第十五話 イグサの王
ちょっと新しい沼に沈んでしまって……!
流石にまずいとやる気を出したタイミングで、ギックリ腰になりました。
イグサ王国では駅馬車が普及していない――と言うより、馬がほとんどいないらしかった。
さもありなん。聞けば国土の大半が山岳地帯らしく、馬は国が急ぎの伝令のために運用するもので、市井では一部の物好きが飼育している程度だとか。
では輸送手段は完全に人力なのかと言えばそうでもなく、牛に荷車を曳かせる牛車が主流だとのこと。乗り心地に目を瞑れば人を乗せることもできるので、イグサ王国内ではこれが駅馬車の代わりになりそうだ。
そういった情報を得て、俺達は市場の外れ――牛車の集まる場所に来ていた。
「ふむふむ。やっぱり粗末な……ガウス君?」
牛車そのものを見て姐御が何か言っているが、そんなのはどうでもいい。
牛だ。確かに牛だ。
だが立派な角に、長い黒の体毛……! 牛は牛でもヤクだこれ……!!
なるほどなぁ! 国土の大半が山岳地帯ということなら、飼育する家畜もその環境に適したものでなければならない。その点、ヤクは高地に適応していることで有名だし、毛皮も利用することができる。糞も燃料として使えるって話だし、こういう地域では大活躍間違いなしだ。
ああ、それにしても毛並みが美しい……特に尾毛の見事さはどうだ。ふさふさとして揺れる姿は、俺の心を惑わして止まない。あれで飾りでも作れば、さぞや素晴らしいものになるだろう。
「……ああ、ガウス君って大きい動物好きだもんね」
辟易したようにツバメがぼやく。
「妙に詳しい時あるし、動物マニアなのかなぁ」
「生き物全般が好きみたいですけどねー。
牧場で飼ってる犬や猫が、牛に懐くのと同じような感じじゃないですか?」
「あー。本能的に大きいのが好き、みたいな」
大きいのはいいことだよ。
それに動物相手だと、人間と違ってそのサイズに嫉妬しなくていいから、純粋に心からはしゃげるのも大きいよな。カテゴリーからして違うんだから、どうあっても手の届かないものに対抗心なんて芽生えない。
俺がそんな風にうっとりしている内に、姐御達はヤクの飼い主と話をまとめて、荷車に乗せてもらえることになった。お値段は駅馬車よりも割高だったが、まあ仕方ないか。
ともあれ俺達は荷車へと乗り込み、座席なんて高尚なものはないので、壁に背を預けて座る。そして俺があぐらをかいたところへ、当然のように姐御がすっぽりと収まった。
これなら振り落とされる心配もしなくていいので合理的なのだが、何故かツバメが険しい目を向けてくる。今更、この程度のことをセクハラだと考えたりはしない筈だが……?
不思議に思っていると、ツバメは意を決したように口を開いた。
「あのさ……タルさん、小さくなってない?」
「ハァーン!? ば、馬鹿言ってんじゃねぇよ!
ゴムじゃねぇんだから、人間が伸び縮みするわけねぇだろ! なあ姐御!?」
沈着冷静に対応したつもりだが、声に不自然なところがあったのは否めない。
っていうかこの害鳥、なんで地雷踏みにいった……! 姐御さえ気付かなければ世界は平和なのに、どうして安寧を壊したがる。人類は争いの愚かさを何度も学んできたではないか。
内心で嘆いていると、姐御は諦めたように苦笑した。
「やっぱりこれ、縮んでますよねー」
そのあっけらかんとした言い方に、肩透かしを食らったような気分になる。
あ、あれ……? 俺が過剰に恐れていただけで、実は姐御、自分の小ささをあんまり気にしてないのか……?
荷車がヤクに曳かれ、ガタゴトと動き出す中、姐御は言葉を続ける。
「人にどう思われているか、というイメージの話だと思うんですよねー。
実感ないですけど、魔術が実在すると一般に肯定されている世界になったじゃないですか? 信仰から魔術が生まれるように、この人はこんな人だ、と共通するイメージを持たれたら、それが魔術的な効果を発揮して、現実を強調するんじゃないかなー、と推測しています」
ほう……? その推測が正しいなら、俺の祈りは無関係だってことか……?
何か、とても恐ろしい話のような気もするのだが、今はそんなのどうだっていい。重要なのは俺が無罪だったという事実なのだ!
いやまあ、姐御の推測が正しいとも限らないので、この場合は推定無罪だな。疑わしきは罰せず。つまり実質無罪だ。やったぜ。
今にも小躍りしたい気分だが、しかしそこで姐御はこう言った。
「――皆さんが私をどう思っているのか、よく分かりました」
「「ひっ」」
世界を呪う声とは、まさにこのような声なのだろう。
特定の誰かに向けたわけでもない、拡散する悪意。しかしそれは指向性を持たないというのに、世界を三度は覆えそうなほどの怨嗟で満ちていた。
ああ、まるで深淵から溢れた泥のようだ。俺達の勝手な想像は、一人のコロポックルを本当に魔王へと変えてしまったのだ。
「あ、あたしはタルさん、可愛いと思ってるヨー?」
ツバメは震える声でご機嫌を取ろうとした。
だが。
「――フン」
鼻で笑った。鼻で笑ったよこの女。
真面目な話、高校生に気遣われて鼻で笑うのは、大人としてどうなのか。俺は我が身が可愛いので間違っても言わないけど。
まあそれに、ツバメは間違っちゃいないが正しくもない。
闇に抗えるのは、いつだって光なんだ。
深淵に落ちた姐御を救い上げるには、希望を示さなくてはならない。
だから俺は、彼女を抱える腕に少しだけ力を込めて、
「でも体重は軽くなったよな」
減量成功という、圧倒的な光をぶつける……!
――そして姐御はこちらの腹へ肘を叩き込んだ。
「ぐっ……な、何故……?」
「減ったのが脂肪じゃなくて身長だからです」
そこに気付くとは……何という慧眼。
姐御は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、俺の体に背を預けて口を開いた。
「ま、どうにもならないので諦めますし、受け入れます。
この事態を早く解決しようっていう、モチベにもなりますしねー」
それに、と言葉を続ける。
「私だけの問題でもないと思いますし。
いつか他の人にも、こういう歪みは現れると思うんですよね」
言われて、俺とツバメは思わず目を合わせてしまっていた。
いつか、ではない。既に俺達は、そうした歪みの当事者だ。
俺達の食い違う記憶は、何が正しい思い出なのかも判然としない。
姐御が縮んでも可愛いだけなので緩んでしまっていたが、本来、同じぐらい深刻に捉えるべき事象だったのは確かだろう。
荷車の揺れる音だけが、会話の途絶えた車上に響いていた。
○
イグサ王国首都、アフメタ。
その都市は山脈の尾根に築かれており、腰ほどの高さの石壁で囲われていた。
「戦争での防衛目的とかではなく、獣避けっぽいですねー」
石壁を見た姐御はそんな感想を語ったが、俺も異論はない。
この辺りの標高は二千か三千か、そのぐらいはあるだろう。人間の軍隊が攻め込むのは、あまり現実的ではない。地形そのものが難攻不落の城壁といったところか。
街の入り口で牛車から降りた俺達は、改めて市街の様子を目にする。
首都だけあって賑わっていると言うべきか、それともエラムの方が賑わっていたと思うべきか。環境の厳しさを思えば、これでも賑やかな方なのかもしれないが……。
アフメタは歴史のある田舎町を想起するような、長閑な雰囲気の漂う都市だった。
「意外と寂しい感じ……?」
気遣いの見え隠れするツバメの感想に、
「いえ、おそらく都市の役割が違うんですよ」
何か推論が立ったのか、姐御が否定の言葉を返した。
彼女は街の中央、やや小高い丘となっている場所を指して、
「あそこ、たぶん神殿だと思うんですけどー」
そこにあるのは、大きな石を切り出して積み上げた、角張った形の建物だ。
あまり大きくはないが、銀箔でも使っているのか、一部に輝く壁があるので遠目にも目立つ。
「他に大きな建物は見当たりませんし、お城も兼ねてるんでしょうね。
そう考えると、王のお膝元で栄える行政の中心ではなく、信仰の中心地としての首都なんじゃないでしょうか。この国はずっと竜と戦っているわけですし、人々を支えるのが信仰なのかもしれません」
「国と教会が一つになってるような感じ?」
「はい。神権政治の一種と言ってもいいかもしれませんねー。
地球の古代国家もそうでしたけど、たぶん神と人の距離が近いんですよ。王権がまだ未確立で、神権を借りる形で統治していると考えれば、こういった首都の形態もありなのかなぁ、と」
なるほど、言わば聖地ってわけか。
神権政治とかの制度面は、姐御よりもカルガモの専門だろう。何か気になることがあれば、後であいつに話を聞いてみるのも悪くなさそうだ。
そう考えていると、さて、と姐御が口を開いた。
「せっかくですし、あの神殿に行ってみましょうか。
この国の何を知るにしても、まずはあそこへ行ってみるべきだと思うんです」
そう語る瞳が案の定、輝いていたので、俺は姐御を持ち上げて肩に座らせた。
言うまでもないが逃げられないよう、腰はがっちりと掴んでいる。
「え、えっ、何ですかこれ?」
「趣味に走るなってことだと思う」
ツバメ、大正解。
姐御は何やら文句を言ってくるが、聞く耳は持ちません。ああいう建物の前で野放しにしちゃいけないってこと、俺達はよーく知ってるんだ。
お怒りの言葉を聞き流しながら、アフメタの街をぽてぽてと歩いて行く。
標高が高いだけあってか、人々の服装も毛皮など、防寒を意識したものが多い。そう考えると俺らの服装も目立ちそうなものだが、幸か不幸か人目を集めるほどではないようだ。
というのも時折、兵士などの軍人とはまた違う、明らかに戦う風体のNPCを見かけるからだ。彼らの服装や装備には統一性などなく、強いて言えば冒険者に近いのかもしれない。
「傭兵かなー?」
気になっていたのか、目で追いながらツバメが呟いた。
そうだろうなと頷いて、
「竜や悪魔とずっと戦ってるんなら、食いっぱぐれることはなさそうだしな」
「だよねー。でも傭兵が当たり前にいるなら、街の近くでも危ないのかも」
「街を拠点にして稼げるってことだもんなぁ……」
牛車で移動したから分からないが、街周辺のモンスターぐらいは調べておいた方がいいか。
観光気分で出歩いた先がデスペナ待ったなしの地獄ってのは、流石に嫌だ。
なお、姐御は傭兵なんかには目もくれず、興味深そうに町並みを観察している模様。エンジンかかってきてんなぁ、と思うものの、姐御らしくていいな、と安堵する部分もあった。
そうして適当に感想を言い合いながら歩き続け、俺達は神殿の前に到着した。
間近で見ると、壁の石組は大小様々な石で組まれていることが分かる。てっきり石を切り出して積み上げたものだと思っていたが、自然石を根気よく加工したものだ。
想像するだけで気が遠くなるような手間。だとすれば、飾りに使われている銀箔も、丹念に叩いたものか。とてもではないが、人力で成し遂げられるものだとは思えない。
「うわ、すごいねこれ! 隙間も全然ないよ」
ツバメも感動したように言うが、しかし俺達でさえこうなのだから、姐御は……。
恐る恐る肩上の姐御を見上げると、やや驚いたように目を少し丸くしていた。
あれ? 意外と冷静だな?
そう思った次の瞬間、姐御は早口で言葉を紡いだ。
「――こういった巨石を用いた建造物は世界中にありますが、宗教的な要素を持っていることが多いですね。その点では神殿らしい神殿と言えますが、城、王の住居を兼ねていることを踏まえると、王の力を誇示することを目的とした建造物だとも言えます。銀箔も宗教的な意味合いを持つものではなく、財力を示すのが目的ではないでしょうか? しかしそれらがただの道楽ではないとした場合、こうして民に王の力を示さねばならない理由というものが」
「落ち着きな!」
「ひゃん!?」
ツバメが姐御の太腿をスパーンと叩いて、正気を取り戻させる。
あ、危ねぇ……! 勢いに気圧されて、俺まで黙って聞くところだったぜ……!
姐御は恨みがましくツバメを睨むものの、暴走していたという自覚はあるのか、唇を尖らせつつも頭を下げた。
「すみません、ちょっと興奮し過ぎましたねー。
こういうのってゲームでもあまり見ませんから、つい」
まあ、確かに。ヨーロッパ風の城なんかは作り込んでるゲームも結構あるけど、こういうのは珍しいよな。
世界観に妥協しない点は流石ゲオル、ヴェーダ・オンラインを作った開発チームなだけはある。
だけど観光は後回しだ。俺も余裕があるならゆっくり見て回りたいが、今は情報収集が最優先だ。
「そんじゃ、とりあえず中入ってみようぜ。
神殿なら祈りに来たって言えば、通してもらえるだろ」
「ガウス君なら懺悔の方がお似合いじゃない?」
「やめろよ。似合い過ぎてて否定できねぇから」
つーか懺悔するにしても、寄進する金が足りない。
これはこれでどうにかしないといけないよなぁ、と思いつつ、俺達は神殿に足を踏み入れた。
○
姐御の推測通り、神殿は王城を兼ねたものだった。
一般人が入れるのは礼拝堂と、お役所的な役割の場所に限定されていた。
話を聞くなら役所の方だろうと思ったが、姐御はジョブ的には聖職者である。日頃の所業からまったくそうは思えないが、システムが聖職者だって言ってんだから聖職者なのだ。
なので礼拝堂に行って、こちらの聖職者に話をした方が色々聞き出せるんじゃないかと主張するもんだから、特に異論もなく礼拝堂に向かったわけだ。
空間こそ広いものの、採光用の窓が小さいせいで、石窟めいた印象の礼拝堂。そこで神官っぽい人を捕まえて、西のセルビオス王国から来たんだけど、こっちの情勢とかどんなもんですか、と尋ねてみる。
すると神官は仰天して、お待ちくださいと言い残して猛ダッシュ。取り残された俺達は、あの人は下っ端だったのかな、もっと偉い人を呼んでくるのかな、なんて相談していたら、いかにも軍人っぽい屈強な男が現れて、ご案内しますのでこちらへ、と告げられた。
……偉い人を呼んでくるどころか、偉い人にお呼び出しのパターンらしい。
男は神殿を奥へ奥へと進んでいき、銀の調度品で飾られた広い部屋――王の間へと通されてしまった。
「――そなたらが異邦人か」
石の玉座に腰掛ける男が言う。
若く精悍な男だ。よく引き締まった体は、彼自身も戦士なのだと物語る。
王にして戦士。枯草色の髪を持つ男は、跪く俺達を値踏みするように見て告げる。
「余の名はサルゴン。イグサ全土を治める王である。
ひとまずはそなたらの来訪を歓迎しよう」
言葉こそ友好的なものだったが、声色は警戒と不審を隠そうともしていなかった。
それを裏付けるかのように、王の間には何人もの兵士が控えている。俺達が下手なことをすれば、即座に殺せるだけの備えはしているのだろう。
個人的には、王や兵士の力量を確かめてみたいが……俺はカルガモみたいな戦闘狂ではないし、常識人だ。口を滑らせないように、黙っておくのが正解か。
数秒の沈黙の後、こういう時は自分の出番だと自覚しているのだろう、姐御が口を開いた。
「歓迎、ありがたく思います。
我々は冒険者――ただの旅人ですので、陛下にお目通り叶いましたこと、望外の喜びです」
先に身分を明かして、国レベルの話はできないと伝える姐御。
話が拗れないように先手を打った形だが、サルゴンの顔には困惑があった。
「ふむ……? ただの旅人と申すか。
遥か西より訪れておきながら、目的はないとでも?」
――兵士達の間に緊張が走ったのを察する。
あ、やべぇ。それで気付いたが、姐御の返事は地雷だ。
セルビオス王国からイグサ王国まで、目的もなくやって来ること自体が怪しい。プレイヤーではなく、この世界の人間として考えた場合、目的もなくそんな大冒険をするわけがないのだ。
ましてやこの国は竜や悪魔と戦っているわけで、そいつらの手先と疑われたのかもしれない。
下手を打ったことを悟り、姐御は彼らが動きを見せる前に語気を強めた。
「目的は竜を討つこと。神に仕える者としての責務を果たし、冒険者としても名誉を得ることが望みです。
そのためにこそ我々は、海を渡りました」
「ほう――大言を吐きおったな」
言葉に獰猛な笑みを浮かべ、サルゴンは玉座から腰を上げた。
――刹那、その体から黄金の気流のようなものが立ち上るのを、確かに見た。
次の瞬間には消えてしまっていたが、決して錯覚ではない。生物として格上の怪物は、今も圧力を放ち続けている。敵意、殺意といったものを、意識して向けているわけではない――ただ力を示そうという意思だけで、サルゴンはがらりと変貌を遂げていた。
彼は俺達を睥睨し、
「竜を討つことは我らの宿願。同じ神を崇める兄弟姉妹として、理解はできる。
しかし余の目には、そなたらが竜と戦える域へ達しているようには見えぬが?」
その言葉に姐御は何か反論しようとして、だが言葉を紡ぐことができなかった。
システムからの干渉だ。一部のクエストやボス戦において、演出のためにプレイヤーの発言が禁じられるのと同じで、俺達は発言も身動きもできない。
しばしの間を置き、サルゴンはさらに言葉を続けた。
「そも、神とは人の上にあるもの。そして竜とは、神を殺すために悪魔が変じたものである。
分かるな、異邦人らよ? 権能はさておき、力だけで言えば竜は神に並ぶ存在なのだ。
それを討つとなれば人の身では不可能。竜殺しを望む者は、人を超えねばならぬ」
道理ではある。神や竜が、ただの人間に殺されるようではお粗末に過ぎる。
サルゴンはそこまで話してから語気を弱め、
「……もっとも、世には神と呼ばれる怪物が、他にもいるようだがな」
何かを皮肉るように笑い、告げる。
「どれほど格が落ちようとも神は神。まずはそれを討つがよい。
神とは畏れと信仰によって成り立つもの。人の身で神を討つことは許されぬが故に、世界は因果を捻じ曲げる。神殺しを成し遂げた時、そなたらは初めから人ではなかったことになり、畏れと信仰を取り込むことで、神域へと手を伸ばす権利を得る」
そうか――これは、レベルキャップの解放クエストだ。
思い出すのは初めて遭遇したボス、ザルワーンのこと。
あの時、演出として流れたナレーションは、奴を神の域へ踏み込んだ獣だと称していた。
神獣とでも呼べばいいのだろうか。そういうボスを倒すことでレベルキャップは解放され、プレイヤーは人間を超えた力を得ることができると、サルゴンは教えてくれているのだ。
「この国では余を含めても、神域へ達した者は一握りに過ぎぬ。
そなたらが肩を並べて戦えるようになった時、英雄として認めようではないか」
と、これはクエスト報酬みたいなものか。
まだ情報収集が全然できていないが、国内での活動を認めてもらえるって感じか?
レベルキャップ解放の件と合わせて、とりあえずこれらの情報を伝えるだけでも、イエローブラッドへの義理は充分に果たせるだろう。つーかザルワーン級のボスと戦うなら手を借りたいし、嫌でも伝えなきゃならない。
そんなことを考えていたら、システム干渉が解除されていたようで、姐御がサルゴンに礼を述べていた。
サルゴンは鷹揚に頷き、
「励むがよい、異邦人よ。そなたらと戦える日を楽しみにににににに――」
言葉の途中で痙攣したかのように震え、全身が崩壊した。
比喩ではない、文字通りだ。サルゴンというキャラクターを描画していたグラフィックが崩壊し、その体はミキサーにでもかけられたかのように、グチャグチャになったパーツの集合体と化している。
「な、なに!? 王様がいきなりバグったんだけど!?」
「おおう……噂には聞いたことあるけど、AIってバグるとこうなるんだな」
下手なホラーゲームよりホラーな光景である。
俺とツバメはドン引きしたが、しかし姐御はその光景を真剣な目で見ていた。
「待ってください、これ、ただのバグなんかじゃ――視える」
姐御には、俺達とは違う光景が見えているのだろうか。
分からないが、呟くような声には無視できない真剣さがあった。
「干渉が、どこから――嘘、信じられない。プロテクトが突破……まさか」
その瞬間、姐御は俺達の手を取って、王の間の外へと駆け出した。
「ちょ!? あ、あの、タルさん!?」
「どうした、何かやばいのか!?」
「やばいです!」
シンプルに答えて、とにかく少しでも遠くへ行こうと加速する。
姐御は走りながら、荒い声で叫んだ。
「霊体看破! 視えたんです、王様AIは魔術的なハッキングを――ぎゃん!?」
王の間の外へ出ようとしたところで、姐御が見えない壁に激突する。
突然のことに対応できず、俺とツバメも激突し、その場に転倒してしまった。
何が起こっているのか。何かが起きているのは間違いなさそうだが、混乱する頭では分からない。
そこへ追い打ちをかけるかのように、新たな声が響き渡った。
「――改竄を確認」
声に振り返れば、そこには金糸で装飾された白のローブを着た男がいた。
何度か見たことがあるその衣装は、彼が何者であるかを示す身分証明。
ゲームマスター。
ゲオルギウス・オンラインを円滑に運営するための、ゲーム内のスタッフ。
彼は憎悪に燃える瞳で俺達を射抜き、
「ついに尻尾を出したな、魔術師」
その声には宿敵との邂逅を果たした、暗い喜びを乗せていた。




