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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第五章 大航海時代
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第一話 待ち合わせ


 二泊三日での海水浴。

 このことをテッシーに語り、女もいるんだぜと散々自慢した後、男女比を白状したら憐れまれた。お前ならハーレムとか好きそうじゃんと言ったら、テッシーは仏の笑みを浮かべてこう仰られた。


「僕な、三人しかいない女子部員だけでも手一杯なんだ」


 新部長様から漂う哀愁は、俺でもわりとマジで同情した。

 うん、まあ……女子部員は治外法権っつーか、元は伊吹先輩の下で結束してたもんな。別に男子と軋轢があるわけではないが、文句はちゃんと言うし、男子とは感覚が違う点も多々ある。

 なので衝突の矢面に立つテッシーは、そりゃあもう手を焼いているのだ。

 ま、あいつにはいい薬だろう。これまでが中途半端に遊び人だったんだ、苦労することで地に足の着いた男になれるかもしれない。そうなれば、女関係も少しは変わるだろう。

 でもモテ始めたらムカつくので破滅を祈る。

 ともあれ、テッシーからの許可も下りたので、心置きなく海水浴に行くことができる。

 奈苗の方も部活は問題なかったのだが、親父との間に一悶着があった。

 友達と旅行、それはいい。俺が同行するのは逆に不安だが、番犬としては使える。しかしメンバーの中にカルガモという、得体の知れない男が混じることに難色を示したのだ。

 過保護だとは思わない。年頃の娘に対して当然の心配だろう。だが俺が目を光らせておけば大丈夫だろうと説得したところ、親父は鼻で笑った挙げ句、節穴の方がまだ信用できるとほざいた。

 そこからは奈苗も置いてけぼりで、父と子は拳で語り合った。俺も腕っ節はそれなりのものだと自負しているが、アチョー系親父ほどではない。惜しくも破れ、俺は床へ沈むこととなった。

 なお、地味に我が家最強の母さんによって、俺と親父は揃ってお説教された。

 奈苗は母さんに直訴し、まあいいんじゃないの、とあっさり許可。俺と親父はどうして拳を交え、血を流したのか。いつだって争いは虚しい。終わってから気付くのだから、人間は実に愚か。


 そんなわけで当日。俺と茜、朝陽、奈苗の四人は電車に乗って、海を目指していた。

 俺達が向かっているのは、末野という電車で一時間ほどの場所だ。観光地というわけではないが、夏休みのシーズンはそれなりに海水浴客が訪れる、海辺の田舎町である。

 俺も何度か家族で訪れたことはあるが、海水浴客は家族連れが多く、町全体ものんびりとした空気だったことを覚えている。あと何の貝だったかは忘れたが、貝の味噌汁が超美味かった。

 そんな思い出話もしつつ、俺達はボックスシートで向かい合わせに座っている。俺と奈苗、茜と朝陽という組み合わせだ。

 窓側に座る奈苗は話に混じりながらも、ちらちらと窓の外を見ている。乗り物酔いする方でもないので、流れる風景を本能的に目で追っているのだろう。たぶん俺も窓側だったら同じことしてる。

 奈苗の服装は流石にいつものジャージ姿ではなく、黒のTシャツにベージュのズボン。何もおかしいところはないが……気付いてしまったので、俺は口を開いた。


「そのTシャツ俺のじゃね? 見つからないと思ってたら、お前パクってたな?」


「あははー……着替えがなかった時に借りたんだけど、サイズがぴったりだったから」


「……まあ、別にいいけどさ」


 夏の寝巻き用ってことで、俺にはサイズ大きいんだよそれ。そっか、ぴったりなのか。そっか。

 思わぬところで心に傷を負ってしまった俺を、励ますように朝陽が笑う。


「先輩だってまだ、これから伸びるって!」


「いいよなお前は平均身長ジャストで。この平均値女め」


「新しい手口の罵倒された……!」


 わなわなと震える朝陽。そんな彼女の服装はルーズなショートパンツに、紺色の太ストラップキャミソールといったもの。日焼けを気にするようなことを言っていた記憶があるが、どうせ水着になるのだし、開き直って涼しさを優先したのだろう。

 ショートボブの栗毛も前に会った時より短くなっているし、暑さに弱いのかもしれない。


「せっかくあたしが励ましてあげたのに、ホント捻くれ者だね」


「持たざる者の気持ちなんて、お前にゃ分からねぇだろうさ……」


 哀愁を漂わせて呟いたら、つんつんと奈苗が俺を突付く。

 何だよ、と顔を向ければ、奈苗の視線が朝陽のある一点を示す。

 …………。


「ごめんな、朝陽」


「どこ見て言ったぁ!? ナナちゃんも笑うな! 笑うな!!」


「朝陽。あんまり騒いだら、他のお客さんに迷惑だよ」


「それはそうだけど、あたし怒ってもいい場面だよね……!?」


 まあまあ、と朝陽を宥める茜。

 茜の服装は先日と同じく、下はバナナ繊維のデニム。上は胸元がレースアップされたシャーベットイエローのシャツで、ふわりとした雰囲気ながらも夏らしい涼感が印象的だ。

 黒髪をポニーテールにしていることもあってか、朝陽と並んでいるとお姉さんのように見える。

 その後、朝陽の怒りを鎮めて雑談を続けていると、茜がふと話を変えた。


「ん、タルさんからメッセ。大人組はカモさん以外、もう向こうの駅に着いたみたい」


「もう着いたんだ? タルさん達、早いなぁ」


 まあ、あっちはリニア併用だからなぁ。待ち合わせ時間には少し早いが、微調整できるものでもないだろう。

 こっちも目的地までは、あと十分ぐらいか。今の内に予定を軽く確認しておこう。


「向こうに着いたら、メシの前に別荘まで移動だったよな?」


「うん。荷物を置いてから、お昼食べに行く予定。

 別荘まではカモさんが車を出してくれるって言ってたけど……」


 茜の歯切れが悪いのは、さっきのメッセでまだカルガモが到着していないと判明したからだろう。車を出してくれるのはありがたいが、俺達はまだあいつを疑っている。

 あの珍獣が実在しているのか怪しいし、素直に現地へ来るのかも疑わしい。実は平行世界の住民で、俺達とは永遠に出会えない運命だとしてもおかしくはない。

 あと普通に遅刻しそう。あいつはそういう奴だ。

 しかし俺達が疑っている間に連絡を取ったようで、朝陽があっさりと言う。


「カモっち、近くのパチンコ屋で暇潰ししてたってさ」


 ファインプレー。ここで連絡してなきゃ、遅刻してたなあいつ。

 後顧の憂いは断たれ、俺達は安心して電車に揺られ続けるのだった。


     ○


「おほー。潮の香りっ」


 電車を降りた途端、奈苗が言ったように潮の香りが漂っているのに気付く。

 何かのスイッチが入ったのか、テンションを急上昇させた奈苗は、そのままどこかへ走り出しそうな勢いだったが、茜が素早く手を繋いで事なきを得た。


「駄目だよ奈苗ちゃん。ホームで走ったら危ないから」


「はーい。……でもここ、人いないね?」


 そりゃ観光地じゃないし、平日の午前中だからなぁ。

 駅も小ぢんまりとしたもので、ホームの端には雑草が青々と生い茂っているほど。駅舎なんて今時、まさかの木造。長い年月、本格的なリフォームをすることなく、細かな修繕を積み重ねて延命してきたのだろう。

 台風とかきたら大変そうだなぁ、なんて思いつつ、奈苗がまだそわそわしていたので、反対側の手を繋ぐことにした。無茶はしないと信じたいが、こいつのパワーだと茜ぐらい引きずれるからな。

 なお、あくまで安全のためであり、決して仲良しアピールではないのだが、ハブられた形になった朝陽がこちらを見て口を開いた。


「……そ、疎外感っ」


「おう、ちゃきちゃき歩けよお一人様」


「やだ、待って、あたしも手ぇ繋ぐ!」


 しかし俺と茜の繋いでいない手は、それぞれのカバンで塞がっていた。ちなみに奈苗は肩にかけたボストンバッグを背中に回しているので、ハンズフリーである。

 手を繋ぐ仲良し三人組はちょっと目を合わせて、


「――じゃ、待たせても悪いし外出ようぜ」


「そうだね、行こうか」


「くっ……! こいつら愛が足りない……!」


 大袈裟に嘆いた朝陽は、もうなりふり構ってられないのか、茜に腕組みを強要した。


「へっへっへ。これであたしも仲間入り」


「もう、カバン持ってるから歩き難いのに」


「そう邪険にしてやるな。肉体的接触を求めてるんだろう」


「先輩、最近あたしの扱い雑くないかな!?」


 そんなことないヨー、いつも通りヨー。

 そう笑って誤魔化しつつ、俺達は駅舎の改札口を通って駅の外に出た。

 駅前は開けた場所……っつーか、周囲が空き地だらけ。何屋かも分からない謎の店がぽつんとあるぐらいで、他には本当に何もない。駐車場すら見当たらない。

 おかしいな。駅前ってのは基本的に、便利な場所って認識だったんだが……思えば末野駅を利用するのは初めてだし、幹線道路から外れた駅前が寂しいのも当然なのかもしれない。

 あんまりにも何もなくて、しばし呆気に取られていた俺達だったが、そこへ声をかけられた。


「はろはろー。お久しぶりですー」


 笑顔でやってくる中学生。いや、コロポックルこと姉御、もとい百合だ。

 夏らしさを意識したのか、頭にはカンカン帽。上はバックタックを取って変化を持たせた白のスキッパーブラウスで、下は裾を折ったルーズめのジーンズ。以前よりは大人っぽく……と言うより、歳相応に見える服装だった。


「姉ちゃん!」


 声をかけられたことで気が弛んでしまっていたのは否めない。

 だがそれ以上に素晴らしい瞬発力で、俺と茜の手を振り切った奈苗は、百合をハグ――すると思ったのだが。両腕を広げて迎え入れようとした百合。だが奈苗はその両脇に手を差し込んで持ち上げ、笑いながらぐるぐると回り始めた。


「ひゃあ!?」


「姉ちゃんだ姉ちゃんだー!」


「み、幹弘くーん!?」


 助けを求められるが、どうしろってんだ。あの圧倒的な回転力! 下手に手を出せば弾かれ、かといって強引に止めようとすれば、百合もただでは済むまい……!

 だから奈苗が満足するまで放置することにした。


「ひぃー……あぁー……!?」


 悲鳴は聞こえないことにする。

 そして百合が来たということは、あの二人も来ているわけで。


「クソ暑い中、無駄にクソ元気ね……」


 げんなりと呟いたのは、背格好からして緑葉さんだろう。

 ウルフカットの黒髪に、オーバルフレームの銀縁眼鏡。目付きはゲオルでも鋭い印象があったが、リアルではさらに鋭い。誤解を恐れずに言えば、睨むような目付きの悪さだ。

 服装はロング丈の白いチュールスカートに、ネイビーブルーのノースリーブブラウス。落ち着いた雰囲気にまとまっているが、心配になるぐらい体が細い。ちゃんとメシ食ってんのか、この人。

 そんな緑葉さんの隣には、やはりと言うか、モデル体型の美人がいた。


「おっす若人ども、元気でよろしい!」


 のーみん。非の打ち所がない完璧なプロポーションに、長く艷やかな黒髪。好みの差こそあれども、整った容姿は世の男どもを魅了することだろう。

 服はベルトが付いた、オーバーサイズのロングブラウス。リゾート的なリラックス感を出しつつ、ウエストのくびれを強調している。半袖などではなく、あえて長袖を選んで袖まくりしているのも、リラックス感の演出に一役買っていた。

 生地は暗めの臙脂色だが、より明るい同色でストライプを差しているのも見事。単色では重い印象を与えてしまうところだが、ストライプによって重さが上品さへと上手く化けている。

 上着が主張の強いアイテムだからか、下はごく普通のジーンズ。ただしラインを崩さないように、それでいて強調し過ぎないように、ギリギリのところを見切ったシルエットになっていた。

 中身の残念さはともかく、外見だけはマジで満点叩き出すなこいつ……。

 茜と朝陽も、うっかりのーみんの見た目に呑まれてしまっている。目を覚ませ、そいつはのーみんだぞ。


「緑葉さんとのーみんだよな? リアルじゃ初めまして」


「はいはい駄犬ね。挨拶は後、木陰行くわよ」


 少しでも暑さから逃れたいのか、だらだらと近くの木陰に避難する緑葉さん。仕方ないなーと苦笑するのーみんも続いたので、俺達も一緒になって木陰に逃げ込んだ。

 なお、百合は奈苗が目を回したことで解放されていたが、反撃としてぺちぺち叩いている。すると奈苗が逃げ出したので、それを追いかけて二人で走り回っていた。

 ……あの片割れ、大人ですよね?

 何とも言えない気分になっていると、木陰に入ったことで落ち着いたのか、緑葉さんが改めて言う。


「それじゃあ初めまして。緑葉こと仲道律子よ。

 好きなように呼ぶといいわ。私も好きにするから」


 瞬間、俺と朝陽の心が一つになった。


「「りっちゃーん!」」


「ふふふナイス度胸ね駄犬、雛鳥。

 自由には代償が必要だってこと知ってる? 不自由にしてやるわよ?」


 笑いながら物騒なことを言い出すりっちゃん。そこへ茜が仲裁に入ってくれた。


「まあまあ、二人も冗談で言ってるだけだから。落ち着いて、りっちゃんさん」


「その呼び名こそ冗談だと思いたいわね……!」


 咄嗟にそう呼んじゃったあたり、冗談じゃないと思う。

 それから茜と朝陽も自己紹介をして、俺も奈苗を指差して紹介しておく。

 最後に残ったのーみんは、にこにこと笑うだけで名乗らなかった。


「……どうしたのーみん? あとお前だけだぞ」


「にゃー。そうは言うがね、ミキミキや」


 誰がミキミキか。


「あたいはのーみんって名前、気に入っているのさ。

 本名を教えるのは別にいいけど、そっちでさん付けとかされても嫌だしね?」


 む、そういうことか。

 あくまでも対等な友人として振る舞いたいからこそ、本名を伏せる。確かにのーみんの性格を考えれば、その判断は分かる。無理に本名を聞き出す必要もないだろう。

 俺達がそう納得していたら、りっちゃんが鼻で笑った。


「こいつの本名、鬼瓦い――」


「そっから先はみっちゃんでも許さんよ!?」


 ぎろりと睨んで、黙らせるのーみん。

 それから俺達の視線に気付いた彼女は、恥ずかしそうに笑って、


「や、あのね。あたいの名前、女の子にしてはちょーっとその、いかついかなーって」


 あー……名前にコンプレックスがあるタイプか。

 改名申請も必ず通るわけではないし、家族との軋轢を生む原因になる場合もある。だから自分ではどうしようもないこともあるので、あまり突っ込まない方がいいだろう。


「のーみんはのーみん。そういうことだよな」


「物分りがいいぞがっちゃん! お姉さんがハグしてやろう!」


 言うが早いか、結構な速度でハグしてくるのーみん。おい身長差考えろ、当たり負けるんだよ。

 どうにか踏み留まったものの、なるほど……これがリアル。日差しの暑さに負けない体温、豊かな双丘の弾力、パライソは此処に在り。人の子よ、宇宙の真理はオパーイである。

 皮膚に全神経を集中させて感触を堪能していると、


「――幹弘さん?」


 ゾッとするほど冷たい声で、茜が俺を呼んだ。


「………………」


 俺は無言でのーみんを引き剥がすと、茜の前で跪いた。


「言い訳するけど、すげぇ柔らかかったです」


「うん」


 そして拳骨を落とされた。飼い犬の躾に手抜かりがなくてよろしい。


「この二人はリアルでも相変わらずだにゃー」


 おいこら、他人面して笑ってんじゃねぇぞのーみん。お前も原因だからな。

 こんな一幕もありつつ話していると、走り疲れた百合と奈苗も木陰に避難してくる。

 これで後は、カルガモの到着を待てばいいだけなのだが……。


「……来ないわね、あの怪鳥」


 ぽつりとりっちゃんが呟いたように、とっくに到着していてもおかしくはないのだが。

 何だか嫌な予感がする。

 胸騒ぎがするのは俺だけではないらしく、皆もどこか不安そうだった。


「あたし、ちょっとメッセ投げとくね」


 連絡はそう言う朝陽に任せて、俺達はただ待った。

 そして。


「――パチンコでフィーバーしたから、遅れるって」


 人としてどうかと思うよ、あのクズ。マジで。

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