第九話 ノノカ屋でお買い物
ツバメ達は拠点に放置して、俺はクラレット、姐御、カルガモの三人と狩りへ行くことにした。
このゲーム、キャラレベルが四十を超えたあたりから経験値稼ぎが大変で、俺達はまだ五十台前半。ちなみに六十がレベルキャップで、そこからはいくら経験値を稼いでもレベルアップできない。
情報を集めた限り、レベルキャップを解放する手段は既にゲーム内にあるらしいのだが、まだ誰も発見できていない。メインストーリーの進行と関わりがありそうなもんだが、悲しいことにメインストーリー自体、ほとんど進展していないのが現状である。
ちまちまと関連クエストは見つかっているんだが、竜に姿を変えた悪魔とやらはまだ見つかっていない。どっかのダンジョンに行けばいつでも会えるようなボスではなく、出現条件があるタイプだろうと噂されているが、果たしてどこにいるのやら。
とはいえ、まだ俺達には関係のないことだ。そういうのは最前線を走る連中に任せて、地道に経験値稼ぎをしたい。
「んーで、どこ行くよ?」
拠点を出て、ひとまずラシアへと街道を歩きながら相談する。
戦力的にはバランスの取れたメンバーだが、やや火力寄りか。適当なフィールドでだらだら狩りするか、ダンジョンで休憩を挟みながら狩ればいいだろう。
「姐御とクラレットがいるし、ピラ地下でアンデッド狩りとかよさそうだけど」
ピラ地下――少し前に発見された、クラマットのピラミッドにある地下区画のことだ。基本的にアンデッド系しか出現しないので、火を得意とする魔道士系や、攻撃に特化した神官系の狩り場として人気を集めている。
しかし姐御は俺の肩の上で「うーん」と唸ってから、
「私の火力ってヒールだけですからねー。MP消費重めですし、他の場所にしませんか」
「ふむ。となれば、幽霊船も避けた方がよさそうじゃな」
あー。コーウェンから船で行けるお手軽ダンジョンの一つだけど、あそこ敵多いしな。肉体のないゴースト系も多いから、霊体看破持ちがもう一人は欲しいし。
ちなみに姐御は無難に司祭へ転職して、その支援能力を大きく高めている。神官系なら対アンデッド、対悪魔に特化した火力系の祓魔師もあるのだが、そういうのは趣味じゃないと仰った。たぶん人間をいたぶるのが好きなんだと思う。
しかし姐御を火力として考えないなら、クラレットの火属性に弱い地属性の敵がメインの場所がいいか。俺とカルガモは物理が通るなら、属性ってあんまり関係ないし。
「じゃあドヴァリから新月の森でも行くか? ボス狙いでダルカーディン湿地でもいいけど」
「あー、湿地いいですね湿地。レアドロップのロマンがあります」
「経験値的には微妙じゃが、今日はツバメもスピカもおらんし悪くなさそうじゃな」
ということで物欲に釣られた俺達は、ダルカーディン湿地を本日の狩り場に決定した。
あそこもドヴァリから行ける場所だが、徒歩だと時間がかかるし、臨時広場に行ってポタ屋を探そうとなる。
ポタ屋は上級職の一つ、召喚士が覚えるワープポータルを利用した商売だ。ワープポータルはフィールドの座標を記憶して、そこにワープできる門を設置するスキルで、記憶できる座標の数はスキルレベルに応じて増加する。
非常に便利なため、臨時広場には狩り場直行のポータル持ちが店を出し、手数料を取ることで商売にしている。目的のポタ屋が不在でも、募集をかければ見つかる可能性は高い。
「湿地のボスって、カルキノスだっけ」
「そうですよー。美味しそうな……いえ、ドロップの美味しいボスです」
クラレットの問いかけに姐御が答える。まあ、見た目も美味そうなのは否定しない。
カルキノスは巨大なカニの姿をしており、その太い脚はさぞや食べごたえがあるだろう。討伐されると一定時間ごとに出現するフィールドボスなのだが、わりと放置されていることが多い。
レベル的には平均四十もあるPTなら倒せるが、何せ湿地なので足場が悪い。またカニだけあって装甲が厚い――ということはなく、むしろ物理に弱くて魔法に強い。でも射撃には耐性がある謎仕様。そんなわけで、倒そうと思ったら白兵戦を挑むしかないのだが、足場の悪さもあって実に面倒臭いのだ。
幸い、逃げる相手を追っかけるタイプではなく、設定的には縄張りを守ることを重視しているようだ。倒せればレア装備のドロップというロマンがあるが、さっさと逃げてしまうプレイヤーの方が多い。
まあ今の俺達なら、そこまで苦戦する相手でもない。特に俺とカルガモという、方向性は違えど白兵戦での火力ではクランのツートップが揃っているのだから、これで苦戦したら装備が悪い。
……つーか俺やカルガモの装備、クラン資産での補助を永遠に後回しにされてるせいで、わりと貧弱なんだよな。武器だけはどうにかレベルに見合ったものにしているが、防具は……レベル四十になった頃から変わってねぇな……?
「ポーション補充……いや、でも金がなぁ……」
「ははは。俺らには無料の回復薬があるじゃろう?」
「そういうこと言ってると、カモさんだけヒールしませんよー?」
「死ぬ時は一緒じゃよ……!」
「そこまでの覚悟を……! あ、真面目に言いますと、少ないなら補充しておいてくださいね。
私もちゃんとヒールしますけど、連発したらすぐにガス欠になっちゃいますから」
「「はーい」」
揃って返事をしつつ、けど金がなければポーションを買えないわけで。
姐御はわりと財布の紐をしっかり締めるので、ここはクラレットだろう。
「あのさ、クラレット……お願いがあるんだけど」
具体的に言葉を告げるよりも早く、クラレットからトレード申請。許可。振り込まれる二万ゴールド。姐御を放り出して、俺は軽やかな足取りで先行しながら言う。
「サンキュー、クラレット! じゃ、俺ポーション買ってくるから!」
「あ、待って。私も消耗品の補充したいから、一緒に行こ」
「おう、行こう行こう」
そうして立ち去る俺達の背中に、心ない言葉が投げかけられる。
「ヒモですよヒモ。完膚なきまでにヒモですよ、あの子」
「でもどうしてじゃろうな、生き生きして見えるのは……」
ちゃんといつか返すので、ヒモではないと主張したい。
まあクラレットはコツコツと素材集めて装備作ってるので、財布にも余裕がある。そうでなければ俺だって、頭を下げる相手には選ばなかっただろう。
そこんところがヒモではないのだよ、と自分に言い聞かせておいた。
○
消耗品――特に回復薬を買うなら、今は道具屋に行くよりも露店を探した方がいい。
上級職の一つである錬金術師には製薬スキルがあり、様々な薬を作ることができる。それは彼らの金策として自分で開いた露店や、委託された商人の露店で販売されることになるが、基本的に道具屋で同じものを買うよりも安い。それに道具屋では扱っていない薬も多いのだ。
現在、主流になっている回復薬は、回復量の多い改良ハイポーション。略してカイポと呼ばれやすい。しかしカイポは重量がそこそこあるので、後衛など筋力を伸ばさないジョブには濃縮ポーションが人気だ。
俺とクラレットはラシアの大通りで、回復薬を扱っている露店を探して歩いていた。
「ブルース屋はいないか……」
馴染みの店を探してみるが、残念ながら今日は営業していないようだった。
錬金術師の作る薬は種類が同じでも、作り手によって微妙に性能が異なる。ステータスやスキルレベル、それら以外にも何かしらのデータの影響を受けて、最終的な性能が決まるのだ。
なので性能と値段のバランスがいい、馴染みの店を見つけておくのは大切だ。性能や値段で有名な店になると、営業していても売り切れなんてしょっちゅうだし。
「私はノノカ屋使ってるけど、ガウスもそこにする?
在庫は多くないけど、一通りは揃ってるお店だよ」
「んー、そうすっか。姐御もいるし、カイポがいくらかありゃ大丈夫だろ」
そんなわけで、クラレットに案内されてノノカ屋を物色する。
小汚い――いや、実に風格のあるローブ姿の少女が開く露店で、確かに一通りの薬は揃っているようだ。つーかソーマやアムリタまで置いてやがる。どちらも貴重なMP回復薬なのだが、作成に必要な素材がモンスタードロップ限定、しかもドロップ率の低いプチレア素材ということもあって、あまり流通していない。
流石にそれら希少品は割高ではあったが、適正価格だと買い占めて転売されかねないので仕方ない。しかしなるほど、こんなのを扱ってるなら魔法職としては常連にもなるか。
この店は覚えておいた方がいいな――なんて思いつつ、カイポを買っておく。一個千ゴールドと決して安くはないが、これは連打するような回復薬じゃないし。
あ、連打用に安いポーションも買っておこう。持続ダメージの回復や、乱戦時のHP維持には連打した方が安上がりで済む。
そうして残金と相談しながら買い物をしていると、
「お、ガウスじゃん」
「こんばんは」
同じく消耗品の補充に来ていたのか、ナップとダフニさんのコンビに遭遇した。
――ので、俺は返事もせずに走って逃げようとしたが、クラレットが服の裾を掴んで止めた。
「ガウス、どこ行くの?」
「いや、その、まだ見ぬ冒険が俺を呼ぶから?」
年中わくわくしてる少年の心を理由にしてみたが、視線は厳しい。
なお、そんな俺に対して、ダフニさんはにっこりと微笑んで仰った。
「大丈夫ですよガウスさん。返済はまだ待ってあげますから」
「へへぇ……っ! 流石はダフニさん、何とも広いお心で!
そのお言葉、慈雨のごとくあっしの心に染み入りましたぜ……!」
「あ、お前また借金してんのか!?
金策しないなら武器を買うのは控えろって言っただろ!」
「ししし仕方ないだろぅ!? 斧と剣だけでも、用途別にいくつか欲しいじゃん!
あとお前殺すのに槍があったら便利じゃん!」
「それを買う金を、うちのクランから借りるなって言ってるんだけどな!?」
睨み合う俺達。このままでは殺し合いに発展すると思ったのか、それぞれクラレットとダフニさんに引かれて、距離を取らされる。殺るなら一人になったところを狙うべきか。
ちなみにナップのジョブは聖騎士――ではなく、異端認定されて拒否られたので、暗黒騎士である。転職条件に異端認定、クラン所属、ガチの裏切りを要求される、クズのためにあるようなジョブだ。
特徴は代償としてHPを消費する高火力のスキルで、元神官のナップはMPさえあれば減ったHPを自前で回復できる。この利点を活かそうとすると、ただでさえ貴重なアムリタやソーマを乱用することになるため、普段のナップは封印されし者である。そもそも回復薬を飲んだ方が安い。
「あの、ところでガウスって、いくらぐらい借りて……?」
非はこちらにありと見たか、おずおずと尋ねるクラレット。ちゃんと返している限り悪いことはしてないんだから、もっと胸を張ってもらいたい。
ちょっと悩んだダフニさんだったが、別に構わないと思ったのかあっさりとお答えになる。
「たしか四百Kほど……」
「あれ? そんなに借りてたっけ?」
「「………………」」
素朴な疑問に二人の視線が突き刺さる。い、いや、総額とか覚えてないだけで、借りてるって事実は把握してるから! 忘れてないし、踏み倒しもしないから!
そんな俺の肩を叩いて、ナップが憐れむように言う。
「お前、色々とやばくないか」
「まったくそう思ってなかったけど、お前に言われるとやばい気がする」
金策も真面目に考えないとなぁ。差し当たってはカルキノス狩りで、何かしらのレアが出てくれないものか。ドロップ運は相変わらず酷いので、期待できそうにないのが切ない。
俺が悲しみを抱えている一方で、クラレットはダフニさんに頭を下げていた。
「ちゃんと返させますから……もしもの時は、私も負担します」
「いえいえ、お気になさらず。友達……ですから」
「待ってダフニさん、どうして言い淀んだ」
おい目ぇ逸らすな。こっちを見ろ。
だがダフニさんは俺を無視して、慌てて話を変えた。
「ところでクラレットさんは買い出しみたいですけど、これから狩りに?」
「あ、はい。ダルカーディン湿地に行って、ボス狙いです」
「なるほど。カルキノスは優秀な前衛防具を落としますからね」
「そうなんですけど……うちのクラン、ちゃんと防具を強化してるのスピカちゃんだけなんですよね。
特にガウスとカモさんは、重い防具は動きが鈍くなるからって嫌がって」
付け加えると風を感じたい。
「気持ちは分からなくもないですけど……ガウスさん、防具は大切ですよ。
前に立つなら最低限のHPと防御力は、確保しておきませんと」
「いや、どうだろうなぁ」
首を傾げたのはナップで、
「ガウス、俺やデル2と互角に戦えてるからなぁ。
こいつ回避も防御も結構上手いから、軽い防具の方がいいんじゃないか?」
「なんだよ、急に持ち上げて」
「事実だろ? ――あと硬くなったら殺せなくなるじゃん」
はははこやつめ。
朗らかに笑いながら大斧を構える俺に対し、ナップも禍々しい大剣を構える。
衛兵が来る前に雌雄を決するべく、俺達は互いに初手から最大の一撃を放たんと――――
「……兄さんら。商売の邪魔なんだけど」
「「サーセン」」
ノノカ屋の少女、中の人がいたらしく怒られたので素直に頭を下げる。
人に迷惑をかけるのはよくない。ナップはまた改めて殺せばいいだろう。ささやきで今夜の予定を確認し、じゃあお互いに狩りが終わったら、と約束しておく。皆には内緒だよ。
そんなことをしている俺達の横で、クラレットも苦笑しながら謝っていた。
「ごめんね、ノノカさん。もう買うものは買わせてもらったから」
そう告げて立ち去ろうと促すクラレットだが、それをノノカが呼び止めた。
「待った待った。クラさん、聞いてたけど湿地行くんだろ?
ついでにジジルの花、お願い。手持ちが少ないんだ」
「ジジルの花だね、分かった。渡す時はささやき送るから」
……なるほど。クラレット、意外に金持ってると思ってたけど、こういうことしてたのか。
確かに装備作りの素材集めやクエストを根気よくやってるし、素材を必要とする錬金術師からは声をかけられてもおかしくない。
納得しつつ、改めて立ち去る俺達。ノノカへの挨拶は、また機会があればでいいだろう。
ナップ達ともすぐに別れたのだが、その別れ際、ナップからこんな注意をされた。
「ダルカーディン湿地に行くなら注意しとけよ。
あそこ、ボス狙い以外はソロが多いから、PKもたまに出るらしいぞ」
俺以外の奴に殺されるんじゃないぞ、という歪んだ愛情ではないことを祈る。
まあ純粋な忠告だとして、PKか。注意しておくに越したことはないけど、ソロ狙いならPTの俺達に手を出すってこともないだろう。
ただクラレットが不安そうだったので、もしもの時は守るから安心しろよ、と励ましておいた。