第五話 偉大なハゲ
ゲオルにログインした俺達は、とりあえず拠点のログハウスで相談をしていた。
時間を気にしなくてもいいし、どこかへ狩りに行こうという話にはなっているのだが、人数が人数だからなぁ。普段は適当に二、三PTに分かれたり、足りなけりゃ臨時広場で募集したり、ソロしたりといった感じなのだが、せっかくの機会に別行動ってのも寂しい話だ。
八人という大所帯の問題点は、指揮が難しいということ。指示が行き渡らなくなることも増えるし、連携も難しくなる。そもそも指揮官として動けるのが、姐御しかいねぇのが問題でもあるわけだが。
「うーん。やっぱり二手に分かれた方がいいですかねー」
リビングのソファーに腰掛ける俺を座椅子にして、姐御は悩ましそうに言った。
全員が座れるようにとイスを買い足した筈なのだが、どうして俺を座椅子にするのか。
「それなりの場所に行くとなると、私だけじゃ手が回りませんし。
私と緑葉さんをリーダーに、分割した方が無難ですね」
基本的にPTの指揮官は後衛の方がいい。戦場を広く見ることができるからだ。
さらに最低条件として、間違ってもいいから指示を出せる度胸も必要だ。
それを満たす緑葉さんは、普段ならまあ、それなりに頼れるんだけど。
「でも、今日のみっちゃんはお酒入ってるからにゃー」
「自慢じゃないけど、絶対に変な指示するわよ」
マジで何の自慢にもなってねぇ。
面倒臭がらなければウードンさんも適任なのだが、生憎と今夜も不在だ。あの人は前衛ではあるものの、プロゲーマーとして様々なゲームをプレイし、どんな役割もこなせるようにしているので、前衛として戦いながら指揮をする、なんて無茶も平然とこなせるのだ。
なお、俺とカルガモは致命的に向いていない。連携のために声をかけ合うことはあっても、指示を出す暇があるなら突っ込んで暴れる。最早本能と言っていいレベルで、そういうスタイルが染み付いてしまっていた。
「クラレットはどうかしら? 駄犬兄妹が言うこと聞くし、リーダー務まりそうだけど」
「いや、駄目じゃろ。大半のスキルに詠唱があるからのぅ」
「あー……ジョブが不向きというわけね」
緑葉さんの提案は能力面、人格面ではそう悪くないが、魔法の詠唱がネックになってしまう。
もちろん詠唱のない魔法、短い魔法もあるが、クラレットの強みはその大火力であり、それを発揮するには長い詠唱を伴うことになる。あえてその長所を封じてまで指揮に専念させるのは、デメリットの方が大きいだろう。
この点、姐御はスキルの取り方が上手い。神官にしろ司祭にしろ、詠唱の長い魔法もあるのだが、指揮を執るためにそれらのスキルはあまり取得していない。
自分の仕事だけに専念できるヒーラーと比較すれば見劣りする面もあるが、PTの運用を任せた時、総合力で優るのは姐御ということになるのだ。
つーか目立たないだけで、姐御の腕前は中々に頭がおかしい。自身のヘイト管理、味方にかけたバフの時間管理、適切な回復。それらをこなしつつ、指揮まで執れるプレイヤーがどれほどいることか。
飛び抜けた上手さこそないが、マルチタスクに関してはゲオルでも屈指のヒーラーだろう。
「いっそ効率度外視で、観光に行くのもいいかもにゃー」
のーみんの提案には一理ある。
姐御の負担が少し大きいものの、効率度外視の観光ならばこの人数でも平気だろう。普段は行かない場所に行くというのは、それだけで楽しいものがあるし。
「そうなるとボス見学ですかねー」
ただし我らがコロポックルには、自分から死地に飛び込む習性があったのだ……!
ボス狩りではなくボス見学。これは要するに、現状では誰も倒せてないか、レベルキャップに達した連中が数でゴリ押ししてようやく倒せるボスに特攻して、蹂躙されるのを楽しもうという遊びである。
「デスペナ重いし、あたしはどうかと思うなー!」
わりと本気で言ってることを察して、ツバメが慌てて止めに入る。
ともあれ、全員で行動するならばと、その前提でカルガモが別の案を出す。
「どうせなら冒険してみんか? 最近の流行じゃろ、外を目指すのは」
外というのは、この国――セルビオス王国の外という意味だ。
レベルキャップの開放手段や、メインストーリーの進行。その手がかりを求める動きは現在、国内ではなく国外を目指す動きとなって熱を帯びている。
「たしかどこもかしこも、外を目指すと魔境だったわね」
「うむ。と言っても南は海じゃし、西は原生林が延々と続いておるからなぁ。
その先に何かあると分かっておるのは、北と東じゃな」
カルガモが語ったように、外を目指すルートは大きく分けて二つ。
ラシアから見れば南東に広がる断絶の砂海と、北に横たわるデューグリア山脈を越えるルートだ。
どちらも難所であることに違いはないが、強いて言うなら断絶の砂海は地形が、デューグリア山脈は魔物がプレイヤーを阻んでいる。
「俺らが挑むとしたら砂海の方か?
山脈もまあ、そこそこは行けると思うが、これでも人数足りねぇよな」
「そうなんじゃが、東は情報がまだ不足しておるのがなぁ」
あー、と皆が頷く。
北、山脈の向こうにはセルビオス王国と同盟関係にある、ガイウス帝国があるとされている。
しかしガイウス帝国は現皇帝が暴君であるらしく、国交はほぼ断絶状態。かつて山脈を迂回する形で存在していた両国を繋ぐ街道も封鎖されており、本当に僅かな交流があるのみとなっている。
だが東はもっと酷い。ラシアの南東にある街コーウェンは港湾都市として栄えていたが、基本的にはガイウス帝国との貿易がメインだったため、今では国内流通の中継地として命脈を保っている。
しかし噂話というか伝承というか、東にも人の住む土地があり、そこから漂流してきた人物の逸話などが残されている。
王国の人間は眉唾ものと思っているようだが、断絶の砂海を越えた先に未知の国があるのではないか、とプレイヤー達は推測しているのだ。
「何かしら国があるというのは、間違いないと思うんじゃがな。
ほれ。俺の着ている着物のように、和風か中華か、そういう文化はどこかにある筈じゃ」
「眉唾扱いなのを考えると、アジア系っぽくはありますよねー」
カルガモの意見を補強するように引き継ぎ、姐御は言う。
「かつてヨーロッパでは、アジアの諸地域はあまりに遠過ぎて、異世界のような扱いを受けていましたからね。ゲオルはその辺り、大雑把ですがモデルにしているフシがありますし、伝説化した未知の文明としてアジア系が設定されている可能性は、結構高いんじゃないかと。
イスラム系なら距離的に交流も衝突もありましたから、もっと情報あると思うんですよね」
「イスラム系と言えばクラマットかにゃー」
姐御の言葉に頷き、のーみんが言う。
「あそこ、エジプトがモデルだと思うけど、中東地域の文化も混ざってるしね。
南が海で途絶えてること考えたら、エジプト・アフリカ・イスラムの要素を担当する地域だと思うのさ。王国に王朝を滅ぼされ、支配された地というのもそれっぽいし?」
「ですねー。現状としてはローマ属州時代が近いんでしょうけど。
教会の人が異端だ何だと騒ぎますし、異なる文化圏が確かな脅威として接していた時代もあったんでしょうね。この国、近場のそういう脅威は全部潰しちゃったみたいですけど。
ともあれ、私達が目指すとしたら東ですかねー」
「何か理由があるの?」
問いかけた茜に、はい、と返事をして。
姐御は俺の体に背を預け、リラックスした様子で続けた。
「さっきガウス君が言いましたように、戦力的に山脈越えは厳しいのもそうですが、王国と帝国が不仲ですから。仮に帝国領まで進むことができても、行動はかなり制限されると思うんですよねー。
行くだけなら可能かもしれませんが、することがない、できることがない、という状況になる恐れがあります。それなら消去法で、目指すべきは東でしょう」
「ゲーム的に言えば、フラグが立っておらんというわけじゃな。
東は何も分からんが、そのような制限だけはない、と」
「何しても自由ですし、仮に排斥されそうになっても、暴れることはできますからねー。
そういう出たとこ勝負、面子的には得意でしょう?」
言って、姐御は皆を見た。
皆は自分のことじゃないよな、と目を逸らした。
「あらあら皆さん恥ずかしがり屋ですねー」
ねえ? と俺を見上げる姐御。違うよ、僕らは平和主義者なんだ。
内心の反論は届かず、姐御は正面に向き直って言う。
「ともあれ、今日は断絶の砂海に行って、東を目指してみましょうか。
――あそこに行った経験多いの、緑葉さんでしたっけ。何か情報あります?」
「そうね……モンスターはあまり問題にならないと思うわ。
普段の狩り場と同じか、ちょっと上ぐらいかしら。ただ火属性、地属性のモンスターが多いから、クラレットの範囲攻撃だと撃ち洩らし多いわね」
でも、と言葉を区切ってから、緑葉さんは言う。
「あそこって本当に、越えられるエリアなのかしら?」
「それは――」
問いかけの言葉に、姐御は答えを持たなかった。
現状の戦力で可能か否かはともかくとして、障害として設定されたエリアならば、当然越えることは可能で、その先に続くものがあると考えていたのだ。
しかしそうではない可能性。行き止まりの可能性を緑葉さんは提示する。
「のーみんが言ってたでしょう? クラマットはエジプト・アフリカ・イスラムの要素を担当する地域だと。その地域から東に向かえるのなら、あって当然のものが史実にはあるわ。
しかし断絶の砂海が立ち塞がり、ゲオルにはそれがない。あんたにだけはその欠落を、気付かないとは言わせないわよ」
語気の強い口調に、姐御は長い嘆息を挟んで言う。
「シルクロード、ですね。地中海世界と中国とを結んだ、長大な交易路。
それが存在していないのは、断絶の砂海を越えられないから。それ故に東西の交流もなく、東の地域は伝説と化している、と。緑葉さんが言いたいのは、そんなところでしょうか」
「ええ、そうよ。だってここ、スキルや魔法のあるファンタジー世界よ? 確かにモンスターの脅威もあるけれど、ただ難所というだけなら、他に道がない以上、必ず誰かが踏破していると思うの。
だからどう足掻いても突破できない、そんな構造になっているんじゃないかと疑っているわ。少なくとも私達――レベルキャップ以下の連中では、何人集まっても変わらないような、ね」
ああ、なるほど。緑葉さんはレベルキャップを、この世界の人間の限界と捉えているのか。
レベルという概念がどう解釈されているのかは分からないが、鍛錬を積むにせよ、実戦を繰り返すにせよ、人間の到達できる限界値がレベル六十。その性能では突破できないから、断絶の砂海は東西の交流を阻み続けてきたと、そう考えているのだろう。
俺がそう納得していると、奈苗がひそひそと声をかけてきた。
「兄ちゃん、兄ちゃん。シルクロードってどんなの?」
「お前……」
学校でも習っただろうに、と反射で呆れかけて、そうではないと気付く。
流石に奈苗でもシルクロード自体は知っているだろう。ただ学校で習った程度のものではなく、具体的にどういうものなのかを問うているのだ。
そっか。俺も知らねぇわ。
「姐御――いや、カルガモ。解説頼むわ」
「ガウス君!? 私の専門分野ですよ!?」
「語り始めたら長いから敬遠されてるのよ、この歴オタルタル」
「不名誉な造語はやめましょうよ……!」
いやまあ、実際、話が長くなりそうだと思ったからなんだけどさぁ。
話を振られたカルガモは深めの苦笑を浮かべ、
「俺は専門家ではないから、大雑把な話になるが」
そう前置きして、シルクロードについての話を始めた。
「一般には地中海世界と中国とを繋ぐ交易路のことじゃな。古くは紀元前から往来のあったものじゃが、何せとにかく長い。その長さ故、複数のルートに分かれておったんじゃよ。
シルクロードと聞いてイメージするのは、オアシスの道と呼ばれるものじゃろう。これは中央アジアのオアシスを辿る道で、有名なところでは三蔵法師――玄奘三蔵が通った道でもある。
つまりタクラマカン砂漠や、各地の高原、山脈を通るルートなんじゃが……そう考えると確かに断絶の砂海は、ちと手に余るのやもしれんなぁ」
解説しながら閃いたらしく、カルガモは話を変えた。
「西側から見た場合、断絶の砂海にはアラビア砂漠なども含まれておると思うんじゃよな。
どこまでモデルとして取り入れておるかは分からんが、正直、考えたくない広さの砂漠になっておる気がするわい。そして東西の交流がない以上、ひょっとしたら集落程度はあるのかもしれんが、オアシスの道が成立するような補給地はあるまい。
この世界の環境で、そんな土地に住み続けるというのも難しいじゃろうからな」
だから、とカルガモは結論を述べる。
「――文字通りに断絶されておるんじゃろう。
徒歩での踏破が非現実的な距離になっておりそうじゃし、召喚士のワープポータルなどで距離を刻んでも意味がないよう、流砂で大陸を分割しておる可能性もあるのぅ。
いずれにせよ、この段階で挑む場所ではなさそうじゃな」
ふーむ。それこそ空を飛ぶような手段でもなけりゃ、難しいって感じかな。
皆もカルガモの話をそう理解したようだが、そこで茜が問いを口にした。
「あれ? あの、カモさん。オアシスの道以外にも、ルートあったよね」
「うむ。ただ、草原の道――モンゴルのステップ地帯を通る騎馬民族の道は、こちらでは考慮せんでもよかろう。東にはあるのかもしれんが、こちらの陸路は断絶の砂海が入り口じゃからな」
そう答えてカルガモは笑みを見せ、
「故に東方進出の本命は、残るもう一つのルートじゃろう。
紀元前、プトレマイオス朝の頃より東西を結んでいた道。それこそが――」
「――海の道。海上シルクロードや、陶磁の道とも呼ばれたものね」
「おぬし、いいとこだけ取るのはズルくないかのぅ!?」
「ふふふお生憎様! 勿体ぶるのが悪いのよ!」
キメ顔で告げた緑葉さんに騒ぎ立てるカルガモ。
そんな二人を無視して、でも、と話を引き継いだのは姐御だった。
「海の道って南回りの航路ですよね? クラマットの南、確かに海になってますけど、港ってありましたっけ」
「なかったんじゃないかにゃー。それがないから海の道もなくて、シルクロード的なものもないってことなんだと思うけど」
むむむ、と唸った姐御は、皆に聞かせるのはではなく独り言のように呟いた。
「となると北回り……? 不可能ではなさそうですけど、色々と未知数ですね……」
「とりあえずコーウェン行って、船を借りてみればいいんじゃないの?
北回りで東に行けるかどうか、試してみる価値はあると思うわよ。
それにこういう機会でもないと、じっくり取りかかるのは難しそうだしね」
気軽に言う緑葉さんだが、はて、と俺は首を傾げる。
皆も気にしていないようなので、俺の取り越し苦労なのかもしれないが。
「なあ。船借りるって、金どうすんだ?」
場に沈黙が満ちた。ああ、考えてなかったのか……。
仕方ねぇな、と苦笑した俺は、姐御を持ち上げて肩車する。行動するのなら、姐御もセットの方が都合はいい。
「ま、金なら任せてくれ。――借金の桁が変わるなんて、今更だしな」
「あたい、不覚にもトキメキかけたけど、そんなカッコいい笑顔で言うコトじゃないと思うぜ」
「なんかハゲの借金王みたいになってますね、この子……」
俺の頭に腕を置き、体重を預けた姐御が呆れたようにぼやいた。
ハゲの借金王って誰だ……?
まあ、どうせ歴史上の偉大なハゲだろう。どんなに偉大でも、ハゲという一点において同一視されたくないので、俺は俺のまま、健やかに生きていこう。
そう決意しながら腰を上げて、
「じゃ、金借りて来るから。皆はコーウェンで船の手配よろしく」
俺は軽い足取りで、ナップのクラン拠点へ向かうことにした。