第八話 この子は案の定
そんなわけで夜。ゲオルにログインした俺は、拠点に集まった皆に話をすることにした。
なるべく全員を集めたかったのだが、ウードンさんは仕事のため欠席。タイトルまでは聞いていないが、何かのゲームの試合が夜にあるとかで、頑張っているようだ。
あとロンさんもログインこそしているが、中の人がいるかどうか怪しい。まあアメリカ暮らしだし、あっちは午前の四時か五時か、そのぐらい。ちゃんと起きてはいるようだが、リアルでも何かしているのだろう。
俺達はとりあえずリビングに集まったわけだが、この人数だと全員は、というか一人だけソファーに座れないので、姐御は定位置と化している俺の膝の上。スピカの肩には乗るが、膝は座り心地に不満があるらしい。
さて。俺は姐御をホールドしつつ、古橋さん――魔術師から聞いたことを話す。
魔術と魔術師のことや、帝国事件の影響、そして魔道書について。
それらの説明を聞いて、最初に口を開いたのはカルガモだった。
「むぅ……そんなものが実在しておったことも、驚きではあるんじゃが。
そもそも魔術師とは、何を目的に活動しておるものなんじゃ?」
「あ、それな。俺も後から気になって、メッセで聞いてみたんだけどさ。
代々の家業だとか、偶然知って関わってるとか。魔術師にも色々といるらしいけど、大きく分けると二つの派閥があるんだってよ。
魔術に限らず超常現象を解決して潰したい派と、高次元に行きたい派」
「……前者はまだ分からんでもないが、後者はどういう意味じゃ」
「いや、聞いたんだけど俺もよく分かんねぇの。
なんか魔術とかの根源は高次元にあるから、そこへ行くのが目標なんだ、って説明されたけど」
理解を超えてたので、説明してくれた古橋さんには悪いけど、途中から聞き流してたっつーか。俺には関係なさそうなので、どうでもよくなったっつーか。
皆も微妙な顔をしているが、その中で一人、緑葉さんだけが違う反応を見せた。
「オカルトでたまに聞くアセンションかしら。
解釈は様々だし、宗教絡むこともあるから、一概にこうだ、とは言いにくいのだけど。
そうね、大雑把に言えば肉体を捨てた高次元の存在になって、不死や万能を実現するという思想よ」
「お、それっぽい。古橋さんはなんか、神様になりたがってる馬鹿者どもだ、なんて言ってたけど」
シニカルな感じだったので、嫌ってはいても憎んでいるという様子ではなかったが。
それを聞いた姐御が相槌を打って、
「ではその古橋さん、超常現象を解決して潰したい派、ということでいいんですかねー?」
「ああ、そう言ってた。最終目標は世界の安定だとか何とか。その手段として必要なら魔術も使うし、そのために研究もしてるんだとさ。
だからそういう関係で、こっちにもある程度は協力してくれるって話」
「うーん。信用できる人かどうか、まだ何とも言えませんけど。
私達よりずっと詳しいのは間違いないでしょうし、協力はありがたいですねー」
「ま、そうじゃな。何か起きた時、とりあえず相談できる相手ができたのは助かる」
それからスキル――魔術の注意事項も伝えておく。リアルで使うと生命力を消費するから、疲労を感じたら休めとか。
これにほっとした顔を見せたのがツバメで、いつかクラレットが話していたように、内心では不安を抱え続けていたのかもしれない。
よかったと思う反面、あいつ調子に乗って使いそうな気がするので、必要がなければ使うんじゃないぞと釘を刺しておく。
一方、途中から何やら難しい顔をしていたのーみんは、
「くっ……! あたい、リアルで使えそうなスキルがない……!」
「ふふふ、のーみん。あなたにはシールドバッシュがあるでしょう? 気が済むまで鉄板でも構えて、ぶんぶん振り回せばいいじゃないの。きっと通報されるわ」
「みっちゃんも似たようなもんでしょ!」
「お生憎様! 狙撃手に転職した私には、ホークアイがあるの! とても遠くまで見渡せる便利スキルよ。ええ、リアルなら電脳で視覚補助すればいらないけど!」
あー。ゲーム内で使えるスキルがベースになってることを思うと、当たり外れみたいなのはあるよな。スキルエンハンスが発現するぐらいの確信は要求されるだろうし、安易にキャラを作り直しても上手くいくとは限らない。
そしてご不満の二人に対し、カルガモは穏やかに微笑んだ。
「スティールを極めた俺は、リアルで使ったらただの犯罪者じゃぞ?」
「……あたいね、カモさんよりはマシかなって思いました」
「ええ、何て言うか……ご愁傷様」
「ふん。今は暗殺者じゃが、これもリアルでは使えんようなスキルばかりじゃからなぁ。
その点ではガウスも、似たようなものじゃが」
「まあな。一応、直感の未来視があるけど、あれリアルで使うと脳がやばいし」
これに関してはスピカも似たようなものか。あいつのスキルエンハンス、防御系のスキルに偏ってるし。何かしらの事故に巻き込まれた時に、ちょっと安心できるぐらいだろう。
そう考えると――俺達チームぽんこつは、姐御、クラレット、ツバメの三人を見た。
「な、なんです? 皆さんちょっと、目が怖いですよー?」
「あたしもリアルで使えるの、バインドだけだし!」
「いかにもって感じじゃん! 使っても危なくないし!
あたいも呪術師になっておけばよかった……!」
「……私は攻撃魔法ばっかりだから、リアルじゃ使えないと思うよ」
「使おうと思えば使えるよ! 私はクラレットさん、羨ましいなぁ」
「見た目にハデで分かりやすいのは、羨ましいのぅ。
それにこう、リアルで魔法を使えるというのは、ちょっとしたロマンじゃろ」
うんうん、と同意の頷きをするチームぽんこつ。
そこで自らの優位性をアピールすることにしたのか、姐御はふふんと笑った。
「私はヒールが使えますからねー。いやー、困っちゃいますねー。
世が世ならこれ、きっと聖女ですよ。創作物ならメインヒロインですねー」
島人組は表示フレームを投影し、そこに困った風自慢をする姐御の動画を再生した。
「なんで録画してるんですかー!?」
「あたい、この部分だけ島チャンに流してくるね。
タルタルが調子乗ってるってチクっておきます」
「じゃあ私、加工してPV風に仕上げておくわ。今夜は徹夜ね」
「俺はゲオルの掲示板にでも晒しておこうかの」
「こ、この外道ども――!!
ガウス君、ガウス君は違いますよね? こういうことしませんよね!?」
身を捻った姐御が、縋るような上目遣いで見詰めてくる。
ははーん。情に訴えれば落ちると考えたか。
俺はもちろんさと頷いて、
「相談したいことあるんだけど、怒らないって約束してくれたらな!」
「あ、あ、やっぱり何かやってますねガウス君!?」
「昼に話した時は本当に無関係でした」
そう言い訳するものの、姐御はもちろんのこと、学生組も白い目で俺を見ていた。
案の定だなこいつ、みたいな。とても嫌な信頼を強く感じる。
だから俺は悪くないとアピールするために、被害者だということを説明する。
「いやな、撃剣興行に顔出したら、辻斬りの被害者ってのがうちのホームの奴でさ。
俺らも注意しようぜって話して、実際、今日は早めに帰ったんだぜ?
そしたら帰り道で辻斬りに襲われたんで、これはもう事故みたいなものじゃなかろうか」
「ふむ。それが事実なら、まだ情状酌量の余地はありますねー」
だろ? と笑っていたら、クラレットの眼光が俺を射抜いた。
「……ガウス? それだけなら、タルさんに相談しないよね。
それから何があったのか、教えてもらえるかな」
都合のいい部分だけ話していることがバレバレである。
仕方がないので素直に白状する。腕を盾にしたことは黙っておくとして、首を折って殺したと思ったら死体も刀も残っておらず、あいつ顔剥ぎセーラーの同類なんじゃねぇかな、と。
この話にはクラレット達どころか、何故か島人組まで「うわぁ」とドン引きしていた。
「前々から思ってたけどこの駄犬、躊躇するってことを知らないの?」
「がっちゃんらしいと言えばらしいけど、控えめに言って頭おかしいぜ」
「個人的には心構えを褒めたいところじゃが、現代社会の常識的には……」
くっ、カルガモはこっちサイドだと信じていたのに……!
心を裏切られた俺は、癒やしを求めてクラレットを見た。
彼女は仕方なさそうに眉尻を下げて笑い、
「でも、ガウスが無事でよかった」
「クーちゃん! そうやって甘やかすの、よくないよ!」
しかしそこで何故かのーみんが猛抗議。バンバンとテーブルを叩いて主張する。
「がっちゃんはそうやって、母性本能刺激して底なしに甘えるタイプ……!
甘やかし続けたら、どっぶり首まで浸かっちまうのさ!」
そう言ってビシッと俺を、いや、俺と姐御を指差した。
「見てご覧! あのナチュラルさ!
タルタルが甘やかし続けた結果、あの二人はもうズブズブよ!」
……ああ、姐御が膝に座ってることを言ってるのか?
確かにリアルだと問題ありそうな光景だが、でもゲーム内だし、体だってアバターだからなぁ。そんなに気にするようなもんじゃないと思うし、姐御も困ったように反論する。
「あのですねー、のーみん。私も叱る時は叱ってますよ?」
「そうだぞ。怖いんだぞ。ぐふっ」
肘を腹に入れられた。
だがこの光景が見えていないのか、のーみんはさらにヒートアップする。
「っていうか、タルタルばっかずるい!
あたいだって年下のイケメン男子とこう、エロゲみたいにイチャつきたい……!!」
俺達どころか、カルガモや緑葉さんまでドン引きする本音だった。
えー? しかしのーみん的には、俺ってそういう風に見えてるのか?
「まいったな……そんなに俺はイケメンだったのか」
「あ、今のは理想であって、がっちゃんのことじゃないです。一昨日来やがれ」
あまりにも早い裏切り。俺は「くぅ~ん」と鳴いて、姐御を抱き締めた。
落ち込む俺に構わず、のーみんワールドはまだまだ続く。
「お姉さんとしてはですね、こう、繊細な感じの美少年とかですね。いいと思うんです。
日常でさり気なくエスコートして、でも主導権は握ってもらいたい! そんでもって夜になったら意外と強気でガオーみたいな! ね!? いいと思わないかね諸君!」
「くっ……ツッコミ入れたいけど、気持ちは分かるわ……!」
のーみんと緑葉さん、仲いいけどこれって、性格違っても似た者同士だからなんだろうなぁ。
大人二人の醜態に、学生組は当然ながら白い目を――いや、俺の鍛え抜かれた眼力は、ツバメの違和感を見逃さなかった。表情こそ呆れを装っているが、握った拳には力が込められている。俺でなきゃ見逃しちゃうところだぜ。
そんな俺の視線に気付いたのか、ツバメが表情を強張らせる。まさか、と疑っているのだろう。俺は微笑んで爆弾を投下することにした。
「ツバメ、実は同感だと思ってるだろお前」
「ち、違いますー! 何言ってんのかなガウス君は!? あははは!!」
だが皆の視線が集中し、その圧力に屈したのか、ツバメは項垂れて白状した。
「……違うんです。強引なのはちょっといいなって、思っただけなんです」
「うんうん、それも愛だねツバメちゃん。お姉さん達とガールズトーク、しようぜ」
「ヤダー!? あたし、二人みたいに恥じらい捨ててないのー!」
「ふふふ生意気な雛鳥ね。これは徹底的な教育が必要だわ任せておきなさいええ優しくするから」
手をわきわきとさせて、ツバメに襲いかかる緑葉さん。新しい玩具にのーみんも大喜びだ。面白がってスピカまで参戦しているので、逃げることもできないだろう。
……さて。ツバメが尊い犠牲になったところで、話を本題に戻すか。
「あっち無視して続けるけど、辻斬り、顔剥ぎセーラーの同類っぽいよなぁってことで、また姐御の力を借りられないかなー、とか思ってるんだけど、どうかな」
「うーん。それは構いませんが、ちょっと気になりますねー。
カモさんはどうです? 断定するの早いと思うんですけど」
話を向けられたカルガモは、やや思案するように曖昧な返事をして、
「そうじゃなぁ……近い印象は受けるが、同じものではなかろう」
いいか、と前置きして、カルガモは推測を口にする。
「まず顔剥ぎセーラーは、噂話への信仰から生まれた怪物じゃろ?
しかしこの辻斬りは、確かな事件があってから噂になった以上、実在する人間じゃろう。
あのような怪異とは違う――そう、魔術師が犯人ではなかろうか」
「んー? だったら死体が消えたことは、どう説明すんだよ」
「それは俺にも分からんよ。じゃが、そういう魔術だと思うしかあるまい。
ましてや顔剥ぎセーラーの時とは違い、正体を幽霊とする噂があるわけでもない。
姐御の霊体看破があっても見えんと言うか、本当にその場から消えておるのではないか?」
むぅ。とりあえず反論の余地がないぐらいには、筋が通っているか。
けど理屈が分からん。消えるのはいいとして、それだって生きてなきゃできないことだろう。
「手応えは確かなものだったし、あれが人間だったら死んでなきゃおかしいんだがなぁ」
「おぬしがそのあたりの感触を、間違えることはなさそうじゃしな。
何かしらのカラクリがあるとは思うが……」
うーん、と頭を悩ませていると、そこで意外な人物が口を挟んだ。
「――ふむ、逆に考えてみてはどうかね?
死ななかったのではなく、死んだからこそ消えたのだ、と」
「ロンさん!?」
ずっと話聞いてたのかよ! 俺はそこに驚いたぜ!
と、そんなことより、言葉の意味だ。
「死んだから消えたって、何か考えがあるのか?」
「うむ。ま、私の推測に過ぎないがね。
ガウス。君だってその現象は、何度となく目にし、体験もしている筈だが」
「はぁ? 何言ってんだ、まだ眠いのかロンさん」
「ははは。すぐに人の正気を疑うのは悪い癖だな、この愚物め」
ははは。今度、ロンさんが露店やってたら強盗してやろう。
俺がそんな決心をしている一方で、ピンとくるものがあったのか、カルガモが言う。
「なるほど、死に戻りか」
「そうだ。ゲーム内では当たり前の現象だろう?
ガウスが巻き込まれたのは偶然だと思うが、話によれば絶滅寸前の魔術師が、短絡的な犯行に走るとは思えん。むしろゲオルギウス・オンラインを通して生まれた、新たな魔術師の仕業と考えるのが筋だろう」
「つーことは……スキルじゃなくて、ゲームの仕様そのものを魔術にした?」
「そうだ。その辻斬りは消えたのでも、殺せなかったのでもない。
殺せたからこそ、どこか――おそらくは自宅にでも死に戻ったのだ。
いいかね? この事件の解決を望むなら、考えるべきは殺す手段ではない。この厄介な魔術を、どう封じるかだ」
確かにそれなら説明はつくが……まいったな。
何度か戦っても負ける気はしないが、何の慰めにもならない。俺自身はリアルで死に戻りが可能だなんて思えない。死ねばそこまでだと、思ってしまっている。
だが辻斬りは何度死んでもいい。百回殺されても、その次に勝てれば奴の勝利だ。
「どうしたもんかなぁ……ロンさん、何か対抗策って思いつくか?」
問いかけるが返事はない。やはり難問か。
そう思っていたら、カルガモがロンさんの頭をスパーンと叩いた。反応なし。
「駄目じゃな。もう中身がおらん」
「席を外すなら、せめて一言ぐらい言えよ……!」
「まあロンさんですからねー」
諦めたように嘆息して、姐御は「どうします?」と俺を見上げた。
「たぶん今回、私は力になれそうにありませんけど。
ガウス君だけで対処するというのも、不安なんですよねー」
「……私、見てようか?」
そう切り出したのはクラレットで、
「助けになれるとは思えないけど。
危ない時、警察に通報したり、助けを呼んだりはできると思うから」
「あ、そうしてもらえます? この子、覚悟完了しちゃうと自分の命まで棚上げにしちゃいますから」
「待て待て、そりゃ酷い誤解だ。棚上げになんてしたことないぜ」
違うの? という目を二人に向けられるが違うのだ。
「同じ土俵に上がると言ってもらいたいね。
ほら。自分だけ安全なところで一方的に殺すとか、筋が通らないだろ」
「その通りじゃな。何より安全だと過信すれば、気の緩みに繋がるからの」
「流石カルガモ、話が分かるじゃねぇか」
「おぬしもその調子で、精進を怠るでないぞ」
ああ、と力強く頷く俺。これ見よがしにため息を吐く姐御とクラレット。
どうやら俺達の武人としての価値観は、分かってもらえなかったらしい。
「ガウス、撃剣興行に行くなら言ってね。
あんまり遅くまでは無理だけど、付き合うから」
「むぅ。まあいいけど、もし辻斬りと遭遇したら下がってろよ。
無関係な奴まで襲うとは思えないけど、やっぱ危ないからさ」
「どうしてこの子は、危ないと認識できてるのに……」
何故か姐御が苦悩を深めている様子だったが、まあ今回ばかりは仕方ない。
勝手に首を突っ込んだわけじゃなくて、俺も辻斬りに狙われてるみたいだし。それなら安心するためにも、積極的に解決しなきゃいけないだろう。
とりあえずクラレットには連絡することを約束して、話はここまでとなった。
さて、それじゃあ適当に皆で狩りにでも――そんな話をしていたら、尊い犠牲になった筈のツバメが理想のタイプを熱弁しており、のーみん達と互角に渡り合っていた。
……あいつ、ホント染まりやすいよなぁ。
あいつらは放っておいて、俺達だけで狩りへ行くことにした。