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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第一章 冒険の始まり
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第五話 狼退治


 街を西から出て進むと、森と平原の入り混じったようなエリアに出た。

 森と呼ぶには木が少なく、平原と呼ぶには木が多い。街道らしい道には草こそ生えていないものの、石畳などが敷かれているわけでもなく、とても馬車が走れるようには見えないが……まあこれ、現代人の感覚なんだろうな。この程度なら悪路の内にも入らない。そういうことなんだろう。

 街道周辺には、ペングーよりはマシな獲物を求めるプレイヤーの姿が散見される。掲示板などで情報を得た無職連中だろう。ひょっとしたら転職を済ませて、安全に金を稼ごうとしている者もいるかもしれないが。


「この辺りはラシア西街道となっていますねー」


 などと、手元に地図みたいな表示フレームを投影して姐御が言った。


「「なにそれ」」


 僕達そんなの知らないよ?

 一人だけ便利機能を使いこなす姐御は、胸を張って答える。


「ふふーん。道具屋で地図が売っていたんですよー。

 アイテムとして使うとこのように、マップが投影できるみたいですねー」


 あー、ドロップアイテムを売りに行った時か。あそこで買ってたんだな。

 姐御は表示フレームを拡大して俺達にも見せると、地図の縮尺を小さくした。


「このまま街道をずっと進んで行くと、ドヴァリっていう街があるみたいですねー。

 ラシアから歩いて行くなら、ここが一番近そうですね」


 言いつつ、さらに縮尺を小さくして地図全体を表示する。

 ラシアを起点として見た場合、西にドヴァリ。南にクラマット、南東にコーウェンという街がある。距離的に考えても、ラシアの次はドヴァリに向かうってのが想定されたルートっぽいが。


「これ、北と東の地図が埋まってないのは、別の国ってことか?」


「だと思いますよー? 単純に前人未到なのかもしれませんけど」


「東は魔境らしいからのぅ……その可能性はありそうじゃな。

 ともあれ、他の街へ行くにしても現状はまだ厳しかろう」


「ですねー。もう少し進んで、そこで狩りましょう」


 さらっと言ったが、姐御はこのエリアよりも強いモンスターをお望みらしい。

 まあ俺とカルガモにも異論はない。ヨロイムシという甘露を知ってしまった今、ペングーよりマシな程度の経験値ではとても満足できない。死んだ目で延々と雑魚を狩るのも楽しいが、それはもっとレベル上がってからでいい。

 そんなわけで俺達は街道を進んで行くが、途中、小川を越えた辺りから景色が変わる。まだ森と言えるほどではないが木の密度が増し、僅かながら日光が遮られるようになっていた。

 どうやら別エリアに入ったようだ――そんな感想を述べようとした時、カルガモが足を止めた。


「おるぞ」


 硬さを含む声。カルガモがそうしたように、俺もナイフを抜いて構える。いや待て、なんで姐御は素手? あっ、さては地図欲しさに売ったな? あんた唯一の武器を物欲に負けて売ったな!?

 俺が内心で慄然としていると、木立の間から何かが姿を見せる。青みがかった灰色の毛並みを持つ狼だ。リアルの狼と比較しても大きく、大型犬をさらに一回り大きくしたようなサイズ。意識を向けて表示された名前は【ウルフ】とあり、これがこの世界の標準的な狼だと判明した。

 ウルフは唸り声を上げたりもせず、距離を保ったまま金色の瞳で俺達を見詰めている。否、観察している。この獲物は正面から襲って倒せるだろうかと、静かに計算しているのだ。

 知らず唾を飲む音が、いやに大きく聞こえた。これはゲームで、ウルフもAI制御の作り物でしかない。だが確かな知性を感じさせる瞳が、心を波立たせる。作り物であっても真に迫ったそれは、こちらの本能を掻きむしるのだ。


「……レベル差補正が働いておるな」


 独り言のようにカルガモが呟いた。

 多くのMMOでは敵にもレベルが設定されており、レベル差がある状態では何かしらの補正が働くことがある。ダメージがまったく通らなかったり、あるいは敵が怯えて逃げ出したり――俺達の緊張はそのせいだ。

 レベル差補正というシステム的な強制力が、俺達の精神に干渉している。あのウルフは格上の敵で、逃げるのが正解だと思考を誘導する。挑んでも無残に食い殺されるだけだと、その結末を幻視させるのだ。

 ――だったら、ここで一歩を踏み出すのは俺の役割だ。

 無造作に歩き出した俺を見て、ウルフが目を細める。ああ、馬鹿な奴だと思っているんだろうか。それとも仲間を逃がすために囮になった、誇り高い戦士だと思ってくれただろうか。

 悪いがどっちも違う。俺が挑むのはお前ではなく、レベル差補正という未知数のシステムそのもの。

 退くにしろ挑むにしろ、ダメージが通るかぐらいは確かめなくっちゃな!


「カモ!」


 叫びながら踏み込む。俺達の腐れ縁なればこそ、意図はそれだけで伝わる。

 踏み込む俺にカルガモは左後方から追従。ウルフは迎え撃つよりも速度が乗る前に叩くことを選択したか、弾かれたように突進。地を蹴る足は力強く、水飛沫さながらに土が舞った。

 俺とウルフの視線が交錯する。刹那の交流は、澄み切った殺意だけを感じさせた。

 ウルフは飛びかかり――速度が乗らない以上、ナイフを振るうなんざ下策も下策。そんな余分は最初(ハナ)から頭にない。俺は激突までの数瞬を加速に費やし、肩から獣口へと飛び込んだ。


「づっ……!!」


 タイミングはズラしてやったというのに、右肩へ深々と牙が突き立てられる。おう犬っころ、肉の味はどうだ!? お気に召したらそのまま齧ってろ、不味くても吐き出すんじゃねぇぞ!?

 俺は押し倒されないように踏ん張り、しかし牙を抜かせまいと肩を押し付ける。ああ畜生、痛いなんてもんじゃねぇ! 痛みに耐える唸り声の方が、よっぽど獣じみてやがる。

 だがこの隙に、カルガモがウルフの横腹へ斬りつける。その一撃は朱色の線として刻まれ、ダメージエフェクトが血飛沫の代わりとして鮮やかに散った。

 痛みに唸るウルフ。俺もまた痛みに呻きながら笑んだ。なるほど、なるほど。レベル差補正は精神への干渉だけだな? 多少はダメージにも補正入ってるのかもしれねぇが、絶対的なものじゃねぇ。

 ハッ! よぉし根比べしようぜ犬っころ! 俺とテメェ、どっちが先に死ぬかの勝負だ! おらおら、もっと気合い入れて噛みやがれ! その程度の痛みじゃ、HPは削れても心は削れねぇぞ!?

 そうして一分にも満たない戦いは、カルガモと姐御から袋叩きにされたウルフの敗北で幕を下ろした。


「へへっ、手こずらせやがって……」


「ガウス君、大丈夫ですか?」


「おう、平気平気。HPやばいけど」


 怪我で持続ダメージ入るから、放置してると死ぬなこれ。

 そんな俺を見ながら、姐御はスキルウィンドウを開いて何かしら操作すると、


「ヒール!」


 その声でスキルが発動し、淡い光のエフェクトと共にHPが半分ほど回復した。おお、さすがウルフ。格上だけあって一匹でレベル上がったのか。これで次はもっと楽になるぜ。


「サンキュー、姐御。何回ぐらい使えそう?」


「今は四回ですねー。五回使うにはMPが一点だけ足りないです」


 おのれ妖怪一足りない。人類が電脳化し、サイバネ野郎もいるこの時代にも現れたか。

 けど四回も使えるなら充分過ぎるな。多少の無茶も……いや、スキルレベルもあるんだったな。そっちも伸ばさないと回復量が物足りなくなるんだろうけど、そしたら消費MPも増えるだろうから、過信は禁物か。

 そんな計算をしていると、姐御が表情を曇らせて俺の顔を覗き込んでいた。


「ガウス君、あんまり無茶しちゃダメですよー?

 言っても無駄だって分かってますけど、痛覚カット、もう切ってますよね?」


「大丈夫だって。ショック死するほど軟な根性してねぇよ」


 そもそもショック死しかねない激痛は、痛覚設定を無視してシステム側で遮断する。VR黎明期にだってそんな事故はなかったんだから、今更そんなもので俺がくたばったりはしない筈だ。

 しかし姐御は困ったように苦笑して、


「そうやって我慢できちゃう子だから、私も心配なんですけどねー」


 そう言って、姐御は俺の額を軽く叩いた。

 ……酷ぇよなぁ。ウルフに噛まれるよりも、こっちの方がよっぽど痛い。

 ま、俺だって心配させたいわけじゃないんだ。このくらいは平気だって、姐御の前では笑っておくのが一番だろう。実際、痛覚カットを完全に切るのは珍しいが、デフォよりも痛みを強くする奴はそこそこいるしな。

 カルガモだってゲームによって微妙に違うが、そっち側なわけで――


「――あ? カルガモ、何やってんの?」


 カルガモの野郎、ふと気付けば虚ろな目で虚空を見詰めている。

 声をかけたのに返事がないってことは、


「カモさん、AFCですかねー?」


「電話でもかかってきたんかな」


 ログインしたまま、意識をゲームではなくリアルに戻しているっぽい。

 別に構わないけど、何か一言ぐらい断っておけよとは思うので、抜け殻のカルガモにヤクザキック。


「はおっ!?」


「お、なんだいるじゃん」


 さてはこいつ、半端に感覚だけは残してやがったな。

 転がったカルガモは立ち上がりつつ、すまんすまんと雑に謝った。


「レベル差補正の感覚について、掲示板に書き込んでおってな。

 あ、スキルの使用感はどうじゃった?」


 この共有主義者め。話を振られた姐御は少し考えてから口を開いた。


「ヒールはイメージトリガー系でしたねー。

 ただ、スキル名を声に出す必要があったので、モーショントリガーも併用してますね」


「ほーん、なるほどのぅ」


 VRゲームにおけるスキルなどの特殊能力の使用法は、イメージトリガーとモーショントリガーに大別される。

 イメージトリガーはそれを使うと強く意識することで、システム側がほぼ自動的に処理をしてくれる。モーショントリガーは特定の動作を行うことで、スキルなどを発動させるというもの。動作には発声も含まれる。

 ただし姐御が言ったように、これらは併用されることも多い。その理由としては暴発を防ぐためというのが多く、うっかり意識して暴発したり、スキル名を口に出したせいで暴発したり、なんてことがあっては困るからだ。


「ということは、俺らのスキルはモーショントリガー系が多そうじゃなぁ」


 カルガモの推測はおそらく間違っていないだろう。

 一般的にモーショントリガーは、体を動かすスキル――近接攻撃などに採用されやすい。たまにそれもイメージトリガーで処理するゲームもあるが、ヒールにもモーショントリガーが併用されているなら、それはないだろう。

 ゲオルでは魔法職はイメージトリガー、近接職はモーショントリガーといったところか。弓などの物理遠距離職がどうなっているかは難しいところだが、そちらはイメージトリガーの方が無難だ。


「ううむ。あんまり数を取ると、仕上げるのに難儀しそうじゃなぁ……」


「スキルなんて使えりゃそれでいいと思うがなぁ」


「甘いぞガウス。ギリギリの勝負になった時、明暗を分けるのはプレイヤースキルよ」


 そんなもんかねぇ。スキルの数を絞って完璧に使いこなすよりも、程々に仕上げて選択肢を増やした方が便利だと思うんだが、カルガモはそのあたりこだわるからなぁ。

 おっと、それより俺もスキルを取得しなきゃな。俺はスキルウィンドウを開いて、とりあえず基本っぽいスキルを取得する。強力な一撃を放つブレイク、敵のヘイトを集める挑発、そして直感。……いや、直感はゴミスキルだと思うよ? 思うけど、これ取らずに奇襲されてもそれはそれで死ねるから困る。


「こんなもんか。おうカルガモ、ちょっと試し斬りブレイクゥー!!」


 言いながらブレイクを発動。斧を振り下ろすような大振りでナイフを振り下ろすと、MPが消費されてナイフが光った。

 しかし残念ながら、カルガモはバックステップでそれを回避。サービス精神の足りない鳥類である。


「ちっ。あんな大振りになっちまうなら、避けられやすいな」


「相手の攻撃を受け止めてから、反撃に使うとよさそうじゃの」


 瞬間、カルガモの左手が閃いた。尋常ではない加速が像をブラし、まるで蛇のように映る。

 その手は俺がどんな反射をするよりも素早くこちらの懐をまさぐり、うわ気持ち悪ぃなオイ!? 触られた感触がないから余計にキショいわこれ!

 で、左手を戻したカルガモが言う。


「これぞ盗賊の代表的スキル、スティールじゃよ。……何も盗めんかったが」


 そりゃだって、俺は装備しているもの以外にアイテム持ってないしな。

 そもそもスティールなんて、プレイヤー相手に使うスキルじゃないと思うが。


「なんでナチュラルに会話してるんでしょー……?」


「俺らはそういう生き物だからさ。で、攻撃スキルとかは?」


「後回しに決まっておろう?」


 ……なるほどな?


「テメェ、あったスキルポイント全部スティールに突っ込んだな!?」


「ファファファファ。金こそパワーよ!」


「否定する要素がまったくないぜ……! でも今は攻撃スキルの方が嬉しかった」


「おう?」


 怪訝そうに首を傾げるカルガモ。


「いやぁ……さっき俺、直感も取ったんだけどさぁ。

 これ、姿を消した相手を察知するスキルってだけじゃないわ。

 正確に言えば――意図的に姿を隠してる相手を察知する感じ?」


「あっ」


 察しちゃった? うん、どうしようね?

 さっきから俺の脳内に、敵が潜んでいるという確信がうるさく伝わってくる。これ囲まれてますわ。


「ウルフ――ふむ。狼なら群れを作っておるのが当然か」


「リンクモンスターってわけですね」


 リンクモンスター。それは同族が戦闘状態になると、わらわら集まって参戦してくる厄介なモンスターのことだ。

 こっちの方が強けりゃ経験値稼ぎに利用したりもできるのだが、今はそれどころじゃない。


「壁するわ。二人で一匹ずつ潰してくれ」


 頷きを返す二人を見て、俺はナイフを構えると深く息を吸った。

 俺はさっきまでの俺ではない。今の俺にはこんなこともできるのだ。


「かかってこいやオラァ!!」


 挑発を発動。どこまで成功したのかは分からないが、三匹のウルフが木立ちから飛び出し、俺にまっしぐら。まだ様子見をしている奴もいそうだが、それならその間に数を減らさせてもらう。

 飛びかかってくるウルフどもを、ステップを刻んで躱す。ブレイクを使って迎撃してやりたいところだが、挑発のためにMPは残しておきたい。さっきカルガモに試し斬りしたせいで、MPに余裕がないのが悔やまれる。しかもあいつ避けやがったからな。どの程度の威力か分からねぇから、この状況で無駄撃ちはしたくない。

 俺がウルフどもを引き付けていると刃が躍る。カルガモはヘイトが向くことを恐れず、ウルフの一匹を斬り刻む。いや、事実ダメージが大き過ぎるせいで、そのウルフは俺からカルガモへと標的を変えるが、一匹だけであのクソ鳥を仕留められるわけがない。

 カルガモから表情が消える。殺意どころかあらゆる感情の抜け落ちた目は、昆虫のそれと同じだ。侮れる相手ではないからこそ、感情なんて余分を消して冷徹に向き合う。放たれる爪牙の悉くは紙一重で見切られ、返し刃が料理でもするような気軽さでウルフを削ぎ落としていく。

 さらにウルフが体勢を崩したところへ、姐御が打撃を加えていく。ダメージ的にはカルガモと比べるべくもないが、ヒーラーにヘイトが向いちゃ本末転倒。少しでも削るだけで充分だ。

 一方、俺は二匹のウルフを相手に躱し続けていたが、すぐに被弾がかさみ始める。クリーンヒットだけは避けちゃいるが、それでもHPゲージの減りが洒落になっていない。


「ヒール!」


 戦いの合間に、姐御からヒールが飛んでくる。ありがてぇ!

 俺は回復を受けられるならばと、被弾上等でウルフどもに反撃する。ついでに挑発の効果時間がまだ分からないので、吼えて挑発を再使用。おおっと、様子見してたウルフが一匹追加。お呼びじゃないから帰って! マジで帰って! 流石に三匹でじゃれつかれたら死んじゃうの!

 内心で情けない悲鳴を上げていると、相手取っていたウルフを倒したカルガモが追加をインターセプト。その左手が鮮やかに閃き、アイテムキューブを握る。スティール使ってんじゃねぇよハゲ!!

 ほら余裕かましてっから噛まれた。ざまぁ。

 俺と違って体力にはあまりステータスを振っていないようで、カルガモのHPゲージはそれだけでごっそりと減る。しかし姐御はそれを華麗にスルー。真面目にやればカルガモは一対一なら被弾しないので、MPは俺のために温存したようだ。

 そういうことなら、こっちも張り切らねぇとな!

 長期戦はまずいと判断して、俺はブレイクを解禁。カルガモなら大丈夫だとは思うんだが、今のあいつはうっかり死ぬ危険性がそれなりにある。もしもあいつが落ちたら、メインアタッカーを欠いた俺と姐御ではジリ貧だ。

 そうなる前に決着をつける。

 喉笛狙ってじゃれついてくるウルフの鼻っ面に、カウンターの要領でブレイクを乗せたナイフを叩きつける。攻撃後の隙にもう一匹が飛びかかってくるが、腕を振って噛ませることで押し倒されるのだけは避ける。

 おう、そのまましっかり咥えてろよ? 俺は腕を戻し、引き寄せたウルフに頭突きをぶち込む。ダメージこそ微々たるものだろうが、眉間を叩かれたウルフはきゃいんと情けない悲鳴を上げて腕を離した。

 空いた隙間に蹴りを差し込み、ウルフを吹っ飛ばす。そのまま体勢を立て直される前に踏み込み、ナイフを――ああクソっ、邪魔すんなオラァ!! 飛びかかってきたもう一匹のウルフの口に、ブレイクを乗せた左拳を突っ込む。牙が引っかかったせいか、こっちにも結構なダメージが入るものの、構わず全力で振り抜いた。

 直後、衝撃と共に視界が傾く。蹴り飛ばした方のウルフが飛びかかり、俺を押し倒したのだ。

 やばい――反射的に手を差し込み、首筋に噛みつかれるのだけは防ぐ。が、構わず噛み砕かれる。視界の端に骨折のバッドステータス表示。そんなものを気にする余裕もないぐらい、大幅にHPを削られる。

 もう一噛みで死ぬ。そんなギリギリの瞬間で、ウルフが横から蹴り飛ばされる。


「ヒール!」


「姐御ぉ~!」


 助かった、マジ助かった! 死んだと思った!

 見ればカルガモはウルフをさらに一匹仕留めて、残るもう一匹と交戦中。だから姐御はこちらの援護に来てくれたのだろう。うん、あっちはカルガモに任せておけば問題ない。

 俺は体を起こし、食事の邪魔をされてご立腹なウルフと向かい合った。


「ハッ、一匹だけなら耐えるのは余裕だぜ!」


「別に倒しちゃっても構いませんよ?」


「それは無理。右手折れちゃった」


 これヒールで治んのかなぁ。ゲームだし、自然回復するとは思うけど。

 まあ、それよりはカルガモがあっちを片付ける方が早いだろう。

 実際そうなった。


     ○


 ウルフどもを倒した俺達は、ドロップアイテムを回収すると速やかにその場を離れた。

 直感の反応はもうなかったが、スキルレベル一を過信してはいけない。とりあえず安全そうな場所まで移動して、俺達はその場に腰を下ろした。


「あー……死ぬかと思った。マジで」


「それがガウスの残した最後の言葉であった」


「死なすな」


 雑なツッコミを入れていると、姐御がヒールで回復してくれる。わぁい。

 ヒール二回で全回復したが、骨折のバッドステータス表示は消えなかった。


「むぅ。やっぱヒールじゃ治らねぇか」


「でも神官のスキル、骨折を治せそうなものないんですよねー」


 スキルウィンドウを投影し、確認しながら姐御が言う。

 他のジョブにそういうスキルがあるのかもしれないが、それよりは神官の上級職だろう。


「ところで骨折、どんな感じです?」


「痛みはないけど動かせないって感じ。

 これ足とか折れたら、そのまま殺されるんじゃねぇかな」


「やっぱり無茶はいけないってことですねー」


 お前のことだぞガウス、と言外に脅される。

 でも安全第一ならウルフが出る辺りまで遠出してないわけで。俺は無茶をしてるって自覚そのものはあるけど、姐御はそこんところが薄いような。根っこのところで、やっぱこの人もネジ外れてるんだよなぁ。

 そんなことをぼんやり考えていたら、カルガモがそわそわしていることに気付く。


「どうしたエセ羽毛。心の保温性がゼロなことに気付いたか?」


「俺の心臓には毛が生えておるから問題ない」


 きもい。


「それより一度、街に戻らんか? ガウスの骨折がいつ治るか分からんしの」


 言われて、俺は視界の端にあるバッドステータス表示に注目。回復まで約七分と表示される。

 そのことを告げると、しかしカルガモは首を横に振った。


「姐御も言っておったが、無茶はあまりよくない。

 休憩も兼ねて街に戻るべきだと思うんじゃよ」


「なーんか必死ですねー」


「絶対ろくでもないこと考えてるぜ、だってカモだもん」


「俺、わりと真っ当なこと言っておると思うんじゃがなぁ!?」


 お前の言葉を額面通りに受け入れるには、あまりにも前科が多過ぎる。

 それこそ島でもこいつ、舌先三寸で資源をちょろまかして――あっ。


「そういやお前、さっきスティールしてたよな」


「………………」


「おい目ぇ逸らすなこっち見ろテメェ」


「カモさん。山分けって言葉、素敵だと思いません?」


「な、何のことかのぅ……?」


 往生際が悪いので、カルガモにトレード申請を飛ばす。拒否される。構わず連打する。

 トレード申請で視界を埋め尽くし、その隙にタックルして押さえつけた。


「ひ、卑怯じゃぞガウスー!? システムの悪用じゃー!」


「姐御、姐御。とりあえず指折ろうぜ。そんでヒール。エンドレス」


「任せてくださいっ」


「拷問はだめー!? 人道的な扱いを要求す、あひぃ!?」


 ここで本当に指を折るのが姐御クオリティー。

 僕達はこうして平和に話し合い、街に戻って装備を整えることにしたのであった。

初日はここまで。以後、書き溜めを毎日一話投稿していきます。

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