第十話 声が届く
死に戻ってラシアから戦場へと、大急ぎで走る。
道中、全裸の意味は最早失われたので、服を着て防具を装備。金属製の胸当て、脚甲、それと兜。ただし兜だけは視界を塞ぐので、非表示設定に切り替えておく。こうなると皮膚にデータ的な防御力が与えられるだけで、形状的な有利――曲面で滑らせるなどの恩恵は得られないのだが、まあ仕方ない。
数分後、戦場に到着した俺は、まず城壁の外から現状を見た。
城壁の上のバリスタは、まだ半数ほどが稼働している。遠距離攻撃部隊は誰かの指示か、それとも自己判断か、一部を庭での攻防に投入し、バリスタの破壊よりも狙いを引き付けることを優先していた。
悪くない判断だ、と思う。第二陣も大部分が庭へ突入しており、同士討ちを避けたい敵側としては庭へバリスタをぶっ放すわけにはいかない。第二陣は突入までに数を削られてしまっているが、元々こちらの主力ということもあって、やはり個々の実力では帝国よりも上のようだ。
問題は教会騎士団など、強い駒を食い荒らすのーみんの存在だが――戦況を把握した俺は、城門に向かいながらPTチャットで叫ぶ。
「今戻った! 合流するぞ、どこにいる!」
『城門抜けて右手の方にいますよー!』
『はーやーくー! 兄ちゃん、盾! 盾足りない!!』
声に相槌を返しながら、城門を通り抜ける。
右手へと移動すれば、物量差に押されながら必死に耐えるスピカの姿が見えた。
そこをサポートするようにツバメも前衛として立ち回っているが、火力はともかく、防御が足りないので壁としては不安が残る。後方の姐御も魔法で援護しているが、前衛は既に回復薬も使ってのジリ貧。頼みの綱であるクラレットの範囲攻撃も、次から次へと敵がやって来る状況では厳しいか。
ならばと俺は敵集団に横手から突っ込み、両手で握った斧を大地に叩き付けた。
「ぶっ飛べ! グラウンドストライク!!」
打点から扇状に衝撃波が走り抜け、複数人にダメージを与える。
戦士唯一の範囲攻撃スキルであり、燃費の悪さからクソ扱いされているスキルだ。まあ俺もクソだと思うから、スキルレベル一だけどな!
だが対人戦なら態勢を崩すには充分な威力で、この好機にツバメは身を捻り、背負うように構えた剣を一閃する。
「――テュルフィング!」
声と共に、剣が濃紫の魔力を噴き上げて刃と成す。
振り抜かれた長大な刃は一人を両断し、近くにいた何人かにも痛手を追わせることに成功していた。
呪術士スキル、テュルフィング。物理攻撃力を魔法攻撃力に変換し、元々の魔法攻撃力と合算して斬撃を放つスキルだ。本来は後衛デバッファーな呪術士が前に出なければならない点で人を選ぶし、コストも最大MPを基準とした割合消費で恐ろしく燃費が悪い。
だがそれらのデメリットを帳消しにするほど威力が高く、並の前衛なら直撃すれば耐えられない。持ち前のデバフで当てる工夫もしやすいため、対人戦では最強スキルの一角を占めているほどだ。
この一閃によって敵が崩れたところへ、スピカはシールドバッシュを入れて立て直しを遅らせる。地味だが堅実な仕事だ。タンクは攻勢に出る時、火力よりも妨害を意識してくれた方がありがたい。
「押し込め!」
告げて飛び出し、敵陣の深くへ踏み込んで斧を振るう。
敵の前衛が立ち直る前に、防御力の低い後衛を狙ってかき乱す。その意図を汲んでスピカも踏み込み、俺の背中を守るように立ち回ってくれた。
途中、敵の魔道士からすぐに撃てるボルト系の魔法で反撃されるものの、被弾に合わせて姐御がヒールを使用する。
「押し切ってください!」
ダメージは気にすんなってことだな!
押し切れと指示されたからには、こいつら相手の勝負はこれで決めろということ。懲りずにファイアーボルトを撃って来た魔道士に対し、その魔法へ突っ込んで強引に踏み込むと、斧の一振りで首を飛ばす。
こっちも死にそうだが、ポーションを使う時間も惜しい。姐御なら回復が間に合うだろうと信じて、次の獲物に襲いかかる。おっとそこの神官、ヒールなんぞしてんじゃねぇ!
足ブレイクの一歩で加速し、加速中にバーサクを使用。身体能力を高めて無理矢理に肉薄すると、邪魔な神官を叩き潰す。これで二重の意味で回復できない体になったね!
一拍遅れて敵の攻撃が殺到するが、姐御も必死のヒールで応戦。どうにか耐え切ったところで、残った前衛職をツバメの空間指定バインドが絡め取った。
こうなれば勝負は決したも同然だ。悪足掻きできないように俺とスピカで抑え込み、そこへクラレットのファイアーボールが叩き込まれて、ひとまずこの場での戦いは終わった。
「やっと片付いたー! もう、遅いよガウス君!」
緊張の糸が切れ、安堵の息を洩らしながらツバメが笑う。
が、その瞬間。俺とスピカは弾かれたように動いていた。
「スピカ!」
俺を斧を振り上げて踏み込み、
「兄ちゃん!」
それよりも一瞬速く踏み込んだスピカは、迫る盾に自らの盾をぶち当てた。
シールドバッシュ同士の激突。
気の緩む瞬間を狙って仕掛けて来たのは、やはりのーみんだった。
彼女は奇襲を防がれたことで顔に驚きを浮かべ、
「――やばっ」
今まさに振り下ろされんとする斧に気付き、盾を手放して後方へ跳んだ。
どうせ避けられるとは思っていたが、思っていた以上に反応がいい。空振った俺はそのまま前傾姿勢でのーみんを睨み、いつ動かれてもいいように警戒しながら口を開く。
「随分と好き勝手に暴れてるじゃねぇか」
「にひひ、こういうのはあたいの得意分野だもんで!」
褒めてねぇよ。誇らしげに笑ったのーみんは、インベントリから新たな盾を取り出して装備する。予備が何個あるかは知らねぇが、得物を奪って無力化させるってのは難しいか。
それにあっちのPTもいるんだから、まず勝てるかどうかが問題だ。のーみんを守るように合流した連中は、見た感じ前衛二人に後衛二人。数の上ではこちらと同数だ。
帝国軍だからと侮ってかかれる相手でもないだろう。実態は把握していないが、のーみんは帝国を設立させた一人。寄せ集めの雑魚ではなく、それなりの実力者を従えていると考えた方がいい。
事実、自分達が有利だと思っているのか、のーみんは余裕を見せて言う。
「ま、知らない仲じゃないし?
がっちゃんが土下座でもするなら、見逃してあげようじゃないかね」
俺は無言で斧をぶん投げた。
「ひぃっ……!? は、ははは話し合おうよ!?」
咄嗟に盾で斧を弾くのーみん。ちっ、惜しい。
「あたい達、獣じゃないのよ!? アイ・アム・ヒューマン!
乱暴なことしなくても、話し合えば分かり合えるってお姉さん思うな!」
「話し合いの段階は、とっくに終わってると思うんだがなぁ」
「いやいや、まだ遅くないって! ね!
きっとがっちゃん達も、――うどんの魅力が分かるよ!」
本当にそうなると、一片の疑いもない目でのーみんは言った。
……ああ、やっぱ話し合いは必要だったかもしれない。
頭では分かっていたつもりだが、分かっちゃいなかった。
目の当たりにして初めて分かる――こいつは、のーみんじゃない。
思い出を共有していても、俺が知るのーみんとは別の何かだ。
恐ろしいことだと思う。よく知る誰かや、自分自身もこうなるのかもしれないだから。
だけどそれ以上に腹が立つ。
誰が悪いという話ではないが、こうなってしまったことが許せない。
人の心を歪めるなんざ、神様にだって許されない。
「なあ、のーみん」
俺はインベントリから、予備武器の長剣を取り出して言う。
「――お前、もう黙ってろ」
後先考えるのは後でいい。
俺の中にあるものが、こんな現実は認めるなと叫んでいる。
だから俺はのーみんを見た。彼女だけを、視た。
世界から色が抜け落ち、余分な音が消え、擬似的な二人だけの世界を見せる。動いてもいないのに心臓は早鐘を打ち、脳は怪しげな拍動を刻む。この暴挙を今すぐにやめろ、これはお前に許された世界ではないと、生存本能が猛り狂う。
未来視の発動。
皆には悪いが、少しの間だけ没頭させてくれ。
もう誰の声も届かないが、どうせすぐに終わるから。
「――っ」
呼気を鋭く吐いて踏み込む。
一歩。加速する体は、空気を水のようだと錯覚した。
二歩。己を撃ち出すように地を蹴れば、粘液めいた空気をぶち破る。
三歩。盾を構えようとするのーみんの動きを幻視する。
四歩。確かに彼女は盾を構え、真正面から迎撃する未来を視る。
五歩。シールドバッシュが壁となって俺を潰しにかかった。
「は――――?」
信じられない、と。のーみんは唖然とした顔をする。
シールドバッシュでの打撃に合わせ、剣の柄頭で盾の縁をかち上げた。
本来の力量なら絶対に不可能な、反則が許した絶技。
その動作で剣は自然と振り上げられ、踏み込むのではなく右足を引く。
腰を落としながら、強引に重心を後ろへ流せば、得られるのは身を投げ出すような斬り下ろしだ。
動作の連なりは盾を戻すことも、身を躱すことも許さない。
極限の集中と精度で、これ以上ない力技がのーみんを袈裟懸けに両断した。
「がっ、ちゃ――」
俺の名を呼びかけて、死亡判定がその口を黙らせた。
転がる死体を一瞥して――俺も崩れるように片膝をついた。
くそっ、またキツくなってやがる……!
何度か使って分かったことだが、未来視の精度と負担は比例する。直感のスキルエンハンスになっているものの、仕組みそのものはゲームではなく、電脳を利用した裏技みたいなものだからだろう。
ステータスに異常があるわけではないため、すぐに動けるようになるが、もう未来視は使えない。今以上の酷使は電脳の安全装置が働いて、強制的にログアウトさせられてしまう。
しばらく休めばまた使えるが、戦争中はもう使えないと思った方がいいだろう。
さて、そんなことよりも残る敵だが……。
のーみんが倒されたのがショックだったのか、棒立ちになってしまっている。
…………使えるな?
俺は立ち上がると剣を掲げて、これでもかと大きな声を張り上げた。
「敵将、のーみん! 流星のガウスが討ち取ったり!!」
いや、将かどうかは知らねぇけど。雰囲気、雰囲気。
叫びは響き渡り、次第に帝国軍へと動揺が広まったのか、動きが鈍くなっていく。
やっぱ目立つ奴を倒すと、目に見えて士気が落ちるもんだよなぁ。
そして俺程度の頭で考えついたんだから、姐御だって見逃すわけがない。
「全裸が手柄を挙げましたよー!!
皆さん、このままだと全裸以下になっちゃいますよー!?」
悲鳴と怒号が響き渡った。解せぬ。
うん、まあ、それで皆の士気が上がるならいいんだけどさぁ。
何やら鬼気迫る顔になったレジスタンスは、各所で浮足立った帝国軍を圧倒し、戦場の流れは激突から掃討戦へと変わって行く。
まだ油断はできないし、バリスタへの対処もしなくちゃいけないが、ひとまず勝ったと言っていいだろう。庭を占拠すれば、死に戻りした連中が個々で突っ込んで来ても怖くない。ある程度の数が揃ってから反攻に出るのだとしても、それには時間がかかるだろう。
だから俺は、ウードン帝国の本丸――堅固な石造りの砦を見た。
内部構造は分からないが、戦闘を前提とした造りであっても、大人数が不自由なく動ける広さではないだろう。突入すれば、どちらもPT単位での戦闘が中心になると思っていい。
気の早いPTはもう突入を始めているが、俺達も急いだ方がよさそうだ。
「姐御、ここは他の連中に任せて、俺らも中に行こうぜ」
「んー……そうですねー。よし、回復したら行きましょうか!」
一度、戦場を見渡してから、もう任せていいと姐御も判断したようだ。
俺達はひとまず削れたHPの回復をして、ついでにスピカが回復薬をかなり消費していたので、俺の手持ちをいくらか分けておく。忘れない内にぶん投げた斧も回収しておいたが、砦の中で振り回すのには不向きだし、このまま剣を使うことにしよう。
そうして準備が終わり、砦に向かって走り始めたところで、クラレットからささやきが届いた。
「ガウス、もうちょっとだから頑張ろう」
一緒にいるのにささやきを選んだのは、きっと彼女の配慮だろう。
案じるように、励ますように、彼女は言う。
「のーみんのこと、悲しかったから怒ったんだよね。
あんなのは、のーみんじゃないって思ったから」
「……まあ、ムカついたのは事実だけどさ」
悲しかったのかと言われたら、正直、自分でも分からない。
それが正解な気もするし、そうでない気もする。
だけど面と向かって言われたら、泣きたくなって困る。
だって、
「やっぱりのーみんは、迷惑でもいつものままでいて欲しいだろ」
何だかんだで、長く一緒に遊んで来た大切な友達なんだから。
上辺だけそのままで、別人のようになってるのは嫌だ。
手の届かないところに行ってしまったようで、寂しくなる。
だから、
「あんな姿は、見たくなかった」
そういうことなんだと思う。
クラレットはささやきに微笑を伝えて、
「行こう、ガウス。この悲しみを終わらせに」
力強く、俺を引っ張るように言った。
「私もこんなのは、悲しいことだと思うから。
もう誰かが悲しまなくていいように、終わらせに行きたい」
ああ、と頷いて。
「行こうか、クラレット。悲しみなんて、俺らには似合わないしな」
笑った俺は、ささやきからオープンチャットに切り替えて声を上げる。
「行こうぜお前ら! このままだと俺が手柄、全部持って行っちまうぞ!!」
「あー! 駄目ですよガウス君、直接煽っちゃ!
ここに残ってくれる人も必要なんですから!」
「くぅ~ん」
違うんです。ちょっとテンション上がっちゃっただけなんです。
そんな言い訳通じないよなぁ、と悲しくなる。
クラレットは仕方なさそうに苦笑して、馬鹿な俺を見守ってくれていた。
○
砦の内部は外観と同様、飾り気のない石造りのものだった。
金をかければ装飾したり、調度品を揃えることもできるのだろう。しかしウードン帝国はうどん至上主義。厨房ならまだしも、他の内装に金をかけるわけがない。
入り口から入ってすぐのエントランスは広く作られており、正面と左右に広めの廊下が続く。ただ広いだけの空間で、機能性を考えれば階段があってもおかしくはないのだが、それもない。
故にこのエントランスは、人を集める場であると同時に、迎撃のための空間だ。
その事実を裏付けるように、三方の廊下を塞ぐ形でそれぞれ防衛部隊が配置されている。彼らは入り口から入って来るレジスタンスを狙って、矢と魔法を絶え間なく放つ。多少の撃ち洩らしは承知して、弾幕で数を減らし、集団戦を行えないようにすることを優先した戦術だ。
だが上手くない。
城壁外や庭での戦闘もそうだったが、戦術としては無難なもので落ち着いている。
数の優位を過信していると言うよりも、これが精一杯だという印象を受ける。戦力を的確に把握した上で、素人にも無難だと分かるレベルの戦術しか組み立てられていないのだ。
ウードンさんらしくない、という思いと、彼も影響を受けた結果だろうか、という思考がぶつかる。ウードンさんは無難な手を好むが、ある程度の余裕を持たせておくのが前提だ。しかし今、現実に余裕がないのは、うどん至上主義による影響が、彼の意思決定を鈍らせているのかもしれない。
「――っていう分析だけど、どうよ」
入り口の近くから中の様子を窺いつつ、俺は自らの考えを話した。
まず頷いたのは姐御で、
「その可能性もありますし、大組織を回すのに手一杯だとも考えられますねー。
いずれにせよ、余裕のない無難さだというのは同感です」
「タル姉ちゃん、それって重要なの?」
「もちろんです。相手の戦術レベルが分かれば、色々と推測できますからー」
いいですか、と姐御は人差し指を立てて微笑んだ。
「基本的に人は、最善を目指して戦術を考えるんですよ。
この余裕のない無難な戦術が、今回の最善なわけですね。
つまり伏兵や予備戦力といった、奇策や温存は用意していないと考えられます」
「戦力の配置で誘導するとか、そういう罠もたぶん考えなくていいぜ」
「ですねー。なので素直に、防御の厚いところにホーリーグレイルが設置されていると考えられますし、でも集中させ過ぎてバレバレになるのは怖いから、多少は分かれ道にも戦力を配置しているんでしょう。
この考え方ですと、ホーリーグレイルの設置場所はなるべく入り口から遠いところ、たぶん二階のどこかじゃないですかねー」
「じゃ、まずは階段を探せばいいってことだね!」
「そうなりますけど……」
姐御は歯切れ悪く言って、視線をエントランスの方へと向けた。
「あそこ突破するのも、骨が折れそうなんですよねー」
別に殲滅する必要はないが、押し通れるのってスピカぐらいだよなぁ。俺もそこそこのHPはあるが、物理防御力はわりと普通だし、魔法防御力なんて全然考えてないので、たぶん蒸発する。
何か崩す一手が欲しい。そう考えていると、ツバメが口を開いた。
「ここでうどん茹でたら、釣り出せたりしない?」
「超釣れそう。でもうどん持ってねぇよ」
「だよねー。時間かかっちゃうけど、地道に削るしかないかなぁ」
ツバメの悪魔的発想は素晴らしかったが、実現できないなら仕方ない。
ここはクラレット任せで、ちまちまと魔法を撃ち込んでもらうのが一番だろう。
そう結論を出しかけた時、待ったをかけたのは姐御だった。
「無難な戦術に無難な手で付き合ったら、相手の思うつぼですよ。
ちょっと大変ですけど、私にいい考えがあります」
すげぇ嫌な予感がしたので、聞こえないフリをした。
ほらクラレット、行こうぜ行こうぜ。あっちで地道に魔法撃とうぜ。
「あ、今回はガウス君担当じゃないですよ」
「よし、話を聞かせてくれ」
「ガウス……」
「俺は自分さえよけりゃいいの!」
クラレットが半目で睨んでいるが、姐御は俺のことを何度でも使える鉄砲玉ぐらいにしか思っていないのだ。鉄砲玉にだって心や人権があるってこと、考慮してくれないんだぞ。
で、今回の鉄砲玉は誰かと言えば、姐御が目を向けたのはスピカだった。
「スピカさん。スキルもアイテムも温存考えなくていいので、先頭で突っ込んでください。
私達はすぐ後ろから一列でついて行きますから、攻撃を避けずに受け止めて欲しいんです」
「えー……それ、皆は大丈夫?」
スピカは遠慮がちに俺達を見て、そう問いかけた。
「マジかよこいつ……自分は耐える前提で言いやがった」
「あたし思うんだけど、地味にスピカちゃん無敵系だよね」
「で、でも、頼りになるのはいいことだよ」
「あ、流れ弾はガウス君にお願いしますねー」
「さらっと俺にも無茶させようとしてない!?」
ガウス君、魔法にはマジ弱いから、意外と簡単に死んじゃうのよ?
しかし俺の抗議を意に介さず、姐御はスピカを安心させるように言う。
「怖いのは範囲魔法ですけど、私達、基本的に魔法職ですから、そこそこ耐えられるんですよ。
スピカさんはHPで受ける形になりますけど、回復さえ間に合えば平気ですし」
俺の安全性だけまったく考慮されていない。自助努力しろってことだな。
「で、助走つけて突っ込んで、正面を突破する形ですかねー。
そのまま走り抜けたら、深追いもしないでしょうから」
「そっか、助走できるんだね」
だったら何も怖くないとばかりに笑うスピカ。
……つーかこいつ、冷静に思い返すと今回も、俺が合流するまでほぼ一人でPT守り切ってたわけで。普段から一緒に狩りしてるせいで認識甘くなってたが、あれも相当に頭おかしい所業だったのでは。
あれ? ひょっとして俺、戦士として妹に負けてない?
嫌な真実に気付きかけたので、俺は胸を張って言った。
「後ろはお兄ちゃんに任せとけ! やる時はやる男だぜ!」
「うん、任せたよ兄ちゃん!」
「……美しい兄妹愛っぽい場面なのに、全然そう見えないって凄いね」
余計なことを言うツバメに害鳥ポイントを加算。
ともあれ作戦が決まったので、俺達は砦の入り口から少し距離を取ると、そこで突入の準備をする。
姐御は全員にプロテクションをかけ、スピカは皆から回復薬を受け取り、防御力を上げるスキルを全て使用。MPに優しくないので普段はやらない、フルアーマーモードである。
それからスピカを先頭にして一列に並ぶと、スピカは振り返って言う。
「それじゃあ皆、行くよー!」
盾を正面に構えて、スピカが走り出す。
遅れないように俺達も走るが、スピカが注目を集めているのは後ろからでもよく分かった。
エントランスの三方を守る帝国軍は、強引に押し通ろうとする敵の出現に気付き、火力を集中させる。数えるのも馬鹿らしくなる量の魔法と矢が、突入と同時に降り注いだ。
その数に、うわ死んだ、絶対死んだ、と確信する。
だが次に響いたのは、
「痛ったあ――――!!」
という、スピカのどこか楽しそうな悲鳴だった。っていうか痛いで済むの!?
いや、そうか。弾幕張ってる敵だってMPのことを考えなければならない。そのために威力の低いスキルを主体とし、威力の不足を数で補っているのだ。
俺なら死ぬっつーか、大抵の奴は確実に死ねる数だが、スピカなら耐えられる。耐えてしまえば、アイテムや姐御のヒールで回復すればいい。姐御もそこまで見越しての作戦だったのだ。
そして一瞬、唖然とした帝国軍だったが、すぐに動きがある。
「火力上げろ! ――あれを通すのはまずい!!」
誰かの指示で、帝国軍の攻撃の火力が跳ね上がる。
魔道士連中は詠唱の都合があるためボルト系しか使えないが、弓を使う猟師はそうではない。出し惜しみなしで最大威力のスキルに切り替え、タンクにも通じる威力を発揮する矢を放った。
轟音が連続する。凶悪な威力の矢がスピカの盾と鎧に突き刺さり、しかし止まらない。
HPをどれだけ削っても、命には届かない。
どんどん楽しくなってるのか、スピカは大笑いしながら爆走した。
「あっははははははははははは!!
どんどんおいで! 全部受け止めてあげるから!」
知ってます? あれ、俺の妹なんですよ。ドン引きですわ。
一応、俺は流れ弾に注意しているのだが、それもほとんどない。何故かと言えば、スピカが器用に盾を動かして弾いてるから。なんでまだ余裕あんの?
横合いから撃たれる可能性も考えていたが、スピカに狙いが集中しているせいで脅威になるほどの数にはならない。あ、矢が飛んで来た。切り払っておこう。
そうして正面の通路を守る帝国軍の位置まで辿り着き、スピカは爆走の勢いで突っ込んだ。
「どっかーん!!」
盾でのぶちかまし。充分に速度が乗ったそれは、鎧の重量も考えると車が突っ込んだようなものだ。
最前線に立っていた哀れな犠牲者がきりもみ回転で吹っ飛び、スピカは隊列を食い破るような強引さで突き進む。
慌てて対処しようとする帝国軍に、クラレットがここまでに詠唱を終えていた魔法を放つ。
「ファイアーストーム!」
魔道士が使える火属性の範囲魔法では、最強の魔法だ。
炎の嵐が巻き起こり、押し止めようとしていた敵前衛が溶けるように消えて行く。どうにか耐えた奴には、俺がブレイクを叩き込んでお帰り願う。
そして敵陣を突破したところで、ツバメが抜け目なく空間指定バインドの置き土産。嫌がらせをさせたら本当に上手い。
そのタイミングで俺は最後尾に移動し、追撃がないか警戒しておく。魔法が飛んで来たら容赦なく避けるので、皆も後ろには注意してね!
幸いにして追撃はほとんどなかった――と言うよりは、それどころではなくなったのだろう。防御が崩れたことで、他のレジスタンスもなだれ込み始めたのだ。
その中にダフニさん達の姿を見つけて、もう大丈夫だと確信する。
それなりの損害は出るだろうが、あの人達なら上手くやってくれるだろう。
俺達は止まることなく、砦の奥へと突っ走って行く。