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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第三章 サンクチュアリ・オブ・ウードン
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第十四話 クラン


 ――結末から語れば、ウードン帝国は崩壊した。

 ホーリーグレイルはクラレット達の手によって破壊され、帝国の拠点であった砦も二四時間後に消滅することがアナウンスされた。今は残党が物資を運び出していることだろう。

 懸念されていたホーリーグレイルによる洗脳効果も解除され、人々は正気を取り戻している。大半の人は洗脳されていた自覚もなく、帝国関連の出来事を一種の祭りとして認識しているようだ。少数ながら違和感を覚えている人もいるが、その場のノリだったとか、適当な解釈をして忘れていくだろう。

 戦争参加者の主戦場は掲示板に移り、誰が活躍していたかで盛り上がっている。幸運なのか不運なのか、俺達は砦に突入してからの動きを見られていないのもあって、あまり話題になっていない。逆にニャドスさん達は高評価を得ているが、後でナップの肩身が狭くなったりしないのだろうか。

 あと俺の呼び名が流星ではなく星クズになっていた。ガッデム。

 ともあれ、掲示板での話が落ち着けば予定通りに人気投票となり、そこから秩序を保つためのクラン連合が発足していくことになると思うが、数日はかかるだろう。

 現状はそんな感じで、俺達が積極的に関与する必要性は薄い。

 なのでそちらは流れに任せようと放置して、俺達は溜まり場に集まっていた。

 まず俺、姐御、クラレット、ツバメ、スピカの突入チームはイスに座っている。次に洗脳されながらも頑張ったということで、緑葉さんとカルガモは地面に座ることを許されている。

 そして暴れ回ってくれたのーみんは正座させられ、元凶のウードンさんは簀巻きで転がされていた。


「――とまあ、今回の事情はこんな感じですかねー」


 のーみんとウードンさんは何も知らず、緑葉さんとカルガモも知らないことが多いので、まずは改めて姐御が説明をした。

 わりと現実離れした話なので、すぐに呑み込めるかどうか。そんな心配をしていたのだが、のーみんは目を輝かせて言った。


「洗脳されてたなら、あたい無罪だと思います!」


「形だけでも悪びれてたら、無罪でよかったんですけどねー」


 つまり態度が悪いということで有罪判定。

 のーみんはがっくりと肩を落として、


「うう、ちょっとはおかしいと思ってたんだけどなぁ……。

 途中から楽しいしどうでもいいやって……あたいの馬鹿」


 ……こいつ本当に洗脳されてたの?

 微妙に素面だったんじゃねーかって気がしてきたが、そもそも狂人が正気かどうかなんて誰にも分からないので、深く追求するのはやめておこう。

 一方、ウードンさんは何やら黙り込んでいるので、カルガモが問いかけた。


「おぬしはどうだったんじゃ?

 のーみんはああ言っておるが、違和感あったりはせんかったか」


「……そうだな」


 ウードンさんは簀巻きにされているとは思えないほど、哀愁のある声で言う。


「夢を……見ていた気がする」


 憂いを帯びた瞳は、どこか遠くを見据えて。


「うどんのことだけを考えて、うどんだけを食べる……。

 ああ――本当に、夢のような時間だった」


 もう二度と戻らない幸せを、嘆くのではなく噛み締めて。

 計り知れないほどの感情を乗せて、彼は言う。


「きっとあれは、理想郷や桃源郷と呼ばれる世界だった。

 現実に生きる者が足を踏み入れてはならない、うどんの聖域だったんだ」


 だから、と。一度言葉を切って。


「夢中になっていた俺は、何も気付かなかった。

 ――ゲームでうどん食っても不味いってことにさえ」


「お、おう。そうか。まあ、そうじゃよな。うん」


 常人が触れてはいけない領域な気がする。

 カルガモに限らず他の面々もちょっと引いてるので、話を変えよう。


「えーと、結局さ。ウードンさん、ホーリーグレイルに何を願ったんだ?」


「皆も俺と同じぐらい、うどんが好きになればいいのに、と」


 ………………。

 この話題を掘り下げるのやめようぜ?

 俺、やだよ。ちょっとしたホラーになってるもん、これ。

 誰か流れ変えろよと視線を動かしていたら、スピカが先陣を切った。


「あ、あー、そう言えばさ! 緑葉さんに聞きたいんだけど」


「私に? 洗脳中の感覚かしら」


「んー、そっちじゃなくて。

 弓、おっきくなってたけど、あれって何なの?」


「ああ、あれね。原理は私も分からないのだけど」


 そう前置きして、緑葉さんはインベントリから弓を取り出した。

 大型ではあるが、今は特に変わりのない弓だ。


「この弓、エウリュトスの元ネタは、ギリシア神話に登場する人物の名前なの。

 彼は弓の達人で、ヘラクレスに弓を教えたとされているわ」


 ヘラクレス。たしか半神半人で、数々の冒険を繰り広げた英雄だったか。

 あまり詳しくないが、なんか毒矢使ってた印象があるので、弓も上手かったのだろう。


「けれどエウリュトスの弓は特別大きかったとか、そういう話はないの。

 気になって調べたら、ギリシア神話に同じ名前の巨人がいたのよね。

 武器効果が筋力を条件にしているあたり、この弓は巨人の要素も取り入れた欲張り仕様だと納得したんだけど……巨人の弓だとしたら、今度は小さいんじゃないかって思ったわ」


 巨人と言ってもスケールは様々だが、そう言われると確かに。


「それで、洗脳中って今思うと、ある種のトランス状態だったと思うのよ。

 私がこんなの巨人の弓じゃない、もっと大きい筈だって脳内で主張してたら、本当に大きくなったからびっくりよね。

 でもいい感じにラリってるから、これこれこのサイズよ、みたいに受け入れたわ」


「ってーと、カルガモがやってたみたいに、信仰が原因ってことか?」


「おそらくね。オカルト的な解釈をすれば、類感魔術かしら。

 知ってる? 類似したもの同士は影響を与え合う、っていう法則を利用した魔術なんだけど」


 どこかで聞いたような覚えはあるが、詳細は分からない。

 他の面々の顔を見るに、理解してるのはカルガモと姐御だけのようだ。


「分かりやすいのは丑の刻参りかしら。人体に似せた藁人形を使って、人を呪う魔術ね。

 それから同物同治。肝臓が悪いならレバーを、心臓が悪いならハツを食べればいいっていう薬膳。あれも発想は類感魔術と同じだと思うわ」


 なるほど? 形や役割など、類似性があるものを利用して、対象に伝播させるといったものだろうか。正確なことを言ったら違うんだろうけど、ひとまずはこの理解でいいだろう。

 皆がとりあえず理解するのを待って、緑葉さんは話を続ける。


「私の弓も現象としては近いと思うのよ。

 形や名前を借りて、巨人の弓という()()()()()()()()()()、という感じね」


「だとすれば、ホーリーグレイルも同じような理屈でしょうかねー」


 ああ、名前や形を依代として、本物のようにしたってわけか。

 確かにその解釈なら、緑葉さんの弓の例があるように、本物が実在しなくてもいい。ホーリーグレイルという概念を、その名を持つ器に与えるイメージだ。

 皆がそのように納得していると、ふと思い出したようにツバメが口を開いた。


「魔術って言えばさ。ガウス君、カモさんと戦ってる時に変なことしてなかった?」


「ああ、言霊信仰じゃな」


 そういやそんなのもあったか。

 ぶっちゃけ俺自身がどういうものか把握していないので、説明はカルガモに任せよう。

 と言っても、カルガモが説明した内容はあの時と大差なく、言葉にしたものが実現するという信仰だと語るだけだった。

 そして言霊信仰についての説明が終わると、


「ほっほーう。がっちゃん、ちょっと試していい?」


 やおら立ち上がって言うのーみん。嫌な予感しかしない。

 だが試したい気持ちは俺にもあるので、許可することにした。


「おう、いいぜ。軽く殴ってみろよ」


「あいさー。行っくよー!」


 しっかりと腰の回転を活かした、豪快な右フックを放つのーみん。軽くって言っただろ!?

 モーションが始まった時に、俺は慌てて言葉を口にした。


「当たらない!」


 そして右フックが俺を吹っ飛ばした。


「……あるぇー?」


 不思議そうに首を傾げるのーみん。先に謝ろう?

 俺は殴られた頬をさすりながら身を起こして、


「おい、どうなってんだカルガモ。話が違うぞ」


「俺に言われても困るんじゃがなぁ」


 くっ……確かに実験を許可したのは俺だし、最終責任は俺にあるのかもしれないが……!


「ま、信仰――確信の強さの問題ではないかの。

 よほど強い確信でなければ、そもそも効果を発揮せんのかもしれん。

 他者の意思が関わる場合は、さらに難しくなりそうじゃが」


「あー。信仰によるバフ、デバフと同じ理屈か」


 そりゃそうだ。根源にあるのが同じ力なら、他者の確信はこちらの邪魔になる。

 そう考えたら、できると思ったことの補助ぐらいにしか使えなさそうだ。

 一方、俺をぶん殴ってくれたのーみんはご不満の様子。

 彼女は唇を尖らせて、


「ちぇー。何でもありだったら、みっちゃんをエロエロにしてもらおうと思ったのに」


「すげぇ面白そうだけどイメージできねぇ」


「ふふふ人権って知ってる? 便利よ? 知ってる?」


 知ってる知ってると適当に返事して、二人揃って蹴り倒される。つーか人権について話す言葉が、便利って何だよ。人権を何だと思ってるんだこの人。

 とりあえず二人で土下座して許しを乞うていたら、呆れたようにクラレットが言う。


「ガウス。それ、使いこなせるようになっても、悪用しないでよ」


「うっす。誓って悪用しません」


「がっちゃん、タルタルをロリロリにしたくないですか」


「姐御、ちょっと大切な話があるんだけど」


「この子、流星どころか流され星ですよ!」


 違うんだって。本気じゃないって。

 ただその、面白そうだなって思っちゃったから。ね。

 そんな言い訳をしたが通用せず、俺は五体投地の姿勢を取らされると、クラレットに杖でケツをしばかれた。


「あひんっ」


「ごめんね。私も言葉が足りなかったと思う。

 使いこなせなくても、悪用しないでね」


 クラレットは優しく言い聞かせてくるが、理解できてなかったわけじゃない。

 俺の溢れる知性は、その場その場で最善の判断をするようにできているだけなのだ。


「うーん。しかしこれ、使えない方がいいなぁ」


 主に人間関係的な意味で。

 そう考えた俺は、カルガモと対峙した時のように確信を込めて言葉を紡いだ。


「祈れ。強い願いを示すために」


 あの時と同じように、文字列が光となって周囲に浮かぶ。

 複雑なことを祈るわけではない。浮かぶのは単文だ。

 目の前で一行になって静止したそれは、


【言霊は二度と宿らない】


「あー! 止めて止めて、誰かガウス君止めてくださーい!」


 急に姐御が騒ぎ立てたがもう遅い。

 文字列は俺に吸い込まれて消え、何を祈っても再び文字列が浮かぶことはなかった。


「――よし。たぶんこれで二度と使えないぞ」


「ああ、もったいない……すごく便利そうな能力でしたのに」


「そう言われても、皆だって扱いに困るだろ。

 だったらあんな力、俺にはいらない」


 残念がる姐御に当たり前のことを言うと、さもおかしそうにカルガモが笑う。


「そうじゃな。あんなもの、おぬしには不要じゃよ。

 本心からそう思ったからこそ、祈りは形になったんじゃろう」


「でーもー。気持ちは分かりますけど、もったいないですってー」


「……私はガウスが正しいと思う」


 なおも不満を口にする姐御へ、諭すようにクラレットは言う。


「力は弱いかもしれないけど、ホーリーグレイルと同じことができるかもしれない。

 それを一人で持ち続けるのは、大変なことだと思うから」


「う……ま、まあ、そうですね。

 なんか私が悪者みたいになっちゃってますけど、確かにそうです」


「いや、姐御が邪悪なのは今更だし」


 そうそう、と皆で朗らかに笑い合う。

 キレた姐御は俺にヒールを使った。なんで? と思ったら、効果範囲を極端に絞り込みやがったらしく、胃腸が気持ち悪くなった。怒りで新しい力に目覚めてんじゃねぇよ。


「うわ、これえぐい。言葉にできない気持ち悪さが腹にある」


「回復魔法の使い方が完全に魔族なんじゃよなぁ」


「ヒール」


「ふぐぅ」


 カルガモもダウンした。誰かこの魔王を止めてくれ。

 俺達がぐったりしていると、ひとまず話は終わったと判断したのか、ウードンさんが言う。


「ところで、いいのか」


「? 何がですかー?」


「いや、俺が有罪なのは甘んじて受け入れるが。

 ――帝国を動かしていた黒幕、放置していいのか」


 衝撃の告白に、皆は息を呑む。

 いや、帝国側だった連中は知っていたようだが、黒幕?


「待て待て、帝国があんなことになってたの、ウードンさんがホーリーグレイルに願ったからだろ?」


「俺はうどん食ってただけだ。

 実際に帝国を運営し、動かしていたのは俺じゃない」


 そう言えば確かに、クラン運営は他のプレイヤーと組むとか言ってたような。

 でもそれって、商人系のプレイヤーの集まりじゃなかったっけ。黒幕って言えるほど、明確に誰か一人が実権を握っていたのだろうか。

 訝しんでいると、ウードンさんはその名を口にする。


「ぶっちゃけロンさんだけど」


「そういや最近見かけねぇと思ったら!!」


 あの人かよ! 露店放置か、溜まり場で置物になってることが多かったから、すっかり忘れてたわ!

 俺が驚いていると、姐御も頭を抱えていた。


「言われてみれば完全にロンさんの手口でした……。

 うわぁ、何で気付かなかったんでしょう」


 だよなぁ。うどんで方向性狂ってたけど、集められるだけ人を集めたら資源を根こそぎ集めて、どんどん肥大化していく。島時代、散々に苦しめられたロンさんのパターンだ。

 そもそも帝国ってのが、ウードンさんらしくない。そういう面倒は嫌う人だ。誰かが入れ知恵したのは間違いなくて、じゃあ誰だろうって考えたら、ロンさんしかいない。


「順序で言えば、そこの麺類がホーリーグレイルの扱いを丸投げしたのよ」


「それでロンロンが、商人仲間を集めたのが始まりだったかにゃー」


 ほぼ最初からがっつり関わってるじゃねぇか。

 違う意味でぞっとする。もしホーリーグレイルに何の力もなくて、当初の予定通りに帝国が機能していたら、覇権国家が誕生していたのかもしれない。

 ロンさんは大量生産、大量消費を軸とした内政に関しちゃ敵なしなのだ。マジ怖い。


「そのロンロンだけど、今どこにいるの?」


 奴はどこだとツバメが問えば、


「まだ砦にいると思うぞ。

 小麦粉を買い占めたんだから、回収して相場操作するつもりだ」


 未だろくでもないことを計画中だと教えてくれる。

 あの野郎、表に立たなかったから、まだ自分の存在がバレてねぇと思ってるな。

 話を聞いた俺は姐御に目配せし、姐御は頷いてカルガモに言う。


「カモさん、ちょっと捕獲して来てくださいな」


「うむ。それは構わんのじゃが」


 カルガモは腰を上げつつ、ウードンさん達、帝国側の三人を見た。


「そやつら、たぶん嘘吐いとるから締め上げた方がいいぞ」


「人聞きの悪いことを言うなよ。

 俺はカイザー……帝国を失った、何も持たないカイザーさ……」


「ええ、まったくだわ。信じる心が足りないわね」


「ロンロンを止められなかったのは、あたいらの責任じゃないしー」


 口々に反論する三人。……あれぇ?

 何か違和感あるような、と思っていたら姐御が核心を問う。


「お尋ねしますけど、まだ正気だった頃からロンさんのこと黙ってた理由は?」


 三人は沈黙した。どうせ賄賂でも受け取る予定だったのだろう。

 共犯関係にあったことは明白で、こいつらは最初から俺達を騙していたのである。それでこそ島人だよなと奇妙な安堵を覚えるが、悪事がバレたら罰を受けないとね。


「姐御、やっちまってください」


 姐御は三人に例のヒールをかけて、ぐったりさせた。

 腹痛とはまた違って、こう、腸の一部分だけが元気に痙攣すると言うか、そういう気持ち悪さがあるので、心が妙にへこたれるのだ。これをヒールと呼びたくない。

 ともあれ三人が罰を受けるのを見届けて、カルガモはロンさんを捕まえに行った。

 それを見送ったところで、俺はもう一つ、皆で相談しておくべきことがあるのを思い出した。


「そういや俺らのクラン、どうする?」


 言いつつ、インベントリからホーリーグレイルを取り出す。

 終戦後にささやきでダフニさんに確認したけど、俺らの好きにしていいってことになったんだよな。

 となればクランを作ることになるわけだが、


「マスターは姐御でいいと思うけど、名前とかさ」


「私はこだわりないですけどねー。皆さんはどうです?」


 問われて、真っ先に反応したのはのーみんだった。


「†神聖黒の円卓†」


 姐御が指をパチンと鳴らし、スピカがのーみんを拘束する。

 俺はインベントリからスコップを取り出して、深い穴を掘り始めた。


「ちょ、冗談だよ冗談! 生き埋めはらめぇー!?」


「冗談にしても攻め過ぎじゃないかしら。

 もっとマイルドに……そうね、女王様と犬でどう?」


「どこがマイルドですか!? デッドボールですよ!」


「実態を端的に表わしていると思うのだけど?

 ふふふタルタルったら無自覚さんね!」


「え、いや、私そんなのじゃないですよ! ねえ!?」


 同意を求められたので皆は目を逸らした。

 姐御は何故かショックを受けたような顔をしているが、マジで無自覚さんかよ。

 あれはもう無視しておこうと、俺達は姐御抜きで相談を続ける。


「あたしとしては、変な名前じゃなかったら何でもいいかなー」


「君主制は時代遅れだもんな。うどん共和国でどうだ」


「へこたれないわね、この麺類……!」


「あたい、インパクト重視でいきたい」


 しかしこいつらに任せるのも不安が残る……!

 ああでもないこうでもないと言い合って、それから方針として、クランの目的に関連を持たせた名前にしよう、ということになる。

 そういうことになったのはいいんだが。


「クランの目的って、改めて考えると何があるんだ?」


「楽しく遊ぶとか……そのぐらい?」


 クラレットも困ったように言う。

 ゲーム内でこれといった目的のある集まりじゃないから、いざ考えると困る。


「おやおや、私の出番みたいですねー」


 困っていると、復活した姐御が自信ありそうに参加した。


「確かにゲーム的には、これといった目的はありません。

 ですけど、私達には今回の件のように、奇妙な現象との関わりがありますよね。

 それらが起こす事件を解決し、謎を解く。

 これを目的としたクランにしてみませんか?」


 俺達が流れでやっていたことを、明確な目的とするクランか。

 目的としては悪くないように思うが、


「秘密組織みたいでカッコいいから、あたいは賛成します!」


 のーみんが乗り気になっているあたりに、嫌な予感がしてならない。

 何か落とし穴があるんじゃないかと思うんだが、考えても分からない。

 しかし俺が悩んでいる間にも、皆は姐御の話に同意を示していく。


「では、クランの目的は決定ということで、あとは名前ですねー。

 調査団とか防衛隊とか、そんな方向性でしょうか」


「できればゲームとの関連も欲しいわね。

 表向きの由来として、そちらを使えるようなものが」


 緑葉さんの指摘に、確かにそうだと思う。

 大部分のプレイヤーは何も知らないのだから、表向きの理由は必要だ。


「ゲオル……ゲオルギウス……ゲオゲオ……?」


 スピカは考えようとして擬音表現の迷宮に入り込んでいた。

 けどまあ、関連させるならゲオルギウスか。竜の姿を持つ悪魔がいて、それを倒すのが冒険者の目的だということになってるし、竜殺しの聖人ゲオルギウスは重要そうだ。

 そのあたりから、それっぽい単語を拾うなら――


「――秘跡、とか?」


「あ、それいいですね。教会の儀礼を指す言葉ですけど、目に見えない神の恵みを与える儀式、という意味もあるんですよ。

 これを単純に奇跡や神秘現象と解釈すれば、本来の目的にも合致しますね」


「じゃあ秘跡調査団でいいんじゃない?」


 妙な名前にならないようにと考えたか、ツバメが早々に案を出す。

 特に異論が出ることもなく、こうして俺達のクラン名は秘跡調査団に決定した。

 のーみんが若干不満顔ではあったが、あいつを満足させる名前は軋轢を生むのでよろしくない。


「でもクランを作るのは、ちょっと時間を空けましょうか。

 拠点をどうするか考えたいですし、戦争の後ですからー」


「ああ、すぐに作ったら変な勘繰りされそうだもんな」


「ですです。降りかかる火の粉は払いますけど、降らせないようにしませんと」


 平和的なのかどうなのか、微妙に困る発言だった。

 まあ数日は後始末がメインになりそうだし、クラン設立を急ぐことはない。

 俺達はそんな結論を出して、今日はロンさんをしばいたら解散しようということになった。


     ○


 後日。

 クラン秘跡調査団は正式に設立され、拠点はラシアの北に置かれることになった。

 それはいいのだが、この時になってようやく俺達は気付いたのだ。

 クランの目的が目的なだけに、何も知らない新人を勧誘するのが難しいということに。

 やっぱりのーみんが乗り気な時は、落とし穴を疑うべきだったのである。

これにて三章完結。

四章の前に、人物紹介の更新版か用語集を挟もうか考え中。

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