第十四話 エラムの港
夕食後、俺達がゲオルにログインすると、そこは薄暗い船室だった。
昨日の戦闘後がそうであったように、ちゃんとセーブポイントとして機能しているらしい。無事にログインできたことに、俺と緑葉さんはこっそりと安堵していた。
もう大丈夫だとは思うが、また戦闘が発生する可能性に備えて、俺達は甲板に上がる前に装備品と消耗品の確認をしておく。と言っても、誰が何を持っているか確認しておく程度だが。
そうして準備を整えてから甲板に上がると、日焼けした赤ら顔の船長が出迎えてくれた。
「おお、来たかお客さんら。呼びに行こうと思っていたところでな」
ログアウトによって中断していたイベントが進行する。
このあたりの仕様は駅馬車でも確認済みだが、乗り物での移動中、乗っているプレイヤー全員がログアウトした場合、移動やイベントの進行はその場で一時中断するようになっていた。
どうやら戦闘ではなさそうだと胸を撫で下ろす一方で、胸は期待感に躍る。俺達を呼ぶ必要がある用件なんて、一つしかないだろう。
その期待通りに、船長は遠くに霞む陸地へ顔を向けて言った。
「――港らしきものが見えた。まさか砂海を越えた先に、人の住む土地があったとはな」
半信半疑だったが、と苦笑する船長の横顔は快いものだった。
所詮はNPC。AIがそう演じているだけに過ぎないが、しかし達成感があるのも確かだ。
「長い航海になっちまったが、伝説をこの目で拝めたことは生涯の自慢になるな」
感慨深く語る船長だったが、乗船時間は戦闘を含めて一時間もない。
やはりゲームとしての仕様で、設定上は相応の時間を航海に費やしたことになっているのだろう。
こういう時、NPCはその設定に基づいた振る舞いをするので、微妙に困惑してしまう。長い旅を共にした仲間のような感情を向けられても、その実感がないんだよなぁ。
俺達は半笑いで船長に応じた後、港に向かうということで慌ただしくなり始めた甲板で待機する。
船は見た目以上の速度で海を往き、やがて俺達の目にも港の様子を捉えることができた。
「かなり古そうな建物ですねー」
建築物ガチ勢の姐御が呟いたように、港の町並みは歴史ある古都を思わせた。
建物の多くはモノトーンで、石造りのシンプルなものだ。だが何百年もの歴史が積み重なった結果、汚れと風化も味わいに変えて、重く落ち着いた雰囲気となっていた。
「むぅ? アジア系を予想しておったが、これは……ヨーロッパ系じゃな」
姐御ほど詳しくはないが、カルガモの知識も相当なものだ。
そのカルガモが断定した以上、あれは西洋の流れを汲むと見ていいのだろう。
「昔は西側とも交流があったか、同じ文明圏から分化したのかもしれないわね」
緑葉さんはそう推測するが、どうなんだろうな。
断絶の砂海が昔はなかったとしても、東西の間にはクラマットが存在する。異文化を挟んで飛び地のようになるってのは、実際にありえるのだろうか。
「スピカちゃん、あそこっ。海亀いるよ!」
「お!」
その頃、ツバメとスピカは港より海亀に夢中だった。
急に知能指数下がった感じの空気にほっとする。認めたくないが馴染むぜ。
クラレットも海亀を――と思ったら、既に真剣な眼差しを向けていた。
うん。ありゃあ邪魔しちゃいけないな。
そう判断した俺は再び港に目を向けるが、そこであることに気が付いた。
「なんか停泊してる船、小さいのばっかりじゃないか?」
船にはあまり詳しくないが、それこそ数人乗るのが精一杯の漁船みたいなものが大半か。
ガレー船っぽいのもちらほらとあるが、コーウェンで見たものより小さいように思う。
俺の指摘に感心したような声を上げたのはのーみんで、
「ほー。流石はがっちゃん、スケールに目敏い」
「…………遠回しに身長気にしてるってネタで煽りやがったなテメェ!?」
「細かいこと気にしてると、サイズも小さくなっちゃうゾ☆」
俺は吼えてのーみんに飛びかかった。
言い返せなかったわけではない。ただ、言葉よりも拳の方が、雄弁に語れると思ったのだ。
あ、こら、拳で語り合うのに盾は駄目だろ盾は。殴ると痛いんだぞ。
そうして二人で揉み合っていると、呆れの目を向けた緑葉さんが言う。
「身長なんてどうでもいいいでしょうに。
でも駄犬、着眼点だけは褒めてあげる。三ポイントね」
「わぁい」
何のポイントかは知らないが、貰えるものは貰っておこう。
こう、無意味に数値を増やすのが楽しい時というのもあるのだ。
しかし喜ぶ俺のことはもう眼中にないらしく、緑葉さんは言葉を続けた。
「小型船が多いのは、造船技術がまだ未熟だからでしょうね。
それと……たぶん、木材にあまり余裕がないのだと思うわ」
彼女の視線は港を離れ、より広く、見える限りの陸地へと向けられた。
断絶の砂海を越えた東の地は、荒涼とした大地が広がっている。港の周辺は盆地のようになっているものの、その向こうには険峻な山々が連なっているようだ。
「地形的には、リアルで言うとヒマラヤ山脈とかですかねー?」
「どうじゃろうな。断絶の砂海のように、もっと大規模な山脈やもしれんが」
「モデルはどうでもいいのよ。事実として岩山だらけだし、輸送の手間を考えると木材は貴重品だと思うわ。少ない平地も荒野が続くのなら、林業は期待できそうにないもの」
「ふーむ。東側からの来訪者がなかったのは、そのあたりが理由のようじゃな」
頭脳労働担当班が着々と考察を深めていく。ゲーム的にはそういう設定ってだけで、ぶっちゃけどうでもいいとは思うのだが、まあ考察はあっちに丸投げして、俺も海亀を眺めておこう。
そうしている内に、船はゆっくりと港へ入って行った。
○
港は俄に騒がしくなりつつあった。
おそらくは現地の住民が見たこともない、大型の帆船――キャラベル船が現れたのだから、その衝撃は黒船来航に近いものがあったかもしれない。
船を停めた桟橋には、港で働く人々が集まり船体を見上げている。彼らの多くは麻の服を着ており、たまに毛織物の上着を羽織った人が混ざっているようだ。
とりあえず殺気立っているわけではないし、すぐに武力衝突ということにはならないだろう。話をすることはできそうだと判断し、念のために船長らには船に残ってもらいつつ、俺達は船を降りた。
「えーと……こんにちはー?」
俺達を取り囲む人々へ、戸惑いながら声をかける姐御。
その声に生まれた反応は、驚きと安堵だ。得体の知れない相手が声を出したという驚きと、言葉が通じるらしいぞ、という安堵だった。
「こ、こんにちは」
応じたのは労働者や漁師のまとめ役のような立場の人物だろうか。
年齢は四十前後。よく日に焼けた赤銅色の肌を持ち、長い力仕事で鍛えられたらしい肉体は見事の一言。毛織物の腰巻きをしており、縁取るように細い刺繍が施されているのは、身分証明のようなものか。
彼は顔に困惑と、それを押し込めようとする理性を浮かべて、船を見上げながら言う。
「見たこともない立派な船だが、あんた達は何者なんだ?」
「ええと、どう言えばいいんでしょうかね。セルビオス王国って、ご存知ですか?」
「いや……すまんが、聞き覚えはないな」
彼が知らないだけか、それとも王国が成立する前から交流が途絶えていたのか。
真実は調べてみないと分からないが、王国の名が通用しないのなら、返答は一つだ。
答えようと姐御が一息を吸った時、この瞬間を待っていたとばかりに微笑を浮かべたカルガモが言う。
「ならばこう言おう――我々は海を渡り、西の大地よりやって来た、とな」
こいつ、おいしいところだけ持っていきやがった……!
だが言葉のインパクトは充分過ぎるものがあったらしい。
男は驚愕に目を見開き、
「まさか。それが本当なら、西海の悪魔をどうしたのだ。
船を西へと向ければ、例外なく奴の餌食になってきたというのに」
「む? 西海の悪魔というのは、その、イソギンチャクの化け物みたいな奴のことかの?
あやつならば退けたよ。息の根を止められたかまでは、分からんが」
その言葉には彼だけでなく、周囲の人々からも驚きの声が上がった。
なるほど。こちら側の人が西を目指さなかったのは、あのイソギンチャクのせいか。造船技術と木材の確保がネックとなり、あれと戦えるサイズの船を造れなかったのも原因だろう。
そう納得していると、彼は輝かしい笑みを浮かべて言った。
「驚くべき偉業だ。もし西海の悪魔を打倒したのであれば、これほどの朗報はない。
あれはティアマトに従い、我らをこの地に押し込めていたのだ」
「ティアマト?」
彼が口にした名に、片眉を上げて緑葉さんが素早く反応した。
いや、緑葉さんだけではない。俺も含め、その名に聞き覚えがある者は反応を見せた。
そんな俺達の様子を見て、彼は意外そうに目を見開いた。
「そちらには伝わっていないのか? ティアマトは海を支配する竜だ。
かつて他の竜と手を組み、神に反旗を翻したと聞いているが」
――それから俺達は、彼からティアマトに限らず、竜についての詳しい話を聞き出した。
彼の語るところによれば、天使達が神に反旗を翻し、悪魔と呼ばれるようになった。
悪魔の中でも強い力を持つ者は、その姿を竜に変えて神へ挑むが、敗れて地上へ落とされる。
だが竜達は天と地上の繋がりを断ち、神が地上へ手出しできないようにしてしまう。
ここまでは西側にも伝わっていた話だ。
しかしその先――地上に落ちた竜達は悪魔を従えて、それぞれが地上の支配へ乗り出したという。
この国ではもう何百年も昔から、竜と戦い続けてきたのだと。
男はそう語り、俺達は確信する。
これはメインストーリーが動いた、なんてものではない。
メインストーリーの舞台は、ここだった。
全てのプレイヤーはこれまで、物語の外側で悪戦苦闘していたに過ぎないのだ。
○
男――網元のサイモンと名乗った彼との会話は、途中で切り上げることになった。
もっと詳しく話を聞きたいところではあったのだが、彼にも仕事があるのと、港に人が集まり過ぎているので、それを解散させなければならないとのことだった。
もっともらしい言い訳だが、ゲーム的な事情だろう。船を降りてすぐに情報が揃っては面白くない。自分の足であちこち回って、情報収集をしろと要求されているのだ。
――そんなわけで俺達は、港の片隅に陣取って作戦会議を開いていた。
「ティアマトとは、また大物の名前が出たのぅ」
口火を切ったのはカルガモだったが、説明プリーズ。
俺はどっかの神様だよな、ぐらいの認識だし、学生組も首を傾げているのだ。
そんな様子に嘆息を一つ、緑葉さんが口を開いた。
「まったく、仕方ないわね」
そうは言うが、微妙に上機嫌っぽいのは、知識を披露できるのが嬉しいからですね?
まあカルガモよりよっぽど信用できるので、無粋なことは言わないでおこう。
彼女を注目を集めるようにぐるりと視線を巡らせ、
「ティアマトはメソポタミア神話における海の女神よ。淡水の神アプスーと交わって多くの神を産んだ神々の母であり、混沌の象徴ともされているわ。
その姿は巨大なウミヘビ――竜であるとも、水や動物の混ざったものであるとも伝えられているけど、神話のエピソードから考えると、たぶん動物の姿でしょうね」
ただし、と言葉を切り、間を置いて彼女は言う。
「この世界においては竜の筈よ。どういう解釈をされているかは分からないけど、竜の姿をしていなきゃメインストーリーに反しているもの。
あのイソギンチャクが手下だったあたり、海との関係は深そうだと思うけど」
「まあウミヘビじゃとしても、大きければ竜と言い張れなくもなさそうじゃしな」
一理ある。つーか巨大ウミヘビと言えば、ゲームではわりとそういう姿で描かれることの多いリヴァイアサンも、見た目はともかく種族としては竜ってゲーム多いもんな。
そう納得していると、スピカが呟いた。
「うなぎでもいいのかな?」
……沈黙が場に満ちたのは、ありえそうだな、と皆が思ってしまったからか。
いや、たまにふざけたモンスターはいるものの、基本的にボスは真面目な造形の筈なんだが、例外もいるからなぁ。クラマットのピラミッドのボスなんて、片方は恐怖の魔神キングファラオだ。魔神と書いてマシンと読む。機械の力でアンデッドと化し、キングとファラオで王がダブった出オチ系ボスである。
悪ノリの産物だとは思うのだが、しかし前例のせいでティアマトうなぎ説を否定できない。
だってさぁ、俺聞いたことあるもん。なんか条件揃うとうなぎ、結構巨大化するって。
「そ、それよりも、今後の方針ですけどー」
深く追求するのをやめたらしく、姐御が話を変える。ナイスだ。
「とりあえずは情報収集ですけど、まずはこの国の首都を目指しましょう。何をするにしても首都なら便利そうですし、竜に関する詳しい情報も集まっていると思いますからー」
「そう言えばこの国、なんて名前か誰か聞いた?」
ふと思い出したようにのーみんが問う。
それならたしか、ツバメが聞いてたよなと思って目を向ける。
「あたしが聞いといたよー。国の名前はイグサ、この港はエラムだってさ」
「む……?」
国と港、どちらに反応したのか。カルガモが首を捻った。
聞き覚えがあったのかもしれないが、思い出すことができないようだ。
それを気に留めるように横目で見てから、姐御が話を続けた。
「首都を目指すとして、ちょっと二手に分かれましょうか。
片方は当然、首都に行きますけど、もう片方はセルビオス王国に帰るチームです」
「え、何で帰るんだよ? 嫌がらせ?」
「違いますー!」
そうかなぁ。
訝しむ俺にチョップでツッコミ入れて、クラレットが答え合わせをする。
「往復できるかの確認と、イエローブラッドへの報告?」
「はい、その通りですー。たぶんあのイソギンチャク含め、海で襲われたのは通行クエストだと思うんですよね。一度クリアした以上、往復は簡単にできる筈……だと思うんですけど、確認したいわけですね」
ああ、RPGでよくあるあれか。特定の街やダンジョンへ入るのに、何かしらのクエストの達成が必要となるパターン。海を渡るたびに襲われても面倒だし、その推測は正しそうだ。
「で、イエローブラッドには無事成功しましたよーっていう報告と、可能なら召喚士のレンタルですね。ワープポータルで登録しちゃえばクエスト関係ないですし、私達も便利になりますけど、あちらに提供できる利益としては一番大きいですからー」
「船を借りる金が浮くしのぅ。まあ、難点はポタを転売されることじゃが」
「それは仕方なくないですか? 独占しても旨味はそんなにありませんしー。
プレイヤー目線で言うと、さっさと広まった方がいいんですよね、これ」
ま、一クランが独占するにしては、ちとスケールが大き過ぎるもんな。
やっかまれるのも面倒だし、何より俺達だけでは探索が全然進まない。他プレイヤーより先行するために秘匿するとしても、数日が限度だろう。
ワープポータルはいい商売になりそうだが、あいにくとうちのクランには召喚士がいないので、転売する権利ごとイエローブラッドに渡すのが正解か。借金の相殺――は無理だろうけど、かなりの減額はしてもらえる筈だ。
そのあたりの理屈は皆も分かっているようで、特に反論はなかった。
「――では、そういうことで! じゃあどう分かれましょうかねー」
「あ、そんなら俺は帰る組でいいよ」
イエローブラッドの連中と一番付き合いが深いのは俺だし。
そう思って言ったのに、姐御は笑顔でバッサリと切り捨てた。
「却下で。債権は出向かないでください」
「くぅ〜ん」
せめて生き物扱いして欲しいと願うのは、贅沢だろうか。
ともあれPTを分割する。何事もなければ後で合流することになるが、船旅も絶対に無事だとは限らないので、戦力はバランスよく。
最終的にイグサ組は姐御をリーダーとして、俺とツバメの三人。セルビオス組は緑葉さんをリーダーにして、クラレット、スピカ、カルガモ、のーみんの五人という形になった。
セルビオス組はこの布陣なら、またイソギンチャクに襲われても大丈夫だろう。イグサ組は少数精鋭と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ対イソギンチャクを考えるとこれが限界。実態はいらない子チームである。まあ狩りってわけでもないし、最低限戦える構成ではあるけど。
とにかくチーム分けは終わったので、セルビオス組が出港するのを見届ける。
「兄ちゃん、二人に迷惑かけたら駄目だよー!」
船上からそんな寝言をほざくスピカを鼻で笑い、その隣にいたクラレットに声をかける。
「そいつの手綱は任せたぞー!」
「……うん!」
ちょっと間があったのは、犬扱いでいいのかなぁ、という葛藤があったせいだろう。いいんだよ。
遠ざかる船を見送り、俺は姐御とツバメに微笑みかけた。
「やれやれ。俺ほど頼りになる男が他にいますか、って話だよ。なあ?」
二人は俺に背を向けて歩き出した。冷たくなぁい?
やっぱさ、ボケにはちゃんとツッコミがないと魅力半減っつーか、片手落ちっつーか。中途半端はよくないと思うんだけど、この気持ち、お二人は分かってくれない感じ?
とぼとぼと肩を落として後に続いていると、二人の会話が聞こえてきた。
「この港――エラムでしたっけ? ここはここで、じっくり見て回りたいですねー」
「また今度にしなー。今日は観光よりも情報収集が大事だよ」
「分かってますよぅ。あ、カモさんは建物をヨーロッパ系だと言ってましたけど、私の記憶が正しければこれ、リアルで言うならアルメニアとか、その辺りが似た感じですねー」
高速で趣味へ脱線したように見えるのは気のせいだろうか。
つーかアルメニアってどこだよ。東欧だっけ? ロシアだっけ? たしかその辺りだったとは思うんだけど、そもそもどんな国かも知らねぇよ。
半ば呆れの混じった目を向けていたら、ツバメも同じような目をしていた。
「タルさん、楽しそうだねぇ」
「ふふふ。やっぱり冒険ってわくわくするじゃないですかー」
何故か照れたように笑う姐御。褒められたとでも思ったの? 正気?
深まる呆れに気付くことなく、姐御はご機嫌で言葉を続けた。
「行ったことのない場所へ行き、見たことのないものを見る。
それだけのことがこんなに楽しいんですから、自由に冒険のできるゲームっていいですよね」
まあ、その気持ちは分かる。
どんなに優れたゲームでも、先が分かり切っていたら興醒めだ。
二周目とかは別として、初めて遊ぶなら何も知らない方がきっと楽しい。
夢いっぱいの宝地図は、白紙なぐらいがちょうどいいのだ。
「秘跡案件とかも、パパっと片付けちゃいたいのが本音なんですよねー。
ゲームはゲームとして、純粋に楽しみたいじゃないですか」
一方その頃、俺は通りの壁でカサカサする、でっかい虫に心を奪われていた。
うわー超きもーい! 触りたくなーい! サソリに似てるけど丸っこいし、ひょっとしてウミサソリの仲間か!? 地球じゃ絶滅した筈だが、小型のものが陸地に適応進化したらこうなるって感じか!
足を止めて超わくわくしていたら、姐御に後頭部を叩かれた。
「あにすんだよ」
「ふらふらと勝手に動いちゃ駄目ですよ!
まったくもう。スピカさんの言った通りですね」
「駄目なお兄ちゃんだねー」
ここぞとばかりに便乗するツバメ。害鳥ポイントを加算しておく。
姐御は呆れた様子で、しかし苦笑を浮かべて言った。
「ま、私から見れば、手のかかる弟ですけどねー」
「……身長的には、確かにスピカよりもこっちの方が説得力あるな」
「あの子がおかしいんです。あの子が」
急に真顔にならないでいただきたい。
ちょっと怯えた俺を気にすることもなく、姐御は不満そうに続けた。
「お父さんもお母さんも、特別大きくはないんですから。
どうしてあの子だけ、私達の中で大きくなったんですかねー」
…………うん?
無視できない違和感に、俺も真顔になって問いかける。
「なあ、姐御。俺らと血の繋がりがあるって言ってる?」
「? 当たり前じゃないですか」
変なガウス君ですねー、と笑う姐御。
そっかぁ。そうなるのかぁ。
――俺は姐御の脳天に拳骨を叩き落とした。
「もきょ!?」
「正気に戻れ。俺とあんたは赤の他人だぞ」
「え、えー……え、あれぇー……?」
涙目になりつつ、俺を見上げた姐御は混乱した様子で、
「そ、そうですよ! 他人じゃないですか!?
うわ怖っ! なんで私、実姉モード入ってたんですか!」
正気に戻ったようで何より。
どうしてこんなことになったのかは、
「推測だけどさー。スピカの奴が姉ちゃん姉ちゃん呼んで懐いてるじゃん?
本当の姉ちゃんだったらなー、とか思ったんじゃねぇの」
たぶん、そんなところだろうなと思う。他に原因なさそうだし。
姐御は困惑した様子で眉根を寄せていた。
「……そこまで好かれてるのは嬉しい反面、愛が重い……!」
そのあたりの問題は当人同士で話し合って解決してください。
いや、あいつのことだし、シンプルにお姉ちゃんが欲しいとか思っただけなんじゃねぇかな。むしろ姐御を狙ったのではなく、たまたま条件を満たす対象が姐御だったのだ、みたいな。
そう分析していると、目を丸くしたツバメが俺に向かって口を開いた。
「え、ちょっとちょっと。ガウス君、何したの今?」
「見ての通り拳骨だけど」
「そうじゃなくて、どうやってタルさん正気に戻したの!?」
あ、そこの話?
「叩いたら直るかなって」
「家電じゃないんだから……!」
「実際、効果あったじゃん」
「………………」
おう目を逸らすな、現実を見ろよ。
まあ叩いたら直るってのはイメージの話だ。そのイメージで確信を持って叩けば、スピカ一人ぐらいの信仰による魔術効果なら、解除できるのが道理ってもんだろう。
簡単に対処できるようなものでよかったが、しかしどうなってんだろうな。
「こんな簡単に影響が出るぐらい、世界がおかしくなっちまってんのかなぁ」
リアルで聞いたゴブリンや船幽霊だってそうだ。
何か原因があっての変化なのだとしても、こうも簡単に影響が出るのはどうなんだろう。
誰かが思惑を持ってしていると言うよりは、ただ杜撰なだけのように思えてしまうけど。
「……ま、考えても仕方ねぇか。
姐御はもう大丈夫そうか? 大丈夫なら首都行こうぜ、首都」
「あ、はい。今のところはたぶん大丈夫です」
気を取り直して、当初の目的である首都を目指すことにする。
でもなぁ。口には出さないけど、何か嫌な予感がするんだよな。
今はあんまり動かないで、古橋さんと合流して対策考えた方がいいんじゃねぇの?
そんなことを考えながら、首都の場所や交通手段を港の住民に尋ねて回った。




