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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第四章 兵どもが夢の跡
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第十三話 飼い犬


「意外。幹弘さんが負けるなんて」


 それが敗北した俺を出迎える茜の第一声だった。

 慰めではなく本心からそう思っているようなので、ここは現実ってものを教えてやろう。


「意外でもないさ。撃剣興行に限って言えば、俺は上の下ってところだぜ。

 で、あの幕末女はまだ不慣れってのを差っ引いても、上の上なのです」


 ペテンも魔術も抜きで、正々堂々と戦えば勝ち目はない。

 それが俺の実力であり、伊吹先輩が積み重ねてきた鍛錬の成果でもある。実力以外の何かを持ち込みでもしない限り、この結果は覆らないし、覆ってはいけないのだ。

 それでも腑に落ちない様子の茜は、


「でも、いつもと動きが違ったから。調子悪いのかなって」


「あー。ゲオルだったら被弾前提で動くけど、こっちは一発いいのが入ったら駄目だからな。

 ルールの範囲でやろうとしたら、ああいう動きになっちまう」


「そっか。幹弘さん、ルールは守るもんね」


 納得したように頷いて、茜は改めてお疲れさまと微笑んだ。

 カッコいいところは見せられなかったが、まあこれはこれで。

 しかし俺が足るということを知っていると、水を差すかのように幕末女がドヤ顔で現れた。


「快勝、快勝! あんたも悪くない動きだったけど、ま、地力の差が出たね。

 今後は連敗を覚悟してもらおうじゃないか」


「賭けにならねぇ相手とはやりたくないんスけど」


 試合をするのは選手の自由だが、実力差がハッキリしてちゃ賭けも盛り上がらない。俺はサービス精神旺盛ってわけじゃないが、そんな興醒めな試合を客に見せるのも気が引けるのだ。

 あと単純に、何が楽しくって疲れるだけの試合をしなきゃいけないのか。

 そんなわけで二度とやりたくねぇ、帰れ帰れと手を振るが、貧乏くじの擬人化のような女にまで、茜はお疲れさまですと礼儀正しく接していた。マジ善人、女神過ぎる。


「伊吹さんもカッコよかったです。

 やっぱり幹弘さんの先輩だけあるんだな、って」


「あはは、ありがとね。先輩面できるほど、何か教えたってわけじゃないけど」


 謙遜しつつ、伊吹先輩は笑いながら横目で俺を見た。


「こいつはねー、ホント嫌な奴なんだよ。

 たまにしか練習に来ないのに上手いし、数合わせの幽霊部員とか言っておきながら試合で勝つし。先輩面したくてもさせてくれないんだよ」


 反論したい気持ちはあるが、まあ事実なので諦める。

 引退した部長――たった一人の三年生男子だった彼は、俺にあまり好意的ではなかった。口には出さないものの、伊吹先輩が言ったようなことが原因で、快く思っていなかったのだろう。

 仕方がないし、俺も嫌われているのに好かれようとは思わない。元部長と俺はそんな感じで、互いに距離を保ったままの関係だったのだ。


「ま、私は気にしなかったけどね。守屋、剣道そのものは好きみたいだし。

 好きでいられるようにしてあげるのが、先輩の役目かなって」


「そう言う割には、結構練習に誘ってきませんでした?」


「別に役目をまっとうする義務もないし」


 なるほど、そりゃそうだわ。

 この柔軟なんだか小賢しいんだか、評価に困るところが実に俺の先輩って感じ。

 つい苦笑を浮かべていると、茜が伊吹先輩に言う。


「伊吹さんから見ても、幹弘さんって強いんですか?」


「ん、んー……」


 何故か悩む伊吹先輩。素直になれないお年頃なのだろうか。


「いや、まあ、強いのは強いんだけど……ねぇ?」


「なんで俺を見るんですか」


「だって評価に困るんだよ、あんた。

 いつだったか、練習試合した相手が言ってたよ。殺されるかと思った、って。

 そういう気迫みたいなので相手を呑んじゃうから、実力以上に勝ってるんだと思うけど」


 そんな分析を述べて、しばらく考え込んでから結論を口にする。


「技術面だけで言えば平均よりは上、ってぐらいかね。

 気構えとか含めての評価ならあれだ、殺し合いに強いタイプ」


「物騒なお墨付きをもらった気がするんですけど」


「実際そう言ってんだよ馬鹿。

 えーと、北上さんだっけ? この珍獣、見てる分には面白くていいけど、付き合うのはお勧めしないからね。適当なところで野に帰してやりな」


 真面目な顔して言う伊吹先輩に対し、茜は困ったように笑った。


「捨て犬とかはよくないので……」


「待って茜。お前は俺を何だと思ってるの?」


「幹弘さんは幹弘さんだよ」


「そっかぁ」


 じゃあいいや。捨てないという意思表示だと受け取っておく。

 伊吹先輩まで困惑したように笑っているのは何故かと疑問に思うが、俺は追求しない。空気が読めるからだ。追求したら俺が悲しみを背負う気配がする。

 そのまま雑談を続けていると、ふと伊吹先輩が表情を変えた。

 どこかバツが悪そうな、それでいて腹を立てているような顔だ。


「どうしたんですか?」


「ああいや、河瀬からメッセが届いてさ」


 おや、河瀬君から。ということは、内容も何となく察しがつく。


「要は辻斬りで危ないから撃剣興行は辞めろ、あんたにも何か言ってやってくれ、って感じだね。

 まったく。余計なお世話だよ」


「ひゅーひゅー。愛されてるぅー」


「やめな」


 おちょくってみたら頭を殴られた。手が早いぜ。

 しっかし河瀬君がなぁ。俺のことも心配してたけど、伊吹先輩にまで言うのか。


「で、どうするんですか?」


「どうするも何も、辞める気はないよ。……ま、心配させてるのは確かだしね。

 犯人が捕まるまでは、遅くまで残らないようにしておくよ」


 肩を竦めて言った伊吹先輩は、茜にも目を向けて言う。


「あんたも遅くまで見物しないようにね。帰る時は守屋に送ってもらうこと」


「はい。……でもどちらかと言うと私、幹弘さんを見張ってるんです」


「……ああ。こいつ放置したらまずそうだもんね」


「そんなことないっスよー、俺は無害でキュートなマスコットみたいなもんっスよー」


 可愛さをアピールする身振りも加えながら言ったら、二人に温度のない目で睨まれた。

 あ、知ってる知ってる。俺知ってるぜ。それ、人殺しの目だ。

 震え上がった俺は「くぅ~ん」と鳴いて、畜生の悲哀を目で語った。


「……ホント大変だと思うけどさ。こいつの手綱、よろしくね」


「えっと、まあ、慣れてますから」


 人権が欲しくて遠吠えしたい気分。月に吼えたい。

 でも遠吠えしたら怒られそうなので、俺は茜の手を控えめに握った。


「まだ飼い主とは認めてねぇからな……!」


「はいはい。いい子にしててくれたら、それでいいから」


 そう言って空いてる方の手で頭を撫でてくる。わぁい。

 あいにくと俺は人間様なので振れる尻尾を持たないが、せめて笑顔で応じよう。こういう時、表情に頼るしかないのが人間の限界だよな。どうして進化の過程で尻尾を失ってしまったのか。

 遥かなる進化の歴史に思いを馳せながら、俺達はもうしばらく雑談を続けるのであった。


     ○


「――え、送る? 私はいいよ、まだ帰らないし。

 辻斬り対策に木刀も持ってるから、襲われても問題ないさ」


 家まで送ろうかと申し出たところ、伊吹先輩はあっさりとお断りになった。

 話し込んでしまったこともあり、帰り道はいつもよりも暗い。西の空でしぶとく燃える太陽も、あと半時間もあれば完全に沈むことだろう。

 俺と茜は安全第一で、電動スケボーをゆっくりと走らせていた。


「幹弘さんにも、あんな先輩がいたんだね」


 道中、思い出したように茜が切り出した。


「ちょっと珍しかったかも。幹弘さん、お世話になってたんだね」


 見透かしたような物言いは、それなりに伊吹先輩へ懐いていたと感じ取っているからだろう。

 まあ。お節介な先輩だったし、撃剣興行では困らされているが、俺が剣道部に居座っていられたのはあの人の存在も大きい。迎え入れてくれる人がいるだけで、居心地の悪さってのは随分と減るのだ。


「特に何かをしてもらった、ってわけじゃねぇけどな。

 些細なことがありがたい時ってあるじゃん?」


「そうだね。……そういう気持ちは、分かるよ」


 思うところがあったのか、茜はただの同意にしては感情の込もった声で言う。

 それはきっと俺の知らないことで、茜の過去に重なるものがあるのだろう。

 俺が何でもないことを救いと感じたように、茜もありふれた善意を救いとしたのかもしれない。


「――うん。しっかりね、幹弘さん。

 恩人が被害に遭う前に、事件を解決しなきゃ」


「でもあの人、俺より強いんだけど」


 しかも俺が素手なのに対して、木刀まで用意してやがるし。

 そういった事実を思い出したらしく、茜は曖昧に笑った。


「あはは……ほ、ほら、万が一ってこともあるし、ね?」


「万が一っつーか、鬼の霍乱っつーか」


 あの辻斬り程度の腕前だったら、伊吹先輩がやられるなんて想像もできない。

 一点だけ不安があるとすれば、気構えの問題だ。

 伊吹先輩は倒したと思って気を緩めるような人ではないが、あれは殺さなきゃ止まらない相手だ。既に殺人という経験を積んでいることだし、殺す覚悟で相対しなければ不覚を取る恐れはある。

 それでも流石に、殺されるほどの隙を見せはしないと思うけど。


「ま、古橋さんをせっついておくよ。

 どうすれば死に戻りを封じられるかは、俺も考えるけどさ」


「捕まえられたら、それが一番なのにね」


 呟くような言葉には、僅かながら憐れみの色があった。

 それは手を汚さなければならない俺への憐れみであり、殺すことでしか終わりにできない辻斬りへの憐れみでもあるのだろう。

 解決に動いたのが俺でなくとも、辻斬りにはその結末しか用意されない。

 捕まって、裁判を受けて、裁かれることも許されない。

 当たり前の道からも外れてしまった怪物を、その末路を茜は憐れんでいた。


「……そうならなきゃいけない理由でもあったのかねぇ」


 茜と違って、俺が辻斬りを憐れむことはないだろう。

 しかし誰が望んで、あんな在り方を選ぶのか。道を外れてしまった迷子のようだと、そう思ってしまったのは無理もない。

 数々の憶測と、肌で感じた憎悪が、何か一つの答えに辿り着きかけている。

 だが答えは出ないまま、会話も途切れてしまう。

 やがて俺達は高速道路沿いの立体交差に差し掛かり、信号待ちを避けて裏道に入って行く。しばらく道沿いに進んで行くと、高速道路の高架をくぐるような形である、歩行者用のトンネルに出た。

 幅は狭く、照明も申し訳程度の薄暗さ。壁は薄汚れ、天井の角には蜘蛛の巣が張っている。

 そんなトンネルの中央に、あの影法師のような辻斬りが立っていた。


「――――――」


 茜が隣で息を呑む。あの粘つくような憎悪は健在で、むしろ膨れ上がってさえいた。

 相も変わらず目深に被った帽子で目元を隠しているが、影の奥に浮かぶ双眸の剣呑さは悪夢じみている。餓死寸前の猛獣であっても、あんな目はしないだろう。

 自分の中の(ほんのう)を押さえ付ける。

 まだ早い。表に出るな。お前が暴れるのは、息の根を止めるその時だけだ。

 表面上だけは平静を装って、俺は軽口を叩いた。


「よう。お出迎えに来てくれたのか、辻斬り」


「ああ――あんたを、待ってた」


 眼光とは裏腹に。酷く憔悴した声で、辻斬りは答えた。

 ……人を殺したことで神経がまいってるのか? いや、それこそまさかだ。そんな細い神経の持ち主なら、俺を殺しに来ないだろう。


「……あんたを待ってたんだ」


 その縋るような声を、今は考えないことにした。

 どんな理由や事情があれ、敵を前にそんな余分を考える必要ない。

 俺は辻斬りを見据えたまま、腕で茜へ下がっているように指示を出す。俺を無視してまで無関係な相手に手を出すとは思えないが、間合いに入られても困る。

 見届けることを納得にするという言葉に嘘はなく、茜は素直に下がってくれた。

 これで邪魔はされないし、入らない。

 仕留められないのは残念だが、殺し合うことに不都合はなくなった。

 辻斬りももう話す気はないらしく、早々に抜刀して刀を構えている。前回、半端な居合斬りもどきを防がれたのを覚えているようで、慣れないことはしないつもりのようだ。

 じわりと彼我の距離が詰まる。

 音も立たないほどゆっくりと、辻斬りが摺り足で間合いを詰めてきているのだ。

 まるで逃げるなら逃げろと言わんばかり。

 ――俺は電脳から入力を飛ばして、電動スケボーを辻斬りに向かって急加速させた。


「――――っ」


 小さな舌打ち。蹴り飛ばすよりは隙が少ないと判じたか、辻斬りはスケボーを飛び越える。

 着地の反動を踏み込みに変えようとするが、そんな動き、お前は慣れてないだろう。

 不格好な力の変換。推進力に転じた衝撃は、動作のぎこちなさを思えばマイナスと言っていい。

 そこへ飛び込む俺の踏み込みは、地面(アスファルト)の摩擦も織り込み済み。粘るような蹴り足で存分に力を弾けさせれば、体を撃ち出すかのごとく。

 遅々とした白刃は対処するまでもない。

 拳ではなく掌底で胸を叩き、勢いごと体重を乗せて胸骨を粉砕――できない。


「つ――」


 会心の手応えを裏切られながらも、振り下ろされる刀は身を捻って避ける。

 この間合いから離れてやる理由はなく、刀を振り下ろしたことで下がった上体、そのアゴ先を掠るように拳で弾く。脳震盪が起こるかどうか、ちょっとした実験だ。

 辻斬りは舌打ちしながら後ろに跳ぶ。その動きには脳震盪を起こしたような様子はなかった。

 ……ひょっとしてこいつ、肉体そのものがゲームのアバターに近いのか?

 前回は首を砕けたのだから、生身から遠ざかっていると言うべきか。アバター基準なら、完全再現していなくても頑強さは生身を上回る。素手で殺すなら、やはり首を狙うのが一番か。

 推測をそうまとめていると、辻斬りはまたしても愚直に踏み込んできた。

 駆け引きなんてあったものじゃない。正々堂々、正面からぶつかることしか知らないとでも言うつもりか。

 その清廉さを憎むように踏み込みを合わせる。

 警戒すべきは刺突。道幅の狭さから、横薙ぎだけはない。

 辻斬りの選択は切り下ろし。ならばと俺は身を沈めて加速し、振り下ろす腕を肩でカチ上げた。


「ぐ――っ!?」


 襲いかかったのは予想していたよりも遥かに重い衝撃。

 踏み込んだとはいえ、その体格から絞り出せる膂力ではない。

 崩れかける体勢を、歯を食いしばって耐える。辻斬りが次の動きを起こす前に、無様でもいいからと足を跳ね上げて、突き押すように腹へ蹴りを叩き込んだ。

 人体を蹴ったとは思えない、パンパンに肉の詰まった何かを蹴った感触。それでも質量だけは変わらないのか、押された勢いで辻斬りは再び後方へと下がった。


「――――ハ」


 辻斬りの口元が歪む。浮かんだのは愉悦の笑みだ。

 技術で敵わない相手を、性能で圧倒する悦び。そんなものかと俺を嘲笑っている。

 あの妄執めいた憎悪に染まっていた瞳にも、それを証明する喜色が表れていた。

 ――――調子乗ってんじゃねぇぞ。

 最早呼吸を合わせもせず、全身のバネを爆発させるように踏み込む。

 思い描くのは肉食獣の疾走。いつか脳裏に焼き付けられた、至高の芸術品を想う。あいにく牙も爪もなく、ましてや骨格からして違うモノだが、徒手空拳ならば最適解はそれだ。

 なに。どう動けばいいかは、体が覚えている。

 人体用に落とし込むまでもない。この身はその動きを可能とすると、既に証明済みだ。


「――……ッ!」


 辻斬りは血相を変え、慌てて刀を振り回そうとした。

 その腕に飛びかかり、全身で押さえ込む。蹴りに耐えられなかった軽い体で、この重さを支えられるわけがない。

 腕を封じられたまま辻斬りは倒れるが、膂力で勝るのはそちらだ。すぐにでも俺を引き剥がそうとするだろう。

 だがそうはさせない。押さえ込んだままでも、使える武器はある。

 俺は辻斬りの喉笛に噛みつき、渾身の力で食い千切った。


「イ゛……ッ!!」


 虫を思わせる潰れた悲鳴。

 致命傷を受けた辻斬りの目には、恐怖と混乱があった。

 俺は食い千切った肉を吐き捨て、こいつが死に戻りなんぞで逃げる前に言う。


「逃げられると思うな。カラクリは分かってんだ。

 何度でも、何度でも。死ぬまで殺してやる。

 報いを受けて死ぬまで、殺し続けてやる」


 狩られるのはお前の方だと、脳髄に刻め。

 辻斬りはそのまま、声にならない悲鳴を上げたかと思うと、この場から消失した。

 致命傷とはいえ、即死するような傷じゃなかった筈だが……ある程度は任意で死に戻りできるのか。

 ――ともあれ、ひとまずは片付いた。

 俺は大きく息を吐いて、火の入った脳を鎮めようと何度か深呼吸を繰り返す。


「幹弘さん、怪我はない?」


 そんな俺に、臆することもなく茜は声をかけてきた。


「あ、ああ。ちょっと手を擦り剥いたぐらいだ」


 言いながら立ち上がると、茜は俺の手を取った。


「……このくらいなら、絆創膏もいらないかな。一応、用意してたけど」


「あ、せっかくだし貼ってもらっていいか?」


「分かった」


 茜はポケットから絆創膏を取り出し、それを擦り剥いたところに貼ってくれる。


「これでよし。帰ったらちゃんと消毒してね」


「おう。……ところでさぁ、茜」


「? なに?」


「いや。ドン引きされても仕方ないよな、って暴れ方したけど……怖くない?」


 問われて、茜は一度目を丸くした後、優しく微笑んだ。


「あのね、幹弘さん。私は幹弘さんのすること、全部受け入れるよ。

 イタズラしたら怒るけど、そういうのとは別で。

 見届けることを選んだ時から、絶対に信じるって決めてるの」


 だから怖がったりはしないと、彼女は労うように俺をそっと抱き締めた。


「お疲れさま。ちゃんと見てたよ、幹弘さんのこと。

 大丈夫。私の知ってる幹弘さんだったから、安心して」


「……そうやって母性を発揮すると、ママって呼ぶぞ」


 突き放した上で頭を叩かれた。あ、イタズラ枠に入るんですね今の。

 ごめんごめんと適当に謝ったら、茜は怒りながらも笑っていた。


「こういうところも幹弘さんらしいけど、ママはやめてね。

 私の方が歳下だし、ちょっとおかしいもん」


 歳の問題かなぁー? なんか違う気もするけど、まあいいや。

 分かったと返事をして、俺はすっ飛んでいった電動スケボーを回収しに行く。

 その背中へ、茜の言葉が投げかけられた。


「私は怖がらないから、幹弘さんも怖がらなくていいんだよ」


「……やっぱりママって呼んでいい?」


 わざわざ追いかけて頭を叩かれた。

 うん。じゃあまあ、これからも女神ってことで。

 微妙に捻くれかけた心を救ってくれたのだから、それなら文句はないだろう。

 躾のなってない飼い犬は、でもたまにはママって呼んでやろうと密かに決意するのであった。

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