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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第四章 兵どもが夢の跡
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第十四話 心を剣に


 茜を送り届けてから帰宅した俺は、風呂や晩飯を済ませて自室にいた。

 一人になって落ち着いたところで思うのは、辻斬りに起きていた変化だ。

 現象としては城山さんの例が近いのだろうか。彼女の場合はパッシブスキルのような形で、ゲオル内のキャラクターの力を得ている。握力や腕力に限定されるようなことを言っていたので、部分的な再現なのだろう。

 辻斬りの場合はどうだろう。ステータス再現と考えれば偏りはあると思うが、身体能力が軒並み底上げされていたようにも思う。効果としては城山さんの魔術よりも、ずっと強力だ。

 正直な話、素手で問題なく対処できる相手ではない。今日のところは勝てたものの、二度、三度と戦えば手傷を負うことになるだろうし、相手があのまま成長しない保証もないのだ。

 ……古橋さんに頼んだら、刀とか用意してもらえねぇかな。武器さえあれば、もう一回りパワーアップした辻斬りでもどうにかできる気はする。最悪、木刀ぐらいは持ち歩くようにしておこう。


「んー」


 木刀と言えば伊吹先輩だ。

 別れた時にはあまり心配していなかったが、そろそろ先輩でも厳しいだろう。ヘソを曲げられるかもしれないが、勝ち目が薄いことを伝えて出歩くのを控えてもらうべきか。

 ただ、どう話せば納得させられるか……むしろ協力を持ちかけた方が、あの人は乗ってくれそうだけど。

 そんなあれこれを考えていたら、ノックもなしに部屋のドアが開く。入ってきたのは奈苗で、室内を少し見てからベッドに寝転がる俺を見下ろした。


「もう。兄ちゃん、また脱ぎ散らかしてる」


 あー、うー、と返事になってない返事をする俺。

 そんな俺に構わず、奈苗は脱いだままだった制服のズボンを畳み、パジャマ代わりのシャツやハーフパンツをまとめる。洗濯に出してくれるみたいだ。

 通学カバンまで開けて、道着を出し忘れていないかチェック。ずぼらな俺でも、あんな汗臭いのは帰ってすぐ洗濯機に叩き込んでいるので、そこは信じて欲しい。


「よし。これだけだね」


 まだ用があるのか、奈苗は洗濯物を抱えたままベッドに腰を下ろした。

 俺の横腹を背もたれというか腰当てにして、


「兄ちゃんさー。怖かったりしないの?」


 ……さては茜から何か聞いたな。

 見上げた横顔には、これといった感情が浮かんでいない。本当にただの世間話のような気軽さで、奈苗は俺の急所とでも言うべき部分に踏み込んできた。

 問われて思うのは、自分でも分からないということ。

 俺は度胸を第一として、恐怖を呑み込む強さを理想にしてきた。常識の範囲で危ないな、怖いな、と感じてはいても、それを理由に尻込みするようなことはない。

 だが強くなったつもりで、ブレーキが壊れているだけではないのか。

 本当は怖いのに、怖いと思うこともできなくなっているのではないか。

 奈苗の疑問は、頭の片隅には転がっていた疑念に、向き合うことを要求される。


「――いや、考えたけど分からねぇわ」


 しばらく悩んでみたものの、結局、そんな結論しか出せなかった。

 自分自身のことなんて、案外何も分からないのだ。


「そっか。まあ兄ちゃん、馬鹿だもんね」


「お前だけにゃ言われたくないわ!」


「ひゃー!?」


 侮辱には兄の威信を示さねばならない。

 体を起こして奈苗を押さえ込み、ヘッドロックを……あ、やだ。この子ったら力任せに外そうとしてる。嘘、待って、この体勢でも押し負けるの俺!?

 逆にヘッドロックを極められて、俺は呻き声を上げることしかできなくなった。


「ふふん、どうよ兄ちゃん。私も成長してるんだよ」


「胸は変わんねぇのにな」


「セクハラ禁止!!」


「ぬおお……!」


 頭をぎりぎりと締め付けられる。超痛い。

 タップしまくって解放された俺は、今日一番のダメージに顔をしかめながら奈苗を見た。


「成長したようにゃ見えないんだがな」


「ちょっとは大きくなってますー。そもそも私、ちっちゃくないもん」


 まあな。特筆するほどでもないけど。

 拗ねたように唇を尖らせた奈苗は、俺の腹を枕代わりに寝転がって言う。


「そんでさー、兄ちゃん。

 一応聞くけど、辻斬りってどうしても兄ちゃんが解決しなきゃ駄目?」


「別にそういうわけじゃないけど……。

 あんなの野放しにはできねぇし、仇討ちするのが筋ってもんだろ」


「むぅ」


 奈苗は不満そうに唸って、


「変わらないよねー、兄ちゃん」


 呟くような声には批難と、どこか誇らしげな響きがあった。


「昔っからそう。筋の通らないことは嫌だって、意地張ってさ。

 実は誰かのためだとか、そういうの全然考えてないんだよね」


「そりゃそうだろ」


 筋の通らないことは許せないが、無関係なのに首を突っ込むのも筋違いだ。

 誰かの抱える問題は、その誰かだけのものだ。重さに押し潰されていたとしても、勝手に背負っちゃ泥棒もいいところ。だから誰かのためだとか、そんなのは考える必要もない。


「今回の件だって同じだぜ。俺が納得したいからやってるだけだ。

 そのために事件を終わらようと思ってるだけで、誰かを助けようなんて思っちゃいない」


「だよね。兄ちゃんのそういうところ、嫌いじゃないよ」


 言いながら寝返りを打って、奈苗は背中を向けた。

 どんな顔をしているのか分からないが、声はいつも通りで。


「兄ちゃん、ちゃんと帰ってくる?」


 ――と。これまで言わなかった不安を、口にした。

 奈苗は俺を引き止めない。止まらないことを理解しているから。

 それでも心配なものは心配だから、言葉にして欲しかったのかもしれない。

 俺は奈苗の頭を撫でてやりながら、


「ああ。勝てないと思ったら逃げるしな。

 心配すんな。それは最初っから、兄ちゃんの荷物だ」


 お前は背負わなくていいと、我ながら甘いことを言う。

 ……いや、俺が奈苗に甘いのも当然か。望まれたわけではないが、俺の根幹にあるのは奈苗だ。

 こいつが理不尽に苛まれ、涙を流す時。その涙を止めることはできないけれど、せめて元凶に報いを受けさせてやる。もう泣かされないようにしてやる。

 それが俺の起源なのだから、こんな重荷は俺が引き受けなくちゃ。


「……うん。任せたよ、兄ちゃん」


「おう、任せとけ」


 頷くと、奈苗を気分を切り替えるように、勢いよく体を起こした。


「よし! じゃ、この話はもうしないから。

 茜さんや朝陽ちゃんにも、安心してって言っておくからね」


「よろしく。……ふと思ったけど、心配してたのってその二人だけ?」


 つい気になって問いかけると、奈苗は首を傾げて思い出すようにしながら言う。


「分かり難いけど、緑葉さんも心配してる感じだったかなー。

 タル姉ちゃんはよく分かんない。骨は拾うって言ってた」


 うん。まあ、姐御だもんな。

 あれこれと気を揉む人ではあるんだけど、出てしまった結果については受け入れる人だし。


「のーみんは全然心配してなかったよ。

 兄ちゃんなら問答無用で終わらせるから、って」


「無駄に理解が深くて困るなぁ」


 解決するのではなく、終わらせるって言い回しが、俺のことを分かり過ぎている。

 できればハッピーエンドが一番だが、それを望めないならとにかく終わらせる。傷を残すことになっても、時間をかけて癒やすなり、抱えたまま生きていくなりすればいい。

 俺のそういった考えを、なんであの女は見抜いているのか。怖い。


「私から見た皆は、こんな感じだったかなー。

 カモさんはちょっと、タル姉ちゃん以上によく分かんなかったけど」


「あいつを理解できたら人としてアウトだから、それでいいんだよ」


 カルガモの精神構造はマジ人外魔境なので、常人は理解しちゃいけないのだ。

 奈苗は「そうだね」とあっさり同意して、ベッドから降りる。


「そんじゃ洗濯物、出してくるねー。

 っていうか兄ちゃんも、夏休みなんだから家のこと手伝うように!」


「じゃあ今度、メシ作ってやるよ」


「やめて」


 真顔で言われちまったよ。

 あれぇ? 俺、料理苦手ってわけじゃないし、味もそこそこだと思うんだけどなぁ。

 夜食なんかはお手軽なのを作るけど、ちゃんとした料理だって作れるのに。


「あのね、兄ちゃん。とにかく油を使えばいいって考え、駄目だよ」


「分かってねぇな。料理の真髄は油の美味さだぜ」


 ったく。どうせカロリーでも気にしてるんだろう。

 まだ成長期なんだからそんなの気にしないで、たっぷり摂取すればいいのだ。

 夏休み中なら機会はいくらでもあるし、奈苗にも油の美味さを教えてやろう。

 そう決心する俺を、奈苗はこれでもかと冷たい目で見るのであった。


     ○


 ゲオルにログインした俺は、ラシアの噴水広場に来ていた。

 所狭しと露店が並ぶものの、ゲームを始めて最初にログインする場所でもあるので、初心者との待ち合わせ場所としてはここが一番だ。

 俺が待っているのは古橋さん――こちらではシャーロット・クリスタルだったか。

 俺がログインした時点ではキャラメイクも終えて、操作確認なども兼ねて街周辺で狩りをしているとのことだったので、噴水広場で待ってますと伝えておいた。

 古橋さん、いや、シャーロットさん次第だけど、合流したらうちのクランの拠点にも案内して、皆と顔合わせぐらいはしておきたいな。いっそクランに入ってくれないだろうか。

 狩りには付き合わないと思うけど、秘跡案件の相談役がクランにいてくれたら、何かと都合がいい。うちは考える前に行動するタイプが多過ぎるのだ。俺もだけど。


「お、星クズじゃん。何ぼーっとしてんだ?」


「待ち合わせ中だよ。だがテメェを殺す暇はあるぜ!」


 顔見知りが声をかけてきたので、暇潰しにPVPを開始。俺を星クズと呼ぶような輩は、例外なく血祭りに上げてやる。俺には姐御から与えられた、流星という二つ名があるのに!

 なので流星の名に恥じぬ電光石火で、無礼者の脳天に大斧を叩き込む。俺を星クズと呼ぶのは挑発行為であり、明確な敵対行動なので、PVP申請を飛ばさなくてもPK判定されないのがいいところだ。

 衛兵もゴミを見るような目を向けるのみで、殺しには来ない。最近は衛兵の詰め所にも行って、賄賂を送っているのが利いているようだ。助かってはいるけど、真面目に仕事しろよな。どうして俺がラシアのダニを始末しなくちゃいけないのか、理解に苦しむよ。

 さて。ダニは一匹退治すると、仲間が集まってくる習性を持つ。

 へへっ、上等だぜ……! 今から噴水広場はコロシアムだ。身の程知らずのダニどもに、流星の輝きを焼き付けてやろうじゃねぇか!

 ――で、袋叩きにされて死んだので、死に戻ってからまた噴水広場に顔を出す。

 手柄を奪い合っているのか、それとも争いに理由なんていらないのか、噴水広場ではダニどもの乱闘が始まっていた。野蛮だなぁ、と俺はその光景を眺めながら、広場の端に腰を下ろした。

 そうしてダニどもの最強決定戦、あまりにも不毛な生存競争を眺めていると、ささやきが届く。


『広場に着いたが……なにこれ。どうなってるの?』


「いつもの光景なんで気にしなくていいですよ」


 困惑した様子のシャーロットさんの声に返してから、お互いの位置を教え合う。

 無事に合流できたものの――俺はシャーロットさんの姿に、天を仰いだ。


「どうした少年」


「いえ。ちぃっとばかし、俺にはインパクトが強くて」


 怪訝そうな顔をしたシャーロットさんは、どこからどう見ても十歳前後の少女だった。

 リアルの体型に合わせるなんてまったくしない、あまりにも思い切ったキャラメイク。ふわふわの金髪といい、存在感があり過ぎる。これで中身が古橋さんなんだから、笑わなかった俺を褒めて欲しい。


「わりとマジで聞きたいんですけど、どうしてそんな姿に」


「ああ、これか。情報収集をするにしても、子供の姿なら警戒されないだろう?」


 えぇー……いや、見た目は完璧だけど、声はそのままだもんなぁ。

 それだけで違和感があるし、仕草や表情がどう言い繕っても大人。発想自体は頷けなくもないけど、どうして自分ができると思った。その底なしの自信はどこから湧いてるんだ。


「……まあ、いいです。もう細かいことは追求しません。

 で、どうです。動き難かったりしないですか」


「それだ。視線の高さはすぐ慣れたんだが、歩幅の違いはいかんな。正直な話、歩くのも億劫になっているが、まあいずれ慣れるだろうさ」


 慣れるかなぁ……? 違和感、パネェと思うけど。

 だが俺の不安も露知らず、シャーロットさんは微笑を浮かべる。


「少年、とりあえずフレンド登録だ。忘れる前に済ませておこう」


「うっす、了解っす。申請飛ばしますねー」


 もう思考放棄していいやって気分で、淡々と処理をする。ツッコミ入れても現実は変わらないし、いつかは見慣れるさ。

 フレンド登録を済ませてから確認すると、ジョブはまだ無職のまま。ネットで下調べした限り、移動に便利そうなので将来的には召喚士を目指すということで、まずは魔道士になるつもりらしい。

 それならクラレットの装備が役立ちそうだ。あいつ素材集め大好きだから、作ったはいいものの結局使ってない装備がいっぱいあるんだよな。

 とりあえず腰を落ち着けて話そうと、俺達はラシアを出てクランの拠点に向かう。

 道中ではモンスターに遭遇することもなく、俺達は拠点のログハウスに到着した……のだが。


「んー? なんか騒がしいな」


 何を言ってるかまでは分からないが、外からでも聞こえるぐらいに騒ぐ声がする。またのーみんが何か奇行してるか、緑葉さんとツバメあたりが言い争いでもしているのだろうか。

 緑葉さんとツバメの二人、ケンカ友達的な感じっつーか、遠慮なく罵倒し合う仲になってるからなぁ。今日もそんなところだろうと、俺は苦笑を浮かべながら拠点に入った。

 そしてシャーロットさんを連れてリビングに入ると、


「――何度でも言わせてもらうがな、重要なのはバランス、ボディーラインなんじゃよ。

 そんなことも分かっておらんから、巨乳派は脳の代わりに脂肪が詰まっておると揶揄されるんじゃよ!」


「カモさんはお尻を重視し過ぎてる! 確かに形のいいお尻から脚線美へと続くラインは芸術的だけど、そのラインに映えるからって貧乳を選ぶのは、間違ったチョイスだね!」


「笑止! おぬしこそ触り心地を優先し過ぎておるわ!

 真の芸術とは触れるものではなく、伏して拝み眺めるものであると心得よ!」


「あたいはそうは思わない。分かる人にだけ分かる芸術に、何の価値があるのさ。

 触れば分かるボリューム! 体感こそが巨乳の真骨頂! 貧乳は所詮、持たざる者なのだよ!」


 …………リビングではカルガモとのーみんが、すっげぇ頭悪い言い争いをしていた。

 そっかー。こいつらしかいないのかー。

 他人の目がないとこいつら、どこまでもアホな会話するもんなー。

 ははは。まとめて突然死でもしねぇかな、こいつら。

 脱力していると、ようやく俺達の存在に気付いたのか、こちらに目を向けてのーみんが叫ぶ。


「がっちゃん! オパーイは大きい方がいいよね!?」


「ああ」


 力強く頷いた。どんな時でも俺は自分を裏切れない。

 それを聞いたのーみんが満面の笑みを浮かべる一方で、カルガモは大仰に首を振り、嘆きを示した。


「愚か。あまりにも愚かじゃよガウス。巨乳とは余分に過ぎぬと、何故分からん。

 余分を削ぎ落とし続けること、それが強くなるということじゃとは、おぬしも分かっておろう。ならば余分の塊である巨乳とは弱さに他ならず、無駄のない洗練されたフォルムの貧乳こそが強い。この明快な真理を、どうして理解できんのか」


 あまりにも酷い暴論。神に唾を吐くかのごとき言い草だ。

 強さだけを追い求めた果てに何が残る。起伏のない平坦な荒野を、誰が望む。生命を育むには豊かな大地、即ち豊穣なる双丘こそが必要なのだ。

 だが――カルガモの言葉に、シャーロットさんは深く頷いた。


「その通りだ、御仁」


 彼女は悠々とした足取りでリビングに入り、部屋の中央で演説するかのように言う。


「我々は哺乳類だ。文字通り、乳で子育てをする生き物だ。

 だが様々な動物を見るといい。進化とは新たな器官、新たな能力を獲得するばかりではない。不要になったものを捨てることも進化であり、種としての大きな一歩となる。

 そして我々人間は、最早乳に頼って赤子を育てる必要がない社会を築き上げた。故に大きな乳房は母性の象徴としての地位を失い、進化に取り残された遺物でしかなくなった。

 貧乳こそが進化の最先端を行く、人類の新たな形なのだ」


「ふっ……分かっておるではないか」


「くっ、手強い幼女のエントリーにわくわくするぜ!

 がっちゃん! あたい達も負けてらんないよ!」


「任せろ! ――いいかお前ら、よく聞きやがれ。

 俺は大きいおっぱいが好きだし、揉みたい! そこに理屈はいらねぇんだ!!

 小賢しい理論武装してねぇで、おっぱいの何が好きかを話そうぜ!」


「――――っ。見誤っていたな。

 確かにそうだ。正当性を述べる前に、まずは愛を語るべきだった」


「そうじゃな……愛がなければ、何も始まらぬ」


 俺達は揃って頷き合い、不毛な言い争いに終止符を打った。

 そうさ。好きなもののために、他の何かを貶める必要なんてないんだ。

 俺達はこれから、それぞれの愛を語ればいいんだよ……!


     ○


「…………おかしい。どうしてこうなった」


 で。しばらく愛を語り合ったところで、ついにシャーロットさんが正気を取り戻した。

 いやぁ、雄弁でしたね。シャーロットさんは実のところガチな貧乳派というわけではなく、小さな子供が好きなだけであり、アバターも理想的な少女をイメージしたのだと、嬉しそうに語っていた。

 正気に戻ったことで醜態を晒したとでも思っているのか、今は酷く落ち込んでいる。

 だがカルガモとのーみん、島人が誇る二大巨頭には好印象だ。


「不便を承知で理想を追求するのも、また一種の芸術じゃよ。

 道は異なっておったが、おぬしとは美味い酒が飲めそうじゃ」


「あたいもアバターに妥協しないシャーリーの精神は、尊敬するぜぃ」


 早くも愛称で呼んでるあたり、のーみんは本当に気に入ってんな。

 しかしこいつらは素で言ってるわけだが、シャーロットさん的にはフォローに思えたらしく、冴えない笑みを浮かべて曖昧に頷いていた。


「ところで姐御達はどっか行ってんの?」


「あのね、がっちゃん。タルタルも大人なんだよ」


「そっか……今日は残業か……」


「いえーす。クーちゃん達は三人で、なんかの素材集めって言ってたかな」


 なるほど。まあ三人娘はPTバランスも悪くないし、色んな場所に行けるしな。

 あれ? それじゃあ緑葉さんは、と思ったら、尋ねる前に答えられる。


「ちなみにみっちゃんは、あたいの横で寝てるぜ。リアルで」


「おぬしら、また泊まりで遊んどるのか」


「へっへっへ、一緒にお風呂も入ってやりましたとも。

 でもみっちゃん、お酒弱いのに飲んじゃって、バタンキューなのさ」


 つまんなーい、と唇を尖らせるのーみん。

 そういったあれこれの結果、カルガモとのーみんが二人っきりになり、野放しなもんだから酷ぇ会話になっていたのか。やっぱ姐御か緑葉さんがいないと、こいつら駄目だわ。

 内心で呆れていると、気持ちが持ち直してきたのかシャーロットさんが口を開いた。


「……まあ、少人数だったのは不幸中の幸いか。

 さて。改めて名乗るが、私はシャーロット。リアルでは古橋晶だ。

 少年からも聞いていると思うが、魔術師をやっている」


「あたいはのーみん! よろしく!」


「俺はカルガモじゃ。リアルでは……そちらの流儀に合わせれば魔術師かの? 陰陽師をやっておる」


 いきなりホラ吹いたぁ―――!?

 だがシャーロットさんは目を見張り、


「陰陽師……カルガモ……そうか、賀茂氏の流れを汲む家か。

 家としては潰えた筈だが、命脈を保った庶流か、弟子の家というわけだな」


 信じたぁ―――!?

 いや、まさかホラを吹くとは思ってないから、疑いもしないのか。

 どうしよう、ツッコミ入れるべきか? だがカルガモにも何か考えがあるのかもしれない。発作的にホラ吹いただけの可能性もあるが、もう少し見守ってみよう。


「御仁、さぞや歴史のある血筋とお見受けする。

 しかし陰陽師であるならば、何故、これまで少年に黙っておられたのだ」


 む、流石はシャーロットさん。不審な点に気付いて、追求ぐらいはするか。

 しかしカルガモは余裕綽々。アンニュイな微笑を浮かべて答える。


「一般人が関わらずに済むならば、それが一番じゃろう?

 そうも言っておられんようになった故、ちょうどいい機会じゃと思ってな」


「そうか……ああ、その通りだ。失礼、疑って申し訳ない」


「気にするでない。全部嘘じゃから」


「………………はあ?」


 不機嫌そうに顔を歪めるシャーロットさん。

 カルガモは両手を挙げて首を振り、


「いや、こちらも試して済まなんだ。

 反応を見るために、同業者がいると見せかけたんじゃよ。もしもお前さんが本物の魔術師でなければ、動揺ぐらいはすると思っての。信用するためにこそ、試しておきたかったんじゃよ」


「……意図は分かるが不愉快だな。そういう真似は控えてもらいたい」


「うむ、今後はそうしよう」


 どうでもいいけど、シャーロットさん見た目幼女なもんだから、凄んでも絵面が可愛いだけで困る。

 しかし発作的にホラを吹いたのかとも思ったが、反応を見るのが狙いだったわけか。

 確かにそれは必要なことだったのかもしれない。俺は結構、無条件で信用してしまっているけど、まず疑ってかかるぐらいの慎重さはあってもいいだろう。

 ともあれ、それぞれに自己紹介も終えたことだし、本題に入ろう。

 魔術関連で聞きたいことは、カルガモやのーみんにもあるだろうけど、今日の本題は辻斬りのことだ。俺だけで考えたって埒が明かないし、シャーロットさんだけではなく、二人の意見も聞いてみたい。

 俺は今日の出来事を話し、皆の反応を待った。

 最初に口を開いたのはのーみんで、


「がっちゃん、がっちゃん。魔術って、使うと疲れたりするんだよね?」


「ああ、少なくとも俺はそうだな。正直、リアルじゃ使いたくないぐらいだ」


「んー……じゃあ辻斬りがパワーアップしたっていうの、ちょっとおかしいにゃー」


 言いつつ、目をシャーロットさんへと向ける。

 見られたシャーロットさんは頷き、のーみんの疑問へ答えた。


「確かにそうだな。魔術は生命力を消費して行使される。

 肉体を強化する魔術だと仮定した場合、個人の信仰から生まれた魔術にしては効果が高過ぎる。少年の見立てが間違っていない限り、ほんの数秒で疲労困憊になってもおかしくないね」


「ふむ。ということは、より大きな信仰に基づく魔術、というわけじゃな」


 補足するように呟いて、カルガモはいやに真面目な顔をした。


「――いかんな。これ以上の被害者は、絶対に出させてはならん」


「何か閃いたのか御仁」


「あくまで推測じゃがな。死に戻り――システムという信仰基盤を既に用いておるんじゃから、パワーアップもそれで説明してしまえばよい。強くなって当然だと、大勢が信じるシステムがゲームにはあるじゃろう」


 そこまで言われて、俺も気がついた。


「レベルアップか!」


「そうじゃ。辻斬りは死に戻りに加え、レベルアップも魔術にしたんじゃよ。

 程度は分からんが、殺せば殺すほど強くなる怪物と化したわけじゃな」


 自然と空気が重さを増すのが分かった。

 今日の時点でも厳しい相手だったが、それがさらに強くなる。今以上となれば、いくら何でも俺の手には余るだろう。

 いや、それよりも――伊吹先輩は辻斬りについて、殺すのは手段であって目的ではないと推測していたが、それが正しければあいつは何かを達成するために、殺してレベルアップしたのだ。

 何のために? 決まってる、誰かを倒すためにだ。

 そのままでは勝てないと思い知らされて、無理矢理にでも強くなろうと足掻いた結果なのだ。

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 吐き気がするような結論に、そうなのだろうと納得してしまう。

 逃げればよかった。そうすることもできた筈だった。

 自分の筋を通すことに拘った結果、事態を悪化させてしまったのは俺なんだ。


「……がっちゃん?」


 顔色の変化に気付かれたか、のーみんが案じるように俺の名を呼ぶ。

 それに構わず、俺はカルガモに問いかけた。


「理屈は分かった。率直に聞くけど、奴を殺す案はあるか」


「……一つある。じゃがなガウス、そのためには辻斬りが誰なのか、特定せねばならん。

 躊躇うとは思わんが、それでもいいか」


 あえて尋ねるのは、カルガモなりの気遣いだろう。

 辻斬りをそういう怪物としてではなく、個人と認識しても大丈夫なのかを確認しているのだ。

 カルガモは、人を殺すことになってもいいのかと問うている。


「――構わねぇよ。どんな傷を負っても今更だ。

 どこの誰だったとしても、俺が躊躇う理由にはならねぇ」


 心を硬い、硬い、鉄にする。

 折れないように、欠けないように、鉄を叩いて剣にする。

 俺にできるのは事件の解決じゃない。

 何一つ救えなくてもいいから、せめて続かないように終わらせることだけ。

 その在り方を、貫けばいいだけだ。

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