んでいる場合ではないと、自分を奮い立たせているのだろう。


「朝陽に連絡してみる。向こうからなら、何か分かるかもしれないから」


 言うが早いか、茜は朝陽に通話をかける。最初からグループ通話で俺達も入れてあるのは、とにかく僅かでも手がかりを掴むためか。

 ほどなくして朝陽との通話は繋がり、


『どしたの茜? 何かあったー?』


 ……意外と余裕ありそうなんだよなぁ、こいつ。

 いや、そう見えるように振る舞っているだけだと思うんだが、やっぱ実は余裕あるんじゃねぇか。それとも俺達への信頼の表れなのか。そういうことにしておきたい。

 ともあれ茜は手短に現状を説明して、


「そういうわけだから、朝陽の方に何か変化はないかなって」


『そう言われても、あたしはずっとここにいるだけだしねー……っていうか先輩、あたしの匂い分かるってマジですか』


「別にお前だけじゃないぞ」


『単に鼻がいいだけっぽいけど、なんかやだー!』


「失礼な。つーか俺にゃそれが当たり前なんだから、気にすることねぇだろ」


『うぅ……でもでも、乙女心が悲鳴を上げちゃうわけで……』


「……あのね、朝陽。何か変わったこと、ない?」


 苦笑を浮かべて茜が問いかける。ほんのり怒ってるように見えるのは気のせいだろう。

 朝陽は「あ、はい」と反射的に返事をして、


『でも本当に変わったことはない、かな? 皆の声も通話でしか聞こえないし。

 相変わらず誰も通らないから、ちょっと退屈してるぐらい』


「それならいいけど。……ううん、よくもないんだけど」


 どっちにしろ、あっち側は変化なしってわけか。

 また手詰まり感を覚え始めた時、冗談めかしてカルガモが言う。


「空間をズバっと斬って、そちらと繋がったら楽でいいんじゃがなぁ」


「試してみるか?」


「よさんか。白昼堂々、往来で抜くのはまずい。せめて夜にやれ」


 夜ならいいんだ……。

 皆が微妙にやっぱこいつ通報した方がいいんじゃないかと思っていたら、カルガモの発言は場を和ますための冗談だと受け取ったのか、朝陽も笑いながら話した。


『カモっちが言うみたいに楽だったらいいんだけどねー。

 たとえばここがゲームだったら、メニュー開いてログアウトするみたいな』


 そりゃ楽でいいや、と俺達も相槌のように笑って。


『――――――――んにゃ?』


 一瞬の間を置いて、朝陽が酷く間抜けな声を上げた。


「どうした?」


『え、いや、これって……えーっと、待って』


 直後。ふっ、と。

 あれだけ探した朝陽が、唐突にその場へ現れた。


「うっわぁ……できちゃった」


 朝陽は困惑した様子だったが、俺達はもっと困惑している。

 どうにか声を絞り出せたのは茜で、


「な、なんで?」


「えっと……それが、本当にログアウトできちゃったって言うか……」


 どことなく気不味そうに頬を掻いて、朝陽は言う。


「――あたし、ゲームの中に入ってたみたい」


 告げられた言葉は、これまでの想定を覆すもので。

 朝陽の無事を喜ぶ一方で、俺達はこの世界も綻びだらけになっている現実を突きつけられた。

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