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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第三章 サンクチュアリ・オブ・ウードン
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第四話 信じる者


 カルガモとツバメの裏切り。

 寝耳に水の出来事だが、俺達に悲観した気持ちはあまりなかった。これが姐御とクラレットなら俺も落ち込んだかもしれないが、あの二人はまあ、潜在的な脅威みたいなものだったし。

 何より敵対して殺すことになっても、胸が痛まないってのが最高だ。

 強いて言うなら臨時広場で見せたように、剣を持った本気のカルガモは侮れない。白兵戦では逆立ちしたって勝てないので、不意打ちするか遠距離から仕留めるか、工夫が必要になるだろう。

 カルガモ単体でもそれだ。ツバメがペアとして一緒に行動した場合、不意打ちの難度も上がる。あいつ白兵戦用の攻撃スキルも覚えたから、あんまり正面から戦いたい相手でもないんだよな。

 とまあ、俺はどうやってあいつら殺そうかなと考えていたわけだが、クラレットが心なしか嬉しそうにしているのに気付く。俺の視線に気付いた彼女は、少しバツが悪そうに微笑んだ。


「あ、ごめんね。怒ってないわけじゃないんだけど」


 そう前置きしてから、彼女は言葉を続ける。


「あの子が楽しめてるみたいで、よかったなって。

 近頃はあのこと、気にしてるみたいだったから」


 あのこと、というのは顔剥ぎセーラー事件での出来事だろう。

 俺には記憶こそないが、ツバメがリアルでバインドを――魔法を使ったというのは聞いている。あいつは内心を表に出そうとはしなかったが、それを不安に思っていないわけがないのだ。

 だから親友のクラレットから見て、この頃のツバメは心からゲオルを楽しめていなかったのだろう。しかしまあ、是非はともかく、あいつらしい行動が見れて安心したといったところか。


「……ま、確かに得体の知れねぇ話だもんなぁ」


「うん。だからかな、怒るより先に嬉しくなっちゃった」


 そう言って苦笑するクラレットは、ともすれば本人以上に不安だったのかもしれない。

 あれから特に何も起こってはいないが、逆に言えば手がかりも途絶えたまま。問題がずっと宙ぶらりんのままで、やきもきしている部分もあったのだろう。

 俺も自分なりに調べてはいるものの、何も起きていないなら、何か起きるまで放置でいいかと気を抜いていたのは否めない。ここらで気を引き締め直した方がよさそうだ。


「んんー? ツバメちゃんの話?」


 ――で。事情を知らないスピカの前で話すのは、流石にうっかり過ぎやしないか俺達。

 絶対に隠さなきゃいけない話ってわけでもないが、あけっぴろげにするのもどうかと思うわけで。

 面白そうなネタの気配を感じ取り、微妙にテンション上がり始めたスピカは「なになに、何かあったの」と首を突っ込みたがっているが、真面目に相手をしてはいけない。


「あいつ最近、動物霊に悩まされてたらしいんだよ」


「絶対ウソだー!」


「マジマジ。な、そうだよなクラレット」


「えっ……う、うん。ホント、そう。猫の声が、ずっとするって」


「猫ぉ?」


「こう……にゃーん、って……」


 説得力を増したいのか、手を上げて猫手にするクラレット。

 奇妙な沈黙。

 時間の流れが緩やかになったかのような数秒を経て、


「にゃーん」


 押しが足りないと思ったのか、もう一度鳴く。

 無言で見詰める俺達。

 自分が何をしているのか気付いたのか、クラレットは赤面して、


「にゃーん!」


 八つ当たりのように俺へ猫パンチ。

 そんなクラレットを、俺達は菩薩の笑みを浮かべて抱き締めた。


「よく分かんないけど伝わった。感動したよ、クラレットさん」


「そうだよ。お前はやり遂げた、成し遂げた」


「う、ぐ……あ、ありがと……!」


 話は誤魔化せたので、羞恥と屈辱に震えながらも受け入れるクラレット。素晴らしい自己犠牲の精神である。やはりクラレットは聖女なんて甘い、天使……いや、女神では……?

 密かに崇敬の念を高めていると、まだスピカに肩車されている姐御が口を開いた。


「今のシーン、ばっちり動画に撮っておきましたよー」


「うわぁー!?」


 姐御に飛びかかったクラレットが、スピカごと押し倒す。

 俺は揉みくちゃになる三人を眺めつつ、後で動画送ってもらおうと決心した。


     ○


 さて。臨時広場での騒ぎのせいで、レジスタンスの勧誘を続けるのは難しいと判断し、ひとまず街へ戻ることにした。

 カルガモ達は噴水広場に行くって話だったし、鉢合わせしないようにそちらも避けておく。カルガモの性格からして、バレたと悟ったらその場で襲いかかって来るのは間違いない。現状、どう考えても勝ち目はないので、あいつを殺すのは後回しだ。

 何をしているのかは少し気になるが……まあ演説と、歯向かう連中の殺害ぐらいか。先に手を出させれば正当防衛としてPK判定を受けないので、たぶん一般プレイヤーをクッソ煽ると思う。

 そんなわけで街に戻ったはいいものの、これからどうしようかと路傍で相談をする。


「プレイヤーの勧誘は、できればナップさんに任せたいんですよねー」


 スピカに肩車されつつ、立てた人差し指をぴこぴこと振って姐御は言う。


「もちろん私達も、目立ち過ぎない範囲で勧誘はしますけど。

 ウードンさんとの繋がりが明るみに出た時、不信感を抱かれちゃうと思うんですよ。それでレジスタンスが瓦解しては意味がありませんから、レジスタンスの中での私達は少数派であるべきなんです」


「信用されるのって難しいもんね」


 うんうんと同意して、スピカが言葉を続ける。


「私達でもウードンさんが何考えてるのか、疑ったんだもん。

 今から信用してもらえる人を増やすの、大変だよね」


 意外とスピカなりに現状を理解しているようで感心する。

 俺はそこまで考えてなかったっつーか、最悪、大勢を煽動すればいいんじゃないかと思っていたので、自然と正道を選ぶスピカにこいつ本当に俺の妹なのかと、疑いの眼差しを向ける。

 スピカはまったく気付かないが、俺の視線に気付いた姐御が苦笑して、


「疑われるぐらいは構いませんよー。

 最低限、疑われてもお話できるぐらいの信頼関係を築きましょうね、という感じです」


 ハードルを高くする必要はないんですよ、と付け加えて。

 それでもちゃんと考えていたスピカを褒めるように、姐御はその頭を撫でた。

 ……しっかしなぁ。疑われた時、話し合いができるかどうかってのは、個人の資質の問題な気もする。疑わしきは罰せよみたいな、過激な考え方をする奴だって世の中にはいるのだ。怖いよね。


「そもそも信用されてるかどうかなんて、確かめようもないしなぁ。

 俺でも無条件で信用する相手なんて、ここにいる面子ぐらいだぜ」


「確かめる手段があっても……信用を試すようなこと、嫌だよね」


 呟くようなクラレットの言葉に頷き、だから、と言葉を続ける。


「いっそのこと、信用を気にしなくていい相手に頼るってのはどうだ」


「理想的ですけど、そんな人いましたっけー?」


「いや、人じゃないけど」


 そう答えると、姐御はスピカから飛び降りて、俺の手を掴んだ。


「――ガウス君、MPKは駄目ですよ」


「違うけど!?」


 俺をどういう目で見ているんだ、このコロポックルは。

 MPKってのはモンスターを利用したPKなのだが、基本的に大半のMMORPGではノーマナー行為として、処罰の対象になっている。それはゲオルも例外ではなく、対人戦であってもモンスターをけしかけたらMPKとして罰されることになるだろう。

 流石にそういうことをする外道ではないので、俺はぷんすかしつつ姐御を持ち上げた。


「まあ発想は近いかもしんねぇけど、MPKじゃないから安心してくれ」


 で、頭を出してきたスピカに姐御を乗せて、俺はアイデアを話す。


「NPCに協力してもらえたら、信用とか気にしなくてもいいんじゃねぇかってさ」


「ほほう。……あ、戦士ギルドの人を傭兵として雇うんですね?」


 それは名案ですね、と喜ぶ姐御だが、俺は首を横に振った。

 手段としてはそれも可能っぽいが、彼らを雇う金が俺達にはない。つーかPT資産はカルガモの野郎が持ち逃げしている現状、俺達の資産なんて個人で持ってるお小遣い程度しかない。

 だから頼るのは、金のかからない相手だ。


「聖騎士――教会騎士団に頼ろうと思う」


「そんなコネあるんですか?」


 不思議そうにする姐御だが、あ、とクラレットが声を上げる。


「前、ナップさんに自慢してたよね。

 教会騎士団からスカウトされてるんだ、って」


「おう。コネと呼べるかは微妙だが、悪い仲じゃないぜ。

 あの人ら異端者狩りに熱心だから、その線で頼めばいけるかなって」


「ふむふむ……頼むだけならタダですし、試してみてもよさそうですねー」


 でもね姐御、本来なら神官の姐御こそコネを持っておくべき相手だと思うの。

 あえて言わないけど、この人はもうちょっと教会のクエストこなした方がいいんじゃないかなぁ。

 ともあれ、とにかく声だけでもかけてみようと、俺達は教会へ向かうことにした。


     ○


「ひっ……!?」


 スピカが小さな悲鳴を上げる。

 教会でいつもの司祭様に挨拶して、馴染みの聖騎士である“磨り潰し”オズワルド様を呼んでもらったのだが、礼拝堂に現れたその姿を見た途端のことだ。

 おいおい、失礼だろう? 確かにズタ袋を被ったような外見は奇異かもしれないが、あれは贅沢を禁じつつ、神の僕として滅私の姿勢を示すためのもの。顔まで隠しているのは、本来、冒険者なんぞが話していい身分ではないからこそ、話すために正体を隠してくださっているのだ。

 まあ基本的に血で薄汚れているのは気になるかもしれないが、それは仕事熱心の証拠だ。洗っても汚れが落ち切らないほど職務に励んでいることを、何よりも雄弁に語る物証である。

 俺は失礼がないように跪いて出迎えようとするが、オズワルド様はそれを手で制された。


「ガ、ウス。不要、ダ」


 鉄が擦れるような声音は、無理をしての発声であることが分かる。おそらくは異端との戦いで喉が不自由になっているのだ。声を出すだけでも一苦労だろうに、わざわざ名前を呼んでまで礼節は不要だと、冒険者ごときを気遣ってくれる。

 ああ、やはりオズワルド様は立派な御仁だ。何故か皆は腰が引けているが、偉大さに気後れしているのだろうか。正直、その気持ちは理解できるので無理もない。

 所詮はAIが操作するNPCに過ぎないのだとしても、オズワルド様は尊敬できる立派な人だ。


「オズワルド様、お呼び立てしてしまい申し訳ありません。

 本日はオズワルド様に――いえ、教会騎士団にお願いごとがあって参りました」


「ホウ……異端、カ」


「は。それについてはこちらの、信徒タルタルが説明を」


 前に出るよう促すと、何故か姐御は俺を恨みがましく睨んできた。

 いや、畏れ多いと思っているのか。大丈夫、オズワルド様は寛大な御方だ。何も心配はいらないと微笑みを返すと、姐御はオズワルド様からは見えないように、中指を立てた。なんで?


「えー……ご紹介に預かりました、神官のタルタルと申します」


 一礼して、姐御は前置きとしてウードン帝国の説明をした。

 ウードン・カイザーと名乗る商人が設立したクランであり、その資金力に物を言わせてラシアの西に立派な砦を構えていることや、冒険者から街道の通行税を取り立てようとしていることを。

 だがそれだけなら、気に食わなくても王国の法には触れない。システムとして許容されている以上、それはクランに認められた正当な権利であり、余人が口を挟んでいいものではない。

 故に必要なのはウードン帝国が異端であると示すことであり、


「――ウードン帝国は、パンではなくうどんを主食にしようとしております」


 何かネタはないかと調べて、判明した事実を姐御は述べる。


「オズワルド様もご存知の筈でしょう。

 我らの神は小麦を育て、パンを作れと仰られました。

 これは聖典にも記載された事実であり、パンとは神の恵みに他なりません」


 ぶっちゃけた話、王国としてはどうでもいいことだろう。

 だが熱心に神へ仕える者にとっては、無視できない話になる。


「即ちパンを否定し、うどんを推奨する行為は異端であります。

 これは教会を、ひいては我らが神を貶める行い。

 どうか異端者へ、誅罰を加えてはいただけないでしょうか」


「ヌゥ……」


 姐御の言葉を聞いたオズワルド様は低く唸り、


斯様(かよう)な異端が、蔓延っておったか――ッ!!」


 次の瞬間には、天を揺るがすかのような怒声を張り上げた。

 覆面の口元が湿りを帯びたのは、喉が裂け、血を吐いたからか。


「赦せぬ、赦せぬ、赦せぬ……!

 誅罰など生ぬるい、聖絶せねばなるまいよ!!」


 覆面の奥で双眸が赤々と燃えている。やだ、ちょっと怖い。

 怒り猛るオズワルド様は姐御の肩に手を置き、


「よくぞ教えてくれた、信徒タルタル!

 汝やガウスがごとき敬虔なる兄弟姉妹を持てたこと、嬉しく思おう!

 されば我ら教会騎士団、神の尖兵となりて汝らの願いに応えねばなるまい!」


「あ、あー……」


 いかん、姐御の目が死んでいる。

 それにオズワルド様は今にも殴り込みに行きそうな勢いなので、俺は咄嗟に口を挟んだ。


「オズワルド様! 我ら冒険者も、微力を尽くそうとしております!

 今しばらく結集のため、お時間をいただければと!」


「グ――今すぐにでも聖絶すべきである……!

 ……が、信仰のために戦おうという者を、無下にもできぬか」


 激しい懊悩を振り切るように頭を振り、オズワルド様は俺を見据えた。


「ならばガウスよ、開戦の日時は汝が取り決めよ。

 開戦の報あらば、我ら教会騎士団は疾く参じよう!」


 そう告げられた時、俺の視界に表示フレームがポップアップした。

 クエストでも発生したのかと思ったが、内容を見て驚きに目を見張る。それはまったく別のシステム――オズワルド様からのフレンド申請だったからだ。

 え……NPCってフレンド登録できんの……?

 恐る恐る許可すると、フレンドリストにオズワルド様の名前が追加された。


「よし。私は戦いの準備を進めておこう。

 汝らも異端ごときに遅れを取らぬよう、抜かりなく備えておくのだぞ」


 オズワルド様はそう告げて、礼拝堂から立ち去って行く。

 しばらく呆然としていた俺達だったが、やがて正気に戻った姐御が騒ぎ出した。


「な、なんなんですかあの人ー!?

 聖騎士と聞いてイメージしてた人と、全然違ったんですけど!」


「そうかぁ? 熱心で尊敬できる人だと思うんだけどな」


 オズワルド様の本質は、信仰に篤い聖職者だ。

 立場や身分という、人間社会のどうしようもないしがらみに苦慮しながら、信仰を第一とする姿勢を崩すことなく己を貫いている。それを尊いと思うからこそ、俺は自分には聖騎士なんて務まらないと思ったのだ。


「でもまあ、協力を取り付けられたのは大きいぜ。

 教会騎士団は基本的に聖騎士、上級職なんだから」


「おー。やっぱり強いんだろうね」


 わくわくした様子でスピカが言う。スピカもまだ聖騎士に誘われたことはないが、なれるならなってみたいと話していたし、聖騎士の戦いには興味があるのだろう。

 今回の件で繋がりが持てたことだし、ひょっとしたら解決した後には勧誘されるかもしれない。


「……あの、タルさん。ちょっと聞きたいんだけど」


 オズワルド様の話に何か疑問があったのか、クラレットは言う。


「あの人が言ってた聖絶って、どういう意味か分かる?」


「あー……はい。まあ、その、翻訳者泣かせと言いますか、色々と解釈のある言葉なんですけど」


 困ったように、引きつった笑みを浮かべて、


「文脈的には、敵を滅ぼして神に捧げる、という感じですねー」


「「「うわぁ」」」


 オズワルドの野郎、前々からちょっと頭がおかしいと思ってたんだよ。

 信仰に篤いとかじゃなくて狂信者だよ狂信者。今後の付き合いはよく考えないといけない。

 神様は無条件に信じるべきかもしれないけど、信じ過ぎるのもよくないぜ!


     ○


 教会を後にした俺達は、これ以上は特にアイデアもないので、二手に分かれて行動することになった。

 つーかカルガモがPT資産を持ち逃げしやがったので、余裕のある内に稼いでおこうという話になったのだ。

 姐御とスピカは需要のあるヒーラーとタンクなので、適当な臨時PTに参加しての出稼ぎ。俺とクラレットは魔道士ギルドに行って、何か金策になりそうなクエストを探すという分担だ。

 魔道士ギルドには付き合いで何度か顔を出しているが、敷地面積で言えば戦士ギルドよりも狭いだろう。しかしこの世界では珍しい高層建築――石造りの塔なので、内部は迷子になる程度には広い。

 一階は誰でも自由に出入りができ、受付や講堂のような広い部屋がある。地下には深大な書庫が広がっており、そちらはギルド所属の魔道士か、その付き添いがあれば利用可能だ。

 で、俺達の目的は二階から上――原則として一般人お断りのエリアだ。塔の上階は所属する魔道士や、その指導者である導師の研究室となっているのだが、魔道士ギルドのクエストは彼らから直接受ける形になっている。

 俺達はしばらく仕事はないかと聞き込みをして、魔法薬に使うという薬草の採集クエストを引き受けた。ラシア南西の森で採集できるらしいので、ペアでも危険はないだろう。

 念のために道具屋で解毒剤だけは用意しておこうと、なけなしの金を使うことに決めて街に出ると、遠くから響くざわめきに気付いて、俺達は顔を見合わせた。


「これって……カモさん達かな」


「たぶん。あんまり暴れると、衛兵に鎮圧されるとは思うけど」


 だからまあ、放っておいてもいいっちゃいいんだけど。

 どうする? と。視線で問いかけるクラレットに、


「とりあえず様子だけ見ておくか」


 そう答えて、俺達はざわめきの聞こえる方へと足を向けた。

 やはりと言うべきか、騒ぎの中心は噴水広場だった。ゲームを始めて最初に降り立つ場所であり、普段は待ち合わせに使われたり、露店が多く並ぶなどして、最も賑わう場所の一つだ。

 しかし今、そうした日常の賑わいは霧散し、場は不穏な空気が支配している。

 その原因は広場の中央を占拠する一団であり、声を上げる代表らしき男にこそあった。


「――悪いことは言わない、ウードン陛下に従うべきだ!

 陛下は将来的にホーリーグレイルを配下へ下賜し、傘下のクランを増やすことも考えておられる。現に俺も傘下クラン、ウードン騎士団の設立を直々に認められている!

 この大同盟が成立すれば、逆らえる奴はいない。乗るなら今だぞ!」


 …………誰かと思えばナップじゃん。

 え、何やってんの? あいつ、こっちと手を組んだ直後に裏切ったの?

 衝動的に襲いかかろうとしたが、クラレットが手を引いて止める。


「駄目。よく見て、一緒にいるのナップさんのクランの人達じゃないよ」


「あ、ホントだ」


 あいつらの顔は覚えたからな。記憶と一致する顔がないので、あれはウードン帝国に加わった他のプレイヤー達か。何よりダフニさんら、幹部メンバーがいないのが気にかかる。


「ひょっとしてあいつ、独断専行してるのか?」


「そうかも。クランの方は、まだ私達に協力してくれるかもしれない」


 ナップが何やら熱弁を振るっている光景を横目で見つつ、


「ナップさんのことだし、カモさんに誘われたら断らないと思う。

 カモさんを自分のクランに入れるのは諦めたけど、同じクランに所属できる状況があったら、他の人の説得は後回しにしてでも、カモさんに従うんじゃないかな」


「あー、それっぽい」


 ということは、あいつのクランの全員が敵に回ったと確定したわけではない。

 ……接触するならダフニさんだな。ゲーム内だとどこに裏切り者がいるか分からないし、明日の放課後にでもリアルで接触して、改めて協力関係を結ぶのが無難なところか。

 だがそれが上手く行っても、ナップを失ったのは正直痛い。戦力としてもだが、あいつは旗頭が務まる数少ないプレイヤーの一人だ。分かりやすいトップがいないと、人をまとめるのは難しい。

 姐御もなぁ。少人数をまとめるのは上手いし、クラン規模なら充分に率いることはできるんだが。ウードンさんとの繋がりがバレるリスクを無視しても、計画しているレジスタンスの規模を率いるのはちょっと無理だ。

 この穴をどう埋めようか考えていると、後ろから声をかけられた。


「よう、ガウス」


「なんだ、トーマか。また野次馬か?」


「野次馬って……いや、間違っちゃいないんだけどさ」


 腑に落ちないような顔をしたトーマは、すぐに気を取り直して言う。


「しっかしナップさんまで帝国側に回るとはなぁ。

 あの人、華があるって言うか。キャラ立ってるから、人を集めちまいそうだな」


「トーマさんは帝国に入らないの?」


 クラレットの問いかけに、トーマはおどけた様子で肩を竦める。


「まさか。モブキャラっぽい俺だけど、自分からモブになるのは御免だ。

 あんな大所帯の一員になったら、俺なんて埋もれちまうよ」


「ふーん。じゃあお前もレジスタンスに入るか?」


「悪くはないけど、誰が頭を張るか次第だなぁ。

 つまらん奴の下で頑張ろうって気にはなれないし」


「そういう考えもあるよなぁ。

 本当ならそれ、ナップの役割だったんけど」


 マジで計画が台無しなので、あの野郎だけは聖絶されるべきである。

 俺は嘆息しつつ、それなりに顔の広いトーマなら心当たりはないかと尋ねてみた。


「他に適任いねぇか? お前、臨時PTメインでフレンド多いだろ」


「んー。まあ、いないことはないけどさ。

 ナップさんと比べちまったら、やっぱ一枚か二枚は落ちるぜ」


 そうだよなぁ。自称とはいえ、クランを成立させているのがいい証拠だ。

 手腕にしろ人間性にしろ、あいつほどトップに立つのに相応しいプレイヤーはいない。いつも殺し合っている仲ではあるが、認めるべきところは認めないと目が曇ってしまう。

 ついつい考え込んでしまっていると、気楽な調子でトーマは言う。


「いっそ主役になれよ、ガウス」


 それは可能かどうかなんて考えちゃいない、無責任な言葉だった。

 ただ根拠もなく、お前ならできるだろ、と。無条件に信じている。


「細かいことは他の連中に任せちまってさ。

 誰よりも先を行って、引っ張るだけ引っ張ってみろよ。

 お前はそういう、無鉄砲な主人公ってタイプのキャラだぜ」


「……おだてたって何も出ないぞ」


「疑うなよ。俺はちゃーんと信頼してんだからさ」


 きしし、とおかしそうに笑って、トーマは告げる。


「結果がどうなるかは知らねぇけど、お前が頭なら面白いと思うぜ。

 ま、考えておいてくれよ」


 そうして話はこれで終わりとばかりに、トーマは歩き出した。

 呼び止めようかとも思ったが、あいつはこれ以上の言葉を持たない気がしてやめる。何か深い考えがあって言ったとかではなく、そうなったら面白そうだから以上の理由なんて、あいつにはないのだ。


「どうしたもんかなぁ」


「……悪くないと思う」


 ぼんやりと呟いた言葉に、クラレットが思案しながら反応する。

 考えをまとめているのか、少し間を置いてから、彼女は真っ直ぐに俺を見た。


「ガウス、勢いだけならナップさんにも負けてないから。

 私やタルさんもフォローするから、試してみてもいいよ」


「勢いだけか? 顔なら絶対に勝ってると思うんだけど」


「知ってる」


 戯言に微笑んだクラレットは、


「カッコいいもんね、ガウス」


 なんかもう、それだけで戦えるようなコトを言ってくれるのでした。

 上手く乗せられた気が若干するものの、乗せてくれるなら乗っておこう。

 勢い任せの出たとこ勝負なんて、実に俺向きなのである。

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