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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第三章 サンクチュアリ・オブ・ウードン
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第十一話 射手の心


 砦に突入し、エントランス正面の通路を突破した俺達は、階段を探して内部を探索していた。

 ホーリーグレイルの設置場所は入り口からなるべく遠い場所だと推測して、それなら二階のどこかだろうとまずは階段を探しているところだ。地下室や隠し部屋があったら裏目もいいところだが、そういう変則的なものはないだろう。何より、戦力配置の正直さからは、搦め手の気配を感じない。

 内部構造も特に複雑なものではなく、大雑把には左右対称に近いもののようだ。この感じだとエントランスになかった以上、階段は中央部かその奥、もしくは入り口から見て左右の奥ってところか。エントランス正面の通路は丁字路になっていて、左右どちらかへ進むしかなかったので、回り込むようにして移動した先、中央部が怪しそうではある。

 そう考えるのは、念のためにと姐御が主張したので、通りかかった部屋を一応覗いているからだ。


「やっぱりここも外れだねー」


 今もドアを開けて部屋を覗き込んだスピカが言う。

 物置のように使われている部屋で、小麦粉の詰まった袋が置かれているが誰もいない。これまでに覗いた他の部屋も同様で、誰かが守っているということはない。

 だが外れと言った理由は人がいないからではなく、階段がないからだ。

 姐御も言ってたけど、たまにあるんだよな。階段をドアなんかで区切って、廊下からは見えないようにしてる建物。まあこうまで外れが続いたとなると、この砦はそういう造りではなさそうだけど。


「しっかし、どこ行っても小麦粉があるよね」


 半ばうんざりしたようにツバメが言う。

 うどんを作るためなんだろうけど、確かにちょっと、異常なほどの量だ。ラシアで流通している小麦粉の大部分を買い占めたんじゃないかと思えてくる。


「まあ腐ったりするもんじゃないけど……食べ切れないよな、こんなの」


「うーん。一応、プレイヤーは満腹にならないので、理論上は無限に食べられますけど。

 本当にそれを望むというのは、常軌を逸してますねー」


 だよなぁ。どんなご馳走だったとしても、いつかは飽きるもんだ。

 満腹にならず、延々とうどんを食べ続けるだなんて、俺には拷問のようだとしか思えない。しかしウードン帝国の連中には、むしろそれが幸福なことなのだろう。

 いやー怖い怖い、と感想を述べたところで、俺達は部屋を出ようとした。

 だが一人、ツバメだけは部屋を出ずに小麦粉の山を眺めて、


「これ、燃やしたら楽しそうじゃない?」


 この害鳥はそろそろイナゴと呼んだ方がいいのかもしれない。

 突然の無慈悲な提案に俺達は白い目を向けたが、ツバメは慌てたように顔の前で手を振った。


「違う違う、ただの嫌がらせとかじゃなくて!

 ほら、消火! 消火に人手を割くんじゃないかなって!」


「あー……被告人はそう言ってますけど、どうっすかね姐御」


「人道的にはギルティーですねー。

 戦術的にはやって損もないので、やってみましょうか」


 そういうことになった。

 派手に全部燃えても困るので、小麦粉の入った袋の位置を多少調整してから、そこにクラレットがファイアーボルトで着火する。火はすぐに大きくなり、室内を赤々と照らし始めた。

 砦は大部分が石造りなので延焼することはないと思うが、放置すると実にやばそうな勢いで怖い。いや、ぶっちゃけ触れてもダメージは大したことないんだけど、火って本能的に怖いじゃん?

 そんなわけで俺とスピカが縮こまっていると、何故か皆は俺達を見て、納得したように頷いた。


「やっぱあの兄妹、根っこが動物だよね」


「懐いた人に甘えるのも動物的だと思う」


「本能はガウス君の方が強めですけど、スピカさんも野生強いですもんね」


 何やら変な評価をされているが、遺憾なので口を挟む。


「おいおい、俺とスピカを一緒にすんなよ。

 俺にはインテリジェンスがある……分かるかい? 理性と野生の融合さ。

 だが野生しか持たないスピカは、ただの野生児だぜ。ぐはっ」


 盾で後頭部をどつかれた。

 くっ、お前なぁ! ちょっと俺より背が高いからって、よくないぞそういうの! あと口より先に手が出るところも野性的だと思いまーす!

 とりあえず蹴飛ばしてやろうとしたら避けられたので、そのまま取っ組み合いを始める。


「はいはい、じゃれ合ってないでそろそろ行きますよー」


 しかし姐御に言われてしまったので勝負はお預けだ。首を洗って待っていろ。嫌なら兄ちゃん、寝首を洗ってやるから言ってくれ。

 廊下に出た俺達は、またスピカを先頭とする隊列で移動を再開し、


「敵を見つけたら、攻撃しないで火事だーって騒ぎましょうか。

 誰にも見つからないまま灰になっても、意味がありませんし」


「そりゃそうだ、了解。聞く耳持たなかったら先手必勝な」


「けど、先に行った人も結構いたと思うけど」


 クラレットの指摘に、その問題があったかと気付かされる。

 俺達は念のためにといくつかの部屋を調べたので、エントランスを突破した連中に追い抜かれていたのだ。


「ま、敵がいなけりゃそれはそれで。

 無駄になっただけで、損はしなかったと思おうぜ」


「兄ちゃんは敵の血が見れたら文句ないもんね」


「お前、野生キャラを俺に押し付けようとしてないか?」


 そんな言い合いをしていると、曲がり角に人影を発見する。移動せずに周囲を警戒している様子からして、明らかに帝国側のPTだ。

 どれほど効果があるかは分からないが、俺達は大慌てな雰囲気を装って駆け寄った。


「た、大変だー! 火事だ火事! 小麦粉が燃やされてるぞ!」


「なっ……!? それは本当か!!」


 ……疑いもせずに、迫真の表情を浮かべるリーダーっぽい人。

 あれれ? どうしてだろう、胸が痛むぞ?

 しかし俺が言葉に詰まったのを察して、姐御が言う。


「この先の部屋です! レジスタンスが……!

 見つけた時にはもう、火をつけられてて……!」


「くっ……畜生、あいつら血も涙もないのか……!

 俺達はうどんが食えれば、それでいいんだ。他には何もいらないし、何も奪わないのに。

 あいつらは俺達から居場所だけでなく、うどんまで奪おうって言うのか!!」


 あ、ツバメが顔を背けた。罪悪感に耐えられなくなったらしい。

 だが知ったこっちゃないとばかりに、姐御はノリノリで演技を続ける。


「私達はこのまま手分けして、他の場所を見て来ます!

 皆さんはあちらの消火を! 全焼しなければ、まだうどんは作れますよ!」


「そ、そうだな……分かった、こっちは任せてくれ!」


 そうして消火のために駆け出すご一行様。

 姐御を除き、俺達は良心の呵責によって倒れる寸前になっていた。

 いや、頭では分かってるんだよ。あいつらも思想を塗り替えられてるだけなんだって。だけどその、自分達で火を放っておいて、白々しく騙すってのは……。

 しかし痛む心もないのか、外道コロポックルはにっこりと微笑んだ。


「戦闘を避けられて助かりましたねー。

 ツバメさんのお手柄ですよ、ツバメさんの!」


 あっ、ずっりぃ! 責任、全部ツバメに押し付ける気かこの人!


「お手柄だったなツバメ! 俺には思いつきもしなかったよ!」


 その方が胸は痛まないので、俺も便乗させてもらうぜ!

 二人がかりで褒め称えられたツバメは、己の内面の醜さを直視してしまったのか、暗い顔をして世を呪うかのように一笑。迷いも情けもないその笑みは、彼女が闇に堕ちたのだと痛感させた。

 そう、これは羽化だ。

 これまでにも悪魔的発想を披露して来たツバメだが、そこにはどこかで良心の呵責があった。しかし闇に堕ちた今、そんなくだらないものは捨て去られ、彼女は悪魔への変貌を遂げたのだ。

 俺と姐御は、自然と祝福するように微笑んだ。

 ようこそ俺達の世界へ。やはりお前は、こちら側の人間だった。


「………………」


 なお、そんな俺達をクラレットがめっちゃ白い目で見ていた。

 クラレットは嘆息して、


「ツバメ」


「あ、はい」


「程々にしないと、ダメだから」


「……はい、分かりました」


 しっかりと太い釘を刺されて、ツバメは項垂れた。

 いかにクズの才能が花開いたとしても、力関係って変わらないよねー。

 どうにもならない現実を再認識して、俺達は探索を再開した。

 消火に行った連中がすぐに戻ることはないと思うが、仲間と情報を共有して、巡回でもされたら面倒だ。早いところ階段を見つけたいものだが――


「――あ」


 角を曲がった時、スピカが声を上げて足を止めた。

 スピカは軸足で突き刺すように地を踏み、爪先の捻りで体を正面へと向ける。腰を沈め、身を隠すように盾を構えるその動作は、防御のためのものだ。

 言葉を紡ぐ暇もない。

 スピカが反射的に防御の構えを取るというだけで、緊急事態だと分かる。

 俺も半ば反射的に、スピカの背を支えるような態勢を取り、

 ――瞬間、体感したことのない衝撃が俺達を貫いた。

 踏ん張り切ることも、支え切ることもできない。

 猛烈な運動エネルギーは足を浮かせ、俺達をそのまま後方の壁へと打ち付けた。


「…………っ!」


 大丈夫だ、ダメージは浅い。だが何が起こった?

 俺は状況を確認しようとするが、俺よりも早く立ち直ったスピカは、再び盾を構えて叫んだ。


「ランパートッ!!」


 城壁を意味する名を持つそれは、一時的に防御力を高めると共に、ノックバック耐性を付与するスキルだ。しかし攻撃に備えて使用するだけなら、盾を構えなくてもいい。

 故に、その動作は追撃を告げた。

 廊下の先から飛来した何かが盾に激突し、鐘が割れるような轟音を響かせる。

 必死の形相で踏ん張るスピカだが、衝撃に押し負け、また壁に叩き付けられた。

 馬鹿げている。音と衝撃が物語る威力もだが、スピカにはノックバック耐性――吹き飛ばされないようにするスキルの効果があった。

 しかしあの一撃は耐性をぶち抜き、力技でねじ伏せたのだ。

 こんな馬鹿げた真似のできるプレイヤーが、二人も三人もいてもらっちゃあ困る。

 睨む先――廊下の中程に立つ姿は、ミディアムの銀髪に軽装の女猟師。

 不釣り合いなほどに巨大な弓は、彼女自慢のレア装備、エウリュトス。

 ただの廊下を殺し間へと変貌させたその女は、


「緑葉さん……!」


 声が届いたかどうか。

 不敵に笑った彼女は、さらなる矢を放ち返答とした。


     ○


「――これ詰んでません?」


 とりあえず曲がり角に引っ込んだ俺達は作戦タイムに入った。

 防御スキル込みのスピカでさえ吹っ飛ばす、えげつない威力の矢だが、射線さえ通ってなければ安心できる。まさか接近はして来ないだろうし、そういう意味では怖くない。

 問題は姐御が言ったように、わりと詰みゲーくさい状況だということだ。


「あの位置、壁が途切れてましたし、たぶん階段だとは思うんですけど。

 スピカさんが耐えられない時点で、人数でゴリ押しするしかないですよ」


「つっても距離がなぁ。接近するまでに全員射抜かれるか、前衛職を落とされるだろ」


「スピカちゃんを全員で支えながら進むなんてどう?」


 順調に外道戦術の専門家となりつつあるツバメが提案するものの、それには当のスピカが首を横に振った。

 それは嫌だからというわけではなく、


「むーりー。回復追いつかないから死んじゃう。

 ポーション連打しても押し負けそうだし、数も足りないしー」


「は? ちょっと待てお前」


「あの、スピカさん。確認しますけど、ダメージどのぐらい通りました?」


「一発で六割ぐらい? あ、もっとスキル使ったら五割になるかも」


「「えぇー……」」


 俺と姐御がドン引きする。

 いや、だってスピカだぞ? 魔法ならともかく、物理に対してはカッチカチのスピカだぞ? 確かに緑葉さんは筋力極振りだが、スピカの防御をそこまで貫くってのはおかしい。

 実際、ホーリーグレイルを手に入れた時も一緒に狩りをしていたが、そこまでの火力はなかった筈だ。


「何か奥の手でもあったのか……?」


「実は上級職になっている、なんてどうでしょう」


「否定できねぇけど、この数日で転職条件を見つけられるか?

 スキルだってレベル上げしなきゃ取得できないし」


「やっぱりその線は薄いですよねー。

 何かおかしなことが起きてるのは、間違いなさそうですけど」


 考え込む俺と姐御。せめてあの威力のカラクリさえ分かれば、対抗手段だって思い浮かぶかもしれない。逆に打つ手なしと分かって絶望するかもしれないが。

 ああでもないこうでもないと言い合っていたら、ふとクラレットが口を開いた。


「緑葉さんの武器、特殊効果あったと思うけど」


「あー、そう言えば……姐御、覚えてる?」


「エウリュトスでしたっけ? たしか筋力……五十か六十が条件ですね。

 ダメージ十%アップの効果があったと思います」


「……関係なさそうだね。十%なら、大きく変わらないと思うし」


 コスト不要のパッシブ効果としては優秀な部類だが、頭抜けたものではない。影響がないわけではないが、あの威力を叩き出す元凶としては弱いだろう。

 他に何か、短期間で劇的なパワーアップに繋がる要素はないかと考える。

 転職は難しい筈だし、単純にめっちゃレベル上げたとは思えない。装備も特に変わっていないようだし、あとは……何か強力なスキルエンハンスが発現したとか?

 姐御のヒールだって回復量アップのエンハンスがあるし、それなら威力アップのエンハンスがあってもおかしくない。バリスタ触ったのがきっかけになっている可能性もありそうだ。

 ……いや、待てよ?


「そういや緑葉さん、正気だった頃に言ってたっけ。

 帝国、裏でガンガン金が動いてるとか」


「鍛冶屋で武器を強化した、ということですか?

 底上げにはなりますけど、あれってそんなに強力でしたっけ」


「や、もっと高額で、もっと強力な手段があるだろ」


 基本的にいつも金欠で、ドロップ運も悪い俺達には、ほぼ無縁。

 しかしその有用さは広く知られている特殊アイテム。


「モンスタージェムだ。あれなら大幅な強化ができる。

 たしかオークのジェムが、人間系にダメージ三十%アップ」


「あー! ありましたね、そんなの!」


「帝国の財力なら、あれぐらいどうにでもなるだろ。

 まだ正気だった頃に、戦争用に手に入れたのかもしれない」


 入手手段がドロップに限られるので、露店での相場はオークジェムだと八十万ぐらいだったか。貯金し続ければともかく、普段の俺達では絶対に手が出ないブルジョワジーアイテムである。

 あの女、自分だけ美味しい思いしやがって……!


「ま、確定じゃねぇけど、それっぽいよな。

 武器効果と合わせて四十%アップなら、たぶんスピカにも通るだろ」


「あ、計算間違ってますよ。種類が違うと加算じゃなくて乗算ですから。

 ええっと、この場合ですと四三%アップですねー」


「数学の話はやめてくれ」


「算数ですけど!?」


 似たようなもんだと思うから問題ない。

 しっかし、緑葉さん素でえぐいダメージ出すのに、それが四三%アップか。人間系に限定されるとはいえ、そこまでいったらバリスタと大差ないんじゃねぇの?

 つーかモンスタージェムだったとしたら、


「ところでジェムって、パッシブ効果ですよね?」


「うん。――詰んだな、これ」


 ちょっと俺達だけではどうにもなりそうにない。

 そもそも先行している連中がいる筈なのに、緑葉さんが健在だってことを考えると、あの女は一人でそれらを壊滅させたのだ。地の利があるからって、暴れ過ぎである。

 本当に打つ手がないので、俺は仕方なく全裸になった。


「うーん。俺の魅力が通じればいいんだが」


 曲がり角からポーズをキメながら出れば、ノータイムでズドンされた。


「うおおぉ危ねぇ――!? くっそ、ツッコミ激しいなあの人!」


「ガウス君、実はネタじゃなくてマジでやってない……?」


 ツバメが今更なことを言っているが、俺はいつだって本気だ。

 だが最後の切り札も通じなかった以上、一体どうすればいいのか。名案でも閃いたりしないものかと、腕組みしながら考えていたら、クラレットに尻を叩かれた。


「ひんっ」


「服」


「あ、はい」


 そうだね。魅力が通じなかった以上、裸でいる必要はないよね。

 仕方なく服と防具を装備し直して、他に手はないか真面目に考える。

 緑葉さんの矢はスピカ以外が受ければほぼ即死。一人で階段を守り通していることを思えば、一PTぐらいなら連射で処理できると考えていいだろう。

 狭い廊下だし回避も難しい。未来視が使えれば話は別だったかもしれないが、仮に使ったところで、完全に避け切れるかは怪しい。視えても体が追い付かない可能性は高そうだ。

 こっちの遠距離攻撃――クラレットの魔法で対抗するという手もあるが、射程距離がネックになる。ボルト系でもギリギリ届きそうにないし、当てるなら前に出なきゃいけない。

 あとは曲芸の域だが、矢を切り払うって手も……いや、駄目だな。成功しても威力に押し負けて、そのまま体に風穴を開けられるのがオチだ。

 素直に他の連中が来るのを待って、人海戦術でゴリ押しするのが無難っぽいけど、それも被害が馬鹿にならない。できることなら、俺達だけで突破してしまいたいところだ。


「――どうしてさっき、緑葉さんは射ったんでしょう?」


 考え込んでいると、唐突に姐御がそんな疑問を口にした。

 さっきというのは、俺が全裸で魅了を仕掛けた時のことか。


「どうしてって、ハードなツッコミじゃねぇの?」


「普段ならそうですけど、今は戦争中じゃないですか。

 緑葉さんとしては、一人でも多くの敵を倒したいと思うんですよね」


 当たり前のことを言って、


「なのに、ツッコミで攻撃するっておかしくないですか?

 威力から考えてスキル使ってますし、ここを死守するならMPはいくらあっても足りない筈ですよ」


「む。言われてみりゃ、確かに変、か……?」


「当てる気だったってだけじゃないの?」


「気持ちと当たるかどうかは別問題ですよ。

 当てる気で射ったとしても、確実に当てたいならもう少し待つのが自然ですし」


「……緑葉さん、器用には全然ステ振ってなかったよね。

 タルさんの言う通り、あの場面ならガウスが全身出すのを待ってよかったと思う」


「焦りがある、というわけでもなさそうですし。

 んー……ツバメさん、ちょっとそこから顔出してもらっていいですか?」


「あたし? まあいいけど……」


 言われて、ツバメは曲がり角から顔だけを出した。

 直後、尻餅をつく勢いで身を戻し、その鼻先を矢が掠めて壁に突き刺さった。


「あっぶな!? あんな超反応で射って来んの!?」


「緑葉さんにしては精確過ぎる狙いが、殺意の高さを物語ってるな」


「あたし、恨まれることしたっけ……?」


「当たりかけたのは偶然だと思いますよー?」


 まあ、ノーコンだもんな。壁スレスレに上手く飛んだってだけか。

 そして姐御は納得したように頷いて、


「読めました。――緑葉さんは、倒されたがっています」


 一連の不合理な射撃を、そう結論付けた。


「あれは攻撃しても不自然ではない場面で無駄撃ちして、わざと消耗しているんですよ。

 たぶんそういう、縛りみたいなものがあるんじゃないですかね? 誰もいない時に無駄撃ちや、それこそ自殺すればいいのにできないから、遠回りしてるんでしょう」


「けどよぉ、姐御。緑葉さんならテンション上がって、空回りしてるだけかもしれないぜ」


「その可能性は否定できないんですけど……根拠はもう一つあるんですよ。

 ほら、外で緑葉さん、やらかしたじゃないですか。味方をバリスタでズドンして。

 あれも迂闊過ぎますし、わざとだったのかもしれないと考えたんです」


 どうだろう。そうだと仮定すれば、筋は通っているように聞こえるが。

 あの人、マジで迂闊っていうか、クールだけど天然なところあるからなぁ。

 かつての仲間の人間性をとことんまで疑っていると、クラレットがハッとしたように言う。


「もしかして緑葉さん、完全に感染したわけじゃない?」


「はい、そんな気が。どこかでおかしいと思っている程度なのか、それとも自覚しているのに抗えないのかまでは分かりませんけど。

 以前から私達の話を聞いていたことで、耐性があったのかもしれません」


「ねえねえ、タル姉ちゃん。カモさんは?」


「…………カモさんは、カモさんですから」


 あいつの場合、面白そうだから進んで洗脳された説を唱えたい。

 しかし姐御の説が正しいとすれば、緑葉さんは俺達を完全に裏切ったわけではなかったことになる。むしろ思想を塗り替えられながら、精一杯に抗い、助けてくれていたのだ。

 だとするなら――――


「まいったな。これ、勝たせてもらうと駄目だ」


 え? と、疑問の声を皆が上げる。

 視線を集めた俺は、いいか、と前置きして、


「緑葉さんの頭ん中がどうなってんのかは、本人しか分からねぇ。

 けど、性格考えろよ。あの人、あれで意外と繊細なんだぜ。

 勝たせてもらったら、解決した後でももっと上手くできたんじゃないかって、勝手にヘコんで負い目作って、抱えなくていい傷を抱えちまうぞ」


「あー……そういうところありますねぇ、確かに」


「そうなの?」


 まだ付き合いの浅いツバメが不思議そうに首を傾げるが、


「……チャットで話した時、そんな感じはあったね」


 些細なことを見落としていなかったのか、クラレットが同意する。

 彼女はツバメに向けて、


「ほら、帝国ができた日のこと。チャットでツバメ、怒ったでしょ?

 あの時、緑葉さんは冗談っぽく言ってたけど、いくらでも非難していい、って態度だったから。あの時もきっと負い目があって、責めて欲しかったんだと思う」


「えぇー……緑葉さん、分かり難いってば……!」


 実際、付き合いが長くないと分からないよなぁ。

 強気に振る舞ってんのも演技に近いっつーか、内面の弱さを隠そうとしての面がある。


「だからまあ、勝たせてもらったら駄目なんだよ。

 あの人が無駄に負い目抱えないように、正面から勝たなきゃいけない。

 助けてくれてると分かった上で、大丈夫だって示す必要があるんだ」


「そうしたいのは私も山々ですけど、正面からって無理じゃないですか?」


「いや、いくらかは正気だってんなら、どうにかなるだろ」


 実力だけでは確かに、どうにもならないけど。

 これからも対等でいるために、諦めるわけにはいかない。

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