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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第五章 大航海時代
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第四話 愛を知らない


 海の家でかき氷を食べたり、セクハラ始めたのーみんを埋めたり。

 それからまた泳いだり、カルガモの作ってたトンネルがいつの間にか、凱旋門のようなサンドアートになっていてギャラリーが集まったりと、俺達は存分に海を満喫した。

 夕食の支度もあるので、四時を過ぎたあたりでそろそろ帰ろうということになり、カルガモは自らの力作にドロップキックを叩き込んだ。


「うむ……この無常感。やはり芸術はいい」


 というかこいつ、一度も海に入っていないのでは……?

 まあ本人が満足しているならいいだろう。

 俺達は無料のシャワー室で海水を洗い流すと、着替えて別荘へ戻った。


「はー。楽しかったけど疲れたねー」


 別荘へ到着するなり、居間に寝転んで奈苗が言う。

 その近くに腰を下ろしたりっちゃんは、早速クーラーをつけてすぐ横になった。ビール欲しいとかほざいておられるが、メシの前に酒はいかがなものか。

 俺と茜、それからのーみんの三人は、庭に干しておいた布団を取り込み、和室に広げておく。大変ホカホカになっているので、冷ましておかないと夜がつらいのだ。

 百合と朝陽は日焼けのケアとして、クリームを塗り合っている。怪我の治療にも使える、皮膚の再生を早めるタイプのものだ。市販品だから効果は高くないが、なんとか細胞配合だとかで、大抵の外傷は一晩もあれば治る。


「クリーム塗ってあげますから、茜さんとのーみんもこちらへー。

 早くケアしておかないと、お風呂で地獄見ちゃいますからね」


 そうして追加二名もクリームを塗られ、四人は寝転がる奈苗とりっちゃんを次なる標的に定めた。

 ぼけーっと眺めていた俺だが、その二人なら別に眺めなくていいかと意識を切り替え、台所に足を向ける。わりと動いたことだし、水はしっかり飲んでおかなくちゃな。


「お」


「む」


 台所ではコンロの前にカルガモが立っていた。ヤカンでお湯を沸かしているようだ。


「お茶でも淹れんの?」


「いや、白湯をな。あまり冷たいものばかり飲むと、腹を下すでな」


「おっさん臭いな……」


「暑い時には熱いものと、昔から言うじゃろうに」


 そういうところがおっさん臭いんだけどなぁ。

 俺はシンクの蛇口を捻って、コップに入れた水を一息に飲み干した。

 運動の後と考えれば塩や砂糖も入れた方がいいのかもしれないが、嫌ってほどに海水を飲んだわけだし、わざわざ塩は入れなくていいだろう。

 そうしていると、居間から悲鳴なんだか笑い声なんだか、よく分かんねぇ声が聞こえてくる。奈苗とりっちゃんが捕まって、クリームを塗りたくられているのだろう。


「………………」


 喧騒に背中を向けて、俺は冷蔵庫を漁る。買ってきた食材があれこれと入っているが、こっそり混ぜておいたナスを四本と牛脂を取り出す。今がチャンスだ。

 俺が何をするつもりか理解したカルガモは、しかし無言で見守る。心なしか期待しているようでもあった。

 そうだよな。女性陣には文句を言われたが、やっぱ油は大切だよ。カロリー気にして、精進料理みたいなものを食べさせられちゃ、男の子の胃袋は満足してくれないのだ。

 俺はナスを手早くスライスすると、フライパンを出してコンロで温める。クッキングヒーターだから火加減を間違えるってことはないだろう。

 充分にフライパンが温まったら、換気扇を回しつつたっぷりの牛脂を投入。油が溶けて広がったところで残った牛脂を取り出し、ナスを入れる。牛脂はカリカリになっているので、塩胡椒をかければ大人組が酒のつまみにでもするだろう。

 へっへっへ……それよりも見ろよ、ナスがスポンジみてぇに油を吸いやがる。油の美味さが今、余すところなく閉じ込められているのだ……!


「あれ、いい匂い――幹弘さん?」


 気付いた茜が台所に顔を出すが、心配はいらない。見た目はナスを焼いてるだけ。超ヘルシー。

 俺は爽やかな笑みを浮かべて振り返った。


「おう。先に軽く一品作っておこうと思ってな。

 りっちゃんがビール飲みたがってたけど、空きっ腹に酒はよくないし」


「ふーん」


 納得した様子で頷きつつ、茜はフライパンを覗き込んだ。

 匂いが気になるのか、彼女は小鼻をひくつかせて、


「ちょっと油多いんじゃない? 結構匂ってるし」


「いや、これはこのぐらいでいいんだよ。焼くって言うより素揚げだから」


 まるっきり嘘というわけでもない。焼き色も付いたことだし、ナスを皿に取り出す。

 残った油はキッチンペーパーで拭き取り、水、めんつゆ、砂糖を入れて煮立たせる。沸騰したら弱火にしてナスを入れ、数分煮れば完成だ。


「揚げナスのあんかけ?」


「惜しい。あんかけにはしないで、溶き卵につけて食べるんだ。

 母さんに教わったナスのすき焼きだよ」


 牛脂を使うのは俺のアレンジだけどな。

 完成したものを器に移していると、カルガモは缶ビールを片手にスタンバイしていた。


「……お前」


「まあまあ。これだけいい匂いをさせておいて、お預けは殺生じゃろ」


 気持ちは分かるけどさぁ。

 こいつだけに食わせるつもりもないので、器は茜に渡しておく。


「これ、あっちに持ってって。カルガモは箸と小皿、あと卵な」


 そうして二人を追いやり、俺は油を取るのに使ってカリカリの牛脂に塩胡椒をかける。いきなりこれを持って行ったら、ナスの正体――と言うか、カロリーがバレちまうからな。

 それから人数分のコップを用意して、冷蔵庫からお茶とビールも出し、お盆に乗せてまとめて運ぶ。

 居間では皆が長テーブルを囲んでおり、カルガモとりっちゃんは幸せそうに缶ビールを飲んでいる。

 そして他の女性陣は形容し難い、厳しい顔をしていて、俺に気付いた百合がドンとテーブルを叩いた。


「幹弘君! このナス、駄目です。悪魔の食べ物です!」


「美味いだろ?」


 ニヤリと笑って、コップをテーブルに並べていく。

 百合は悔しそうに顔を歪ませて、


「とろっとろで、油の濃厚な甘みが広がるんですよぅ……!

 でも溶き卵につけるから、口当たりマイルドで、いくらでも食べられそうなんですよぅ!」


「あははー。百合さん、諦めなよー。あたしはもう諦めた」


 ナスが本体だとでも思っているのか、パクパクと食べる朝陽。

 だがそこへ、茜が深刻そうに口を開いた。


「……幹弘さん。まさかそれ、牛脂?」


 彼女が見ているのは、小鉢に入れたカリカリ牛脂だ。

 俺は小鉢をりっちゃんに「おつまみです」と献上して、


「美味かっただろう?」


「ひっどい! そんなの使うだなんて!」


 声を荒げる茜へ呼応し、そうだそうだと騒ぐ女性陣。

 だが意外にも俺を庇ったのは、既に顔が赤くなりつつあるりっちゃんだった。


「騒ぐんじゃないわよ、小娘ども。一食や二食でデブったりしないわ。

 あんまり節制すると体が省エネ化して、僅かなカロリーも吸収するようになるわよ」


 確かにそれは一理ある。

 食事制限だけで痩せようとして失敗するのは、体が慣れるからだと聞いたことがある。低カロリーな食生活が続くと、体が効率よく栄養を取り込もうとするのだ。

 それを避けるためには、定期的にがっつり食べた方がいいのだ、とも。


「――ま、私はいくら食べても太らない体質だけど!

 ふふふこんなに美味しいのに我慢しなきゃいけないなんて、哀れねあんた達!」


 突然の暴言。立ち上がる女性陣。

 のーみんと奈苗がりっちゃんを拘束し、りっちゃんは困惑を顔に浮かべた。

 茜と朝陽はテキパキと、りっちゃんの正面のコップなどを片付け、そして百合が微笑んだ。


「――ヒール」


 燐光が輝き、りっちゃんの下腹部に集まる。


「ぁふっ」


 崩れ落ちそうになるりっちゃんだが、のーみんと奈苗がそれを許さない。

 っていうか、今のってゲオルでたまにやってた、一点集中ヒールだよな?


「いつの間にそんなことできるように」


「ふふーん。スキル、いえ、魔術はこっそり練習してたんですよ。

 もし何かあれば、今度こそ力になれるようにと。

 幹弘君に任せるばかりでなく、傷を負えば癒せるようにと」


「百合……」


 その尊い努力の結晶で、最初にやったのがりっちゃんの制裁ってどうなの?

 らしいっちゃらしいんだけど、その人間性を疑わずにはいられない。

 呆れ果てていると、りっちゃんの方に動きがあった。


「ちょ、あんた達! はな、離しなさい! 早く!!」


 切羽詰まった声音に、おや、と首を傾げる。

 確かに一点集中ヒールは筆舌に尽くし難い気持ち悪さがあるが、あの様子は解せない。のーみんと奈苗も、拘束から逃れるための方便と疑ったのか、手を緩めるようなことはなかった。

 それを察したりっちゃんは薄暗い笑みを浮かべて、


「ふふふ漏れそうなの……! 離しなさい、お願い離して!

 さもなくばここで漏らすわ! ええ漏らしてやるわよ!?」


 のーみんと奈苗は即座にりっちゃんを解放した。

 人としての尊厳は守られなければならない。

 りっちゃんは慌ててトイレに向かい、自然、俺達の視線は百合へと集まった。

 注目を浴びた百合は、ああ、と納得したように手を叩く。


「活性化と言いますか、部分的に元気になるイメージで使ってたんですよ。

 ――リアルでやると、トイレに行きたくなるみたいですねー」


 邪悪過ぎる。神聖なイメージのあるヒールで、よりにもよってそんな結果を引き起こすのか。

 推測を聞いた皆は百合から距離を取り、怪物を見るような目を向けた。


「え、何ですかその目。迫害するつもりですか。呪いますよ」


「いやぁー! 凄いよな百合は! 俺にはとても真似できないぜ!」


「凄いよね姉ちゃん! 人類滅ぼせそう!」


「あたい、百合は前から天才だと思ってた!」


 高速でごまをする兄妹+ワン。この歳でお漏らしとか洒落にならんし。

 それに対し、ほう、と頷いた百合は、浅く眉を立てて笑う。上機嫌だ。


「皆さんも魔術でお困りのことがあれば、私に頼ってくれてもいいですよー。

 今なら心の広い私が、適切なアドバイスをしてあげましょう」


 ホントすぐ調子に乗るよなこの人。

 俺達は哀れみの混じった笑みを浮かべ、適当におだてておくことにした。

 そんな光景を静かに眺めていたカルガモが、不意に口を開いた。


「ガウス。つまみがもうないんじゃが」


「あー!? カモさん、一人で全部食べちゃったの!?」


「いや、これは手が止まらん味じゃでな」


 詰め寄るのーみんに言い訳して、悪びれずに笑うカルガモ。

 つーかまだ晩飯前だってこと忘れてねぇか、こいつら。


「仕方ないですねー。放っておいたらお酒ばっかり飲んでそうですし。

 ちょっと早いですけど茜さん、ご飯作りましょうか。

 幹弘君は責任取って、おつまみ量産してください」


 そういうことになった。

 だが、おつまみなら邪悪な料理を作っていいと言われたのが解せない。

 俺は単に美味さを追求した料理を、作っているだけなのにね?

 ちなみに百合と茜は、新鮮な魚介類が手に入ったこともあり、それを中心に料理を作ってくれた。

 アジの甘辛焼きに、タラとアサリのアクアパッツァ。サラダ代わりに、プチトマトのアヒージョ。

 二人とも手際がよく、自炊していると話していた百合はともかく、茜も家で手伝いをしていたのだろう。つーか慣れてないと、アジを捌くだけでも大変そうだしな。

 俺はアヒージョに使われたガーリックオイルを再利用して、コンビーフのアヒージョを作成。旨味の溶け出したオイルをさらに再利用して、チーズをぶち込んだ豆腐ステーキも作ってみる。

 これで足りなけりゃ、適当にスナック菓子でも食わせておけばいいだろう。

 そして俺のおつまみは、酒を飲む連中が口を揃えて邪悪な味と評することになった。

 解せぬ。


     ○


 夕食後はだらだらしつつ、順番に風呂へと入ることになった。

 りっちゃんは酒に弱いとのことなので、夕食前と最中の缶ビール一本でストップをかけられ、やや拗ねながら一番風呂をゲット。なんか悲鳴が聞こえたのは、たぶん日焼けケアのクリームの塗りが甘かったせいだろう。

 その後は学生組が続き、その間、カルガモとのーみんは延々と酒を飲んでいた。百合も飲んではいたが付き合い程度で、深酒はしていないようだった。

 そして学生組ラストの俺は風呂から上がり、程々にしてシャワーだけでも浴びろよとカルガモ達に告げると、自分の和室に広げてある布団へ、うつ伏せになって寝転んだ。

 同じように、隣の和室ではりっちゃんが寝転んでいる。起きてはいるが、酒が回っているのだろう。

 そんな風にぼんやりと見ていたら、背中に衝撃があった。


「んぐっ」


「せんぱーい、まだ寝るのは早いよ!」


 俺が寝るとでも思ったのか、朝陽が背中に飛び乗ったらしい。

 呻いた俺は、体を捻って朝陽を振り落とすと、素早く身を起こして両の足首を掴んだ。入れ替わるようにうつ伏せになっていた朝陽は、その行為が何を意味するか悟り、待って、と懇願の声を上げた。

 待たなかった。


「よいしょお――!!」


「あいたぁ――!?」


 背中にこちらの足を乗せて固定し、足首を持ち上げる。エビ反りの形だ。

 朝陽はバンバンと床を叩いて、


「誰かタスケテェー!!」


 後半、裏返った声で助けを求めるものの、酒盛りしてる大人組からは楽しそうな笑い声しか聞こえない。

 奈苗はこっそりスタンバイしているが、下手すると朝陽にも追加ダメージ入りそうなのでまごまごとしている。となると、動けるのは茜だけだが。


「自業自得だから幹弘さんの好きにしていいよ」


 だよな。別にドライってわけじゃないが、茜はこういう判断に友情を持ち込まない。

 あとは奈苗を味方に引き込めば完璧。俺は体勢を少し入れ替えて、朝陽の足の裏が奈苗によく見えるようにした。


「――兄ちゃん」


「やっていいぞ」


 自由を与えられた野獣がいたずら心を優先した。

 すすっと近付いた奈苗は、朝陽の足裏につつーっと指を滑らせる。


「ぅひ!? ひ、ふひ、ぃ――ひゃははははは!?」


 堪らえようとしたものの、そこから本格的にくすぐられて大笑いする朝陽。

 あ、やべ、思ってたより我慢できてねぇなこいつ。そんなに暴れたら足が、――俺の顔面を蹴り飛ばした。


「づふ!?」


「あふぁ!? は、ハ――はぁ、あれ? 先輩、ダイジョブ?」


 あんまり大丈夫じゃない。悶絶している。

 そんな俺を、解放された朝陽が奈苗と一緒に覗き込んだ。


「や、ごめんね? わざとじゃないんだけど」


「兄ちゃん、血は出てない? 布団汚したら駄目だよ」


 奈苗は布団よりも兄を心配したらどうか。

 痛みが落ち着いたところで、俺はゆらりと立ち上がった。


「わざとじゃない! わざとじゃないから!?」


 立ち上る殺気に怯えたか、弁明しながら朝陽が後退る。

 いや、半ば俺の自爆のような気もしているが、それはそれというか。

 八つ当たりは承知の上で、報復をしなければならない。


「こんの害鳥がァ――!!」


 朝陽に飛びかかって押し倒す。こうなっては最早、手加減など無用。

 倒れた朝陽の片足をこちらの両足で挟み、足首と膝を極めながら覆い被さると、両腕を顔に回してフェイスロック。これぞ対奈苗用最終奥義、ステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロックだ!!

 だが失念していた。ここはリングの上ではない。

 これはルール無用の残虐ファイト。情け無用は俺だけに限らない。

 朝陽は締め付ける痛みに抗い、あろうことか俺の腕に歯を立てたのだ……!


「痛ってぇ!?」


 そりゃ反則だぜ。このまま噛まれては堪らないと、俺は技を解いて離れる。

 痛みと息苦しさに顔を紅潮させていた朝陽は、しかし歯を剥いて不敵に笑った。


「あたしもやられてばかりじゃないんだよ、先輩……!」


「じゃあ選手交代な。行け、力の二号」


「オッケー!」


「あ、ちょ、ナナちゃんは無理ー!?」


 その場の面白さを優先する奈苗は、ある意味で俺より容赦ねぇからなぁ。

 再び押し倒された朝陽は、それでも必死に抗おうとするものの、力の二号はパワー特化。抵抗は強引に捩じ伏せられ、あー、ちょっと奈苗。朝陽も一応は女の子なんだから、その技はやめてあげなさい。

 せめてもの情けを発揮して、俺は悲鳴を上げる朝陽から目を逸らし、茜の隣へ移動する。

 やや深刻な声音で告げるのは、繰り広げられる惨状への警告だ。


「奈苗に襲われたら遠慮しなくていいからな。

 あいつ、力加減は間違えないけど、尊厳に加減しないから」


「そうだね……うっわぁ、えぐい……」


 奈苗と朝陽の攻防に目をやり、茜はドン引きの声を出した。

 まあ兄妹喧嘩というか、お互い怪我させないようにやり合うと、打撃は牽制程度の軽いものになる。従って必殺技は痛みのみを与える関節技ばかりとなり、その練度は高い。

 朝陽がギブアップしたら止めるべきかなぁ、などと悩んでいたら、りっちゃんが床を転がってこちらへやって来た。

 酔いは落ち着いたのか、いくらかマシになった顔色で彼女は言う。


「これ動画にしたら売れると思わない?」


「兄として断固阻止するからな!?」


「はいはい。――雛鳥の方はどうでもいいわけね」


 からかうように口端を曲げた彼女は、


「前から思ってたけど駄犬、あんたシスコンよね。

 扱い結構雑なのは性格からでしょうけど、何かあれば絶対に守ろうとするもの」


「そうかぁ? どこのご家庭もこんなもんだと思うけど」


「のーみんに聞かせてやりなさい、感動するわよ。

 あそこやたらお兄ちゃんいるのよね。四人だったかしら」


 わあ大家族。いや、本題はそこじゃなくて。

 シスコンかと言われたら、俺自身は違うと思う。勝手なイメージだけど、シスコンとかブラコンとかって、ちょっと異常な愛情を注ぐ人のことだと思うんだよな。

 だからそうではないと結論を持った上で、


「なんつーか、下のもんを守るのって当たり前のことだろ?

 あいつを泣かせないってのは、俺の存在意義の一つだ」


「……思ってた以上に重症ね。どうするの茜、思わぬ強敵だけど」


「そういうのじゃないから」


 言って、茜はぺしぺしとりっちゃんの頭を叩いた。

 よく分からないやり取りだが、重症と言われたのが一番引っかかる。当たり前のことをおかしいと言われても、おかしいのはそっちじゃないのか。

 まあ兄弟がいないのなら想像するしかないわけだし、常識が違っても仕方ないとは思うんだけど。

 ……いや、それよりも。


「ひょっとしてりっちゃんは、愛をご存知でない?」


「よーしそのケンカ買ったぁ――!!」


 がばっと飛び起きて、りっちゃんはチョークスリーパーなんぞをしようとする。

 とりあえず腕を差し込んで無効化しつつ、俺は思案しながら言う。


「えっとさぁ。俺、あんま頭よくないから分かんねぇんだけどさぁ。

 愛を理解できないのって、悲しい生き物だと思いまーす」


「こ、この駄犬……!!」


 力を増す締め付け。でも腕を差し込んである以上、いくら力を強くしたって効果はないのだ。

 そうしていると話が聞こえていたのか、居間からのーみんの声がする。


「みっちゃんは処女だぜー!」


「黙ってなさい外野! 後ろから刺すのは友情とは呼ばないのよ!!」


 ははは、りっちゃんは大変だなぁ。

 キレる勢いに任せて、りっちゃんはチョークスリーパーを解除して打撃を行う。だだっ子のように何度も何度も、こちらの背を叩くものだ。

 ひとしきり殴って満足したところで、彼女は茜を見た。

 睨むような、それでいて拗ねた感情を持つ目は、涙目と呼ぶべきものだろう。目元を擦った彼女は、身構えるように息を呑んだ茜に告げる。


「同情したら殺す」


 強気を保つ努力は、時に物騒な結論に至るのだなぁ。

 その心情を察したか、苦笑気味に微笑んだ茜は腕を広げた。


「……おいで?」


「ふんっ」


 鼻を鳴らして、反論するかと思いきや、りっちゃんは茜の胸元に顔を埋めた。おいそこ替われ。

 十秒ほどそうしていたりっちゃんは、首だけをこちらに回して、


「――ふふん」


「あっ、テメェ! 調子乗ったな!? いい気になったな!?

 そっちからケンカ売ったと解釈するぜ!?」


 立ち上がろうと腰を浮かしたところで、しかし茜が言う。


「私を戦場にするのはやめて」


「あ、はい」


 斬新な表現だよな。私のために争わないで、とかじゃなくて、戦場にしないで、か。

 感慨深く頷くと、挑発に失敗したりっちゃんが、つまらなさそうな顔をするのが見えた。

 あの女はいつか絶対にしばく。

 そんな決心をする俺を無視して、りっちゃんは居間の方へと声を飛ばした。


「あんたらいつまでも酒飲んでないで、さっさとお風呂入りなさい。

 私が我慢してるのに好き放題飲まれたら、ムカつくのよ」


 酷い理屈を聞いた気がする。

 それに返す声は、仕方ないなぁ、と諦めを含んだ百合のものだ。


「そろそろ片付けて、お風呂もらいますねー。

 全員上がったらゲオルにログインしましょうかー」


 はーい、と返事をする皆。

 ……そういやゲオル、借りた金もそろそろ真面目に返さないとなぁ。

 そんなことを考えながら、大人組の湯上がりを待つことにした。

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